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2023年12月1日 (金) 16:15時点における最新版
小林 静香、真鍋 俊也
東京大学 医科学研究所 神経ネットワーク分野
DOI:10.14931/bsd.10553 原稿受付日:2023年11月17日 原稿完成日:2023年11月29日
担当編集委員:北城 圭一(生理学研究所)
英:Bienenstock-Cooper-Munro theory 独:Theorie von Bienenstock-Cooper-Munro 仏:théorie de Bienenstock-Cooper-Munro
Bienenstock、Cooper、Munroにより提唱されたシナプス可塑性の誘導条件に関する概念を説明するための理論で、誘導のためのある条件に対して、シナプス伝達効率がどのように上昇あるいは低下するかを表現するものである。著者らの名字の頭文字を並べてBCM理論(BCM theory)とも呼び、これをグラフ化したものをBCM曲線(BCM curve)という。
ヘブの学習則からCooper-Liberman-Oja理論へ
シナプスに生じる可塑的な変化を情報処理の概念に基づいて数学的に記述し、理論化する試みは古くからおこなわれている。
これまでにも多くの記憶・学習過程のモデル(理論)が提唱されているが、中でも最もシンプルなものがヘブ則(Hebb’s rule)である。ヘブは、記憶の形成や保持の基盤を「細胞Aが繰り返し持続的に細胞Bを興奮させ発火させることで、A、Bのいずれか、あるいはその両方に形態的変化(growth process)、または代謝性変化(metabolic change)が生じ、AがBを発火させる効率が増大する」現象であると表現したが[1]、このルールに則れば、シナプス強度は際限なく増大することになり、最終的に安定したシナプス伝達が維持できない状態になってしまうという問題点があった。またこの理論だけでは、一次視覚野ニューロンで観察される方位選択性(orientation selectivity)の可塑性[2][3]における入力選択性 (selectivity)を説明することができなかった。
そこで、ヘブ則に、反ヘブ則(anti-Hebbian rule)の要素を盛り込んだCooper-Liberman-Oja理論(CLO理論、CLO theory)があらたに提唱された[4]。この説によれば、シナプス後細胞の発火率 には閾値(修飾閾値:modification threshold、 )が存在し、発火率 が閾値 を越えた場合にはシナプス強度が増大するが、 よりも小さければ逆に減弱する(図1A)。このように増強性のシナプス強度変化に加えて、抑圧性の変化も理論に盛り込んだことで、シナプス伝達の飽和が避けられることになった。また、 になるような入力に対してのみシナプス増強がみられるということになり、これにより入力選択性を表現することにも成功した。
しかし、 の値があまりに低い場合には、ヘブ則の時と同様、シナプス伝達効率は増強によって発散し、極大に達する一方で、逆に があまりに高い値の場合は、すべてのシナプス伝達が遮断されることになってしまうという問題点は依然として残っていた。
Cooper-Liberman-Oja理論からBienenstock-Cooper-Munro理論へ
この限界を乗り越えるために登場したのがBienenstock、Cooper、Munroにより提唱されたBienenstock-Cooper-Munro理論(BCM理論、BCM theory)である。これはもともと、HubelとWieselによって報告された、発達期のネコの一次視覚野における活動依存的なシナプス強度の変化[5]を数学的に記述するために提唱された理論であった[6]。
Bienenstock-Cooper-Munro理論によれば、シナプス強度変化率は以下の式であらわされる[7]。
ただし、
- :番目のシナプス強度
- :番目の入力線維の発火率
- :Bienenstock-Cooper-Munro関数。シナプス後細胞の発火率 と、シナプス後細胞の過去の発火平均 により決定される関数。
- :番目のシナプス強度
この理論の最大の特徴は、閾値 が固定値ではなく、シナプス後細胞の過去の活性化履歴の平均に応じて、それ自体が変動する値(sliding threshold)であるとした点である。これにより、細胞が高い活性を維持している条件下では が右にスライドして、その後のシナプス増強が起きにくい状態になり(図1B:曲線赤)、逆に細胞の活性が低い場合には が左にスライドするため、その後のシナプス増強が誘導されやすい状態が生まれ(図1B:曲線青)、結果的にシナプス伝達を恒常的に安定化することが可能であるとしている。
理論と実際
Bienenstock-Cooper-Munro理論によれば、シナプス後細胞が十分に脱分極した場合はシナプス増強(synaptic potentiation)が、脱分極が十分でない場合にはシナプス抑圧(synaptic depression)がそれぞれ誘導されることが予想される。前者は長期増強現象(long-term potentiation:LTP)として、海馬シナプスを中心に、実験的にその存在がよく確かめられていたが[8][9]、刺激を受けたシナプスで実際に長期抑圧(long-term depression: LTD)が誘導される例はそれまで知られていなかったため、疑問を呈する向きもあった[10][11]。しかしBearらによって[12]、海馬シナプスに低頻度刺激を与えると、刺激されたシナプスにLTDが生じる(同シナプス性LTD:homosynaptic LTD)ことが見いだされ、同様の現象が視覚野のスライス標本においても報告される[13]など、実際の現象を反映していることが示された。
また、シナプスにおいて閾値変動性が認められるかどうかを実験的に検証する試みも行われ、ラット視覚野のスライス標本をはじめとして[14]、複数の脳領域においてその存在が実験的に報告されている[15]。
なお、「刺激頻度」に対するシナプス強度の変化率を表したグラフをBienenstock-Cooper-Munro曲線と表記している場合もしばしば見受けられるが、厳密には両者は別のものである(Bienenstock-Cooper-Munro曲線は「シナプス後細胞の発火率」に対する、シナプス強度の変化率を表している点に注意)。ただ、自発発火が少ないin vitro条件下においては、刺激した入力線維の発火率のみによってシナプス後細胞の発火率が決まるとみなせるため、横軸を刺激頻度であらわしたものも同様の曲線として扱われている[7]。
可塑性研究における意義
Bienenstock-Cooper-Munro理論は、それまで実験的に確認されていなかった同シナプス性LTD (homosynaptic LTD) の存在[12]や、双方向性シナプス可塑性(bidirectional synaptic plasticity)、メタ可塑性(metaplasticity)の発見をもたらすなど[16]、その後のシナプス可塑性における実験研究の発展に重要な役割を果たした。
また近年では、シナプスの恒常性維持機構として知られているシナプス・スケーリング(synaptic scaling)や興奮・抑制バランス(excitation/ inhibition balance) シフトといった恒常性可塑性(homeostatic plasticity)と、Bienenstock-Cooper-Munro理論に代表されるヘブ型可塑性(Hebbian plasticity) との相互作用に着目した研究も行われている[17][18]。
関連項目
参考文献
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