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''1. 新潟医療福祉大学リハビリテーション学部、2. 新潟大学脳研究所脳神経内科''<br> | |||
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2025年4月16日 原稿完成日:2025年8月16日<br> | |||
担当編集委員:[https://researchmap.jp/yamagatm 山形 方人](ハーバード大学・脳科学センター)<br> | |||
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英:Stromal cell-derived factor 1<br> | |||
英略称:SDF-1<br> | |||
別名:C-X-C motif chemokine ligand 12 (CXCL12) | |||
{{box|text= ストローマ細胞由来因子-1(stromal cell-derived factor 1、SDF-1)は、C-X-Cケモカインファミリーに属するケモカインである。CXCL12/SDF-1は、神経系における発生、恒常性の維持、さらには病態に至るまで、多様な過程に関与している。特に脳の発生期においては神経前駆細胞の移動や分化、成熟神経細胞の軸索誘導に関与し、さらには成人脳においても神経幹細胞ニッチの形成や神経再生など、多様な機能を担っている。CXCL12/SDF-1の主要な受容体であるCXCR4、そして近年注目されているCXCR7を介したシグナル伝達は、神経細胞の移動、生存、シナプス形成を制御する役割を果たす。また、SDF-1は脳梗塞、多発性硬化症、神経変性疾患など、様々な神経疾患の病態にも関与しており、再生医療や創薬の標的としても注目されている。}} | |||
== ストローマ細胞由来因子-1とは == | |||
1993年にNagasawaらにより、[[骨髄]]の[[ストローマ細胞]]から分泌される因子として初めて同定された<ref name=Nagasawa1994><pubmed>8134392</pubmed></ref>。その後、白血球の遊走などを制御する小型のシグナルタンパク質である「[[ケモカイン]]」に分類させることが明らかとなり、構造に基づく命名規則に従って「[[CXCケモカインリガンド12]]([[CXCL12]])」と正式に命名された(NCBI Gene ID: 6387)。 | |||
当初は、[[造血幹細胞]]の動員に関わる因子として注目されていたが、2000年代に入ってからは神経科学の領域でもその重要性が広く認識されるようになった。特に、胎生期脳における[[神経前駆細胞]]の移動を誘導する[[ガイダンス因子]]としての役割が明らかとなり、さらにその後の研究により、成人脳における神経幹細胞の維持や再生過程への関与も示されている。 | |||
== 構造 == | |||
CXCL12/SDF-1は、9番目、11番目、34番目、50番目の[[アミノ酸]]残基に[[システイン]](Cys)を持つCXCモチーフを有するケモカインである。Cys残基同士が結合することで[[ジスルフィド結合]]が形成され、2次構造の形成に重要な役割を果たす<ref name=Murphy2007><pubmed>17264079</pubmed></ref>。 | |||
== アイソフォーム == | |||
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これらのアイソフォームはシグナル配列切断後、全長型分子として分泌される。その後、全長型SDF-1α(1–68)は、ヒト血清にさらされると、まずC末端でプロセッシングを受けてSDF-1α(1-67)となり、次にN末端がプロセッシングされ、SDF-1α(3-67)が生成される。一方、SDF-1β(1-72)は、N末端でのみプロセシングを受け、SDF-1β(3-72)になる。このN末端でのプロセッシングには、CD26(ジペプチジルペプチダーゼ)が関与している。CXCL12/SDF-1のプロセッシング後のN末端の最初の8残基は、CXCL12/SDF-1がCXCR4/CXCR7受容体活性化に必要な結合部位として機能することが知られている<ref name=Liu2024><pubmed>39093700</pubmed></ref>。また、両者のC末端領域の違いは、安定性や受容体(CXCR4/CXCR7)への親和性に影響を与えると考えられている。 | |||
== 発現 == | |||
=== 組織分布 === | |||
CXCL12/SDF-1とCXCR4mRNAは[[中枢神経系]]を含む広範な組織に発現している。SDF-1αとSDF-1βは多くの組織で恒常的に発現しており、特にSDF-1αはSDF-1βに比べてより広範な組織でみられる。その分解調節が生理的機能の維持において重要な役割を果たしている。 | |||
胎生期には脳の[[視床下部]]、[[終脳]]、[[間脳]]などで高発現し、神経細胞の移動に関与する<ref name=Zou1998><pubmed>9634238</pubmed></ref> <ref name=McGrath1999><pubmed>10479460</pubmed></ref>。成人では、視床下部、[[海馬]]、[[脳室下帯]]([[subventricular zone]]: [[SVZ]])における神経幹細胞ニッチで発現が確認されている。もともと、骨髄ニッチを構成する[[ストローマ細胞]]、[[骨芽細胞]]、[[血管内皮]]細胞などの[[支持細胞]]から分泌されることが示されている<ref name=Nagasawa1994><pubmed>8134392</pubmed></ref> <ref name=Nagasawa1996><pubmed>8757135</pubmed></ref>。 | |||
=== 細胞内分布 === | |||
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== 受容体 == | |||
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== 機能 == | |||
CXCL12/SDF-1は、CXCR4およびCXCR7と結合し、[[PI3K]]/[[Akt]]、[[MAPK]]/[[ERK]]経路などを活性化することにより、細胞の生存、移動、接着、形態形成を調節する<ref name=Zhou2002><pubmed>12388552</pubmed></ref>。一方で、骨髄においては、[[B細胞]]前駆体の発生や造血幹細胞の保持に必要である<ref name=Nagasawa1996><pubmed>8757135</pubmed></ref>。 | |||
脳発生過程では、CXCL12/SDF-1が神経前駆細胞の移動ガイダンスに必要不可欠である<ref name=Li2008><pubmed>18177992</pubmed></ref>。さらに成人脳では、神経幹細胞の維持やニューロン新生、さらには脳損傷後の再生促進に関与している。SDF-1/CXCR4軸は、損傷部位への幹細胞や末梢血[[単核球]]の動員にも重要な役割を果たす。また、[[顆粒球コロニー刺激因子]] ([[G-CSF]])の投与や[[化学療法]]によってCXCL12/SDF-1レベルが低下すると、造血幹細胞が骨髄から末梢血へ動員(mobilization)される<ref name=Petit2002><pubmed>12068293</pubmed></ref>。 | |||
== 疾患との関わり == | |||
SDF-1/CXCR4軸は、多くの神経疾患と関連する。[[脳梗塞]]モデルでは、虚血部位への神経前駆細胞の動員を促進し、組織修復を促す効果が報告されている<ref name=Robin2006><pubmed>15959456</pubmed></ref>。脳虚血後には、脳組織における[[低酸素誘導因子]][[HIF-1α]]の発現が亢進し、その下流に位置するCXCL12/SDF-1発現が増加する。末梢単核球を低酸素刺激すると、HIF-1αの発現が増加し、それに伴いCXCR4の発現も増加する。結果として、低酸素刺激をした末梢血単核球を投与すると、脳虚血病変部位に集積し、血管新生、神経軸索進展を介して、脳虚血後に運動感覚機能が改善することが示されている。さらに、CXCR4[[阻害薬]]である[[AMD3100]](商品名:Mozobil®)によってSDF-1/CXCR4軸を阻害すると、この細胞遊走が減少することが示唆されている<ref name=Kanayama2025><pubmed>39710242</pubmed></ref>。 | |||
一方、[[アルツハイマー病]]において血漿CXCL12/SDF-1高値と認知機能低下が神経炎症により関連する可能性が報告されている<ref name=Duggan2024><pubmed>39129354</pubmed></ref>。また、[[多発性硬化症]]においても、炎症細胞の遊走にCXCL12/SDF-1が関与しているとされる<ref name=Krumbholz2006><pubmed>16280350</pubmed></ref>。 | |||
なお、AMD3100は、G-CSFと併用することで造血幹細胞を末梢血中へ動員させ、造血幹細胞移植に向けた採取を可能にしている<ref name=DeClercq2019><pubmed>30776910</pubmed></ref>。 | |||
== 関連用語 == | |||
* [[CXCR4]](主要受容体) | |||
* [[CXCR7]]/[[ACKR3]](代替・補助的受容体) | |||
* [[ケモカイン]] | |||
* [[神経幹細胞]] | |||
* [[神経新生]] | |||
* [[神経再生]] | |||
* [[ガイダンス因子]] | |||
* [[遊走因子]] | |||
* [[走化因子]] | |||
* [[動員因子]] | |||
==参考文献== | |||
2025年8月16日 (土) 16:24時点における最新版
金澤雅人1,2、畠山公大2
1. 新潟医療福祉大学リハビリテーション学部、2. 新潟大学脳研究所脳神経内科
DOI:10.14931/bsd.11286 原稿受付日:2025年4月16日 原稿完成日:2025年8月16日
担当編集委員:山形 方人(ハーバード大学・脳科学センター)
英:Stromal cell-derived factor 1
英略称:SDF-1
別名:C-X-C motif chemokine ligand 12 (CXCL12)
ストローマ細胞由来因子-1(stromal cell-derived factor 1、SDF-1)は、C-X-Cケモカインファミリーに属するケモカインである。CXCL12/SDF-1は、神経系における発生、恒常性の維持、さらには病態に至るまで、多様な過程に関与している。特に脳の発生期においては神経前駆細胞の移動や分化、成熟神経細胞の軸索誘導に関与し、さらには成人脳においても神経幹細胞ニッチの形成や神経再生など、多様な機能を担っている。CXCL12/SDF-1の主要な受容体であるCXCR4、そして近年注目されているCXCR7を介したシグナル伝達は、神経細胞の移動、生存、シナプス形成を制御する役割を果たす。また、SDF-1は脳梗塞、多発性硬化症、神経変性疾患など、様々な神経疾患の病態にも関与しており、再生医療や創薬の標的としても注目されている。
ストローマ細胞由来因子-1とは
1993年にNagasawaらにより、骨髄のストローマ細胞から分泌される因子として初めて同定された[1]。その後、白血球の遊走などを制御する小型のシグナルタンパク質である「ケモカイン」に分類させることが明らかとなり、構造に基づく命名規則に従って「CXCケモカインリガンド12(CXCL12)」と正式に命名された(NCBI Gene ID: 6387)。
当初は、造血幹細胞の動員に関わる因子として注目されていたが、2000年代に入ってからは神経科学の領域でもその重要性が広く認識されるようになった。特に、胎生期脳における神経前駆細胞の移動を誘導するガイダンス因子としての役割が明らかとなり、さらにその後の研究により、成人脳における神経幹細胞の維持や再生過程への関与も示されている。
構造
CXCL12/SDF-1は、9番目、11番目、34番目、50番目のアミノ酸残基にシステイン(Cys)を持つCXCモチーフを有するケモカインである。Cys残基同士が結合することでジスルフィド結合が形成され、2次構造の形成に重要な役割を果たす[2]。
アイソフォーム
CXCL12/SDF-1は、CXCL12遺伝子の選択的スプライシングによって、CXCL12a/SDF-1αやCXCL12b/SDF-1βなどのアイソフォームが産生される[3]。ヒトでは7種類のスプライシングバリアント(α, β, γ, δ, ε, φ, ψ)が同定されているが、主に研究対象とされるのはSDF-1αおよびSDF-1βである[4]。SDF-1αは89アミノ酸残基(N末端のシグナル配列切断後、68残基;全長型SDF-1α(1–68)と呼ぶ)から構成される。
これらのアイソフォームはシグナル配列切断後、全長型分子として分泌される。その後、全長型SDF-1α(1–68)は、ヒト血清にさらされると、まずC末端でプロセッシングを受けてSDF-1α(1-67)となり、次にN末端がプロセッシングされ、SDF-1α(3-67)が生成される。一方、SDF-1β(1-72)は、N末端でのみプロセシングを受け、SDF-1β(3-72)になる。このN末端でのプロセッシングには、CD26(ジペプチジルペプチダーゼ)が関与している。CXCL12/SDF-1のプロセッシング後のN末端の最初の8残基は、CXCL12/SDF-1がCXCR4/CXCR7受容体活性化に必要な結合部位として機能することが知られている[5]。また、両者のC末端領域の違いは、安定性や受容体(CXCR4/CXCR7)への親和性に影響を与えると考えられている。
発現
組織分布
CXCL12/SDF-1とCXCR4mRNAは中枢神経系を含む広範な組織に発現している。SDF-1αとSDF-1βは多くの組織で恒常的に発現しており、特にSDF-1αはSDF-1βに比べてより広範な組織でみられる。その分解調節が生理的機能の維持において重要な役割を果たしている。
胎生期には脳の視床下部、終脳、間脳などで高発現し、神経細胞の移動に関与する[6] [7]。成人では、視床下部、海馬、脳室下帯(subventricular zone: SVZ)における神経幹細胞ニッチで発現が確認されている。もともと、骨髄ニッチを構成するストローマ細胞、骨芽細胞、血管内皮細胞などの支持細胞から分泌されることが示されている[1] [8]。
細胞内分布
CXCL12/SDF-1は基本的に細胞質で合成された後、分泌される可溶性因子である。分泌されたCXCL12/SDF-1は細胞表面や細胞外基質に結合し、濃度勾配を形成することでケモアトラクタントとして機能する。また、細胞外マトリクスとの結合は、その局所濃度の制御や機能発現において重要な役割を果たしている。
受容体
CXCL12/SDF-1の主要受容体はであるCXCR4であり、Gタンパク質共役型受容体(GPCR)としてのカップリング機構を備えていることが構造的に確認されている[9]。発生学的にも必須な受容体である[10]。CXCR4ノックアウトマウスは胎生致死となり、神経発生の異常を呈することが示されている。CXCR7(ACKR3)は当初、リガンドを補足するデコイ受容体と考えられていたが、現在ではシグナル伝達能も有することが知られており、CXCR4と異なる機能、特に発生後期や成人での神経細胞の生存や軸索誘導に関与している[11][12]。
機能
CXCL12/SDF-1は、CXCR4およびCXCR7と結合し、PI3K/Akt、MAPK/ERK経路などを活性化することにより、細胞の生存、移動、接着、形態形成を調節する[13]。一方で、骨髄においては、B細胞前駆体の発生や造血幹細胞の保持に必要である[8]。
脳発生過程では、CXCL12/SDF-1が神経前駆細胞の移動ガイダンスに必要不可欠である[14]。さらに成人脳では、神経幹細胞の維持やニューロン新生、さらには脳損傷後の再生促進に関与している。SDF-1/CXCR4軸は、損傷部位への幹細胞や末梢血単核球の動員にも重要な役割を果たす。また、顆粒球コロニー刺激因子 (G-CSF)の投与や化学療法によってCXCL12/SDF-1レベルが低下すると、造血幹細胞が骨髄から末梢血へ動員(mobilization)される[15]。
疾患との関わり
SDF-1/CXCR4軸は、多くの神経疾患と関連する。脳梗塞モデルでは、虚血部位への神経前駆細胞の動員を促進し、組織修復を促す効果が報告されている[16]。脳虚血後には、脳組織における低酸素誘導因子HIF-1αの発現が亢進し、その下流に位置するCXCL12/SDF-1発現が増加する。末梢単核球を低酸素刺激すると、HIF-1αの発現が増加し、それに伴いCXCR4の発現も増加する。結果として、低酸素刺激をした末梢血単核球を投与すると、脳虚血病変部位に集積し、血管新生、神経軸索進展を介して、脳虚血後に運動感覚機能が改善することが示されている。さらに、CXCR4阻害薬であるAMD3100(商品名:Mozobil®)によってSDF-1/CXCR4軸を阻害すると、この細胞遊走が減少することが示唆されている[17]。
一方、アルツハイマー病において血漿CXCL12/SDF-1高値と認知機能低下が神経炎症により関連する可能性が報告されている[18]。また、多発性硬化症においても、炎症細胞の遊走にCXCL12/SDF-1が関与しているとされる[19]。
なお、AMD3100は、G-CSFと併用することで造血幹細胞を末梢血中へ動員させ、造血幹細胞移植に向けた採取を可能にしている[20]。
関連用語
参考文献
- ↑ 1.0 1.1
Nagasawa, T., Kikutani, H., & Kishimoto, T. (1994).
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Murphy, J.W., Cho, Y., Sachpatzidis, A., Fan, C., Hodsdon, M.E., & Lolis, E. (2007).
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De La Luz Sierra, M., Yang, F., Narazaki, M., Salvucci, O., Davis, D., Yarchoan, R., ..., & Tosato, G. (2004).
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The role of CXCL12 isoforms in different physiological and pathological conditions. Cell Mol Immunol. 3(3), 193–199. - ↑
Liu, Y., Liu, A., Li, X., Liao, Q., Zhang, W., Zhu, L., & Ye, R.D. (2024).
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