「脂肪酸結合タンパク質7型」の版間の差分

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 BLBPはFABPファミリーの中で7番目に脳から単離されたため、FABP7もしくはB-FABPとも呼ばれる(本稿では、最近一般的に使用されているFABP7を用いる)。
<font size="+1">[http://researchmap.jp/read0017030 徳田 信子][http://ds.cc.yamaguchi-u.ac.jp/~org-anat/owada_j.html 大和田 祐二]</font><br>
 脳組織は[[wikipedia:ja:多価不飽和脂肪酸|多価不飽和脂肪酸]](PUFA)の含有率が高く、脳を構成する細胞のリン脂質膜には[[wikipedia:ja:ドコサヘキサエン酸|ドコサヘキサエン酸]](DHA)や[[wikipedia:ja:エイコサペンタエン酸|エイコサペンタエン酸]](EPA)などのPUFAが他の組織より多く含まれている。中枢神経系の細胞分化や[[シナプス]]形成の際にPUFAは必須の物質であり、脳の正常発達に不可欠である。また、PUFAの摂取不足は[[学習]]の低下や行動の異常を引き起こす。水に不溶なPUFAは、脂肪酸結合タンパク質FABPと結合して細胞内を移動し、脂質膜を構成し、[[シグナル伝達]]や[[wikipedia:ja:転写(生物学)|転写(生物学)]]制御を行う(Owada, Balendiran)。ヒトのFABP7は[[wikipedia:ja:遺伝子|遺伝子]]配列において、FABP分子ファミリーの中で構造的に最も近い心臓型FABP(FABP3)と92.3%の相同性を持つ(Liu, 2010)。
''山口大学 大学院 医学系研究科''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2012年4月20日 原稿完成日:2013年3月25日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/noriko1128 大隅 典子](東北大学 大学院医学系研究科 附属創生応用医学研究センター 脳神経科学コアセンター 発生発達神経科学分野)<br>
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==分子構造とリガンド結合能==
| Name = FABP7 (BLBP)
 タンパク質の構造は、131個の[[wikipedia:ja:アミノ酸|アミノ酸]]から構成され、[[wikipedia:ja:分子量|分子量]]は約15kDである。10個の逆平行&beta;構造が2枚の直交する&beta;シートを形成し、2つの短い&alpha;へリックスを持つ(Balendiran)。ヒトのFABP7はFABP分子ファミリーの中で構造的に最も近い心臓型FABP(FABP3)と[[wikipedia:ja:遺伝子|遺伝子]]配列で約92%、アミノ酸配列で約65%の相同性を持つ(Liu, 2010)。FABP7は、脂肪酸のなかでもDHAやEPAなどのn-3系脂肪酸と親和性が高い。なおFABP3はn-6系[[wikipedia:ja:脂肪酸|脂肪酸]]、表皮型FABP(FABP5)は飽和脂肪酸に親和性が高いとされる。
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}}
==発現の制御と機能==
 FABP7遺伝子はヒトで6番染色体短腕22-23、マウスでは10番染色体に存在している (NCBI website, http://www.ncbi.nlm.nih.gov/gene/?term=FABP7)。 発達期の脳のFABP7を制御する転写因子としてNotchシグナル経路、Reelin-[[DAB1]]、[[PAX]]6、NF-1、[[POU]]ドメインタンパク質が知られている。マウスではNotchシグナル経路、ラットではPAX6が特に重要な役割を果たすと考えられている (Leu2010, Arai)。
 FABPは核と細胞質の双方に発現しており、proliferator-activated receptor ([[wikipedia:ja:PPAR|PPAR]])を活性化することによって遺伝子を制御していると考えられている。肝臓型FABP1がPPAR&alpha;とPPAR&gamma;、脂肪細胞型FABP4と表皮型FABP5がPPAR&gamma;およびPPAR&beta;に結合することが明らかにされている一方、FABP7の[[wikipedia:ja:核内受容体|核内受容体]]との結合や転写調節の詳細は明らかではない(Liu, 2010)。いくつかの悪性腫瘍における発現解析結果から、PPAR&gamma;やretinoid X receptor&beta; (RXR&beta;)との関連が示唆されている (Mita, Liu 2012)。


英:fatty acid binding protein 英略称:FABP7
==神経系での局在と機能==
 胎児期の[[大脳皮質]]発達過程において[[神経細胞]]の移動の90%は[[放射状グリア細胞]]によって誘導されると考えられている。哺乳類の脳の発達期にFABP7は放射状グリア細胞に特異的に発現し、[[グリア細胞]]の突起の伸長や神経細胞の移動に関与している。FABP7の放射状グリアでの発現は神経細胞の移動によって誘導され、この誘導はNotchシグナル経路を介して行われている(Liu, 2010)。哺乳類のFABP7は神経細胞の新生が活発な胎生期の[[脳室]]および[[脳室下帯]]の[[神経上皮]]や成熟期[[海馬]][[歯状回]]顆粒細胞層の[[神経幹細胞]]に局在している。最近の研究では、FABP7が神経幹細胞の未分化性の維持に深く関わることが示されている(Arai, Maekawa)。これらの神経幹細胞の他に[[アストロサイト]]や[[オリゴデンドロサイト前駆細胞]](OPC)での局在が報告されている(Owada, Sharifi)。
 FABP7は様々な神経精神疾患、特に[[統合失調症]]の病態との関連が示唆されている。統合失調症患者群において、FABP7の2番目のエクソンに存在する[[一塩基多型]](SNP)で有意な相関が認められ、FABP7mRNAレベルが統合失調症患者の死後脳で非患者と比較して有意に上昇していることも明らかにされている。FABP7欠損マウスでは統合失調症の[[エンドフェノタイプ]]のひとつとされる[[プレパルスインヒビション]](PPI)が障害されている。PPIの機能障害は他の神経[[精神疾患]]([[アルツハイマー病]]、[[自閉症障害]]、[[双極性障害]]など)にも見られることから、これらの疾患にもFABP7が関与していると考えられている (Watanabe, Maekawa)。また、FABP7は[[ダウン症]]患者の脳に過剰に発現している(Liu 2010)。
 さらにFABP7はヒト悪性[[wikipedia:ja:膠芽腫|膠芽腫]]に発現し、FABP7の発現と生存率の間には有意の相関がある。ヒト悪性膠芽腫の浸潤と進行にFABP7は重要な役割を担っており、有効な予後マーカーになりうると考えられている(Mita, Liu 2010)。


同義語:Brain fatty acid binding protein (B-FABP)、Brain lipid-binding protein (BLBP)
==神経系以外での局在と機能==
 FABP7は[[wikipedia:ja:リンパ節|リンパ節]]など末梢性免疫臓器の[[wikipedia:ja:T細胞|T細胞]]領域特異的線維芽細胞(fibroblastic reticular cell, FRC)での局在や肝臓の[[wikipedia:ja:クッパー細胞|クッパー細胞]]での局在も報告されており、リンパ球の生存・移動や炎症反応への関与が示唆されている(Tokuda)。また、前述した悪性膠芽腫の他にも[[wikipedia:ja:乳癌|乳癌]]や[[wikipedia:ja:悪性黒色腫|悪性黒色腫]](Liu 2012)、[[wikipedia:ja:腎癌|腎癌]](Takaoka)などの種々の腫瘍での発現が知られており、腫瘍の増殖や浸潤に関わるとされている(Liu 2012)。


{{box|text=
 脂肪酸結合タンパク質(Fatty Acid Binding Protein: FABP)は、水に不溶な[[wikipedia:ja:多価不飽和脂肪酸|多価不飽和脂肪酸]]を可溶化する細胞内キャリアーであり、[[wikipedia:ja:リガンド|リガンド]]である[[wikipedia:ja:脂肪酸|脂肪酸]]の細胞内動態を制御し、[[wikipedia:ja:脂質|脂質]]代謝の恒常性維持や[[シグナル伝達]]に関与すると考えられている。FABPは、[[wikipedia:ja:分子構造|分子構造]]が互いに類似している12種類のサブタイプによって構成される分子ファミリーであり、それぞれの分子は最初に同定された組織や細胞に従って、、[[wikipedia:ja:脳|脳]]型 (B-FABP)、、[[wikipedia:ja:心臓|心臓]]型 (H-FABP)、[[wikipedia:ja:表皮|表皮]]型 (E-FABP)などと命名をされてきた。近年、同定された組織・細胞以外にも生体内で広範に分布していることが分かり、単離された順に数字で表すことが一般的になり、7番目に単離された脳型FABPはFABP7と表されるようになった<ref name="ref1"><pubmed> 18323691 </pubmed></ref>。
}}
 
==脂肪酸結合タンパク質7型とは==
 多価不飽和脂肪酸は水に不溶であるため脂肪酸結合タンパク質FABPと結合して細胞内を移動し、脂質膜を構成し、[[シグナル伝達]]や[[wikipedia:ja:転写|転写]]制御を行う。脳組織は[[wikipedia:ja:多価不飽和脂肪酸|多価不飽和脂肪酸]](PUFA)の含有率が高く、脳を構成する細胞のリン脂質膜には[[wikipedia:ja:ドコサヘキサエン酸|ドコサヘキサエン酸]](DHA)や[[wikipedia:ja:エイコサペンタエン酸|エイコサペンタエン酸]](EPA)などの多価不飽和脂肪酸が他の組織より多く含まれている。中枢神経系の[[細胞分化]]や[[シナプス]]形成の際に多価不飽和脂肪酸は必須の物質であり、脳の正常発達に不可欠である。また、多価不飽和脂肪酸の摂取不足は[[学習]]の低下や行動の異常を引き起こす。FABP7はn-3系脂肪酸に高い親和性を示し、胎生期および出生直後の脳に強い発現を認めることから、脂肪酸を介した神経可塑性の調節分子だと考えられている<ref name="ref1" /><ref name="ref2"><pubmed> 10854433 </pubmed></ref>。


== 分子構造とリガンド結合能  ==
(執筆者:徳田信子、大和田祐二 担当編集委員:大隅典子)
 
 タンパク質の構造は、131個の[[wikipedia:ja:アミノ酸|アミノ酸]]から構成され、[[wikipedia:ja:分子量|分子量]]は約15kDである。10個の逆平行β構造が2枚の直交するβシートを形成し、2つの短いαへリックスを持つ<ref name="ref2"/>。ヒトのFABP7は[[wikipedia:ja:遺伝子|遺伝子]]配列において、FABP分子ファミリーの中で構造的に最も近い心臓型FABP(FABP3)とcDNAの核酸配列で約92%、アミノ酸配列で約65%の相同性を持つ<ref name="ref3"><pubmed> 20563994 </pubmed></ref>。FABP7は、脂肪酸のなかでもDHAやEPAなどのn-3系脂肪酸と親和性が高い。なおFABP3はn-6系[[wikipedia:ja:脂肪酸|脂肪酸]]、[[wikipedia:ja:表皮|表皮]]型FABP(FABP5)は飽和脂肪酸に親和性が高いとされる<ref name="ref1" />。
 
== 発現の制御と機能  ==
 
 FABP7遺伝子は[[wikipedia:ja:ヒト|ヒト]]で6番染色体短腕22-23、[[wikipedia:ja:マウス|マウス]]では10番染色体に存在している。 発達期の脳のFABP7を制御する[[転写因子]]として[[Notch]]シグナル経路、[[リーリン]]-[[DAB1]]、[[PAX6]]、[[NF-1]]、[[POUドメイン]]タンパク質が知られている。マウスではNotchシグナル経路、[[wikipedia:ja:ラット|ラット]]ではPAX6が特に重要な役割を果たすと考えられている<ref name="ref3" /><ref name="ref4"><pubmed> 16237179 </pubmed></ref>。
 
 FABPファミリーは、脂肪酸などのリガンドを細胞質から核に輸送し、proliferator-activated receptor ([[wikipedia:ja:PPAR|PPAR]])などの[[核内受容体]]を活性化することによって遺伝子を制御していると考えられている。事実、[[wikipedia:ja:肝臓|肝臓]]型FABP1がPPARαとPPARγ、[[wikipedia:ja:脂肪細胞|脂肪細胞]]型FABP4と表皮型FABP5がPPARγおよびPPARβに結合することが明らかにされている<ref name="ref3" />。FABP7が直接結合する核内受容体やその[[wikipedia:ja:転写|転写]]調節機構の詳細は明らかになっていないが、最近の知見では、[[悪性膠芽腫]](U87細胞)や[[wikipedia:ja:乳がん|乳がん]]細胞(MDA-MB-435S細胞とBT20細胞)において、FABP7がDHAの核内輸送を介してPPARγやretinoid X receptorβ (RXRβ)の活性制御を行い、腫瘍細胞の浸潤・増殖に関与している可能性が示唆されている<ref name="ref5"><pubmed> 20834042 </pubmed></ref><ref name="ref6"><pubmed> 22322885 </pubmed></ref>。
 
== 神経系での局在と機能  ==
 
 胎児期の[[大脳皮質]]発達過程において[[神経細胞]]の移動は[[放射状グリア細胞]]によって誘導されると考えられている。[[wikipedia:ja:哺乳類|哺乳類]]の脳の発達期にFABP7は[[小脳]]の[[Bergmannグリア]]や、[[脊髄]]や大脳皮質の放射状グリア細胞([[神経幹細胞]])に高い発現を示し、大脳皮質や小脳の[[神経細胞移動]]に関与していると考えられている<ref name="ref7"><pubmed> 7956838 </pubmed></ref><ref name="ref8"><pubmed> 8161459 </pubmed></ref>。哺乳類のFABP7は神経細胞の新生が活発な胎生期の[[脳室帯]]および[[脳室下帯]]の[[神経上皮]]や成熟期[[海馬]][[歯状回]][[顆粒細胞]]層の神経幹細胞に局在している。最近の研究では、FABP7が神経幹細胞の未分化性の維持に深く関わることが示されている<ref name="ref4" /><ref name="ref9"><pubmed> 20057506 </pubmed></ref><ref name="ref10"><pubmed> 22581784 </pubmed></ref>。これらの神経幹細胞の他に[[アストロサイト]]や[[オリゴデンドロサイト前駆細胞]](OPC)での局在が報告されている<ref name="ref11"><pubmed> 21938553 </pubmed></ref>。
 
 FABP7は様々な神経精神疾患、特に[[統合失調症]]の病態との関連が示唆されている。統合失調症患者群において、FABP7の2番目のエクソンに存在する[[一塩基多型]](SNP)で有意な相関が認められ、FABP7 [[mRNA]]レベルが統合失調症患者の死後脳で非患者と比較して有意に上昇していることも明らかにされている。FABP7欠損マウスでは統合失調症の[[エンドフェノタイプ]]のひとつとされる[[プレパルスインヒビション]](PPI)が障害されている。PPIの機能障害は他の神経[[精神疾患]]([[アルツハイマー病]]、[[自閉症障害]]、[[双極性障害]]など)にも見られることから、これらの疾患にもFABP7が関与していると考えられている <ref name="ref9" /><ref name="ref12"><pubmed> 18001149 </pubmed></ref>。また、FABP7は[[ダウン症]]患者の脳に過剰に発現している<ref name="ref1" />。末梢神経系ではFABP7の発現は低いが、神経傷害時に[[シュワン細胞]]において発現誘導が認められ、シュワン細胞と再生神経軸索の接着に関与することが知られている<ref name="ref13"><pubmed> 12612091 </pubmed></ref>。さらにFABP7はヒト悪性膠芽腫に発現し、FABP7の発現と生存率の間には有意の相関がある。ヒト悪性膠芽腫の浸潤と進行にFABP7は重要な役割を担っており、有効な予後マーカーになりうると考えられている<ref name="ref5" />。
 
== 神経系以外での局在と機能  ==
 
 FABP7は[[wikipedia:ja:リンパ節|リンパ節]]など末梢性免疫臓器の[[wikipedia:ja:T細胞|T細胞]]領域特異的[[wikipedia:ja:線維芽細胞|線維芽細胞]](fibroblastic reticular cell, FRC)での局在や肝臓の[[wikipedia:ja:クッパー細胞|クッパー細胞]]での局在も報告されており、[[wikipedia:ja:リンパ球|リンパ球]]の生存・移動や炎症反応への関与が示唆されている<ref name="ref14"><pubmed> 21042809 </pubmed></ref>。また、前述した悪性膠芽腫や乳癌の他にも[[wikipedia:ja:悪性黒色腫|悪性黒色腫]]<ref name="ref6" />や[[wikipedia:ja:腎癌|腎癌]]<ref name="ref15"><pubmed> 21771320 </pubmed></ref>などの種々の腫瘍での発現が知られており、腫瘍の増殖や浸潤に関わるとされている。
 
== 参考文献  ==
 
<references />

2012年4月17日 (火) 20:30時点における版

 BLBPはFABPファミリーの中で7番目に脳から単離されたため、FABP7もしくはB-FABPとも呼ばれる(本稿では、最近一般的に使用されているFABP7を用いる)。  脳組織は多価不飽和脂肪酸(PUFA)の含有率が高く、脳を構成する細胞のリン脂質膜にはドコサヘキサエン酸(DHA)やエイコサペンタエン酸(EPA)などのPUFAが他の組織より多く含まれている。中枢神経系の細胞分化やシナプス形成の際にPUFAは必須の物質であり、脳の正常発達に不可欠である。また、PUFAの摂取不足は学習の低下や行動の異常を引き起こす。水に不溶なPUFAは、脂肪酸結合タンパク質FABPと結合して細胞内を移動し、脂質膜を構成し、シグナル伝達転写(生物学)制御を行う(Owada, Balendiran)。ヒトのFABP7は遺伝子配列において、FABP分子ファミリーの中で構造的に最も近い心臓型FABP(FABP3)と92.3%の相同性を持つ(Liu, 2010)。

分子構造とリガンド結合能

 タンパク質の構造は、131個のアミノ酸から構成され、分子量は約15kDである。10個の逆平行β構造が2枚の直交するβシートを形成し、2つの短いαへリックスを持つ(Balendiran)。ヒトのFABP7はFABP分子ファミリーの中で構造的に最も近い心臓型FABP(FABP3)と遺伝子配列で約92%、アミノ酸配列で約65%の相同性を持つ(Liu, 2010)。FABP7は、脂肪酸のなかでもDHAやEPAなどのn-3系脂肪酸と親和性が高い。なおFABP3はn-6系脂肪酸、表皮型FABP(FABP5)は飽和脂肪酸に親和性が高いとされる。

発現の制御と機能

 FABP7遺伝子はヒトで6番染色体短腕22-23、マウスでは10番染色体に存在している (NCBI website, http://www.ncbi.nlm.nih.gov/gene/?term=FABP7)。 発達期の脳のFABP7を制御する転写因子としてNotchシグナル経路、Reelin-DAB1PAX6、NF-1、POUドメインタンパク質が知られている。マウスではNotchシグナル経路、ラットではPAX6が特に重要な役割を果たすと考えられている (Leu2010, Arai)。  FABPは核と細胞質の双方に発現しており、proliferator-activated receptor (PPAR)を活性化することによって遺伝子を制御していると考えられている。肝臓型FABP1がPPARαとPPARγ、脂肪細胞型FABP4と表皮型FABP5がPPARγおよびPPARβに結合することが明らかにされている一方、FABP7の核内受容体との結合や転写調節の詳細は明らかではない(Liu, 2010)。いくつかの悪性腫瘍における発現解析結果から、PPARγやretinoid X receptorβ (RXRβ)との関連が示唆されている (Mita, Liu 2012)。

神経系での局在と機能

 胎児期の大脳皮質発達過程において神経細胞の移動の90%は放射状グリア細胞によって誘導されると考えられている。哺乳類の脳の発達期にFABP7は放射状グリア細胞に特異的に発現し、グリア細胞の突起の伸長や神経細胞の移動に関与している。FABP7の放射状グリアでの発現は神経細胞の移動によって誘導され、この誘導はNotchシグナル経路を介して行われている(Liu, 2010)。哺乳類のFABP7は神経細胞の新生が活発な胎生期の脳室および脳室下帯神経上皮や成熟期海馬歯状回顆粒細胞層の神経幹細胞に局在している。最近の研究では、FABP7が神経幹細胞の未分化性の維持に深く関わることが示されている(Arai, Maekawa)。これらの神経幹細胞の他にアストロサイトオリゴデンドロサイト前駆細胞(OPC)での局在が報告されている(Owada, Sharifi)。  FABP7は様々な神経精神疾患、特に統合失調症の病態との関連が示唆されている。統合失調症患者群において、FABP7の2番目のエクソンに存在する一塩基多型(SNP)で有意な相関が認められ、FABP7mRNAレベルが統合失調症患者の死後脳で非患者と比較して有意に上昇していることも明らかにされている。FABP7欠損マウスでは統合失調症のエンドフェノタイプのひとつとされるプレパルスインヒビション(PPI)が障害されている。PPIの機能障害は他の神経精神疾患アルツハイマー病自閉症障害双極性障害など)にも見られることから、これらの疾患にもFABP7が関与していると考えられている (Watanabe, Maekawa)。また、FABP7はダウン症患者の脳に過剰に発現している(Liu 2010)。  さらにFABP7はヒト悪性膠芽腫に発現し、FABP7の発現と生存率の間には有意の相関がある。ヒト悪性膠芽腫の浸潤と進行にFABP7は重要な役割を担っており、有効な予後マーカーになりうると考えられている(Mita, Liu 2010)。

神経系以外での局在と機能

 FABP7はリンパ節など末梢性免疫臓器のT細胞領域特異的線維芽細胞(fibroblastic reticular cell, FRC)での局在や肝臓のクッパー細胞での局在も報告されており、リンパ球の生存・移動や炎症反応への関与が示唆されている(Tokuda)。また、前述した悪性膠芽腫の他にも乳癌悪性黒色腫(Liu 2012)、腎癌(Takaoka)などの種々の腫瘍での発現が知られており、腫瘍の増殖や浸潤に関わるとされている(Liu 2012)。


(執筆者:徳田信子、大和田祐二 担当編集委員:大隅典子)