「想起・誤想起(記憶)」の版間の差分

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英語名:retrieval・false retrieval
<font size="+1">[http://researchmap.jp/memory-fmri 月浦 崇]</font><br>
''京都大学 人間・環境学研究科 認知科学分野''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2012年5月9日 原稿完成日:2013年2月3日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/read0048432 定藤 規弘](自然科学研究機構 生理学研究所 大脳皮質機能研究系)<br>
</div>


英語名:retrieval、false retrieval
 想起とは,記憶の基本的過程のひとつであり、保持している情報を適切なタイミングと場所で「思い出す」過程のことを指す。誤想起とは想起エラーのひとつであり、実際には記憶として保持していない事象を、保持しているものとして想起してしまうことである。想起はすべてのタイプの記憶に共通の過程であるが、想起意識がある場合(顕在的想起)とない場合(潜在的想起)とがある。これまでの認知神経科学的研究の成果から、特にエピソード記憶の想起には側頭葉内側面,前頭前野、頭頂葉などの領域が重要であることが知られている。また、エピソード記憶の想起時には誤想起時と比較して、記憶に付随している知覚的特徴の処理に関連する脳領域が、より大きな賦活を示すことが報告されている。


{{box|text=
== 想起・誤想起の心理学的概要  ==
 想起とは,記憶の基本的過程のひとつであり、保持している情報を適切なタイミングと場所で「思い出す」過程のことを指す。誤想起とは想起エラーのひとつであり、実際には記憶として保持していない事象を、保持しているものとして想起してしまうことである。想起はすべてのタイプの記憶に共通の過程であるが、想起意識がある場合(顕在的想起)とない場合(潜在的想起)とがある。これまでの認知神経科学的研究の成果から、特にエピソード記憶の想起には側頭葉内側面、前頭前野、頭頂葉などの領域が重要であることが知られている。また、エピソード記憶の想起時には誤想起時と比較して、記憶に付随している知覚的特徴の処理に関連する脳領域が、より大きな賦活を示すことが報告されている。
}}


== 心理学的概要  ==
 想起(または検索)は記憶の心理過程のひとつである。記憶は大きく分けて記銘・保持・想起の3つの過程から構成されていると考えられており、想起は保持されている情報を適切なタイミングと場所で「思い出す」(取り出す)過程のことを指す。想起は顕在的(想起意識がある場合)にも潜在的(想起意識がない場合)にも起こり得るが、ここでは特に断らない限り顕在的な想起過程について取り上げる。 


 想起(または検索)は記憶の心理過程のひとつである。記憶は大きく分けて[[記銘]]・保持・想起の3つの過程から構成されていると考えられており、想起は保持されている情報を適切なタイミングと場所で「思い出す」(取り出す)過程のことを指す。想起は顕在的(想起意識がある場合)にも潜在的(想起意識がない場合)にも起こり得るが、ここでは特に断らない限り顕在的な想起過程について取り上げる。 
 顕在記憶やエピソード記憶の想起過程を測定する方法として古くから用いられているのは、再生(recall)と再認(recognition)課題である。再生とは、保持されていた情報を、口頭や筆記、あるいは行為によって生成する課題であり、情報を自由に再生する場合を自由再生(free recall)、何らかの手がかりを利用して再生する場合を手がかり再生(cued recall)、一定の順序をもって再生する場合を系列再生(serial recall)と呼ぶ。一方、再認とは、提示された情報が記憶として保持されているものかどうかを参照する課題であり,提示された1つの情報に対して判断する諾否判断型(yes-no/ old-new judgment)再認と、提示された複数の項目から記憶に保持されている情報を選択する強制選択型(forced choice)再認とがある。具体的には、たとえば数十個の記憶項目(単語など)を記銘してもらい,それを再生してもらう課題を行う際に、順不同で自由に再生してもらう場合は「自由再生」,記銘した順番で再生してもらう場合は「系列再生」、(「あ」で始まる単語のように)語頭音などの手がかりを呈示して再生してもらう場合は「手がかり再生」に相当する、再認課題では、記銘したリストに含まれている項目と含まれていない項目をひとつずつランダムに提示して、それがリストに含まれていたかどうかを判断する場合は諾否判断型再認、リストに含まれていた項目と含まれていない項目とを混ぜて複数個を同時に提示し、そこからリストに含まれていた項目を選択する場合は強制選択型再認に相当する。また、再生や再認を行う場合に記憶項目リストの最初の部分の想起率が高くなることは初頭効果(primacy effect)、リストの終末部分の想起率が高くなることは親近性効果(recency effect)と呼ばれる。 


 顕在記憶やエピソード記憶の想起過程を測定する方法として古くから用いられているのは、[[再生]](recall)と[[再認]](recognition)課題である。再生とは、保持されていた情報を、口頭や筆記、あるいは行為によって生成する課題であり、情報を自由に再生する場合を[[自由再生]](free recall)、何らかの手がかりを利用して再生する場合を[[手がかり再生]](cued recall)、一定の順序をもって再生する場合を[[系列再生]](serial recall)と呼ぶ。
 エピソード記憶の想起過程は、主にRecollectionとFamiliarityの2つの過程に分類される。エピソード記憶には過去に体験した出来事の内容に加えて、その出来事を「いつ」(時間)「どこで」(場所)体験したのか、という文脈情報が含まれている。Recollectionの過程では、この過去に体験した出来事の内容に加えて、その出来事の詳細(時間や場所などの文脈情報を含む)が想起される。一方、Familiarityの過程は、体験した出来事の詳細は想起できないが、以前に体験したものであると感じる想起過程であると定義されている。これらの2つの過程は加齢によって異なる影響を受け、Recollectionは若年成人と比較して高齢者で低下する一方、Familiarityは加齢の影響をあまり受けないということが知られている<ref><pubmed>1610518</pubmed></ref>。 


 一方、再認とは、提示された情報が記憶として保持されているものかどうかを参照する課題であり,提示された1つの情報に対して判断する[[諾否判断型再認|諾否判断型(yes-no/ old-new judgment)再認]]と、提示された複数の項目から記憶に保持されている情報を選択する[[強制選択型再認|強制選択型(forced choice)再認]]とがある。
 想起の過程で観察されるエラーのひとつとして誤想起がある。誤想起とは、実際には経験していない出来事を、あたかも経験したかのように誤って想起してしまうことを指す。たとえば、「ニンジン、ピーマン、ホウレンソウ、ダイコン」、「あじさい,チューリップ、ひまわり、あさがお」のようにいくつかの意味カテゴリーに属する単語を記銘すると、その後の想起では「ゴボウ」や「コスモス」のように実際にはリストに含まれていないが記銘リストの意味カテゴリーに属する単語を、高い確率で誤って想起してしまうことが見られる<ref><pubmed>16157490</pubmed></ref>。このような誤想起は、若年者と比較して高齢者でより高い確率で認められることも知られている<ref><pubmed>9640584</pubmed></ref>。


 具体的には、たとえば数十個の記憶項目(単語など)を記銘してもらい,それを再生してもらう課題を行う際に、順不同で自由に再生してもらう場合は「[[自由再生]]」、記銘した順番で再生してもらう場合は「[[系列再生]]」、(「あ」で始まる単語のように)語頭音などの手がかりを呈示して再生してもらう場合は「[[手がかり再生]]」に相当する、再認課題では、記銘したリストに含まれている項目と含まれていない項目をひとつずつランダムに提示して、それがリストに含まれていたかどうかを判断する場合は諾否判断型再認、リストに含まれていた項目と含まれていない項目とを混ぜて複数個を同時に提示し、そこからリストに含まれていた項目を選択する場合は強制選択型再認に相当する。また、再生や再認を行う場合に記憶項目リストの最初の部分の想起率が高くなることは[[初頭効果]](primacy effect)、リストの終末部分の想起率が高くなることは[[親近性効果]](recency effect)と呼ばれる。 
== 想起・誤想起の神経基盤  ==


 エピソード記憶の想起過程は、主に[[recollection]]と[[familiarity]]の2つの過程に分類される。エピソード記憶には過去に体験した出来事の内容に加えて、その出来事を「いつ」(時間)「どこで」(場所)体験したのか、という文脈情報が含まれている。Recollectionの過程では、この過去に体験した出来事の内容に加えて、その出来事の詳細(時間や場所などの文脈情報を含む)が想起される。一方、familiarityの過程は、体験した出来事の詳細は想起できないが、以前に体験したものであると感じる想起過程であると定義されている。これらの2つの過程は加齢によって異なる影響を受け、recollectionは若年成人と比較して高齢者で低下する一方、familiarityは加齢の影響をあまり受けないということが知られている<ref><pubmed>1610518</pubmed></ref>。 
 エピソード記憶の想起過程に重要な脳領域のひとつは、海馬・海馬傍回を含む側頭葉内側面領域である。症例HMの報告<ref><pubmed>13406589</pubmed></ref>以来、側頭葉内側面領域がエピソード記憶に重要であることが知られているが、近年の脳機能イメージング研究の成果によって、エピソード記憶の想起において、側頭葉内側面に含まれるいくつかの領域が異なった役割を担っていることが明らかになってきている<ref><pubmed>17707683</pubmed></ref>。すなわち、前方の海馬傍回はFamiliarityの過程に関与し、海馬と後方の海馬傍回はRecollectionに関連するとされる。さらに、Recollectionに関連する海馬と後方の海馬傍回の間にも異なった役割があり、後方の海馬傍回はエピソード記憶の文脈情報の処理に関与する一方、海馬はエピソード記憶の文脈と前方の海馬傍回で処理されるエピソード記憶の項目とを連合する役割を担っているようである。エピソード記憶の想起におけるこのような側頭葉内側面領域での機能解離に関しては、現在も盛んに研究が進められている。 


 想起の過程で観察されるエラーのひとつとして誤想起がある。誤想起とは、実際には経験していない出来事を、あたかも経験したかのように誤って想起してしまうことを指す。たとえば、「ニンジン、ピーマン、ホウレンソウ、ダイコン」、「あじさい,チューリップ、ひまわり、あさがお」のようにいくつかの意味カテゴリーに属する単語を記銘すると、その後の想起では「ゴボウ」や「コスモス」のように実際にはリストに含まれていないが記銘リストの意味カテゴリーに属する単語を、高い確率で誤って想起してしまうことが見られる<ref><pubmed>16157490</pubmed></ref>。このような誤想起は、若年者と比較して高齢者でより高い確率で認められることも知られている<ref><pubmed>9640584</pubmed></ref>
 エピソード記憶の想起過程に重要な他の脳領域は前頭前野である。これまでの脳機能イメージング研究において、エピソード記憶の想起過程における前頭前野領域の役割について研究が進められ,多くの理論的枠組みが提唱されてきたが<ref><pubmed>8134342</pubmed></ref>、近年になってRecollectionとFamiliarityの間で異なった前頭前野領域が関与する可能性が示されている。すなわち、左の背外側前頭前野はRecollectionの過程に関連し、右の背外側前頭前野はFamiliarityの過程に関連するというものである<ref><pubmed>10234026</pubmed></ref><ref><pubmed>12457757</pubmed></ref>。他にも右背側前頭前野がエピソード記憶の想起中のモニタリングに関連するという報告<ref><pubmed>16400154</pubmed></ref>もあり、エピソード記憶の想起と前頭前野の関係については、さらなる研究が必要である。 


== 神経基盤  ==
 頭頂葉領域もエピソード記憶の想起過程に関与していることが知られている。古くから、内側頭頂葉(楔前部、後部帯状回、脳梁膨大後方)とエピソード記憶の想起には関連があることが知られており、特に楔前部は記憶に関連した視覚イメージの生成に重要な役割を果たすとされている<ref><pubmed>9343602</pubmed></ref>。しかし、近年になって外側頭頂葉もエピソード記憶の想起に関連していることが指摘されている<ref><pubmed>18641668</pubmed></ref>。これまでの脳機能イメージング研究では、Recollectionの過程には腹側の外側頭頂葉皮質がより関与し、Familiarityの過程にはより背側の外側頭頂葉皮質が関与することが示されている。古くから頭頂葉皮質は注意の機構に関連すると言われていることから<ref><pubmed>2183676</pubmed></ref>、エピソード記憶の想起に関連する背側の外側頭頂葉皮質はトップダウンな注意機構を反映し、腹側の外側頭頂葉皮質はボトムアップな注意機構を反映していることが示唆されている。しかし、エピソード記憶の想起における頭頂葉の関与については、未だに多くの謎が残っている。 


 エピソード記憶の想起過程に重要な脳領域のひとつは、[[海馬]]・[[海馬傍回]]を含む[[側頭葉内側面]]領域である。[[症例HM]]の報告<ref><pubmed>13406589</pubmed></ref>以来、側頭葉内側面領域がエピソード記憶に重要であることが知られているが、近年の[[脳機能イメージング]]研究の成果によって、エピソード記憶の想起において、側頭葉内側面に含まれるいくつかの領域が異なった役割を担っていることが明らかになってきている<ref><pubmed>17707683</pubmed></ref>。
 誤想起に関連する神経基盤に関しては、正しい記憶の想起に関連する神経基盤と部分的に異なった神経基盤が報告されている。想起と誤想起を分ける神経基盤に関する仮説として、先行研究の多くは、誤想起の際には正しい記憶を想起する際に認められる知覚・感覚皮質の活動が認められなくなる可能性を示唆している。たとえばあるfMRI研究は、抽象図形に対する記憶の想起と誤想起に関連する賦活パターンを比較して、先に記銘した抽象図形を正しく想起している際に、実際には記銘していない抽象図形を誤想起している際と比較して、正しい記憶の知覚特徴の処理を反映する視覚皮質の活動が認められたことを報告している<ref><pubmed>15156146</pubmed></ref>。実験参加者の主観では、想起と誤想起の間には違いがないはずであり、記銘した記憶項目に付随する知覚特徴の詳細の有無が、想起と誤想起の神経基盤を分けている点なのかもしれない。  
 
 すなわち、前方の海馬傍回はfamiliarityの過程に関与し、海馬と後方の海馬傍回はrecollectionに関連するとされる。さらに、recollectionに関連する海馬と後方の海馬傍回の間にも異なった役割があり、後方の海馬傍回はエピソード記憶の文脈情報の処理に関与する一方、海馬はエピソード記憶の文脈と前方の海馬傍回で処理されるエピソード記憶の項目とを連合する役割を担っているようである。エピソード記憶の想起におけるこのような側頭葉内側面領域での機能解離に関しては、現在も盛んに研究が進められている。 
 
 エピソード記憶の想起過程に重要な他の脳領域は[[前頭前野]]である。これまでの[[脳機能イメージング]]研究において、エピソード記憶の想起過程における前頭前野領域の役割について研究が進められ,多くの理論的枠組みが提唱されてきたが<ref><pubmed>8134342</pubmed></ref>、近年になってrecollectionとfamiliarityの間で異なった前頭前野領域が関与する可能性が示されている。すなわち、左の[[背外側前頭前野]]はrecollectionの過程に関連し、右の背外側前頭前野はfamiliarityの過程に関連するというものである<ref><pubmed>10234026</pubmed></ref><ref><pubmed>12457757</pubmed></ref>。他にも右背側前頭前野がエピソード記憶の想起中のモニタリングに関連するという報告<ref><pubmed>16400154</pubmed></ref>もあり、エピソード記憶の想起と前頭前野の関係については、さらなる研究が必要である。 
 
 [[頭頂葉]]領域もエピソード記憶の想起過程に関与していることが知られている。古くから、[[内側頭頂葉]]([[楔前部]]、[[後部帯状回]]、[[脳梁膨大後方]])とエピソード記憶の想起には関連があることが知られており、特に楔前部は記憶に関連した[[視覚]]イメージの生成に重要な役割を果たすとされている<ref><pubmed>9343602</pubmed></ref>。しかし、近年になって[[外側頭頂葉]]もエピソード記憶の想起に関連していることが指摘されている<ref><pubmed>18641668</pubmed></ref>。これまでの脳機能イメージング研究では、recollectionの過程には腹側の外側頭頂葉皮質がより関与し、familiarityの過程にはより背側の外側頭頂葉皮質が関与することが示されている。古くから頭頂葉皮質は注意の機構に関連すると言われていることから<ref><pubmed>2183676</pubmed></ref>、エピソード記憶の想起に関連する背側の外側頭頂葉皮質はトップダウンな注意機構を反映し、腹側の外側頭頂葉皮質はボトムアップな注意機構を反映していることが示唆されている。しかし、エピソード記憶の想起における頭頂葉の関与については、未だに多くの謎が残っている。 
 
 誤想起に関連する神経基盤に関しては、正しい記憶の想起に関連する神経基盤と部分的に異なった神経基盤が報告されている。想起と誤想起を分ける神経基盤に関する仮説として、先行研究の多くは、誤想起の際には正しい記憶を想起する際に認められる[[知覚]]・[[感覚皮質]]の活動が認められなくなる可能性を示唆している。たとえばある[[fMRI]]研究は、抽象図形に対する記憶の想起と誤想起に関連する賦活パターンを比較して、先に記銘した抽象図形を正しく想起している際に、実際には記銘していない抽象図形を誤想起している際と比較して、正しい記憶の知覚特徴の処理を反映する視覚皮質の活動が認められたことを報告している<ref><pubmed>15156146</pubmed></ref>。実験参加者の主観では、想起と誤想起の間には違いがないはずであり、記銘した記憶項目に付随する知覚特徴の詳細の有無が、想起と誤想起の神経基盤を分けている点なのかもしれない。  


== 関連項目  ==
== 関連項目  ==


*[[機能的磁気共鳴画像法]] (fMRI)
*[[機能的磁気共鳴画像法(fMRI)]]
*[[記憶の分類]]  
*[[記憶の分類]]  
*[[エピソード記憶]]  
*[[エピソード記憶]]  
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*[[前頭前野]]  
*[[前頭前野]]  
*[[頭頂葉]]
*[[頭頂葉]]
*[[記憶想起]]


== 参考文献  ==
== 参考文献  ==


<references />
<references />
(執筆者:月浦崇 担当編集委員:定藤規弘)

2012年5月9日 (水) 14:33時点における版

英語名:retrieval・false retrieval

 想起とは,記憶の基本的過程のひとつであり、保持している情報を適切なタイミングと場所で「思い出す」過程のことを指す。誤想起とは想起エラーのひとつであり、実際には記憶として保持していない事象を、保持しているものとして想起してしまうことである。想起はすべてのタイプの記憶に共通の過程であるが、想起意識がある場合(顕在的想起)とない場合(潜在的想起)とがある。これまでの認知神経科学的研究の成果から、特にエピソード記憶の想起には側頭葉内側面,前頭前野、頭頂葉などの領域が重要であることが知られている。また、エピソード記憶の想起時には誤想起時と比較して、記憶に付随している知覚的特徴の処理に関連する脳領域が、より大きな賦活を示すことが報告されている。

想起・誤想起の心理学的概要

 想起(または検索)は記憶の心理過程のひとつである。記憶は大きく分けて記銘・保持・想起の3つの過程から構成されていると考えられており、想起は保持されている情報を適切なタイミングと場所で「思い出す」(取り出す)過程のことを指す。想起は顕在的(想起意識がある場合)にも潜在的(想起意識がない場合)にも起こり得るが、ここでは特に断らない限り顕在的な想起過程について取り上げる。 

 顕在記憶やエピソード記憶の想起過程を測定する方法として古くから用いられているのは、再生(recall)と再認(recognition)課題である。再生とは、保持されていた情報を、口頭や筆記、あるいは行為によって生成する課題であり、情報を自由に再生する場合を自由再生(free recall)、何らかの手がかりを利用して再生する場合を手がかり再生(cued recall)、一定の順序をもって再生する場合を系列再生(serial recall)と呼ぶ。一方、再認とは、提示された情報が記憶として保持されているものかどうかを参照する課題であり,提示された1つの情報に対して判断する諾否判断型(yes-no/ old-new judgment)再認と、提示された複数の項目から記憶に保持されている情報を選択する強制選択型(forced choice)再認とがある。具体的には、たとえば数十個の記憶項目(単語など)を記銘してもらい,それを再生してもらう課題を行う際に、順不同で自由に再生してもらう場合は「自由再生」,記銘した順番で再生してもらう場合は「系列再生」、(「あ」で始まる単語のように)語頭音などの手がかりを呈示して再生してもらう場合は「手がかり再生」に相当する、再認課題では、記銘したリストに含まれている項目と含まれていない項目をひとつずつランダムに提示して、それがリストに含まれていたかどうかを判断する場合は諾否判断型再認、リストに含まれていた項目と含まれていない項目とを混ぜて複数個を同時に提示し、そこからリストに含まれていた項目を選択する場合は強制選択型再認に相当する。また、再生や再認を行う場合に記憶項目リストの最初の部分の想起率が高くなることは初頭効果(primacy effect)、リストの終末部分の想起率が高くなることは親近性効果(recency effect)と呼ばれる。 

 エピソード記憶の想起過程は、主にRecollectionとFamiliarityの2つの過程に分類される。エピソード記憶には過去に体験した出来事の内容に加えて、その出来事を「いつ」(時間)「どこで」(場所)体験したのか、という文脈情報が含まれている。Recollectionの過程では、この過去に体験した出来事の内容に加えて、その出来事の詳細(時間や場所などの文脈情報を含む)が想起される。一方、Familiarityの過程は、体験した出来事の詳細は想起できないが、以前に体験したものであると感じる想起過程であると定義されている。これらの2つの過程は加齢によって異なる影響を受け、Recollectionは若年成人と比較して高齢者で低下する一方、Familiarityは加齢の影響をあまり受けないということが知られている[1]。 

 想起の過程で観察されるエラーのひとつとして誤想起がある。誤想起とは、実際には経験していない出来事を、あたかも経験したかのように誤って想起してしまうことを指す。たとえば、「ニンジン、ピーマン、ホウレンソウ、ダイコン」、「あじさい,チューリップ、ひまわり、あさがお」のようにいくつかの意味カテゴリーに属する単語を記銘すると、その後の想起では「ゴボウ」や「コスモス」のように実際にはリストに含まれていないが記銘リストの意味カテゴリーに属する単語を、高い確率で誤って想起してしまうことが見られる[2]。このような誤想起は、若年者と比較して高齢者でより高い確率で認められることも知られている[3]

想起・誤想起の神経基盤

 エピソード記憶の想起過程に重要な脳領域のひとつは、海馬・海馬傍回を含む側頭葉内側面領域である。症例HMの報告[4]以来、側頭葉内側面領域がエピソード記憶に重要であることが知られているが、近年の脳機能イメージング研究の成果によって、エピソード記憶の想起において、側頭葉内側面に含まれるいくつかの領域が異なった役割を担っていることが明らかになってきている[5]。すなわち、前方の海馬傍回はFamiliarityの過程に関与し、海馬と後方の海馬傍回はRecollectionに関連するとされる。さらに、Recollectionに関連する海馬と後方の海馬傍回の間にも異なった役割があり、後方の海馬傍回はエピソード記憶の文脈情報の処理に関与する一方、海馬はエピソード記憶の文脈と前方の海馬傍回で処理されるエピソード記憶の項目とを連合する役割を担っているようである。エピソード記憶の想起におけるこのような側頭葉内側面領域での機能解離に関しては、現在も盛んに研究が進められている。 

 エピソード記憶の想起過程に重要な他の脳領域は前頭前野である。これまでの脳機能イメージング研究において、エピソード記憶の想起過程における前頭前野領域の役割について研究が進められ,多くの理論的枠組みが提唱されてきたが[6]、近年になってRecollectionとFamiliarityの間で異なった前頭前野領域が関与する可能性が示されている。すなわち、左の背外側前頭前野はRecollectionの過程に関連し、右の背外側前頭前野はFamiliarityの過程に関連するというものである[7][8]。他にも右背側前頭前野がエピソード記憶の想起中のモニタリングに関連するという報告[9]もあり、エピソード記憶の想起と前頭前野の関係については、さらなる研究が必要である。 

 頭頂葉領域もエピソード記憶の想起過程に関与していることが知られている。古くから、内側頭頂葉(楔前部、後部帯状回、脳梁膨大後方)とエピソード記憶の想起には関連があることが知られており、特に楔前部は記憶に関連した視覚イメージの生成に重要な役割を果たすとされている[10]。しかし、近年になって外側頭頂葉もエピソード記憶の想起に関連していることが指摘されている[11]。これまでの脳機能イメージング研究では、Recollectionの過程には腹側の外側頭頂葉皮質がより関与し、Familiarityの過程にはより背側の外側頭頂葉皮質が関与することが示されている。古くから頭頂葉皮質は注意の機構に関連すると言われていることから[12]、エピソード記憶の想起に関連する背側の外側頭頂葉皮質はトップダウンな注意機構を反映し、腹側の外側頭頂葉皮質はボトムアップな注意機構を反映していることが示唆されている。しかし、エピソード記憶の想起における頭頂葉の関与については、未だに多くの謎が残っている。 

 誤想起に関連する神経基盤に関しては、正しい記憶の想起に関連する神経基盤と部分的に異なった神経基盤が報告されている。想起と誤想起を分ける神経基盤に関する仮説として、先行研究の多くは、誤想起の際には正しい記憶を想起する際に認められる知覚・感覚皮質の活動が認められなくなる可能性を示唆している。たとえばあるfMRI研究は、抽象図形に対する記憶の想起と誤想起に関連する賦活パターンを比較して、先に記銘した抽象図形を正しく想起している際に、実際には記銘していない抽象図形を誤想起している際と比較して、正しい記憶の知覚特徴の処理を反映する視覚皮質の活動が認められたことを報告している[13]。実験参加者の主観では、想起と誤想起の間には違いがないはずであり、記銘した記憶項目に付随する知覚特徴の詳細の有無が、想起と誤想起の神経基盤を分けている点なのかもしれない。

関連項目

参考文献

  1. Parkin, A.J., & Walter, B.M. (1992).
    Recollective experience, normal aging, and frontal dysfunction. Psychology and aging, 7(2), 290-8. [PubMed:1610518] [WorldCat] [DOI]
  2. Pezdek, K., & Lam, S. (2007).
    What research paradigms have cognitive psychologists used to study "false memory," and what are the implications of these choices? Consciousness and cognition, 16(1), 2-17. [PubMed:16157490] [WorldCat] [DOI]
  3. Tun, P.A., Wingfield, A., Rosen, M.J., & Blanchard, L. (1998).
    Response latencies for false memories: gist-based processes in normal aging. Psychology and aging, 13(2), 230-41. [PubMed:9640584] [WorldCat]
  4. SCOVILLE, W.B., & MILNER, B. (1957).
    Loss of recent memory after bilateral hippocampal lesions. Journal of neurology, neurosurgery, and psychiatry, 20(1), 11-21. [PubMed:13406589] [PMC] [WorldCat] [DOI]
  5. Diana, R.A., Yonelinas, A.P., & Ranganath, C. (2007).
    Imaging recollection and familiarity in the medial temporal lobe: a three-component model. Trends in cognitive sciences, 11(9), 379-86. [PubMed:17707683] [WorldCat] [DOI]
  6. Tulving, E., Kapur, S., Craik, F.I., Moscovitch, M., & Houle, S. (1994).
    Hemispheric encoding/retrieval asymmetry in episodic memory: positron emission tomography findings. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America, 91(6), 2016-20. [PubMed:8134342] [PMC] [WorldCat] [DOI]
  7. Henson, R.N., Rugg, M.D., Shallice, T., Josephs, O., & Dolan, R.J. (1999).
    Recollection and familiarity in recognition memory: an event-related functional magnetic resonance imaging study. The Journal of neuroscience : the official journal of the Society for Neuroscience, 19(10), 3962-72. [PubMed:10234026] [PMC] [WorldCat]
  8. Dobbins, I.G., Rice, H.J., Wagner, A.D., & Schacter, D.L. (2003).
    Memory orientation and success: separable neurocognitive components underlying episodic recognition. Neuropsychologia, 41(3), 318-33. [PubMed:12457757] [WorldCat] [DOI]
  9. Fleck, M.S., Daselaar, S.M., Dobbins, I.G., & Cabeza, R. (2006).
    Role of prefrontal and anterior cingulate regions in decision-making processes shared by memory and nonmemory tasks. Cerebral cortex (New York, N.Y. : 1991), 16(11), 1623-30. [PubMed:16400154] [WorldCat] [DOI]
  10. Fletcher, P.C., Frith, C.D., Baker, S.C., Shallice, T., Frackowiak, R.S., & Dolan, R.J. (1995).
    The mind's eye--precuneus activation in memory-related imagery. NeuroImage, 2(3), 195-200. [PubMed:9343602] [WorldCat] [DOI]
  11. Cabeza, R., Ciaramelli, E., Olson, I.R., & Moscovitch, M. (2008).
    The parietal cortex and episodic memory: an attentional account. Nature reviews. Neuroscience, 9(8), 613-25. [PubMed:18641668] [PMC] [WorldCat] [DOI]
  12. Posner, M.I., & Petersen, S.E. (1990).
    The attention system of the human brain. Annual review of neuroscience, 13, 25-42. [PubMed:2183676] [WorldCat] [DOI]
  13. Slotnick, S.D., & Schacter, D.L. (2004).
    A sensory signature that distinguishes true from false memories. Nature neuroscience, 7(6), 664-72. [PubMed:15156146] [WorldCat] [DOI]


(執筆者:月浦崇 担当編集委員:定藤規弘)