「分裂促進因子活性化タンパク質キナーゼ」の版間の差分
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英語名:Mitogen-activated Protein Kinase 英語略名:MAPK | |||
同義語:MAPキナーゼ、MAP kinase、マイトジェン活性化[[プロテインキナーゼ]]、分裂促進因子活性化[[タンパク質キナーゼ]] | |||
分裂促進因子活性化[[タンパク質キナーゼ]] (Mitogen-activated Protein Kinase, MAPK) とは様々な刺激によって活性化されるセリン/スレオニンキナーゼの一種で、活性化されたMAPKは転写因子などの基質をリン酸化し、増幅されたシグナルが[[核]]に伝わることで、基質や刺激に応じた[[細胞増殖]]や[[細胞分化]]、[[wikipedia:ja:アポトーシス|アポトーシス]]などの[[ストレス]]応答反応を引き起こす。 | |||
分裂促進因子活性化[[タンパク質キナーゼ]] (Mitogen-activated Protein Kinase, MAPK) | |||
==MAPKとは== | ==MAPKとは== | ||
[[ | MAPKは様々な刺激によって活性化される[[wikipedia:ja:プロテインキナーゼ|セリン/スレオニンキナーゼ]]の一種で、上流の[[wikipedia:ja:プロテインキナーゼ|セリン/スレオニン/チロシンキナーゼ]]であるMAPKキナーゼ (MAPK Kinase, MAPKK) によるリン酸化を受けて活性化し、さらにMAPKKは上流のMAPKKキナーゼ (MAPKK Kinase, MAPKKK) によるリン酸化を受けて活性化する。この一連のリン酸化シグナルカスケードはMAPキナーゼカスケードと呼ばれ、酵母から哺乳類に至るまで真核生物において進化的に高度に保存された[[シグナル伝達]]経路である。MAPキナーゼはその活性化にキナーゼサブドメインⅦとⅧの間の活性化ループに存在するスレオニン/チロシン両残基のリン酸化を必要とするが、それら特徴を備えたMAPキナーゼは、分子のアミノ酸の一次配列の相同性に基づいて細胞外シグナル調節キナーゼ (Extracellular Signal-regulated Kinase, ERK)、p38、c-Jun N端末キナーゼ (c-Jun N-terminal kinase, JNK) に分類される。 | ||
==ERK== | ==ERK== | ||
===ERKとは=== | ===ERKとは=== | ||
ERKは[[上皮成長因子|EGF]] | ERKは[[上皮成長因子|EGF]]や血清刺激、[[wikipedia:ja:酸化ストレス|酸化ストレス]]などによって活性化されるMAPKのサブファミリーで、ERKはその関わるシグナル伝達経路の違いからERK1/2, ERK5, ERK7, ERK8に分けられる。[[wikipedia:ja:上皮増殖促進因子受容体|上皮増殖促進因子受容体]] (Epidermal Growth Factor Receptor, EGFR) などのチロシンキナーゼ受容体にリガンドが結合することでシグナルが流れた結果、ERKの活性化ループに存在するTEYモチーフがリン酸化されて活性化する。ERK1/2は分子量が44 kDaのERK1と42 kDaのERK2から成り、アミノ酸配列の一次構造は互いに85%の相同性を有する。上流のMAPKKKはRafやMos、MAPKKはMEK1/2で、ERK1/2はEGF刺激などの結果MEK1/2にリン酸化されて活性化すると、[[wikipedia:Elk1|Elk1]]や[[wikipedia:c-Myc|c-Myc]]などの転写因子、または[[wikipedia:Ribosomal s6 kinase|RSK]]などのリン酸化酵素をリン酸化することで細胞増殖シグナルを活性化する。ERK5は、N端はERK1/2と高い相同性を示すがC末はERK1/2に比べて長く、分子量は115 kDa と他のMAPKの約2倍の大きさである。上流のMAPKKKはMEKK2とMEKK3、MAPKKはMEK5であり、酸化ストレスや血清刺激、EGF刺激によって活性化されるとSap1a, [[wikipedia:c-Myc|c-Myc]], [[wikipedia:Ribosomal s6 kinase|RSK]]などの基質をリン酸化し、ERK1/2同様に細胞増殖シグナルを活性化する。ERK7は他のERK分子同様リン酸化をうけるTEYモチーフを持つが、上流の活性化因子は報告されておらず、自己リン酸化によって活性化されることが知られている<ref><pubmed> 11287416 </pubmed></ref>。他のERK分子と異なりEGF刺激による活性化は起こらないが、血清飢餓刺激によって活性化されることが知られている<ref><pubmed> 9891064 </pubmed></ref>。ERK8は約60 kDaのタンパク質で、ERK7とアミノ酸の一次配列において約69 %の相同性をもつ。ERK8はERK7同様上流のMAPKKが報告されておらず、またEGFや[[wikipedia:ja:12-O-テトラデカノイルホルボール 13-アセタート|PMA]]刺激による活性変化はほぼ見られない。[[wikipedia:ja:過酸化水素|過酸化水素]]や[[wikipedia:ja:浸透圧|浸透圧]]刺激によって活性化されるが、その活性化の生理的な意義は未だよくわかっていない<ref><pubmed> 16336213 </pubmed></ref>。 | ||
===神経系とERKの関わり=== | ===神経系とERKの関わり=== | ||
ERK1/2が神経系に及ぼす多くの影響が報告されている。[[神経伝達物質]]によってERKが活性化されることが知られており、[[ | ERK1/2が神経系に及ぼす多くの影響が報告されている。[[神経伝達物質]]によってERKが活性化されることが知られており、[[興奮性シナプス|興奮性神経]]伝達を担う[[グルタミン酸受容体]]においては、[[NMDA型グルタミン酸受容体|NMDA型]]と[[代謝活性型グルタミン酸受容体|代謝型]]の受容体が共にERK1/2の活性化に寄与していると言われている<ref><pubmed> 10341237 </pubmed></ref>。[[グルタミン酸受容体]]の活性化に伴うカルシウムの細胞質への流入や[[wikipedia:protein kinase a|PKA]]の活性化によって活性化されたERK1/2は[[wikipedia:ja:CREB|CREB]]のリン酸化などを通して様々な遺伝子の発現制御を行っている。 | ||
[[シナプス可塑性]]とERK1/2の関連性も報告されている。マウス[[視床下部]]細胞では[[NMDA型グルタミン酸受容体|NMDA型受容体]]の活性化時に神経細胞間で[[長期増強]]が引き起こされるが、このような神経細胞ではERK1/2が活性化されている。このERK1/2の活性を阻害することで[[NMDA型グルタミン酸受容体|NMDA型受容体]]依存的な[[長期増強]]が抑制されることが明らかになっている<ref><pubmed> 15689566 </pubmed></ref>。また、[[海馬]]のシナプス前細胞に繰り返し電気刺激を与えることで形成される[[長期増強]]において、刺激時にERK1/2が活性化されること、またその阻害剤によってこの[[長期増強]]が阻害されることも報告されている<ref><pubmed> 11749838 </pubmed></ref><ref><pubmed> 9235897 </pubmed></ref>。 | |||
[[シナプス可塑性]]とERK1/ | その他、ERKの活性が[[wikipedia:ja:AMPA型グルタミン酸受容体|AMPA受容体]]の輸送や[[シナプス]]の構造変化において重要な役割を果たすという報告もなされている<ref><pubmed> 21147168 </pubmed></ref>。 | ||
ERK5は発生初期の脳において発現が強く見られ、脳の皮質幹細胞が神経細胞に分化する過程にその活性が重要であることが示されている<ref><pubmed> 16766652 </pubmed></ref>。また、ERK1とERK2は脳において[[wikipedia:ja:環状アデノシン一リン酸|cAMP]]や[[神経栄養因子]]、皮質ニューロンの活性化によって活性化されるが、ERK5は[[神経栄養因子]]によってのみ活性化される<ref><pubmed> 21647938 </pubmed></ref> 。[[神経栄養因子]]とERK5の関係については、[[神経栄養因子]]飢餓状態の脳の皮質ニューロンに[[脳由来神経栄養因子]] (Brain-Derived Nutrient Factor, BDNF) を添加することでBDNFによる神経保護が引き起こされるのだが、この過程においてERK5の活性化によってMEF2を介した遺伝子発現が誘導されることが重要であると示唆されている<ref><pubmed> 12826611 </pubmed></ref>。その他、自殺者の視床下部においてERK5とその上流のMAPKKであるMEK5の活性が低下傾向にあること、ERK5のmRNAとタンパク質の量が減少していることなどが示唆されている<ref><pubmed> 17342168 </pubmed></ref>。ERK7、ERK8に関しては、脳において機能的な役割を果たしているという報告はなされていない。 | |||
==p38== | ==p38== | ||
===p38とは=== | ===p38とは=== | ||
p38はα, β, δ, | p38はα, β, δ, γの4種類の[[wikipedia:Protein isoform|アイソフォーム]]を持つMAPKのサブファミリーで、様々な環境ストレスや[[wikipedia:cytokine|炎症性サイトカイン]]によって活性化される。p38を活性化するほとんどのストレスはJNKも活性化する。上流のMAPKKはMKK3とMKK6であり、MKK3はp38αとp38βのみを活性化させるがMKK6は全てのアイソフォームを活性化させられる。上流のMAPKKKは[[wikipedia:ASK1|ASK1]]や[[wikipedia:MAP3K7|TAK1]]、TAOや[[wikipedia:MAP3K4|MEKK4]]など様々な分子が知られており、それぞれのMAPKKKに応じた活性化刺激によって下流にシグナルが伝えられ、p38が活性化された結果MAPKAPKや[[wikipedia:Activating transcription factor 2|ATF2]]などの様々な基質がリン酸化され、ストレス応答反応が引き起こされる<ref><pubmed> 11274345 </pubmed></ref>。 | ||
===神経系とp38との関わり=== | ===神経系とp38との関わり=== | ||
[[海馬]]では繰り返しの高周波による脱分極刺激によって記憶の[[長期抑制]]が起こることが知られているが、[[海馬]]の[[CA1]]領域において[[長期抑制]]が起こっている際にp38が活性化されていること、そしてp38の阻害剤によってその[[長期抑制]]が阻害されることが明らかになっている<ref><pubmed> 11036267 </pubmed></ref>。神経細胞においてp38が[[酸化ストレス]]や[[wikipedia:cytokine|炎症性サイトカイン]]刺激によって活性化すると、[[細胞骨格]]タンパク質のリン酸化、[[wikipedia:cytokine|サイトカイン]]の産生や[[wikipedia:ja:一酸化窒素合成酵素|NOS]]の発現を介する[[wikipedia:ja:一酸化窒素|NO]]の産生によって神経変性を促進することが知られている。[[筋萎縮側索硬化症]] (Amyotrophic Lateral Sclerosis, ALS) はその発症原因として[[運動ニューロン|運動神経]]の[[細胞死]]との関連が示唆されているが、ALSのモデルとして用いられている[[wikipedia:ja:スーパーオキシドディスムターゼ|SOD1]]変異体を発現しているトランスジェニックマウスにおいては、ALSの進行時のマウスの腰椎に存在する運動神経にp38が多量に発現していることから、ALSの進行とp38の関連が示唆されている<ref><pubmed> 12812752 </pubmed></ref>。神経障害性[[疼痛]]の症状を呈する患者に対してp38の阻害剤の経口投与を行った臨床実験においては、対照群と比較して有意に痛みが減少したという報告もなされている<ref><pubmed> 21576029 </pubmed></ref>。神経細胞周囲においてグルタミン酸濃度が高濃度に達することでグルタミン酸興奮毒性が起こるが、その結果引き起こされる神経細胞の[[wikipedia:ja:アポトーシス|アポトーシス]]の過程において[[wikipedia:Rho-associated protein kinase|Rhoキナーゼ]]の活性化に伴うp38の活性化の必要性が示唆されている<ref><pubmed> 17369826 </pubmed></ref>。視床下部の[[CA3]]と[[CA1]]においてp38がグルタミン酸受容体依存的な[[長期抑制|LTD]]の誘導に必要であるという報告もなされている<ref><pubmed> 11036267 </pubmed></ref>。 | |||
==JNK== | ==JNK== | ||
===JNKとは=== | ===JNKとは=== | ||
JNKは哺乳類ではjnk1, jnk2, jnk3の3つの遺伝子を持ち、それぞれに代表的な分子量46 kDaと54 kDaのアイソフォームを含めて複数の[[wikipedia:ja:スプライシング|スプライシング]]フォームが存在する<ref><pubmed> 16054242 </pubmed></ref>。[[wikipedia:ja:シクロヘキシミド|シクロヘキシミド]] | JNKは哺乳類ではjnk1, jnk2, jnk3の3つの遺伝子を持ち、それぞれに代表的な分子量46 kDaと54 kDaのアイソフォームを含めて複数の[[wikipedia:ja:スプライシング|スプライシング]]フォームが存在する<ref><pubmed> 16054242 </pubmed></ref>。[[wikipedia:ja:シクロヘキシミド|シクロヘキシミド]]を用いたタンパク質合成阻害刺激によって活性化するキナーゼとして同定され、その後温度刺激や酸化ストレス、機械的刺激などの多くのストレス刺激に対して活性化することが明らかになった<ref><pubmed> 7592807 </pubmed></ref>。上流のMAPKKは[[wikipedia:MAP2K4|SEK1]] (MKK4) と[[wikipedia:MAP2K7|MKK7]]、上流のMAPKKKは[[wikipedia:MAP3K1|MEKK1]]、[[wikipedia:MAP3K5|ASK1]]、MLK2やMLK3などであり、それぞれのMAPKKKに応じた活性化刺激によって下流にシグナルが伝達され、JNKが活性化された結果[[wikipedia:c-jun|c-Jun]]や[[wikipedia:Activating transcription factor 2|ATF2]]、[[wikipedia:Elk1|Elk1]]など転写因子を含む様々な基質がリン酸化され、ストレス応答反応が引き起こされる。JNK1とJNK2はユビキタスに発現が見られるが、JNK3は脳、心臓、睾丸において選択的に発現している。 | ||
===神経系とJNKとの関わり=== | ===神経系とJNKとの関わり=== | ||
遺伝子欠損マウスの実験の結果、JNK1, JNK2, | 遺伝子欠損マウスの実験の結果、JNK1, JNK2, JNK3は脳において異なる役割を果たすことが明らかになっている。[[グルタミン酸受容体]]の[[wikipedia:ja:アゴニスト|アゴニスト]]である[[wikipedia:ja:カイニン酸|カイニン酸]]はマウスに対する投与において[[てんかん|癲癇]]に似た発作を引き起こすが、このときに[[視床下部]]において神経細胞の[[wikipedia:ja:アポトーシス|アポトーシス]]が起こることが知られている。しかし、JNK3のノックアウトマウスは[[wikipedia:ja:カイニン酸|カイニン酸]]誘導性の発作に対して抵抗性を示し、さらに[[視床下部]]の神経細胞における[[wikipedia:ja:アポトーシス|アポトーシス]]も減弱していることが明らかになっている<ref><pubmed> 9349820 </pubmed></ref>。また、各アイソフォームを組み合わせたダブルノックアウトマウスの解析から、JNK1とJNK2のどちらかが存在することが脳の発生時に必要な[[wikipedia:ja:アポトーシス|アポトーシス]]において重要であることが示されている<ref><pubmed> 10230788 </pubmed></ref><ref><pubmed> 10559486 </pubmed></ref>。JNK1とJNK2のダブルノックアウトマウスは胚性致死であるが、これは脳幹形成時の後脳における[[wikipedia:ja:アポトーシス|アポトーシス]]が起こらないことが原因である<ref><pubmed> 10230788 </pubmed></ref><ref><pubmed> 10559486 </pubmed></ref>。しかしこの変異体の前脳においては[[wikipedia:ja:アポトーシス|アポトーシス]]が亢進しており、JNK1とJNK2が前脳と後脳における[[wikipedia:ja:アポトーシス|アポトーシス]]を逆向きに調節していることが示唆されている。 | ||
その他、[[脳由来神経栄養因子|BDNF]]が神経細胞に作用することが軸索の分岐や軸索の伸長に重要であるが、[[脳由来神経栄養因子|BDNF]]刺激によって神経細胞内で脱リン酸化酵素であるMKP-1の発現が誘導され、そのMKP-1によってJNKが脱リン酸化により不活性化される。この結果、JNKの基質であるスタスミンがリン酸化できずに微小管の安定性が低下して軸索分岐や伸張が引き起こされることが、MKP-1のノックアウトマウス由来の神経細胞を用いた実験によって明らかになっている<ref><pubmed> 20935641 </pubmed></ref>。線虫における神経損傷後において、成長因子であるSVH-1がその受容体であるSVH-2に作用することで神経再生が起こるが、その過程でJNKが活性化されることの重要性が示唆されている<ref><pubmed> 22388962 </pubmed></ref>。神経変性疾患とJNKの関連も報告があり、ハンチントン病の病原因子である変異ハンチントンタンパク質 (Htt) は速い軸索輸送を阻害することで[[ハンチントン病]]を引き起こすという仮説が立てられているが、このHttが神経細胞軸索のJNK3を特異的に活性化し、JNK3の基質である[[キネシン|キネシン1]]のモータードメインがリン酸化されることで[[キネシン|キネシン1]]が[[微小管]]に結合するのが阻害され、速い[[軸索輸送]]が阻害されているという報告がなされている<ref><pubmed> 19525941 </pubmed></ref>。 | |||
==神経細胞におけるMAPKの相互作用== | ==神経細胞におけるMAPKの相互作用== | ||
虚血状態や損傷をうけた脳において、神経細胞は[[wikipedia:ja:アポトーシス|アポトーシス]]による神経細胞死を引き起こすが、この神経細胞死を引き起こす過程においてMAPKは重要な役割を果たしている。神経細胞分化のモデルとして用いられる[[wikipedia:PC12 cell line|PC12細胞]]は[[神経成長因子]] (NGF) 飢餓刺激によって[[wikipedia:ja:アポトーシス|アポトーシス]]が引き起こされるが、NGF飢餓刺激によってp38とJNKの持続的な活性化とERKの持続的な不活性化が引き起こされる。このときp38またはJNKの活性を阻害すること、またはERKを強制的に活性化することで[[wikipedia:ja:アポトーシス|アポトーシス]]が起こらなくなることなどから、MAPKの分子間での活性化と不活性化のバランスが神経細胞死において重要であることが示唆されている<ref><pubmed> 7481820 </pubmed></ref>。 | |||
==関連項目== | ==関連項目== | ||
[[ストレス]] | |||
[[細胞死]] | |||
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[[シグナル伝達]] | |||
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==参考文献== | ==参考文献== | ||
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(執筆者:石川広幸、名黒功、一條秀憲、担当編集委員:柚崎通介) |
2012年5月30日 (水) 00:32時点における版
英語名:Mitogen-activated Protein Kinase 英語略名:MAPK
同義語:MAPキナーゼ、MAP kinase、マイトジェン活性化プロテインキナーゼ、分裂促進因子活性化タンパク質キナーゼ
分裂促進因子活性化タンパク質キナーゼ (Mitogen-activated Protein Kinase, MAPK) とは様々な刺激によって活性化されるセリン/スレオニンキナーゼの一種で、活性化されたMAPKは転写因子などの基質をリン酸化し、増幅されたシグナルが核に伝わることで、基質や刺激に応じた細胞増殖や細胞分化、アポトーシスなどのストレス応答反応を引き起こす。
MAPKとは
MAPKは様々な刺激によって活性化されるセリン/スレオニンキナーゼの一種で、上流のセリン/スレオニン/チロシンキナーゼであるMAPKキナーゼ (MAPK Kinase, MAPKK) によるリン酸化を受けて活性化し、さらにMAPKKは上流のMAPKKキナーゼ (MAPKK Kinase, MAPKKK) によるリン酸化を受けて活性化する。この一連のリン酸化シグナルカスケードはMAPキナーゼカスケードと呼ばれ、酵母から哺乳類に至るまで真核生物において進化的に高度に保存されたシグナル伝達経路である。MAPキナーゼはその活性化にキナーゼサブドメインⅦとⅧの間の活性化ループに存在するスレオニン/チロシン両残基のリン酸化を必要とするが、それら特徴を備えたMAPキナーゼは、分子のアミノ酸の一次配列の相同性に基づいて細胞外シグナル調節キナーゼ (Extracellular Signal-regulated Kinase, ERK)、p38、c-Jun N端末キナーゼ (c-Jun N-terminal kinase, JNK) に分類される。
ERK
ERKとは
ERKはEGFや血清刺激、酸化ストレスなどによって活性化されるMAPKのサブファミリーで、ERKはその関わるシグナル伝達経路の違いからERK1/2, ERK5, ERK7, ERK8に分けられる。上皮増殖促進因子受容体 (Epidermal Growth Factor Receptor, EGFR) などのチロシンキナーゼ受容体にリガンドが結合することでシグナルが流れた結果、ERKの活性化ループに存在するTEYモチーフがリン酸化されて活性化する。ERK1/2は分子量が44 kDaのERK1と42 kDaのERK2から成り、アミノ酸配列の一次構造は互いに85%の相同性を有する。上流のMAPKKKはRafやMos、MAPKKはMEK1/2で、ERK1/2はEGF刺激などの結果MEK1/2にリン酸化されて活性化すると、Elk1やc-Mycなどの転写因子、またはRSKなどのリン酸化酵素をリン酸化することで細胞増殖シグナルを活性化する。ERK5は、N端はERK1/2と高い相同性を示すがC末はERK1/2に比べて長く、分子量は115 kDa と他のMAPKの約2倍の大きさである。上流のMAPKKKはMEKK2とMEKK3、MAPKKはMEK5であり、酸化ストレスや血清刺激、EGF刺激によって活性化されるとSap1a, c-Myc, RSKなどの基質をリン酸化し、ERK1/2同様に細胞増殖シグナルを活性化する。ERK7は他のERK分子同様リン酸化をうけるTEYモチーフを持つが、上流の活性化因子は報告されておらず、自己リン酸化によって活性化されることが知られている[1]。他のERK分子と異なりEGF刺激による活性化は起こらないが、血清飢餓刺激によって活性化されることが知られている[2]。ERK8は約60 kDaのタンパク質で、ERK7とアミノ酸の一次配列において約69 %の相同性をもつ。ERK8はERK7同様上流のMAPKKが報告されておらず、またEGFやPMA刺激による活性変化はほぼ見られない。過酸化水素や浸透圧刺激によって活性化されるが、その活性化の生理的な意義は未だよくわかっていない[3]。
神経系とERKの関わり
ERK1/2が神経系に及ぼす多くの影響が報告されている。神経伝達物質によってERKが活性化されることが知られており、興奮性神経伝達を担うグルタミン酸受容体においては、NMDA型と代謝型の受容体が共にERK1/2の活性化に寄与していると言われている[4]。グルタミン酸受容体の活性化に伴うカルシウムの細胞質への流入やPKAの活性化によって活性化されたERK1/2はCREBのリン酸化などを通して様々な遺伝子の発現制御を行っている。 シナプス可塑性とERK1/2の関連性も報告されている。マウス視床下部細胞ではNMDA型受容体の活性化時に神経細胞間で長期増強が引き起こされるが、このような神経細胞ではERK1/2が活性化されている。このERK1/2の活性を阻害することでNMDA型受容体依存的な長期増強が抑制されることが明らかになっている[5]。また、海馬のシナプス前細胞に繰り返し電気刺激を与えることで形成される長期増強において、刺激時にERK1/2が活性化されること、またその阻害剤によってこの長期増強が阻害されることも報告されている[6][7]。 その他、ERKの活性がAMPA受容体の輸送やシナプスの構造変化において重要な役割を果たすという報告もなされている[8]。 ERK5は発生初期の脳において発現が強く見られ、脳の皮質幹細胞が神経細胞に分化する過程にその活性が重要であることが示されている[9]。また、ERK1とERK2は脳においてcAMPや神経栄養因子、皮質ニューロンの活性化によって活性化されるが、ERK5は神経栄養因子によってのみ活性化される[10] 。神経栄養因子とERK5の関係については、神経栄養因子飢餓状態の脳の皮質ニューロンに脳由来神経栄養因子 (Brain-Derived Nutrient Factor, BDNF) を添加することでBDNFによる神経保護が引き起こされるのだが、この過程においてERK5の活性化によってMEF2を介した遺伝子発現が誘導されることが重要であると示唆されている[11]。その他、自殺者の視床下部においてERK5とその上流のMAPKKであるMEK5の活性が低下傾向にあること、ERK5のmRNAとタンパク質の量が減少していることなどが示唆されている[12]。ERK7、ERK8に関しては、脳において機能的な役割を果たしているという報告はなされていない。
p38
p38とは
p38はα, β, δ, γの4種類のアイソフォームを持つMAPKのサブファミリーで、様々な環境ストレスや炎症性サイトカインによって活性化される。p38を活性化するほとんどのストレスはJNKも活性化する。上流のMAPKKはMKK3とMKK6であり、MKK3はp38αとp38βのみを活性化させるがMKK6は全てのアイソフォームを活性化させられる。上流のMAPKKKはASK1やTAK1、TAOやMEKK4など様々な分子が知られており、それぞれのMAPKKKに応じた活性化刺激によって下流にシグナルが伝えられ、p38が活性化された結果MAPKAPKやATF2などの様々な基質がリン酸化され、ストレス応答反応が引き起こされる[13]。
神経系とp38との関わり
海馬では繰り返しの高周波による脱分極刺激によって記憶の長期抑制が起こることが知られているが、海馬のCA1領域において長期抑制が起こっている際にp38が活性化されていること、そしてp38の阻害剤によってその長期抑制が阻害されることが明らかになっている[14]。神経細胞においてp38が酸化ストレスや炎症性サイトカイン刺激によって活性化すると、細胞骨格タンパク質のリン酸化、サイトカインの産生やNOSの発現を介するNOの産生によって神経変性を促進することが知られている。筋萎縮側索硬化症 (Amyotrophic Lateral Sclerosis, ALS) はその発症原因として運動神経の細胞死との関連が示唆されているが、ALSのモデルとして用いられているSOD1変異体を発現しているトランスジェニックマウスにおいては、ALSの進行時のマウスの腰椎に存在する運動神経にp38が多量に発現していることから、ALSの進行とp38の関連が示唆されている[15]。神経障害性疼痛の症状を呈する患者に対してp38の阻害剤の経口投与を行った臨床実験においては、対照群と比較して有意に痛みが減少したという報告もなされている[16]。神経細胞周囲においてグルタミン酸濃度が高濃度に達することでグルタミン酸興奮毒性が起こるが、その結果引き起こされる神経細胞のアポトーシスの過程においてRhoキナーゼの活性化に伴うp38の活性化の必要性が示唆されている[17]。視床下部のCA3とCA1においてp38がグルタミン酸受容体依存的なLTDの誘導に必要であるという報告もなされている[18]。
JNK
JNKとは
JNKは哺乳類ではjnk1, jnk2, jnk3の3つの遺伝子を持ち、それぞれに代表的な分子量46 kDaと54 kDaのアイソフォームを含めて複数のスプライシングフォームが存在する[19]。シクロヘキシミドを用いたタンパク質合成阻害刺激によって活性化するキナーゼとして同定され、その後温度刺激や酸化ストレス、機械的刺激などの多くのストレス刺激に対して活性化することが明らかになった[20]。上流のMAPKKはSEK1 (MKK4) とMKK7、上流のMAPKKKはMEKK1、ASK1、MLK2やMLK3などであり、それぞれのMAPKKKに応じた活性化刺激によって下流にシグナルが伝達され、JNKが活性化された結果c-JunやATF2、Elk1など転写因子を含む様々な基質がリン酸化され、ストレス応答反応が引き起こされる。JNK1とJNK2はユビキタスに発現が見られるが、JNK3は脳、心臓、睾丸において選択的に発現している。
神経系とJNKとの関わり
遺伝子欠損マウスの実験の結果、JNK1, JNK2, JNK3は脳において異なる役割を果たすことが明らかになっている。グルタミン酸受容体のアゴニストであるカイニン酸はマウスに対する投与において癲癇に似た発作を引き起こすが、このときに視床下部において神経細胞のアポトーシスが起こることが知られている。しかし、JNK3のノックアウトマウスはカイニン酸誘導性の発作に対して抵抗性を示し、さらに視床下部の神経細胞におけるアポトーシスも減弱していることが明らかになっている[21]。また、各アイソフォームを組み合わせたダブルノックアウトマウスの解析から、JNK1とJNK2のどちらかが存在することが脳の発生時に必要なアポトーシスにおいて重要であることが示されている[22][23]。JNK1とJNK2のダブルノックアウトマウスは胚性致死であるが、これは脳幹形成時の後脳におけるアポトーシスが起こらないことが原因である[24][25]。しかしこの変異体の前脳においてはアポトーシスが亢進しており、JNK1とJNK2が前脳と後脳におけるアポトーシスを逆向きに調節していることが示唆されている。 その他、BDNFが神経細胞に作用することが軸索の分岐や軸索の伸長に重要であるが、BDNF刺激によって神経細胞内で脱リン酸化酵素であるMKP-1の発現が誘導され、そのMKP-1によってJNKが脱リン酸化により不活性化される。この結果、JNKの基質であるスタスミンがリン酸化できずに微小管の安定性が低下して軸索分岐や伸張が引き起こされることが、MKP-1のノックアウトマウス由来の神経細胞を用いた実験によって明らかになっている[26]。線虫における神経損傷後において、成長因子であるSVH-1がその受容体であるSVH-2に作用することで神経再生が起こるが、その過程でJNKが活性化されることの重要性が示唆されている[27]。神経変性疾患とJNKの関連も報告があり、ハンチントン病の病原因子である変異ハンチントンタンパク質 (Htt) は速い軸索輸送を阻害することでハンチントン病を引き起こすという仮説が立てられているが、このHttが神経細胞軸索のJNK3を特異的に活性化し、JNK3の基質であるキネシン1のモータードメインがリン酸化されることでキネシン1が微小管に結合するのが阻害され、速い軸索輸送が阻害されているという報告がなされている[28]。
神経細胞におけるMAPKの相互作用
虚血状態や損傷をうけた脳において、神経細胞はアポトーシスによる神経細胞死を引き起こすが、この神経細胞死を引き起こす過程においてMAPKは重要な役割を果たしている。神経細胞分化のモデルとして用いられるPC12細胞は神経成長因子 (NGF) 飢餓刺激によってアポトーシスが引き起こされるが、NGF飢餓刺激によってp38とJNKの持続的な活性化とERKの持続的な不活性化が引き起こされる。このときp38またはJNKの活性を阻害すること、またはERKを強制的に活性化することでアポトーシスが起こらなくなることなどから、MAPKの分子間での活性化と不活性化のバランスが神経細胞死において重要であることが示唆されている[29]。
関連項目
ストレス 細胞死 細胞増殖 酸化ストレス Ras シグナル伝達 シナプス可塑性 蛋白質リン酸化酵素 蛋白質脱リン酸化酵素 長期増強 長期抑制 チロシンリン酸化
参考文献
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(執筆者:石川広幸、名黒功、一條秀憲、担当編集委員:柚崎通介)