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<font size="+1">[http://researchmap.jp/hiroyukiokuno 奥野 浩行]</font><br> | |||
''東京大学''<br> | |||
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2012年12月25日 原稿完成日:2013年1月30日<br> | |||
担当編集委員:[http://researchmap.jp/haruokasai 河西 春郎](東京大学 大学院医学系研究科)<br> | |||
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英語名:local protein synthesis | |||
別名:局所翻訳(local translation) | |||
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== | == 局所タンパク質合成とは== | ||
神経細胞は軸索・細胞体・樹状突起等のいくつかの細胞区分・部位に分かれている。細胞核は細胞体に存在し、[[wj:ゲノム|ゲノム]]からの[[転写]]により[[メッセンジャーRNA]]([[mRNA]])を産生する。核内から細胞体へ輸送されたmRNAは多くの場合細胞体に限局し、細胞体の細胞質に数多く存在するタンパク質合成の場である[[wj:リボソーム|リボソーム]]に取り込まれて翻訳される。しかしながら、一部の遺伝子のmRNAは、細胞体から輸送され樹状突起や軸索に運ばれる。この細胞体から離れた部位においてタンパク質合成が行われることを神経細胞における”局所タンパク質合成”と呼ぶ。[[wj:哺乳類|哺乳類]]の神経細胞では樹状突起におけるタンパク質合成を指すことが多い<ref name="ref1"><pubmed>11283313</pubmed></ref>。実際、[[海馬]][[錐体細胞]]等の中枢神経細胞ではリボソームが樹状突起に存在することが[[wj:電子顕微鏡|電子顕微鏡]]を用いた研究により明らかになっている<ref name="ref2"><pubmed>7062109</pubmed></ref>。さらに、膜タンパク質の合成や様々な翻訳後修飾の場である[[粗面小胞体]](rER)および[[ゴルジ装置]]も細胞体から離れた樹状突起に存在する<ref name="ref3"><pubmed>16337914</pubmed></ref>。樹状突起に輸送されるmRNAの代表的なものとして[[細胞骨格]]タンパク質をコードする[[Β-actin|β-アクチン]]や[[Map2]]、[[タンパク質リン酸化酵素]]をコードする[[CaMKIIα]]、[[シナプス可塑性]]タンパク質をコードする[[Arc]]などが挙げられる。 | |||
== mRNAの輸送の制御 == | == mRNAの輸送の制御 == | ||
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== タンパク質合成の制御 == | |||
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== 樹状突起における局所タンパク質合成の機能 == | |||
樹状突起における局所タンパク質合成の機能としてシナプス可塑性における入力特異性への関与が考えられている。すなわち、[[シナプス長期増強]]([[LTP]])においては、高頻度のシナプス入力を受けた後シナプス部位だけに選択的なシナプス伝達効率上昇が引き起こされるが、このメカニズムの一つとして、LTP(の成立および維持)に必要なタンパク質が局所タンパク質合成よって入力を受けたシナプス選択的に供給される、という仮説が提唱されている。また同様に、[[シナプス長期抑制]]([[LTD]])においても、低頻度シナプス入力や[[代謝活性型グルタミン酸]]を介したシグナルによりシナプス抑制に必要なタンパク質が局所タンパク質合成により供給されることにより、LTDの入力特異性・部位特異性が成立するという可能性が示唆されている<ref name="ref7"><pubmed>19411173</pubmed></ref>。しかしながら、実際にどのようなタンパク質が局所翻訳により制御され、どのようにシナプス可塑性に機能しているのかについては、現在のところ不明な点が多い。また、病態との関連において、局所タンパク質合成の破綻は[[精神遅滞]]を引き起こす原因である可能性が指摘されている<ref name="ref8"><pubmed>22017584</pubmed></ref>。 | |||
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[[軸索]]では発達期の[[成長円錐]]で局所タンパク質合成が行われることが報告されており、軸索伸展やガイダンスへの関与が示唆されている<ref name="ref9"><pubmed>15194110</pubmed></ref>。発達期神経細胞の軸索において局所翻訳されるタンパク質として、[[RhoA]]等の[[細胞骨格]]制御因子のほか[[wj:ミトコンドリア|ミトコンドリア]]機能の調節因子等が報告されている。一方、成熟神経細胞の軸索においては平常時における局所タンパク質合成の役割は明らかではないが、例えば軸索損傷からの回復時期などの状況においては局所タンパク質合成が重要な役割を果たしている可能性がある。 | |||
== | ==関連項目== | ||
*[[RNA結合タンパク質]] | |||
*[[シナプス可塑性]] | |||
*[[樹状突起]] | |||
*[[軸索伸長]] | |||
*[[脆弱X症候群]] | |||
*[[入力特異性]] | |||
== 参考文献 == | |||
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2022年8月16日 (火) 23:55時点における最新版
英語名:local protein synthesis
別名:局所翻訳(local translation)
神経細胞においてmRNAからのタンパク質への翻訳は細胞体のみならず樹状突起や軸索でも行われる。このような細胞体から離れた場所でのタンパク質合成のことを特に局所タンパク質合成と呼ぶ。局所タンパク質合成に使われるmRNAはRNA顆粒とよばれるmRNA-タンパク質複合体として翻訳されることなく細胞体から樹状突起や軸策に輸送される。細胞外からの刺激などによって翻訳抑制が解除されるとRNA顆粒からのタンパク質の合成が開始される。このような刺激依存的な局所タンパク質合成はタンパク質の局在を巧妙に制御するための機構の一つだと考えられている。局所タンパク質合成の破たんは精神発達障害の原因となりうることが示唆されている。
局所タンパク質合成とは
神経細胞は軸索・細胞体・樹状突起等のいくつかの細胞区分・部位に分かれている。細胞核は細胞体に存在し、ゲノムからの転写によりメッセンジャーRNA(mRNA)を産生する。核内から細胞体へ輸送されたmRNAは多くの場合細胞体に限局し、細胞体の細胞質に数多く存在するタンパク質合成の場であるリボソームに取り込まれて翻訳される。しかしながら、一部の遺伝子のmRNAは、細胞体から輸送され樹状突起や軸索に運ばれる。この細胞体から離れた部位においてタンパク質合成が行われることを神経細胞における”局所タンパク質合成”と呼ぶ。哺乳類の神経細胞では樹状突起におけるタンパク質合成を指すことが多い[1]。実際、海馬錐体細胞等の中枢神経細胞ではリボソームが樹状突起に存在することが電子顕微鏡を用いた研究により明らかになっている[2]。さらに、膜タンパク質の合成や様々な翻訳後修飾の場である粗面小胞体(rER)およびゴルジ装置も細胞体から離れた樹状突起に存在する[3]。樹状突起に輸送されるmRNAの代表的なものとして細胞骨格タンパク質をコードするβ-アクチンやMap2、タンパク質リン酸化酵素をコードするCaMKIIα、シナプス可塑性タンパク質をコードするArcなどが挙げられる。
mRNAの輸送の制御
神経細胞で産生されるmRNAの内、特定の種類のmRNAのみが樹状突起に輸送されるため、拡散等の受動的な輸送ではなく、選択的な能動的輸送であると考えられている。β-actin mRNAの3'非翻訳領域にはZip-binding protein (ZBP)と呼ばれるRNA結合タンパク質が結合し、選択的樹状突起輸送に関わることが示されている[4]。
また、その他の樹状突起mRNAも配列特異的なRNA結合タンパク質やcytoplasmic polyadenylation element binding protein (CPEB)やfragile X mental retardation protein (FMRP、脆弱X症候群の原因遺伝子のFmr1の遺伝子産物))等の翻訳制御RNA結合タンパク質を含む様々なタンパク質と複合体(Messenger ribonucleoprotein complex, MRNP)を形成して顆粒状に存在する。このRNA顆粒はキネシン分子等のモータータンパク質により樹状突起を遠位方向に能動的に運ばれている[5]。RNA顆粒の樹状突起内輸送および輸送終了(荷降ろし、unloading)は神経活動やシナプス活動によって制御されていると考えられるが、その制御様式についての詳細は現在のところ不明である。
タンパク質合成の制御
樹状突起に運ばれたmRNAは樹状突起に存在するリボソームによってタンパク質へ翻訳されるが、この過程はシナプス活動や脳由来神経栄養因子(BDNF)等のシグナルによって正に制御されている。シナプス活動やシグナルの入力がない状態においては、樹状突起mRNAはCPEBやeukaryotic translation initiation factor 4E binding protein (4E-BP)等のRNA結合タンパクにより翻訳の開始が抑制されている[6]。シナプス活動等によってmTOR複合体が活性化されると翻訳の脱抑制が起こり、タンパク質合成が開始される。また、別のRNA結合タンパクであるFMRPは翻訳伸長抑制に関与していると考えられているが、その脱抑制の様式は不明である。
樹状突起における局所タンパク質合成の機能
樹状突起における局所タンパク質合成の機能としてシナプス可塑性における入力特異性への関与が考えられている。すなわち、シナプス長期増強(LTP)においては、高頻度のシナプス入力を受けた後シナプス部位だけに選択的なシナプス伝達効率上昇が引き起こされるが、このメカニズムの一つとして、LTP(の成立および維持)に必要なタンパク質が局所タンパク質合成よって入力を受けたシナプス選択的に供給される、という仮説が提唱されている。また同様に、シナプス長期抑制(LTD)においても、低頻度シナプス入力や代謝活性型グルタミン酸を介したシグナルによりシナプス抑制に必要なタンパク質が局所タンパク質合成により供給されることにより、LTDの入力特異性・部位特異性が成立するという可能性が示唆されている[7]。しかしながら、実際にどのようなタンパク質が局所翻訳により制御され、どのようにシナプス可塑性に機能しているのかについては、現在のところ不明な点が多い。また、病態との関連において、局所タンパク質合成の破綻は精神遅滞を引き起こす原因である可能性が指摘されている[8]。
軸索における機能
軸索では発達期の成長円錐で局所タンパク質合成が行われることが報告されており、軸索伸展やガイダンスへの関与が示唆されている[9]。発達期神経細胞の軸索において局所翻訳されるタンパク質として、RhoA等の細胞骨格制御因子のほかミトコンドリア機能の調節因子等が報告されている。一方、成熟神経細胞の軸索においては平常時における局所タンパク質合成の役割は明らかではないが、例えば軸索損傷からの回復時期などの状況においては局所タンパク質合成が重要な役割を果たしている可能性がある。
関連項目
参考文献
- ↑
Steward, O., & Schuman, E.M. (2001).
Protein synthesis at synaptic sites on dendrites. Annual review of neuroscience, 24, 299-325. [PubMed:11283313] [WorldCat] [DOI] - ↑
Steward, O., & Levy, W.B. (1982).
Preferential localization of polyribosomes under the base of dendritic spines in granule cells of the dentate gyrus. The Journal of neuroscience : the official journal of the Society for Neuroscience, 2(3), 284-91. [PubMed:7062109] [WorldCat] - ↑
Horton, A.C., Rácz, B., Monson, E.E., Lin, A.L., Weinberg, R.J., & Ehlers, M.D. (2005).
Polarized secretory trafficking directs cargo for asymmetric dendrite growth and morphogenesis. Neuron, 48(5), 757-71. [PubMed:16337914] [WorldCat] [DOI] - ↑
Shestakova, E.A., Singer, R.H., & Condeelis, J. (2001).
The physiological significance of beta -actin mRNA localization in determining cell polarity and directional motility. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America, 98(13), 7045-50. [PubMed:11416185] [PMC] [WorldCat] [DOI] - ↑
Kanai, Y., Dohmae, N., & Hirokawa, N. (2004).
Kinesin transports RNA: isolation and characterization of an RNA-transporting granule. Neuron, 43(4), 513-25. [PubMed:15312650] [WorldCat] [DOI] - ↑
Kelleher, R.J., Govindarajan, A., & Tonegawa, S. (2004).
Translational regulatory mechanisms in persistent forms of synaptic plasticity. Neuron, 44(1), 59-73. [PubMed:15450160] [WorldCat] [DOI] - ↑
Waung, M.W., & Huber, K.M. (2009).
Protein translation in synaptic plasticity: mGluR-LTD, Fragile X. Current opinion in neurobiology, 19(3), 319-26. [PubMed:19411173] [PMC] [WorldCat] [DOI] - ↑
Santoro, M.R., Bray, S.M., & Warren, S.T. (2012).
Molecular mechanisms of fragile X syndrome: a twenty-year perspective. Annual review of pathology, 7, 219-45. [PubMed:22017584] [WorldCat] [DOI] - ↑
Martin, K.C. (2004).
Local protein synthesis during axon guidance and synaptic plasticity. Current opinion in neurobiology, 14(3), 305-10. [PubMed:15194110] [WorldCat] [DOI]