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また運動形式の模倣にもいくつかのレベルを認めることが出来る。運動には効果器の選択や運動軌跡に加え、スピード・強度・リズムなどの時間的修飾成分もあり、どの成分をコピーしても文脈に応じて模倣と呼ぶことが可能である。例えば[[音声言語]]の模倣では声色をまねること、話し方をまねること、同じ文を言うこと、同じ内容を言うこと、など全て模倣として認めてもよいだろう。 | また運動形式の模倣にもいくつかのレベルを認めることが出来る。運動には効果器の選択や運動軌跡に加え、スピード・強度・リズムなどの時間的修飾成分もあり、どの成分をコピーしても文脈に応じて模倣と呼ぶことが可能である。例えば[[音声言語]]の模倣では声色をまねること、話し方をまねること、同じ文を言うこと、同じ内容を言うこと、など全て模倣として認めてもよいだろう。 | ||
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動物に模倣能力があることを示す科学的証拠はこれまで少なかった。[[wikipedia:JA:チンパンジー|チンパンジー]]ではヒトと長く接することや訓練により任意の動作の模倣ができるようになったという報告がある。最近では[[共同注視]](joint visual attention)によって[[wikipedia:JA:ニホンザル|ニホンザル]]がヒトの運動の模倣をすることができたという報告<ref><pubmed>14511838</pubmed></ref>や、[[wikipedia:JA:イヌ|イヌ]] | 動物に模倣能力があることを示す科学的証拠はこれまで少なかった。[[wikipedia:JA:チンパンジー|チンパンジー]]ではヒトと長く接することや訓練により任意の動作の模倣ができるようになったという報告がある。最近では[[共同注視]](joint visual attention)によって[[wikipedia:JA:ニホンザル|ニホンザル]]がヒトの運動の模倣をすることができたという報告<ref><pubmed>14511838</pubmed></ref>や、[[wikipedia:JA:イヌ|イヌ]]にも限定的だが人の系列行動を模倣する能力があることを示した報告<ref><pubmed>17024511</pubmed></ref>がある。ただし、サルや[[霊長類]]においては道具や食料およびそれらを結びつける因果関係に重点があり、他個体が得たのと同様の結果を得るための問題解決行動<emulation>であり、他個体の運動自体をコピーしようとする行為ではないという批判がある<ref>'''Michael Tomasello, Joseph Call'''<br>Primate cognition<br>''Oxford University Press, Oxford'':1997</ref>。さらに批判するならば、動物に模倣が可能かという問は、即時的直接目的を持たない運動をコピーする、いわばコピー自体を目的とする、というゲームのルールが動物に了解されうるか、ということも問われねばならいだろう。文化の伝播を模倣の範疇に入れるならば道具を使用する大型霊長類や[[wikipedia:JA:イルカ|イルカ]]<ref><pubmed>15947077</pubmed></ref>、あるいはイモ洗い文化を持つ[[wikipedia:JA:幸島|幸島]]のニホンザルなど模倣能力があると言える。鳴き鳥・[[wikipedia:JA:オウム|オウム]]・[[wikipedia:JA:ハチドリ|ハチドリ]]などの鳥類、[[wikipedia:JA:コウモリ|コウモリ]]・[[wikipedia:JA:クジラ|クジラ]]目・[[wikipedia:JA:ゾウ|ゾウ]]における音声学習などは模倣による学習と考えられる。 | ||
==ヒトにおける模倣== | ==ヒトにおける模倣== |
2012年5月7日 (月) 13:46時点における版
英語: imitation 仏語: imitation 独語: Nachahmung
同義語: mimicry mimic copy emulation 真似 まね 物真似 ものまね 人真似 ひとまね
模倣とは他者の運動を見てそれと同じ運動を行うことである。ヒトに普遍的にみられる文化的行為であり、観察学習の一方法として捉えられることもある 一方、ヒトは無目的、あるいは遊びとして模倣をすることもある。ヒト以外では鳴き鳥などの音声学習が模倣によるものと考えられている。神経心理学では1900年のLiepmannの観念運動失行の報告から現在に至るまで一貫して左頭頂葉が模倣の脳基盤として同定されてきた。模倣は他者の運動意図を理解するという社会的認知能力の現れとして見ることも可能であり、社会性の脳基盤研究の立場からも注目されている。これに関してサルのF5で発見されたミラーニューロンが他者の行為を理解する神経基盤であるとし、ヒトの模倣もF5ホモログであるBroca野が重要な寄与をなしているとする主張がある。模倣の脳基盤研究における問題点は模倣とはなにかという明確な定義がなされていないことである。模倣には同一目的の達成から運動形式の正確なコピーに至るまで様々なレベルが含まれうるし、各レベルでの模倣はその心理学的・神経学的本質が異なる可能性がある。神経画像法研究ではその差異を明確に区別せずに脳基盤の研究が行われており、実験結果のみならずその解釈も多様である。
定義における問題点
模倣の神経基盤を明らかにするには模倣とは何かという明確な定義が必要だが、現状では研究者間で共有される定義がないまま模倣という概念が使用されている。Whitenらはsocial learningにcopying, affordance learning, obeservational conditioning, enhancementの5つの下位分類を設け、copyingの下にimitation, object movement reenactment, end-state emulationの3つを区別している[1]。この分類では行為の目的あるいは結果が同じになるように行為することを<end-state emulation>、行為対象物の運動形式が同様になるように行為することを<object movement reenactment>、行為の形式を模倣すること<imitation>と区別している。このように模倣という概念は他者の行為の結果のみを真似するというレベルから運動形式も含めてコピーするというレベルまで含み得る。
また運動形式の模倣にもいくつかのレベルを認めることが出来る。運動には効果器の選択や運動軌跡に加え、スピード・強度・リズムなどの時間的修飾成分もあり、どの成分をコピーしても文脈に応じて模倣と呼ぶことが可能である。例えば音声言語の模倣では声色をまねること、話し方をまねること、同じ文を言うこと、同じ内容を言うこと、など全て模倣として認めてもよいだろう。
このように多様な定義を許容するということは、模倣が運動学的には曖昧な概念であることを示している。むしろ他者の模倣意図を検出したり、真似されていると感じたりする社会心理学的現象ないしはそれを可能ならしめる社会的知性こそが模倣を存立せしめる本質的要件であるといえる。他者の動きを真似することは運動意図を理解・共有したことを示し、仲間として共同運動が可能であることを示す。あるいは模倣は対象への注意深い観察を前提とするため、他者に模倣されることに敏感であることは社会的知性を持つことの一つの帰結であると考えることもできるだろう。
(上記、日本語訳があれば、統一の為、日本語訳も御付け下さい)
動物における模倣
動物に模倣能力があることを示す科学的証拠はこれまで少なかった。チンパンジーではヒトと長く接することや訓練により任意の動作の模倣ができるようになったという報告がある。最近では共同注視(joint visual attention)によってニホンザルがヒトの運動の模倣をすることができたという報告[2]や、イヌにも限定的だが人の系列行動を模倣する能力があることを示した報告[3]がある。ただし、サルや霊長類においては道具や食料およびそれらを結びつける因果関係に重点があり、他個体が得たのと同様の結果を得るための問題解決行動<emulation>であり、他個体の運動自体をコピーしようとする行為ではないという批判がある[4]。さらに批判するならば、動物に模倣が可能かという問は、即時的直接目的を持たない運動をコピーする、いわばコピー自体を目的とする、というゲームのルールが動物に了解されうるか、ということも問われねばならいだろう。文化の伝播を模倣の範疇に入れるならば道具を使用する大型霊長類やイルカ[5]、あるいはイモ洗い文化を持つ幸島のニホンザルなど模倣能力があると言える。鳴き鳥・オウム・ハチドリなどの鳥類、コウモリ・クジラ目・ゾウにおける音声学習などは模倣による学習と考えられる。
ヒトにおける模倣
未開社会における模倣
言語・音楽・舞踏などのように、模倣もいかなる人間集団にも見られる普遍的認知能力のようである。Charles Darwinは「ビーグル号航海記」(1839)の第十章に、ダーウィン一行の咳や欠伸をフエゴ人がいちいち模倣し苛立ったと書いている[6]。一人の若いフエゴ人はダーウィンらの英語をそっくり真似することができ、ダーウィンはその模倣能力に驚嘆している。またオーストラリア・アボリジニにおける歩行を真似することで個人を特定しうる能力についても触れ、未開状態の人類における観察の鋭さにその高い模倣能力の原因を求めている。
発達
新生児の模倣[7]は舌の突出運動のみに限られるため、一般的な模倣メカニズムとは違うと考えられる。最近の総説によると2歳までは模倣は見られないという。また、自閉症患者は様々な模倣課題において問題があるとされている[8]。
神経メカニズム
神経心理学
模倣の神経メカニズムの研究は1900年のLiepmannの観念運動失行の症例報告を嚆矢とする[9]。観念運動失行とは感覚や単純な運動には障害が存在しないのに動作の模倣や口頭命令による動作が出来ないという病態を指し、左頭頂葉に蓄えられた習熟行為の運動表象の記憶が破壊されることで生じると考えられている。近年のMRIやCTなどによって病巣が正確に同定された研究においても一貫して左頭頂葉が最も重要な病巣である。手指の型の模倣は左下前頭回、手の型の模倣は左下頭頂葉と分離しているという報告もある[10]。
神経画像法
PET、fMRI、MEG等を使った神経画像法による模倣の神経メカニズムの研究ではIacoboniらによる1999年の論文の影響が強い[11]。この研究では指の上下運動をビデオで提示してそれを模倣させる条件と静止した手の画像上に動かすべき指を指示して運動させる条件とを比較し、ブローカ野(左半球Brodmannの脳地図44野)の活動が模倣条件で高くなることを見出した。Iacoboniらはこの結果をサルにおけるブローカ野ホモローグであるF5がミラーニューロンを含むということと結び付け、ブローカ野が模倣の中枢であると主張した。その後、この仮説を支持する研究が多く発表された。しかし、この実験では指の運動をビデオで提示してはいるが、被験者は指の上下運動のタイミングを抽出しさえすれば十分であり、模倣の特徴を十全に捉えた課題であったか疑問である。実際、模倣対象となる運動のパターンを増やした実験では、ブローカ野は運動タイミングのコントロールに関与するが、模倣そのものには関与しないという結果が得られた[12]。また、神経心理学研究の結果と一致して、模倣運動において左頭頂葉の賦活を報告する研究は多い。脳機能画像法データのメタ分析によっても模倣による脳賦活は下前頭回ではなく頭頂葉に集中することが明らかにされている [13]。
ミラーニューロンが存在するサルのF5とヒトのブローカ野がホモログであるという仮説は、少なくともサルには自発的に模倣することは見られないこと[1]、及び解剖学的に異説もあること[14]など、模倣と直接関係付けるには証拠が弱い。また、サルのミラーニューロンのような性質はヒトの神経画像法データでは再現性に乏しいこともメタ分析で指摘されている[15]。以上より、ミラーニューロン的性質を持った皮質領域の存在をもって模倣の神経メカニズムを単純に説明することは難しいと思われる。ミラーニューロン仮説で想定される様な他者の運動の視覚像を観察者の運動へ変換する感覚運動(sensorimotor)仮説ではどうやって運動視覚像を自己の運動指令に変換するのかという難問を解かねばらない。一方、他者の運動視覚像が運動意図を惹起し、観察者に同じ運動を導くとする観念運動(ideomotor)仮説ではそのような難問を解く必要もなく、また様々な実験観察を上手く説明できるとされている[16]。
参考文献
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(執筆者:幕内充 担当編集委員:定藤規弘)