「性同一性障害」の版間の差分

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 なお、正式な日本語訳は、未発表のため、筆者による試訳である。
 なお、正式な日本語訳は、未発表のため、筆者による試訳である。


===成人あるいは青年の性別違和===
302.85
 
成人あるいは青年の性別違和


A.少なくとも6ヶ月続く、経験した/表現した性別と、指定された性別との著明な不一致。以下の2つ以上によって表れる。
A.少なくとも6ヶ月続く、経験した/表現した性別と、指定された性別との著明な不一致。以下の2つ以上によって表れる。
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===経過===
===経過===
 MTFの性同一性障害者の経過を考えるには、二種類の亜型への分類が有用である。第一の亜型は一次性と呼ばれるもので、小児期または青年期前期に発症し、青年期後期または成人期に受診する。第二の亜型は二次性と呼ばれるもので、発症が比較的遅く、異性装症に引き続くことが多いといわれる。発症が遅いものでは、婚姻例を有したり、子供がいる者もいる。筆者のクリニック受診者の統計<ref name=ref1>1</ref>では、18.9%が婚姻歴があり、12.6%に子供がいた。
 MTFの性同一性障害者の経過を考えるには、二種類の亜型への分類が有用である。第一の亜型は一次性と呼ばれるもので、小児期または青年期前期に発症し、青年期後期または成人期に受診する。第二の亜型は二次性と呼ばれるもので、発症が比較的遅く、異性装症に引き続くことが多いといわれる。発症が遅いものでは、婚姻例を有したり、子供がいる者もいる。筆者のクリニック受診者の統計<ref name=ref1>'''石丸径一郎、針間克己'''<br>性同一性障害患者の性行動<br>''日本性科学雑誌''27(1), 25〜33, 2009</ref>では、18.9%が婚姻歴があり、12.6%に子供がいた。


 FTMの性同一性障害者は、比較的均質な群といわれ、小児期または青年期前期に発症し、青年期後期または成人期に受診する。筆者のクリニック受診者の統計では、3.1%が婚姻歴があり、1.4%に子供がいた。
 FTMの性同一性障害者は、比較的均質な群といわれ、小児期または青年期前期に発症し、青年期後期または成人期に受診する。筆者のクリニック受診者の統計では、3.1%が婚姻歴があり、1.4%に子供がいた。
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 RLEとはreal life experience(実生活経験)の略語であり、望みの性別で職業生活や学校生活などの社会生活を送ることをいう。RLEを行い、社会生活で適応することは、ホルモン療法や手術療法といった治療を行う前に欠かせないことである。
 RLEとはreal life experience(実生活経験)の略語であり、望みの性別で職業生活や学校生活などの社会生活を送ることをいう。RLEを行い、社会生活で適応することは、ホルモン療法や手術療法といった治療を行う前に欠かせないことである。


 筆者のクリニック受診者の初診時の統計<ref name=ref2></ref>ではMTFでは41.0%がRLEあり、すなわち女性として職業生活や学校生活を送っており、FTMでは50.9% がRLEあり、すなわち男性として職業生活や学校生活を送っていた。
 筆者のクリニック受診者の初診時の統計<ref name=ref2>'''針間克己'''<br>精神科外来受診者における性同一性障害者のRLEと臨床的特徴.GID(性同一性障害)<br>学会雑誌2(1),42~43,2009</ref>ではMTFでは41.0%がRLEあり、すなわち女性として職業生活や学校生活を送っており、FTMでは50.9% がRLEあり、すなわち男性として職業生活や学校生活を送っていた。


===自殺関連事象===
===自殺関連事象===
 性同一性障害者においては、典型的な性役割とは異なる行動をとることや同性への性指向を持つことによるいじめ、社会や家族からの孤立感、思春期に日々変化していく身体への違和、失恋により性同一性障害であるという現実をつきつけられること、世間の抱く性同一性障害者に対する偏見や誤ったイメージを自らも持つ「内在化したトランスフォビア」、「死ねば、来世では望みの性別に生まれ変われるのでは」という願望、生きている実感の欠落・無価値感、身体治療への障害、将来への絶望感など、を要因として自殺念慮を抱いたり、自殺未遂を行うことがある。
 性同一性障害者においては、典型的な性役割とは異なる行動をとることや同性への性指向を持つことによるいじめ、社会や家族からの孤立感、思春期に日々変化していく身体への違和、失恋により性同一性障害であるという現実をつきつけられること、世間の抱く性同一性障害者に対する偏見や誤ったイメージを自らも持つ「内在化したトランスフォビア」、「死ねば、来世では望みの性別に生まれ変われるのでは」という願望、生きている実感の欠落・無価値感、身体治療への障害、将来への絶望感など、を要因として自殺念慮を抱いたり、自殺未遂を行うことがある。


 筆者のクリニック受診者の統計<ref name=ref3></ref>では自殺念慮は62.0%、自殺企図は10.8%、自傷行為は16.1%、過量服薬は7.9%にその経験があった。
 筆者のクリニック受診者の統計<ref name=ref3>'''針間克己、石丸径一郎'''<br>性同一性障害と自殺<br>''精神科治療学''25(2),247~251,2010</ref>では自殺念慮は62.0%、自殺企図は10.8%、自傷行為は16.1%、過量服薬は7.9%にその経験があった。


== 生物学的原因 ==
== 生物学的原因 ==


 性同一性障害は、身体的性別とは反対のジェンダー・アイデンティティを持つため、そのジェンダー・アイデンティティ形成には、何らかの生物学的異常が基盤にあるのではないかと推測され研究がおこなわれてきた。その中で1995年Zhouら<ref name=ref4><pubmed></pubmed></ref>が、MTFの死後脳を調査し分界条床核の体積について報告した。分界条床核は性行動に関係が深いとされる神経細胞群であり、男性のものは、女性のものに対して優位に大きい。研究は男性、女性、同性愛男性、MTFの分界条床核の体積を測定し、比較したものだが、MTFでは男性より優位に小さく、女性とほぼ等しいものであった。
 性同一性障害は、身体的性別とは反対のジェンダー・アイデンティティを持つため、そのジェンダー・アイデンティティ形成には、何らかの生物学的異常が基盤にあるのではないかと推測され研究がおこなわれてきた。その中で1995年Zhouら<ref name=ref4><pubmed>7477289</pubmed></ref>が、MTFの死後脳を調査し分界条床核の体積について報告した。分界条床核は性行動に関係が深いとされる神経細胞群であり、男性のものは、女性のものに対して優位に大きい。研究は男性、女性、同性愛男性、MTFの分界条床核の体積を測定し、比較したものだが、MTFでは男性より優位に小さく、女性とほぼ等しいものであった。


 [[性ホルモン]]に関しては、特定の性ホルモンの過剰や欠如といった量的異常はこれまでに明確には示されはいないが、近年、性ホルモンに関する遺伝子の研究がなされている。すなわち、遺伝子配列の塩基ポリモルフィズム(SNP)に着眼しての研究である。Hareら<ref name=ref5><pubmed></pubmed></ref>によれば、MTFでは、対照群の男性と比較して、[[アンドロゲン受容体]]遺伝子における塩基ポリモルフィズムが長いことが示された。塩基ポリモルフィズムの長さは、アンドロゲン受容体の感受性に関連していると考えられるため、この研究において、男性性同一性障害者ではアンドロゲンへの感受性が低い可能性が示唆された。
 [[性ホルモン]]に関しては、特定の性ホルモンの過剰や欠如といった量的異常はこれまでに明確には示されはいないが、近年、性ホルモンに関する遺伝子の研究がなされている。すなわち、遺伝子配列の塩基ポリモルフィズム(SNP)に着眼しての研究である。Hareら<ref name=ref5><pubmed>18962445</pubmed></ref>によれば、MTFでは、対照群の男性と比較して、[[アンドロゲン受容体]]遺伝子における塩基ポリモルフィズムが長いことが示された。塩基ポリモルフィズムの長さは、アンドロゲン受容体の感受性に関連していると考えられるため、この研究において、男性性同一性障害者ではアンドロゲンへの感受性が低い可能性が示唆された。


== 参考文献 ==
== 参考文献 ==
<references />
<references />
1) 石丸径一郎、針間克己:性同一性障害患者の性行動.日本性科学雑誌27(1), 25〜33, 2009
2)針間克己:精神科外来受診者における性同一性障害者のRLEと臨床的特徴.GID(性同一性障害)学会雑誌2(1),42~43,2009
3)針間克己、石丸径一郎:性同一性障害と自殺.精神科治療学25(2),247~251,2010
4)Zhou JN. A sex difference in the human brain and its relation to transsexuality, Nature 1995;378:68-71.
5)Hare L. Androgen Receptor Repeat Length Polymorphism Associated with Male-to-Female Transsexualism, Biol Psychiatry 2009; 65(1):93-96