「セリンラセミ化酵素」の版間の差分

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英:serine racemase 独:Serin racemase 英略称:SR  
英:serine racemase 独:Serin racemase 英略称:SR  


 L-セリンからのラセミ化反応およびD,L-セリンのデヒドラターゼ反応(α,β-脱離)を触媒する酵素である<ref><pubmed>9892700</pubmed></ref> <ref><pubmed>15536068</pubmed></ref>。ラセミ化反応ではD-セリン、デヒドラターゼ反応によりピルビン酸とアンモニアが産生される。SRは種々の生物に広く存在しており、これまでにカイコ、ラット、マウス、ヒト、シロイヌナズナなどから精製、遺伝子クローニングされている。
 L-[[wikipedia:JA:セリン|セリン]]からの[[wikipedia:JA:ラセミ化反応|ラセミ化反応]]およびD,L-セリンの[[wikipedia:JA:デヒドラターゼ反応|デヒドラターゼ反応]](α,β-脱離)を触媒する酵素である<ref><pubmed>9892700</pubmed></ref> <ref><pubmed>15536068</pubmed></ref>。ラセミ化反応ではD-セリン、デヒドラターゼ反応により[[wikipedia:JA:|ピルビン酸]]と[[wikipedia:JA:アンモニア|アンモニア]]が産生される。SRは種々の生物に広く存在しており、これまでに[[wikipedia:JA:カイコ|カイコ]]、[[wikipedia:JA:ラット|ラット]]、[[wikipedia:JA:マウス|マウス]]、[[wikipedia:JA:ヒト|ヒト]]、[[wikipedia:JA:シロイヌナズナ|シロイヌナズナ]]などから精製、遺伝子クローニングされている。


== 酵素活性の制御 ==
== 酵素活性の制御 ==


 動物型SRは、補因子としてピリドキサール5-リン酸(PLP)を必要とし、Mg<sup>2+</sup>、Ca<sup>2+</sup>などの2価カチオンやATPにより活性が上昇する<ref><pubmed>12393813</pubmed></ref> <ref><pubmed>12515328</pubmed></ref>。 SRは翻訳後修飾を受けており、リン酸化により酵素が活性化され、S-ニトロシル化により酵素活性が抑制される<ref><pubmed>20493854</pubmed></ref> <ref><pubmed>17293453</pubmed></ref>。SRは様々な蛋白質との結合により活性制御を受ける。Glutamate receptor interacting protein (GRIP)およびprotein interacting with C kinase 1 (PICK1)との結合はSRを活性化し、Golgi-localized protein (Golga 3)との結合は、SRのユビキチン化を低下させることで、その分解を抑制する<ref><pubmed>16314870</pubmed></ref> <ref><pubmed>12515328</pubmed></ref> <ref><pubmed>16714286</pubmed></ref>。細胞膜に存在するphosphatidylinositol (4,5)-bisphosphate (PlP2)はSRと結合し、SRの活性を抑制する<ref><pubmed>19380732</pubmed></ref> <ref><pubmed>19193859</pubmed></ref>。  
 動物型SRは、[[wikipedia:JA:補因子|補因子]]として[[wikipedia:JA:ピリドキサール5-リン酸|ピリドキサール5-リン酸]](PLP)を必要とし、Mg<sup>2+</sup>、Ca<sup>2+</sup>などの2価カチオンや[[wikipedia:JA:ATP|ATP]]により活性が上昇する<ref><pubmed>12393813</pubmed></ref> <ref><pubmed>12515328</pubmed></ref>。 SRは[[wikipedia:JA:翻訳後修飾|翻訳後修飾]]を受けており、[[リン酸化]]により酵素が活性化され、[[wikipedia:JA:S-ニトロシル化|S-ニトロシル化]]により酵素活性が抑制される<ref><pubmed>20493854</pubmed></ref> <ref><pubmed>17293453</pubmed></ref>。SRは様々な蛋白質との結合により活性制御を受ける。[[Glutamate receptor interacting protein]] (GRIP)および[[protein interacting with C kinase 1]] (PICK1)との結合はSRを活性化し、[[Golgi-localized protein]] (Golga 3)との結合は、SRの[[ユビキチン化]]を低下させることで、その分解を抑制する<ref><pubmed>16314870</pubmed></ref> <ref><pubmed>12515328</pubmed></ref> <ref><pubmed>16714286</pubmed></ref>。[[wikipedia:JA:細胞膜|細胞膜]]に存在する[[phosphatidylinositol (4,5)-bisphosphate]] (PlP2)はSRと結合し、SRの活性を抑制する<ref><pubmed>19380732</pubmed></ref> <ref><pubmed>19193859</pubmed></ref>。  


== 結晶構造 ==
== 結晶構造 ==
   
   
 動物型SRは、fold-type II型のPLP酵素であり、二つのドメインからなるダイマー構造をとる<ref><pubmed>20106978</pubmed></ref>。PLPを含む大ドメインは10本の α-へリックスに囲まれた7本のβシートをコアとしてもつ。小ドメインは、コアとなる4本のβシートと3本のα-へリックスからなる構造をとる。小ドメインの動きは、基質認識部位の形成と酵素の触媒作用において重要な役割を担っている。  
 動物型SRは、fold-type II型のPLP酵素であり、二つのドメインからなるダイマー構造をとる<ref><pubmed>20106978</pubmed></ref>。PLPを含む大ドメインは10本の[[wikipedia:JA:α-へリックス|α-へリックス]]に囲まれた7本の[[wikipedia:JA:βシート|βシート]]をコアとしてもつ。小ドメインは、コアとなる4本のβシートと3本のα-へリックスからなる構造をとる。小ドメインの動きは、基質認識部位の形成と酵素の触媒作用において重要な役割を担っている。  


== 脳内発現 ==
== 脳内発現 ==
   
   
 マウス脳におけるSRの発現は発達過程に伴って変化し、脳部位によって異なる。大脳皮質および海馬では、生後7日から徐々に発現量が増加し、生後28日で成体レベルに達する。小脳では、生後14日から28日まで一過性に発現が増加した後、急速に減少する<ref><pubmed>18698599</pubmed></ref>。成体マウス脳では、大脳皮質、海馬、線条体、嗅球などの終脳においてSRが強く発現する。細胞レベルでは、SRは主に神経細胞に発現し、大脳皮質や海馬ではグルタミン酸作動性錐体細胞、線条体ではGABA作動性中型有棘ニューロン、小脳ではGABA作動性プルキンエ細胞に発現する。一方、マウス海馬の初代培養系では、SRは神経細胞とアストロサイトの両方に発現する。
 マウス脳におけるSRの発現は発達過程に伴って変化し、脳部位によって異なる。[[大脳皮質]]および[[海馬]]では、生後7日から徐々に発現量が増加し、生後28日で成体レベルに達する。[[小脳]]では、生後14日から28日まで一過性に発現が増加した後、急速に減少する<ref><pubmed>18698599</pubmed></ref>。成体マウス脳では、大脳皮質、海馬、[[線条体]]、[[嗅球]]などの[[終脳]]においてSRが強く発現する。細胞レベルでは、SRは主に[[神経細胞]]に発現し、大脳皮質や海馬では[[グルタミン酸]]作動性[[錐体細胞]]、線条体では[[GABA作動性]][[中型有棘ニューロン]]、小脳ではGABA作動性[[プルキンエ細胞]]に発現する。一方、マウス海馬の[[初代培養系]]では、SRは神経細胞と[[アストロサイト]]の両方に発現する。


== 生理機能 ==
== 生理機能 ==
   
   
 動物型SRは、大脳皮質および海馬の組織に含まれるD-serineの約90%の合成を担っている<ref name=ref14><pubmed>19118183</pubmed></ref> <ref name=ref15><pubmed>19065142</pubmed></ref>。SRのセリンラセミ化反応により産生される D-セリンは、グルタミン酸受容体の一つであるN-メチル‐D-アスパラギン酸受容体(NMDAR)の内在性コ・アゴニストとして脳の高次機能発現に関与すると考えられている。現在、3系統のSRノックアウト(KO)マウスが確立されており、生体レベルにおけるSRの機能が明らかにされつつある。 SRKOマウスでは、NMDAおよびアミロイドβ<sub>1-42</sub>(Aβ<sub>1-42</sub>)の脳内注入により誘導される神経細胞変性が野生型マウスに比べ有意に低下し、脳虚血により引き起こされる障害が緩和されることが報告されている <ref name=ref14><pubmed>19118183</pubmed></ref> <ref><pubmed>20107067</pubmed></ref>。また、SRKOマウスには、空間記憶の異常など認知機能の障害があり、社会性行動の障害が認められている<ref name=ref15><pubmed>19065142</pubmed></ref> <ref><pubmed>19483194</pubmed></ref>。  
 動物型SRは、大脳皮質および海馬の組織に含まれるD-serineの約90%の合成を担っている<ref name=ref14><pubmed>19118183</pubmed></ref> <ref name=ref15><pubmed>19065142</pubmed></ref>。SRのセリンラセミ化反応により産生される D-セリンは、グルタミン酸受容体の一つである[[N-メチル-D-アスパラギン酸受容体]](NMDAR)の内在性[[wikipedia:JA:コ・アゴニスト|コ・アゴニスト]]として脳の高次機能発現に関与すると考えられている。現在、3系統のSRノックアウト(KO)マウスが確立されており、生体レベルにおけるSRの機能が明らかにされつつある。 SRKOマウスでは、NMDAおよび[[アミロイドβ<sub>1-42</sub>]](Aβ<sub>1-42</sub>)の脳内注入により誘導される[[神経細胞変性]]が野生型マウスに比べ有意に低下し、[[脳虚血]]により引き起こされる障害が緩和されることが報告されている <ref name=ref14><pubmed>19118183</pubmed></ref> <ref><pubmed>20107067</pubmed></ref>。また、SRKOマウスには、[[空間記憶]]の異常など[[認知機能]]の障害があり、[[社会性行動]]の障害が認められている<ref name=ref15><pubmed>19065142</pubmed></ref> <ref><pubmed>19483194</pubmed></ref>。  


== 参考文献 ==
== 参考文献 ==