「帯状皮質運動野」の版間の差分

36行目: 36行目:
 また、動作遂行に際して、この領域の細胞が活動することが知られている。開始信号によって開始する動作と、自発的に開始する動作を遂行する際の細胞活動を調べた研究では<ref name="ref35"><pubmed>2016637</pubmed></ref>、帯状皮質運動野の約 40% の細胞は、両条件において同様な活動を呈した。自発的な運動開始の際に選択的に活動する細胞は、前方領域に多くみられた。さらに、動作の開始時点よりかなり早くからの(500 ms - 2 s 前)細胞活動もみられたが、この活動は、主に自発的な運動開始の際にみられ、このような活動を呈する細胞は、前方領域に多かった。したがって、後方領域は運動の実行に直接的に関与し、前方領域はより高次の運動コントロールに関与していることが考えられる<ref name="ref35" />(文献<ref name="ref36"><pubmed>12954861</pubmed></ref> <ref name="ref37"><pubmed>12424298</pubmed></ref>も参照のこと)。また、前方領域、特に CMAr には、運動の実行のみならず、運動の不実行に関与する細胞も多く存在する<ref name="ref36" />。
 また、動作遂行に際して、この領域の細胞が活動することが知られている。開始信号によって開始する動作と、自発的に開始する動作を遂行する際の細胞活動を調べた研究では<ref name="ref35"><pubmed>2016637</pubmed></ref>、帯状皮質運動野の約 40% の細胞は、両条件において同様な活動を呈した。自発的な運動開始の際に選択的に活動する細胞は、前方領域に多くみられた。さらに、動作の開始時点よりかなり早くからの(500 ms - 2 s 前)細胞活動もみられたが、この活動は、主に自発的な運動開始の際にみられ、このような活動を呈する細胞は、前方領域に多かった。したがって、後方領域は運動の実行に直接的に関与し、前方領域はより高次の運動コントロールに関与していることが考えられる<ref name="ref35" />(文献<ref name="ref36"><pubmed>12954861</pubmed></ref> <ref name="ref37"><pubmed>12424298</pubmed></ref>も参照のこと)。また、前方領域、特に CMAr には、運動の実行のみならず、運動の不実行に関与する細胞も多く存在する<ref name="ref36" />。


== 高次機能 ==
=== 高次機能 ===


 帯状皮質運動野(主に CMAr)は、最適な行動選択を行うために必要な情報処理に関与する。サルの単一神経細胞記録や[[破壊実験]]によると、この領域は以下のような機能に関わるといわれている。[[報酬]]の情報に基づいた[[運動選択]](reward-based motor selection)<ref name="ref38"><pubmed>9812901</pubmed></ref>、[[エラー]]の検出(error detection)<ref name="ref39"><pubmed>111772</pubmed></ref> <ref name="ref40"><pubmed>14526085</pubmed></ref>、行動のイベント経過のモニター<ref name="ref41"><pubmed>15703223</pubmed></ref>、正しい[[行動順序]]の探索<ref name="ref42"><pubmed>10769392</pubmed></ref>、[[行動の価値]](action value)の推定<ref name="ref43"><pubmed>16783368 </pubmed></ref> <ref name="ref44"><pubmed>18215627</pubmed></ref>、報酬の予測と[[予測誤差]](prediction error)の検出<ref name="ref45"><pubmed>12040201</pubmed></ref> <ref name="ref46"><pubmed>16207931</pubmed></ref> <ref name="ref47"><pubmed>17670983</pubmed></ref>、自分自身はとらなかった行動に導かれる「経験していない結果(fictive outcome)」の情報処理<ref name="ref48"><pubmed>19443783</pubmed></ref>等である。帯状皮質運動野が、これらのうち、もしくは別の1つの機能に特化していると説明しようとするより、行動(action)・結果(outcome)のモニタリングおよび評価を次の行動につなげる意思決定(decision making)過程に関与すると考えるほうが自然であろう。なお、帯状皮質運動野より前方部分の前帯状皮質においても、予測誤差の検出<ref name="ref49"><pubmed>17450137</pubmed></ref>、報酬の有無や報酬量、報酬獲得に必要な労力に関連した活動<ref name="ref50"><pubmed>19453638</pubmed></ref>等の報告があり、この領域一帯の細胞は、報酬の情報に基づいた行動選択に関わると考えられる。また、1つの細胞が複数の異なる情報をコードしたり、異なる情報(例えば、報酬が得られる確率と予測誤差など)をコードする細胞が領域内で混在したりしていることもしばしば報告される<ref name="ref47" /> <ref name="ref50" />。  
 帯状皮質運動野(主に CMAr)は、最適な行動選択を行うために必要な情報処理に関与する。サルの単一神経細胞記録や[[破壊実験]]によると、この領域は以下のような機能に関わるといわれている。[[報酬]]の情報に基づいた[[運動選択]](reward-based motor selection)<ref name="ref38"><pubmed>9812901</pubmed></ref>、[[エラー]]の検出(error detection)<ref name="ref39"><pubmed>111772</pubmed></ref> <ref name="ref40"><pubmed>14526085</pubmed></ref>、行動のイベント経過のモニター<ref name="ref41"><pubmed>15703223</pubmed></ref>、正しい[[行動順序]]の探索<ref name="ref42"><pubmed>10769392</pubmed></ref>、[[行動の価値]](action value)の推定<ref name="ref43"><pubmed>16783368 </pubmed></ref> <ref name="ref44"><pubmed>18215627</pubmed></ref>、報酬の予測と[[予測誤差]](prediction error)の検出<ref name="ref45"><pubmed>12040201</pubmed></ref> <ref name="ref46"><pubmed>16207931</pubmed></ref> <ref name="ref47"><pubmed>17670983</pubmed></ref>、自分自身はとらなかった行動に導かれる「経験していない結果(fictive outcome)」の情報処理<ref name="ref48"><pubmed>19443783</pubmed></ref>等である。帯状皮質運動野が、これらのうち、もしくは別の1つの機能に特化していると説明しようとするより、行動(action)・結果(outcome)のモニタリングおよび評価を次の行動につなげる意思決定(decision making)過程に関与すると考えるほうが自然であろう。なお、帯状皮質運動野より前方部分の前帯状皮質においても、予測誤差の検出<ref name="ref49"><pubmed>17450137</pubmed></ref>、報酬の有無や報酬量、報酬獲得に必要な労力に関連した活動<ref name="ref50"><pubmed>19453638</pubmed></ref>等の報告があり、この領域一帯の細胞は、報酬の情報に基づいた行動選択に関わると考えられる。また、1つの細胞が複数の異なる情報をコードしたり、異なる情報(例えば、報酬が得られる確率と予測誤差など)をコードする細胞が領域内で混在したりしていることもしばしば報告される<ref name="ref47" /> <ref name="ref50" />。  
46行目: 46行目:
 帯状皮質運動野は体部位局在を持つが、高次コントロール機能においても、出力様式([[眼球運動]]、[[wikipedia:ja:上肢|上肢]]の運動など)による局在がある<ref name="ref5" /> <ref name="ref59"><pubmed>8410148</pubmed></ref>。帯状皮質運動野の[[脳腫]]瘍切除後の患者に、2つの出力様式(手指によるボタン押し、声)で、2種類の課題(2回の刺激に差異があるかを検出する課題と、ストループ課題)を行ったところ、両課題とも手指により反応する際はコントロール群と比較し成績が悪かったが、口答する場合にはコントロール群と同等の成績であったという報告がある<ref name="ref60"><pubmed>10491614</pubmed></ref>。サルにおいても、CMAr の前肢領域を[[ムシモール]]によりブロックすると、課題(報酬減少を察知して前肢による運動を別の運動に切り替える課題)の遂行が不可能になるが、[[wikipedia:ja:後肢|上後肢]]領域をブロックしても課題遂行に影響が表れなかったと報告されている<ref name="ref38" />。  
 帯状皮質運動野は体部位局在を持つが、高次コントロール機能においても、出力様式([[眼球運動]]、[[wikipedia:ja:上肢|上肢]]の運動など)による局在がある<ref name="ref5" /> <ref name="ref59"><pubmed>8410148</pubmed></ref>。帯状皮質運動野の[[脳腫]]瘍切除後の患者に、2つの出力様式(手指によるボタン押し、声)で、2種類の課題(2回の刺激に差異があるかを検出する課題と、ストループ課題)を行ったところ、両課題とも手指により反応する際はコントロール群と比較し成績が悪かったが、口答する場合にはコントロール群と同等の成績であったという報告がある<ref name="ref60"><pubmed>10491614</pubmed></ref>。サルにおいても、CMAr の前肢領域を[[ムシモール]]によりブロックすると、課題(報酬減少を察知して前肢による運動を別の運動に切り替える課題)の遂行が不可能になるが、[[wikipedia:ja:後肢|上後肢]]領域をブロックしても課題遂行に影響が表れなかったと報告されている<ref name="ref38" />。  


 最近の研究結果によると、CMAr およびその前方領域の細胞は、自分自身が運動する際だけでなく、他個体の運動を観察する際や、その両方で活動する<ref name="ref61"><pubmed>21256015</pubmed></ref>。また,他個体の行動エラーの検出にも関わる<ref name="ref62"><pubmed>22864610</pubmed></ref>。  
 最近の研究結果によると、CMAr およびその前方領域の細胞は、自分自身が運動する際だけでなく、他個体の運動を観察する際や、その両方で活動する<ref name="ref61"><pubmed>21256015</pubmed></ref>。また,他個体の行動エラーの検出にも関わる<ref name="ref62"><pubmed>22864610</pubmed></ref>。


== 臨床学的事項  ==
== 臨床学的事項  ==