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アパシーとは普通なら感情が動かされる刺激対象に対して関心がわかない状態のことを言い、興味や[[意欲]]の障害であると考えられている。多くの疾患でよく見られる状態であり、古くからある言葉であるにもかかわらず、医学的な注目がなされ始めたのはごく最近のことであり、その定義や病態、意義についてもまだ議論の余地が残されている。 | |||
== アパシーとは == | == アパシーとは == | ||
アパシー(apathy)のaはないという意味の接頭語で、pathosはギリシャ語でpassionを意味する。したがってアパシーは普通なら感情が動かされる[[刺激]]対象に対して関心がわかない状態のことを言い、興味や意欲の障害であると考えられている。しかしその使われ方にはばらつきがあり、特に神経内科領域と精神科領域ではそのとらえ方に差がある。神経内科ではアパシーを独立した病態として、精神科領域では[[うつ病]]の部分症状あるいは近縁疾患として捉えられることが多い。 | |||
1990年にMarinは臨床症状としてのアパシーの定義付けを初めて試みた<ref name=ref1><pubmed>2403472</pubmed></ref>。彼はアパシーを[[意識障害]]、[[認知障害]]、[[情動]] | 1990年にMarinは臨床症状としてのアパシーの定義付けを初めて試みた<ref name=ref1><pubmed>2403472</pubmed></ref>。彼はアパシーを[[意識障害]]、[[認知障害]]、[[情動]]的苦悩によらない動機付けの欠如ないしは減弱した状態と定義した。ここで言う[[動機付け]](モチベーション)とは目的ある行動(goal-directed behavior)の開始、持続、方向性、そしてその活力に対して必要な駆動力を指す。アパシーは多くの疾患でよく見られる状態であり、古くからある言葉であるにもかかわらず、医学的な注目がなされ始めたのはごく最近のことであり、その定義や病態、意義についてもまだ議論の余地が残されている。 | ||
== 診断 == | == 診断 == | ||
Marinは、 | |||
*目的ある行動(goal-directed behavior)の減弱(自発的な根気強い努力の欠如で示される) | |||
*目的ある思考(goal-directed cognition)の減弱(個人の健康、経済的問題などへの関心の欠如で示される | |||
*目的ある行動に付随した情動的反応(emotional concomitant of goal-directed behavior)の減弱(感情の平板化や良いあるいは悪い出来事への情緒的反応の欠如で示される) | |||
を特徴とした動機付けの欠如ないしは減弱した状態とアパシーを定義した<ref name=ref1 />。しかしLevyらはモチベーションは内的な状態であり、その評価は表出された行動や感情の観察に基づかざるを得ないことからMarinの定義には問題が含まれており、彼らはアパシーを自発的な目的ある行動の量的な減少として定義するべきであると提唱している<ref name=ref2><pubmed>17131230</pubmed></ref> 。Marinの定義ではアパシーは認知障害によるものではないとしたが、[[アルツハイマー病]]患者では高率にアパシーを示すことが繰り返し報告されており<ref name=ref3><pubmed>21155143</pubmed></ref> <ref name=ref4><pubmed>20455862</pubmed></ref>、アパシーの定義や診断基準にはまだ混乱が見られる。 | |||
[[国際疾病分類第10版]]<ref name=ref5> World Health Organization International statistical classification of diseases and related health problems 10th revision, vol. 1<br>World Health Organization, Geneva, Switzerland (1992)</ref> においてもアパシーは疾患としての項目はなく、症状、徴候および異常臨床所見・異常検査所見で他に分類されないものの中にR45.3 [[無気力]]及び[[感情鈍麻]](アパシー)とあるに過ぎない。いずれにしてもアパシーの診断基準に統一されたものはまだないのが現状であり、アパシーの研究を進める上で統一された診断基準がないことは最も大きな問題であると考えられる。 | |||
アパシーの重要度評価としては1991年にMarinらが[[Apathy Evaluation Scale]]([[アパシー評価尺度]])を開発し<ref name=ref6><pubmed>1754629</pubmed></ref>、その後Starksteinらがその短縮版として[[Apathy Scale]]を発表した<ref name=ref7><pubmed>1627973</pubmed></ref>。Apathy Scaleの日本語版は岡田らによって[[やる気スコア]]<ref name=ref8>'''岡田 和悟, 小林 祥泰, 青木 耕, 須山 信夫, 山口 修平'''<br>やる気スコアを用いた脳卒中後の意欲低下の評価<br>脳卒中, 1998, 20: 318-323</ref>として翻訳され、[http://cvddb.med.shimane-u.ac.jp/cvddb/ 脳卒中データバンクのホームページ]からpdfファイルのダウンロードが可能であり、使用できる。 | |||
== うつ状態との異同 == | == うつ状態との異同 == | ||
アパシーと[[うつ状態]]は概念的にも臨床的にも混同されることが多い。うつ状態とは概念的には持続的な気分(mood)の障害であり、意欲そのものの障害ではないが、精神科で頻用されているうつ病の診断基準である[[Diagnostic and statistical manual of mental disorders 4th edition]]: [[DSM-IV]] <ref name=ref9>American Psychiatric Association.<br>Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, 4th Ed.<br> Washington, DC: American Psychiatric Association, 1994.</ref>では[[大うつ病]] | アパシーと[[うつ状態]]は概念的にも臨床的にも混同されることが多い。うつ状態とは概念的には持続的な気分(mood)の障害であり、意欲そのものの障害ではないが、精神科で頻用されているうつ病の診断基準である[[Diagnostic and statistical manual of mental disorders 4th edition]]: [[DSM-IV]] <ref name=ref9>American Psychiatric Association.<br>Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, 4th Ed.<br> Washington, DC: American Psychiatric Association, 1994.</ref>では[[大うつ病]]エピソードは”[[抑うつ気分]]”もしくは”興味・喜びの減退”のいずれかを必須項目としている。抑うつ気分は気分の障害であるが、興味・喜びの減退は普段なら興味や喜びが感じられていた刺激に対して反応しなくなる状態であり、アパシーの概念に近い。 | ||
DSM-IVハンドブックにおける興味・喜びの減退の項目における症状の詳しい説明としては「その人達は趣味に興味を感じなくなったり、あるいは以前に喜びであった活動に何の喜びも感じないと言うかもしれない。家族はしばしば、社会的引きこもり、または楽しみであった娯楽にかまわなくなったことに気づいている」と表現されている。この状態はこれまで楽しめていた活動に対して楽しみや喜びを感じられなくなり、その活動に対してのモチベーションが失われていることを示しており、まさにアパシーの状態と考えられる。そのほかの項目においても[[易疲労性]] | DSM-IVハンドブックにおける興味・喜びの減退の項目における症状の詳しい説明としては「その人達は趣味に興味を感じなくなったり、あるいは以前に喜びであった活動に何の喜びも感じないと言うかもしれない。家族はしばしば、社会的引きこもり、または楽しみであった娯楽にかまわなくなったことに気づいている」と表現されている。この状態はこれまで楽しめていた活動に対して楽しみや喜びを感じられなくなり、その活動に対してのモチベーションが失われていることを示しており、まさにアパシーの状態と考えられる。そのほかの項目においても[[易疲労性]]、または[[気力]]の減退、思考力や集中力の減退、または決断困難も一部にアパシーの要素が含まれている項目であると考えられる。 | ||
このように精神科におけるうつ病の診断基準にはアパシーという用語こそ含まれていないものの意欲に乏しく何事にもやる気が起こらずおっくうな状態はうつ病の主要な症状であると考えられていることがわかる。大うつ病エピソードの診断基準は一定の症状を示す症候群であり、アパシーの診断基準もまた症候群であるので両者が一部重複をするのは仕方のないことであるが、背景にある病態が異なれば対応も異なるため両者を区別して考えることや、うつ病の症状の中でも気分の障害と意欲や興味の障害を分けて考えることは必要ではないかと考えられる。 | このように精神科におけるうつ病の診断基準にはアパシーという用語こそ含まれていないものの意欲に乏しく何事にもやる気が起こらずおっくうな状態はうつ病の主要な症状であると考えられていることがわかる。大うつ病エピソードの診断基準は一定の症状を示す症候群であり、アパシーの診断基準もまた症候群であるので両者が一部重複をするのは仕方のないことであるが、背景にある病態が異なれば対応も異なるため両者を区別して考えることや、うつ病の症状の中でも気分の障害と意欲や興味の障害を分けて考えることは必要ではないかと考えられる。 | ||
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== 臨床症状への影響 == | == 臨床症状への影響 == | ||
アパシーの存在の臨床的な意義としてはアパシーが日常生活機能との間に密接な関連があることが挙げられる。たとえばアルツハイマー病患者においてアパシーのある患者ではない患者と比較して[[日常生活機能]](ADL)の障害は高度であり<ref name=ref10><pubmed>11384893</pubmed></ref>、アパシーの程度と機能障害の程度の間には相関関係が認められる<ref name=ref11><pubmed>12611751</pubmed></ref>。 | |||
このような関連はアルツハイマー病だけでなく、[[血管性認知症]]<ref name=ref12><pubmed>12154154</pubmed></ref>、[[脳卒中]]患者1<ref name=ref13><pubmed>8236333</pubmed></ref>、うつ病患者<ref name=ref14><pubmed>9919318</pubmed></ref> | このような関連はアルツハイマー病だけでなく、[[血管性認知症]]<ref name=ref12><pubmed>12154154</pubmed></ref>、[[脳卒中]]患者1<ref name=ref13><pubmed>8236333</pubmed></ref>、うつ病患者<ref name=ref14><pubmed>9919318</pubmed></ref>においても報告されている。[[認知機能]]に関してもアパシーのある患者ではない患者と比較して認知機能が低く、経過中の認知機能の低下していく速度も大きいことがアルツハイマー病<ref name=ref10 />、脳卒中患者<ref name=ref13 />、老人ホームの居住者<ref name=ref15><pubmed>15804630</pubmed></ref>などで報告されている。さらに、アパシーを有する脳卒中患者ではリハビリテーションによる機能回復が遅延することも報告されている<ref name=ref16><pubmed>17702056</pubmed></ref>。 | ||
アパシーは介護者にとっての負担感を大きくする要因でもある。アルツハイマー病患者の介護者の負担感は患者のアパシースコアとの間に強い相関が認められたが、認知機能障害の程度やADL障害の程度とは関連がなかったと報告されている<ref name=ref17><pubmed>12571824</pubmed></ref>。また、アパシーは患者の[[wikipedia:ja:生活の質|生活の質]](Quality of Life; QOL)にも影響を及ぼす可能性がある。老人ホームの居住者を対象とした検討では認知機能障害があまりない対象ではアパシーは主観的なQOLを低下させていたと報告されている<ref name=ref15><pubmed>15804630</pubmed></ref>。このようにアパシーはさまざまな臨床症状に悪影響を与えることが報告されているが、この影響はアパシーによるモチベーションの障害が影響を及ぼしている[[wikipedia:ja:廃用症候群|廃用症候群]]と呼ぶべきものであるのか、その他の要因を介しているのかは今後の検討が必要である。 | アパシーは介護者にとっての負担感を大きくする要因でもある。アルツハイマー病患者の介護者の負担感は患者のアパシースコアとの間に強い相関が認められたが、認知機能障害の程度やADL障害の程度とは関連がなかったと報告されている<ref name=ref17><pubmed>12571824</pubmed></ref>。また、アパシーは患者の[[wikipedia:ja:生活の質|生活の質]](Quality of Life; QOL)にも影響を及ぼす可能性がある。老人ホームの居住者を対象とした検討では認知機能障害があまりない対象ではアパシーは主観的なQOLを低下させていたと報告されている<ref name=ref15><pubmed>15804630</pubmed></ref>。このようにアパシーはさまざまな臨床症状に悪影響を与えることが報告されているが、この影響はアパシーによるモチベーションの障害が影響を及ぼしている[[wikipedia:ja:廃用症候群|廃用症候群]]と呼ぶべきものであるのか、その他の要因を介しているのかは今後の検討が必要である。 | ||
== 想定されるメカニズム == | |||
== | アパシーは[[パーキンソン病]]やアルツハイマー病、脳卒中後患者など脳器質疾患患者で多い症状とされ<ref name="ref2" />、アパシーが引き起こされるメカニズムもモチベーションの障害などの症状の神経心理学的な特徴<ref name="ref18"><pubmed>16207933</pubmed></ref>、基礎疾患の病態<ref name="ref19"><pubmed>17765337</pubmed></ref> <ref name="ref20"><pubmed>15964021</pubmed></ref>や治療効果のある薬剤<ref name="ref21"><pubmed>12426416</pubmed></ref> <ref name="ref22"><pubmed>12670060</pubmed></ref>、脳卒中患者のアパシーにおける脳損傷部位、アパシー患者における[[PET]]や[[SPECT]]、[[MR spectroscopy]]などの機能的脳画像研究などさまざまな検討がなされている(表)。 | ||
これらの検討からは[[ドーパミン]]や[[アセチルコリン]]などの[[神経伝達物質]]の異常やモチベーションに関連する神経回路として[[前頭葉]]−皮質下回路のどこかが損傷されるとアパシーが引き起こされるとの仮説が提唱<ref name=ref38><pubmed>12169339</pubmed></ref>されているが、報告によって結果には差異が見られる。この結果の差異は使用されている診断基準や重症度評価の違いもあるが、そもそもアパシーはさまざまな疾患で認められる臨床症状あるいは症候群であり、さまざまな原因によって類似した症状が引き起こされるためと考えられる。 | |||
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| ドーパミン トランスポーター取込低下 | | ドーパミン トランスポーター取込低下 | ||
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'''表.アパシーにおける構造画像/機能画像研究''' | '''表.アパシーにおける構造画像/機能画像研究''' | ||
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== 参考文献 == | == 参考文献 == |
2013年4月7日 (日) 23:47時点における版
英語名:apathy 独:Apathie 仏:apathie
アパシーとは普通なら感情が動かされる刺激対象に対して関心がわかない状態のことを言い、興味や意欲の障害であると考えられている。多くの疾患でよく見られる状態であり、古くからある言葉であるにもかかわらず、医学的な注目がなされ始めたのはごく最近のことであり、その定義や病態、意義についてもまだ議論の余地が残されている。
アパシーとは
アパシー(apathy)のaはないという意味の接頭語で、pathosはギリシャ語でpassionを意味する。したがってアパシーは普通なら感情が動かされる刺激対象に対して関心がわかない状態のことを言い、興味や意欲の障害であると考えられている。しかしその使われ方にはばらつきがあり、特に神経内科領域と精神科領域ではそのとらえ方に差がある。神経内科ではアパシーを独立した病態として、精神科領域ではうつ病の部分症状あるいは近縁疾患として捉えられることが多い。
1990年にMarinは臨床症状としてのアパシーの定義付けを初めて試みた[1]。彼はアパシーを意識障害、認知障害、情動的苦悩によらない動機付けの欠如ないしは減弱した状態と定義した。ここで言う動機付け(モチベーション)とは目的ある行動(goal-directed behavior)の開始、持続、方向性、そしてその活力に対して必要な駆動力を指す。アパシーは多くの疾患でよく見られる状態であり、古くからある言葉であるにもかかわらず、医学的な注目がなされ始めたのはごく最近のことであり、その定義や病態、意義についてもまだ議論の余地が残されている。
診断
Marinは、
- 目的ある行動(goal-directed behavior)の減弱(自発的な根気強い努力の欠如で示される)
- 目的ある思考(goal-directed cognition)の減弱(個人の健康、経済的問題などへの関心の欠如で示される
- 目的ある行動に付随した情動的反応(emotional concomitant of goal-directed behavior)の減弱(感情の平板化や良いあるいは悪い出来事への情緒的反応の欠如で示される)
を特徴とした動機付けの欠如ないしは減弱した状態とアパシーを定義した[1]。しかしLevyらはモチベーションは内的な状態であり、その評価は表出された行動や感情の観察に基づかざるを得ないことからMarinの定義には問題が含まれており、彼らはアパシーを自発的な目的ある行動の量的な減少として定義するべきであると提唱している[2] 。Marinの定義ではアパシーは認知障害によるものではないとしたが、アルツハイマー病患者では高率にアパシーを示すことが繰り返し報告されており[3] [4]、アパシーの定義や診断基準にはまだ混乱が見られる。
国際疾病分類第10版[5] においてもアパシーは疾患としての項目はなく、症状、徴候および異常臨床所見・異常検査所見で他に分類されないものの中にR45.3 無気力及び感情鈍麻(アパシー)とあるに過ぎない。いずれにしてもアパシーの診断基準に統一されたものはまだないのが現状であり、アパシーの研究を進める上で統一された診断基準がないことは最も大きな問題であると考えられる。
アパシーの重要度評価としては1991年にMarinらがApathy Evaluation Scale(アパシー評価尺度)を開発し[6]、その後Starksteinらがその短縮版としてApathy Scaleを発表した[7]。Apathy Scaleの日本語版は岡田らによってやる気スコア[8]として翻訳され、脳卒中データバンクのホームページからpdfファイルのダウンロードが可能であり、使用できる。
うつ状態との異同
アパシーとうつ状態は概念的にも臨床的にも混同されることが多い。うつ状態とは概念的には持続的な気分(mood)の障害であり、意欲そのものの障害ではないが、精神科で頻用されているうつ病の診断基準であるDiagnostic and statistical manual of mental disorders 4th edition: DSM-IV [9]では大うつ病エピソードは”抑うつ気分”もしくは”興味・喜びの減退”のいずれかを必須項目としている。抑うつ気分は気分の障害であるが、興味・喜びの減退は普段なら興味や喜びが感じられていた刺激に対して反応しなくなる状態であり、アパシーの概念に近い。
DSM-IVハンドブックにおける興味・喜びの減退の項目における症状の詳しい説明としては「その人達は趣味に興味を感じなくなったり、あるいは以前に喜びであった活動に何の喜びも感じないと言うかもしれない。家族はしばしば、社会的引きこもり、または楽しみであった娯楽にかまわなくなったことに気づいている」と表現されている。この状態はこれまで楽しめていた活動に対して楽しみや喜びを感じられなくなり、その活動に対してのモチベーションが失われていることを示しており、まさにアパシーの状態と考えられる。そのほかの項目においても易疲労性、または気力の減退、思考力や集中力の減退、または決断困難も一部にアパシーの要素が含まれている項目であると考えられる。
このように精神科におけるうつ病の診断基準にはアパシーという用語こそ含まれていないものの意欲に乏しく何事にもやる気が起こらずおっくうな状態はうつ病の主要な症状であると考えられていることがわかる。大うつ病エピソードの診断基準は一定の症状を示す症候群であり、アパシーの診断基準もまた症候群であるので両者が一部重複をするのは仕方のないことであるが、背景にある病態が異なれば対応も異なるため両者を区別して考えることや、うつ病の症状の中でも気分の障害と意欲や興味の障害を分けて考えることは必要ではないかと考えられる。
臨床症状への影響
アパシーの存在の臨床的な意義としてはアパシーが日常生活機能との間に密接な関連があることが挙げられる。たとえばアルツハイマー病患者においてアパシーのある患者ではない患者と比較して日常生活機能(ADL)の障害は高度であり[10]、アパシーの程度と機能障害の程度の間には相関関係が認められる[11]。
このような関連はアルツハイマー病だけでなく、血管性認知症[12]、脳卒中患者1[13]、うつ病患者[14]においても報告されている。認知機能に関してもアパシーのある患者ではない患者と比較して認知機能が低く、経過中の認知機能の低下していく速度も大きいことがアルツハイマー病[10]、脳卒中患者[13]、老人ホームの居住者[15]などで報告されている。さらに、アパシーを有する脳卒中患者ではリハビリテーションによる機能回復が遅延することも報告されている[16]。
アパシーは介護者にとっての負担感を大きくする要因でもある。アルツハイマー病患者の介護者の負担感は患者のアパシースコアとの間に強い相関が認められたが、認知機能障害の程度やADL障害の程度とは関連がなかったと報告されている[17]。また、アパシーは患者の生活の質(Quality of Life; QOL)にも影響を及ぼす可能性がある。老人ホームの居住者を対象とした検討では認知機能障害があまりない対象ではアパシーは主観的なQOLを低下させていたと報告されている[15]。このようにアパシーはさまざまな臨床症状に悪影響を与えることが報告されているが、この影響はアパシーによるモチベーションの障害が影響を及ぼしている廃用症候群と呼ぶべきものであるのか、その他の要因を介しているのかは今後の検討が必要である。
想定されるメカニズム
アパシーはパーキンソン病やアルツハイマー病、脳卒中後患者など脳器質疾患患者で多い症状とされ[2]、アパシーが引き起こされるメカニズムもモチベーションの障害などの症状の神経心理学的な特徴[18]、基礎疾患の病態[19] [20]や治療効果のある薬剤[21] [22]、脳卒中患者のアパシーにおける脳損傷部位、アパシー患者におけるPETやSPECT、MR spectroscopyなどの機能的脳画像研究などさまざまな検討がなされている(表)。
これらの検討からはドーパミンやアセチルコリンなどの神経伝達物質の異常やモチベーションに関連する神経回路として前頭葉−皮質下回路のどこかが損傷されるとアパシーが引き起こされるとの仮説が提唱[23]されているが、報告によって結果には差異が見られる。この結果の差異は使用されている診断基準や重症度評価の違いもあるが、そもそもアパシーはさまざまな疾患で認められる臨床症状あるいは症候群であり、さまざまな原因によって類似した症状が引き起こされるためと考えられる。
手法 | 所見 | 関連領域 |
剖検 | 神経原線維変化 | 前帯状回[24] |
CT | 病変 | 基底核[25] |
MRI | 体積減少 | 前帯状回[26] 前頭葉[27] 側坐核[28] |
高輝度領域 | 前頭—皮質下回路[29] 右半球[29] | |
MR spectroscopy | NAA/Cr比率低下 | 前頭葉[30] |
PET | 血流減少 | 基底核[31] 背外側前頭前野[31] |
代謝低下 | 前頭葉[32] | |
ドーパミン/ノルアドレナリン トランスポーター結合能低下 | 腹側線条体[33] | |
SPECT | 血流低下 | 帯状回[34] 前頭葉[35] 前頭前野[36] 前頭葉眼窩面[37] 側頭葉[36] |
ドーパミン トランスポーター取込低下 | 被殻[38] |
表.アパシーにおける構造画像/機能画像研究
関連項目
(ございましたら御指摘ください)
参考文献
- ↑ 1.0 1.1
Marin, R.S. (1990).
Differential diagnosis and classification of apathy. The American journal of psychiatry, 147(1), 22-30. [PubMed:2403472] [WorldCat] [DOI] - ↑ 2.0 2.1
Levy, R., & Czernecki, V. (2006).
Apathy and the basal ganglia. Journal of neurology, 253 Suppl 7, VII54-61. [PubMed:17131230] [WorldCat] [DOI] - ↑
Wetzels, R.B., Zuidema, S.U., de Jonghe, J.F., Verhey, F.R., & Koopmans, R.T. (2010).
Course of neuropsychiatric symptoms in residents with dementia in nursing homes over 2-year period. The American journal of geriatric psychiatry : official journal of the American Association for Geriatric Psychiatry, 18(12), 1054-65. [PubMed:21155143] [WorldCat] - ↑
M, F.M., Molano, A., Castro, J., & Zarranz, J.J. (2010).
Prevalence of neuropsychiatric symptoms in mild cognitive impairment and Alzheimer's disease, and its relationship with cognitive impairment. Current Alzheimer research, 7(6), 517-26. [PubMed:20455862] [WorldCat] - ↑ World Health Organization International statistical classification of diseases and related health problems 10th revision, vol. 1
World Health Organization, Geneva, Switzerland (1992) - ↑
Marin, R.S., Biedrzycki, R.C., & Firinciogullari, S. (1991).
Reliability and validity of the Apathy Evaluation Scale. Psychiatry research, 38(2), 143-62. [PubMed:1754629] [WorldCat] [DOI] - ↑
Starkstein, S.E., Mayberg, H.S., Preziosi, T.J., Andrezejewski, P., Leiguarda, R., & Robinson, R.G. (1992).
Reliability, validity, and clinical correlates of apathy in Parkinson's disease. The Journal of neuropsychiatry and clinical neurosciences, 4(2), 134-9. [PubMed:1627973] [WorldCat] [DOI] - ↑ 岡田 和悟, 小林 祥泰, 青木 耕, 須山 信夫, 山口 修平
やる気スコアを用いた脳卒中後の意欲低下の評価
脳卒中, 1998, 20: 318-323 - ↑ American Psychiatric Association.
Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, 4th Ed.
Washington, DC: American Psychiatric Association, 1994. - ↑ 10.0 10.1
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(執筆者:山下英尚 担当編集委員:高橋良輔)