麻薬
英語名:narcotics 独:Suchtstoff 仏:narcotique
麻薬という用語は、広く用いられているにもかかわらず、さまざまな意味で使われている、定義が困難な用語である。元来は、モルヒネ等のオピオイド系の薬剤を示していた。モルヒネ等は、鎮痛薬として、医療用にも使用される。一方、法的には、薬理学的には覚せい剤に分類されるコカイン、NMDA受容体に作用する麻酔薬であるケタミン、セロトニン受容体に作用する幻覚剤であるリゼルグ酸ジエチルアミド(LSD)も麻薬とされている。更に、覚せい剤や大麻等を含めて、依存性があり、不正に使用される薬剤一般を「不正麻薬」と呼ぶ場合もある。
定義
麻薬という用語は、さまざまな意味で用いられている。
最も狭い定義は、「モルヒネ、ヘロイン、コデイン等のアヘンアルカロイド類とこれらに類似した合成物質で、オピオイド受容体に親和性を持ち、麻薬及び向精神薬取締法において麻薬と指定されているもの」ということになる。
一方、法的な定義は、「麻薬及び向精神薬取締法において麻薬と指定されているもの」ということになる。この場合、前述の定義に、コカインとその関連物質、ケタミン、リゼルグ酸ジエチルアミド(LSD)などが加わる。コカインは、その薬理学性質についての知識が十分でなかった時代に法律が制定され、そのままになっていた。コカインは薬理学的性質からは、本来、覚せい剤に分類されるべきものであった。しかし、ケタミンは平成19年に指定されたばかりである。
このように、法的な麻薬の定義が薬理学と解離する中、更に、「依存性が強く、社会的な弊害があり、違法に使用される薬物」を全て「不正麻薬」と称する場合もあり、厚生労働省もこうした語法を用いている。
従って、麻薬には、薬理学的定義(オピオイド系薬物)、法的定義(麻薬及び向精神薬取締法において麻薬と指定されているもの)、行政的定義(違法に使用され、社会的弊害のある依存性薬物全般)という、少なくとも3種類の定義が存在する。
歴史
モルヒネの単離まで
歴史上、麻薬という言葉は、アヘン剤のことを指していた。アヘン剤とは、モルヒネ、ヘロイン、コデインなど、ケシの実から抽出されるアルカロイドを合成した薬剤のことである。昏迷状態を引き起こす中枢抑制薬であり、酩酊・多幸感などをもたらす一方、強力な依存性があり、身体は急速に耐性を形成する。その依存性の強さから、麻薬の製造や流通は法律で厳しく規制されている。
メソポタミア文明から、ケシの栽培、アヘンの精製が行われていた、ギリシャ神話においてもケシの記載があり、ローマ時代には頭痛、難聴、痙攣、喘息、咳、疝痛、発熱、メランコリーの治療ならびに贅沢品としてアヘンが使用され、中世には、手術の際の鎮痛薬として使用された記載がイタリア、サレルノ近くのモンテカシノにあるベネディクト修道院の文献にある。
中国では後漢末期、華佗が医術や薬の処方に詳しく、麻酔を最初に発明したのは華佗とされており、大麻が成分とされる「麻沸散」と呼ばれる麻酔薬を使って腹部切開手術を行った記載が三国志に記載がある。また、五石散と言う麻薬が三国時代、あるいは後漢の頃からあったと言われている。さらに「本草綱目」(1892種の本草(生薬)について薬効などを詳しく記述されている文献)では阿片を主薬とする「一粒金丹」という製剤の記載があり、万能薬として用いられた。日本では、華佗が使ったとされる麻沸散(別名:通仙散)による全身麻酔下で乳癌摘出手術に成功した。1803年にドイツの薬剤師であるフリードリッヒ・ヴィルヘルム・ゼルチュルネルがアヘンからモルヒネの単離にはじめて成功した。
オピオイド受容体の発見
このように、人類は紀元前よりオピオイドの鎮痛作用や陶酔作用といった効果を知っていたが、その薬理作用の仕組みが理解されるようになったのは最近のことである。研究者達はなぜ植物由来の成分が動物や人間の生体内でこれほど強い効果を引き出すことができるのかという素朴な疑問を持ち続け、それは次第に“モルヒネ感受性受容体の存在”という概念にたどり着いた。1971 年、Goldsteinはオピオイド受容体の発見の基になる報告をし [1]、1973年にそれぞれ、SnyderとPert[2]、Simon[3]、Terenius[4]の3つのグループからオピオイド受容体の存在が提唱され、広く研究者の間で受け入れられるようになった。1975 年には Hughes と Kosterlitz ら[5]がエンケファリンを発見し、さらに、1979 年に Goldstein と Tachibanaら[6]がダイノルフィンを抽出し、生体内に存在するモルヒネ様物質、いわゆる“内因性オピオイド”が発見された。オピオイド受容体は μ (MOR)、δ (DOR)および κ (KOR)に大別され、これら3種のオピオイド受容体の研究がもっとも盛んに行われてきた。
オピオイド受容体遺伝子のクロ−ニングは他の受容体と比べて遅く、1992年になってEvansらとKiefferらのグループがそれぞれ、372個のアミノ酸から成るδ受容体のクロ−ニングに成功した[7] [8]。δ受容体のクロ−ニング後、PCR 法によるホモロジ−を利用した研究によってμおよびκ受容体のクロ−ニングの成功が相次いで報告された。μおよびκ受容体は、それぞれ398個と380個のアミノ酸から構成されている。明らかにされたμ-、δ-およびκ-オピオイド受容体間のアミノ酸配列の相同性は全体として約60%と高く、いずれも7回膜貫通型のいわゆるGタンパク質共役型受容体である。また、現在までにμ受容体遺伝子においていくつかのオルターナティブスプライシングを受けるエクソンが同定されており、これらの組み合わせの違いから数種類のスプライスバリアントによるμ受容体サブタイプの存在が報告されている。
医療への応用
Opium(オピウム)は日本語でアヘンのことであり、ケシの果実から抽出される。元来、鎮痛薬として使用されてきたが19世紀に入るとその嗜好性、習慣性から医薬用外で大流行したため、鎮痛作用や鎮咳作用よりも「麻薬」という悪いイメージだけが残ってしまっている。 同時にアヘンからのモルヒネの単離精製に成功したことで、モルヒネ様作用をもつ薬剤の研究開発が進み、モルヒネやコデインといったアヘンからの精製物をopium、半合成誘導体をopiate、アヘン様合成薬剤をオピオイド(opioid)と呼び分けた。 現在では、「オピオイド」と言う呼び名は、中枢神経や末梢神経に存在する特異的受容体(オピオイド受容体)への結合を介して作用を発現するモルヒネに類似する作用を持つ物質の総称として使われ、植物由来の天然のオピオイド、合成・半合成のオピオイド、体内で産生される内因性オピオイド(エンケファリン、ダイノルフィン、β-エンドルフィン)などの分類が一般的となっている。
不正麻薬
「覚せい剤取締法」、「大麻取締法」、「麻薬及び向精神薬取締法」、「あへん法」等により法律で厳しく規制されている薬物である。
覚醒剤
「覚せい剤取締法」では、一般名メタンフェタミン、アンフェタミン及びその塩類並びにこれらを含有する物を「覚せい剤」として規制の対象となる。 覚せい剤は、主に麻黄(マオウ)という植物から抽出されたエフェドリン等を原料として、化学的に合成して製造され、形状は主に白色の粉末や無色透明の結晶で、無臭でやや苦みがある。覚せい剤には、神経を興奮させる作用があり、乱用すると眠気や疲労感がなくなり、頭が冴えたような感じになる。しかし、そのような効果も数時間で切れ、その後は激しい脱力感、疲労感、倦怠感に襲われます。
覚せい剤は、特に依存性が強く、乱用を続けると、覚せい剤精神病の状態になり、幻覚や妄想が現れるほか、時には錯乱状態になって、発作的に他人に暴行を加えたり、殺害したりすることがある。このような症状は、乱用を止めても長期間にわたって残る危険性がある。 また、大量の覚せい剤を摂取すると、急性中毒により、全身けいれんを起こし、意識を失い、最後には脳出血で死亡することもある。
大麻
大麻とは、アサ科の1年草である大麻草とその製品をいい、「大麻取締法」で規制されている。大麻を乱用すると一般的には、気分が快活、陽気になり、よくしゃべるようになると言われているが、その一方で視覚、聴覚、味覚、触覚等の感覚が過敏になり、変調を来したり、現在、過去、未来の観念が混乱して思考が分裂し、感情が不安定になる。このため、興奮状態に陥って暴力や挑発的な行為を行うことがあり、さらには幻覚や妄想等に襲われるようになる。また、毎日ゴロゴロして何もやる気のない状態となる「無動機症候群」に陥ることもある。 初めての乱用で大量の大麻を摂取すると、意識障害を伴う中毒性精神病の状態になることがある。 身体的な影響として、吐き気、めまい、筋力の低下、平衡感覚の障害等が現れるほか、大麻の常用が生殖機能に支障を来し、不妊、流産、胎児の死亡、染色体異常の原因となるとの報告がある。
MDMA/MDA
3,4-Methylene-dioxymethamphetamine (MDMA)、3,4-methylene-dioxyamphetamine (MDA) は、覚せい剤と似た化学構造を有する薬物で、けしやコカ等の植物からではなく、他の化学薬品から合成された麻薬の一種で、「麻薬及び向精神薬取締法」で麻薬として規制されている。 MDMAとMDAの薬理作用は類似しており、視覚、聴覚を変化させる作用があるが、その反面不安や不眠などに悩まされる場合もある。 また、強い精神的依存性があり、乱用を続けると錯乱状態に陥ることがあるほか、腎・肝臓機能障害や記憶障害等の症状も現れることがある。
コカイン
コカインは、南米産のコカの木の葉を原料とした薬物で、無色の結晶又は白色の結晶性粉末で、無臭で苦みがあり、「麻薬及び向精神薬取締法」で麻薬として規制されている。 コカインは、鼻粘膜からの吸引のほか、経口による方法で乱用されている。 コカインには、覚せい剤と同様に中枢神経を興奮させる作用があるため、気分が高揚し、眠気や疲労感の脱却、体が軽く感じられ、腕力、知力がついたという錯覚が起こる。しかし、覚せい剤に比べて、その効果の持続時間が30分程度と短いため、精神的依存が形成されると、一日に何度も乱用するようになり、 乱用を続けると、幻覚等の症状が現れたり、虫が皮膚内を動き回っているような不快な感覚に襲われて、実在しないその虫を殺そうと自らの皮膚を針で刺したりすることもある。
ヘロイン
ヘロインは、けしを原料とした薬物で、けしからあへんを採取し、あへんから抽出したモルヒネを精製して作られ(編集コメント:モルヒネは既に生成された化合物ですので、「精製して」というのは正しくないと思います)「麻薬及び向精神薬取締法」で麻薬として規制されている。 ヘロインは、静脈注射のほか、火であぶって煙を吸う方法、吸引具により吸引する方法、経口による方法で乱用されている。 ヘロインには神経を抑制する作用があり、乱用すると強い陶酔感を覚えることから、このような快感が忘れられず、乱用を繰り返すようになり、強い精神的依存が形成される。 さらに、強い身体的依存も形成され、2~3時間ごとに摂取しないと、体中の筋肉に激痛が走り、骨がバラバラになって飛散するかと思うほどの痛み、悪寒、嘔吐、失神などの激しい禁断症状に苦しむことになり、あまりの苦しさから精神に異常を来すこともある。
あへん
あへんは、けしから採取した液汁を自然に凝固させたもので、黒褐色で特殊な臭気(アンモニア臭)と苦味がある。原料であるけしの栽培やあへんの採取、あへん及びけしがら(けしの麻薬を抽出することができる部分)の輸出入、所持等は「あへん法」により規制されている。 あへんは、調整したあへん煙膏として特殊なキセルに塗って炎にかざし、出てきた煙を吸引する方法や、経口による方法で乱用される。 あへんには中枢神経を抑制する作用があり、乱用すると強い陶酔感を覚え、精神的、身体的依存性を生じやすく、常用するようになると慢性中毒症状を起こし、脱力感、倦怠感を感じるようになり、やがては精神錯乱を伴う衰弱状態に至る。
LSD
LSD(化学名:リゼルギン酸ジエチルアミド)は、合成麻薬の一種で、「麻薬及び向精神薬取締法」の規制の対象とされ、水溶液をしみこませた紙片、錠剤、カプセル、ゼラチン等があり、経口又は飲み物とともに飲むなどして乱用されている。 LSDを乱用すると、幻視、幻聴、時間の感覚の欠如などの強烈な幻覚作用が現れます。特に幻視作用が強く、ほんのわずかな量だけで物の形が変形、巨大化して見えたり、色とりどりの光が見えたりする状態が8~12時間続く。 また、乱用を続けると、長期にわたって神経障害を来す。
医療用麻薬-オピオイド
医療用麻薬はオピオイドと位置づけられるが、オピオイドではない麻薬もある。ケタミンという麻酔薬はオピオイドではなく麻薬である(平成19年1月1日から麻薬)。従って、ケタミンは麻薬性非オピオイド鎮痛薬に分類される。オピオイドの主な薬理的用途は鎮痛薬である。
対象疾患
医療用麻薬であるオピオイドは、手術中の痛み、術後痛、外傷痛、がん性疼痛、神経障害性疼痛などに見られる長期間続く慢性痛に対して鎮痛薬として用いられている
オピオイドの種類
臨床にて汎用されるオピオイドにはモルヒネ、フェンタニル、オキシコドン、レミフェンタニル、メペリジン、リン酸コデイン、ブプレノルフィン、ペンタゾシン、トラマドール(μ受容体親和性が高いのはトラマドールの代謝物であるM1である)、最近ではメサドンが日本において使用導入された。
オピオイド受容体 | ||||
μ | δ | κ | 備考 | |
モルヒネ | +++ | - | - | アヘン アルカロイド |
フェンタニル | +++ | 合成麻薬 | ||
レミフェンタニル | +++ | 合成麻薬 | ||
オキシコドン | +++ | + | 半合成麻薬 | |
メペリジン | ++ | 合成麻薬 | ||
コデイン | ++ | アヘン アルカロイド | ||
トラマドール | ++ | (+) | SSRI様作用を併せ持つ | |
ブプレノルフィン | ++ (+) |
++ (+) |
麻薬拮抗性 鎮痛薬 | |
ペンタゾシン | ++ (+) |
++ (+) |
麻薬拮抗性 鎮痛薬 |
+++: 強 agonist、 ++: 弱 agonist、 +: 部分 gonist
( ) 可能性
表.オピオイド受容体に対するpotency
モルヒネ
モルヒネは数ある強オピオイドのなかでもっとも歴史が古く、またもっとも研究されている薬で、すべてのオピオイドの原点であり基本となる。剤形も多く、内服薬、坐剤、注射薬があり投与経路の変更なども同一薬剤で行いやすい。
オキシコドン
オキシコドンは、アヘンアルカロイド系のオピオイド受容体作用薬で、体内に入ると代謝酵素であるCYP2D6によりオキシモルフォンへ、CYP3A4によりノルオキシコドン(非活性)へと代謝される。オキシモルフォンは活性代謝産物であり、その鎮痛効果はオキシコドンの約14 倍と強力であるが、AUCはオキシコドンの1.4%と低いため臨床上問題とはならない。また、ノルオキシコドンは薬理活性がほとんどない。したがってオキシコドンの代謝物の影響はほとんどないと考えられる。薬理学的評価における臨床所見はオキシコドンの血中濃度と相関し、鎮痛作用はオキシコドンそのものによってもたらされる[9]。
フェンタニル
フェンタニルは1959年にモルヒネ系薬物とは化学構造の異なる4-anilidopiperidine 系鎮痛薬として合成された合成麻薬である。フェンタニルは肝臓でCYP3A4によってN-脱アルキル化と水酸化によって代謝を受け、ほとんど薬理学的活性のない代謝産物ノルフェンタニルとなり、大部分が尿中に排泄される。活性代謝産物がほとんどないため、腎機能の悪化した患者でも蓄積作用による悪影響を及ぼしにくいとされている。
メサドン
2012年11月22日、癌疼痛治療薬のメサドン塩酸塩(商品名メサペイン錠 5mg、同錠 10mg)が薬価収載された。適応は、「他の強オピオイド鎮痛剤で治療困難な中等度から高度の疼痛を伴う各種癌における鎮痛」である。中等度から高度の疼痛を伴う各種癌に使用する鎮痛薬としては、WHO(世界保健機関)による癌性疼痛治療の三段階ラダーに基づき、強オピオイドのモルヒネ、オキシコドン、フェンタニルが使用される。しかし、これら強オピオイドでも鎮痛が得られない患者、またはオピオイド耐性が発現した患者などに対しては、日本では有効な薬剤が無い状態であった。対して欧米では、これらの患者に対してはメサドンが広く使用されており、こうしたことから、日本へのメサドンの早期導入が実現した。
作用機序
オピオイドが結合する特異的受容体には μ、δおよびκの3つのtypesのオピオイド受容体 (opioid receptor: OR) がある。μ-OR (MOR)、δ-OR (DOR) およびκ-OR (KOR) は、すべてGTP結合タンパク質(Gタンパク質)と共役する7回膜貫通型受容体(GPCR)である。これらオピオイド受容体タイプ間の相同性は高く(全体で約60%)、特に細胞膜貫通領域では非常に高い。いずれの受容体も基本的にGi/oタンパク質と共役しており、ORの活性化後、さまざまな細胞内情報伝達系が影響を受け、神経伝達物質の遊離や神経細胞体の興奮性が低下するために神経細胞の活動が抑制される。これらの中で鎮痛作用に関して最も重要な役割を果たすのがMORである。μ、δおよびκの3つのtypesのORに対する親和性および鎮痛効果 (potency) は個々の薬物によって異なる。
オピオイド受容体は脳・脊髄や知覚神経に幅広く存在するが、生体に投与したオピオイド鎮痛薬はどこにどのように作用して痛みの伝達を抑制するのは、未だ完全には解明されていない。おそらく、脳、脊髄、知覚神経に存在する MORにそれぞれ作用し、それらの総和として鎮痛効果を示していると推測できるが、全身投与のオピオイドの鎮痛効果が脊髄内投与のナロキソン(MOR antagonist)によって一部抑制されるため、脊髄後角浅層部のMORが鎮痛効果に深く関与することはほぼ疑いがない。脊髄後角浅層部は痛覚を伝える知覚神経(Aδ、C線維)の中枢側終末が多く存在し、エンケファリン、ダイノルフィンなどの内因性 opioid peptidesや MOR、KORが最も高密度で存在する部位でもある。こうした背景からも、脊髄後角におけるオピオイドの鎮痛作用機序が最も精力的に研究されている。
一方、脳幹部から神経線維が脊髄後角に下行し、そこで痛みの伝達を遮断する下行性抑制系の関与も知られている。下行性疼痛抑制線維としてノルアドレナリンやセロトニンを伝達物質とする仮説が一般的であるが、その他にもGABAやドーパミンを伝達物質とする下行性疼痛抑制線維の存在も提案されている。下行性疼痛抑制系は痛みやオピオイド投与だけでなく、精神的興奮、精神的集中、恐怖といった生理応答によっても作動する。
こうした生理状態下で中脳や延髄のMORが活性化されることにより、この下行性疼痛抑制系が賦活化する。脊髄後角においては、痛覚伝導路であるAδ、C線維の知覚神経末端と末梢からの痛覚情報を受け取る脊髄後角神経細胞の両者にMORが存在し、Aδ、C線維の末端のシナプス前終末のMORが刺激されると電位依存性Ca2+チャネル (voltage-dependent Ca2+ channel) が抑制されてシナプス前終末へのCa2+の流入が減少し、グルタミン酸などの興奮性神経伝達物質の放出が低下する。
一方、脊髄後角細胞の細胞体や樹状突起に存在するMORが刺激されるとK+チャネルが開口し、K+の細胞外への流出によって脊髄後角細胞が過分極(抑制)する。こうしたシナプス前終末からのグルタミン酸等の興奮性伝達物質の放出抑制とシナプス後細胞の過分極により、脊髄後角細胞での活動電位発生が抑制され、痛覚情報が脊髄より上位中枢への痛覚伝達が遮断/抑制される。
がん性疼痛におけるオピオイド投与の有効性
近年、「がんの患者に早期から疼痛緩和ケアを導入すると、生存期間が延長する」という注目すべき研究結果が発表された[10]。がん性疼痛は、がんによる知覚神経終末の刺激を伴う侵害性疼痛とがんによる神経の圧迫や浸潤に伴って引き起こされる神経障害性疼痛に大別される。がん性疼痛治療のなかでオピオイドはもっとも重要な薬剤であり、他の鎮痛薬と同じように「痛み」に対して使用を躊躇することがあってはならない。
がん疼痛の治療にあたっては、基本的にWHO の三段階がん疼痛治療指針に従って行うべきである。WHOの三段階がん疼痛治療指針は、薬の効力によって順を追って選択するという面だけではなく、痛みの強さによって選択するという両面の原則があることを忘れてはならない。すなわち、がん患者で骨転移に伴う強い背部痛をもち、それまで疼痛治療を受けていないという症例の場合、NSAIDsから始める必要はなく、その痛みの強さに対応するため初回から強オピオイドであるモルヒネを使うべきである。がん疼痛の治療にあたっては、痛みの強さや治療による痛みの消長について患者が感じていることに極力耳を傾けることが重要である。患者の訴えと医療側の考えに大きな差があるときは、その理由はなにかを検討すべきで、安易に「大げさな訴えの患者」と独断的に判断すべきではない。処方内容をどう改訂したかを患者に知らせ、その結果の除痛状態を必ず患者に聞くことを心がける。
一方、このがん性疼痛の約30%に認められる神経障害性疼痛は、モルヒネが効きにくいことが多く、臨床上問題となる。こうした痛みに対して、オキシコドンが有効であるとの報告が散見される。基礎研究の成果も、こうした可能性を支持している。マウスの坐骨神経を半周結紮して作製した神経障害性疼痛モデルを使用した場合、モルヒネの皮下投与による鎮痛効果の有意な減弱が認められ、一方、オキシコドンやフェンタニルの皮下投与では、鎮痛効果の減弱はみられず、神経障害性疼痛に対しても有効であることが明らかになっている[11]。
また、モルヒネの活性代謝物であるM-6-Gを皮下投与すると、モルヒネと同様に、神経障害性疼痛に対する鎮痛効果の減弱が認められる。さらに、モルヒネ、オキシコドン、フェンタニルを髄腔内投与すると、いずれも神経障害性疼痛に対する十分な鎮痛効果が認められるが、M-6-Gでは鎮痛効果の減弱が認められる。一方、モルヒネ、オキシコドン、フェンタニルではいずれも非結紮マウスと差のない脊髄内のMORを介したGタンパク質活性化作用が認められたが、M-6-Gでは活性化作用の減弱が認められる[12]。したがって、神経障害性疼痛下ではM-6-Gによる脊髄内μ受容体の活性化低下が、神経障害性疼痛に対してモルヒネが抵抗性を示す一因となっていると考えられている。一方、モルヒネは神経障害性疼痛下においても、脊髄腔内投与では十分な鎮痛効果をもたらす可能性が高い。
投与経路
オピオイドの投与方法には経口投与、経直腸投与、経皮的投与、皮下注射、筋肉内注射、静脈内投与、脊髄くも膜下腔内投与、脊髄硬膜外腔投与等がある。特にフェンタニル、モルヒネは静脈内投与、硬膜外・くも膜下投与が積極的に行われる。一方、レミフェンタニルは神経毒性のため 硬膜外・くも膜下投与は禁忌となっている。
オピオイドの全身投与には治療上の限界がある。鎮痛と副作用とは、たとえ投与量を調節したとしても完全には分離することはできない。この場合の重要な副作用は呼吸抑制である。脊髄くも膜下腔にオピオイドを投与する1つの目的は、全身投与より低濃度で脊髄の特異的部位に薬物を到達させることができるということにある。脊髄MORの刺激は鎮痛を仲介するが、嘔吐や呼吸抑制には関与しないので、硬膜外腔と、くも膜下腔へオピオイドを投与することによって、鎮痛を副作用から分離することが可能となる。
依存性
オピオイドには慢性投与により精神・身体依存ならびに耐性が生じるが、痛みが生じている時には形成されにくい。
精神依存
脳内のドーパミン神経系は、黒質-線条体系と腹側被蓋野から側坐核に投射している中脳辺縁系の2つに大きく分類されている。このうち、情動や陶酔感の発現には中脳辺縁系のドーパミン神経が関与していることが明らかにされている。モルヒネは中脳辺縁系の細胞体が存在する腹側被蓋野に高密度に分布するMOR受容体を介し、介在ニューロンである抑制性のγ-アミノ酪酸 (GABA) 神経系を抑制して、中脳辺縁ドーパミン神経系の活性化を引き起こす。活性化された中脳辺縁ドーパミン神経系は、その投射先である側坐核からドーパミンの著明な遊離を引き起こし、これがモルヒネによる多幸感発現や精神依存形成の引き金になっていると考えられている。
中脳辺縁ドーパミン神経系の起始核である腹側被蓋野には、抑制性GABA神経が投射しており、ドーパミン神経系を抑制的に調節している。モルヒネはこのGABA神経上に存在するMORに作用して、抑制性GABA神経を抑制し、GABAの遊離を抑制する(脱抑制)。その結果、ドーパミン神経系が活性化され、中脳辺縁系の投射先である側坐核においてドーパミンが過剰に遊離し、精神依存が引き起こされると考えられている。
また、側坐核ではダイノルフィン神経系がKORを介してドーパミンの遊離を抑制的に制御している。炎症性疼痛下では側坐核においてKORの機能亢進が引き起こされることにより、モルヒネによるドーパミン遊離量増加が抑制される。また、神経障害性疼痛下では、脊髄からの持続的な疼痛刺激により、腹側被蓋野においてβ-エンドルフィンが持続的に遊離され、GABA神経上におけるMORの機能低下が誘導される。その結果、ドーパミン神経系の活性化が引き起こされにくくなり、モルヒネによるドーパミン遊離量増加が抑制される。このような一連の変化により、炎症性疼痛および神経障害性疼痛下では、モルヒネの精神依存が形成されにくいと考えられる[13]。
身体的依存
投与中止によって禁断症状(発熱、下痢、散瞳、不安等)を誘発。メサドン代替療法を行う。麻薬拮抗薬は禁断症状を誘発してしまう。モルヒネを禁断すると、青斑核から大脳皮質に投射しているノルアドナリン神経の抑制が解除され、興奮して大脳皮質領域でノルアドレナリンの遊離が引き起こる。これが受容体を過剰に刺激して、耐薬症候が引き起こると考えられている。
耐性
薬物の慢性適用によって、単回投与と同程度の効果を得るために、大量の薬物を必要とする現象をさす、モルヒネは慢性投与によって鎮痛効果の減弱(鎮痛耐性)が引き起こるが、痛みがあるときは、モルヒネの鎮痛耐性は生じにくいとされている。
一般に、耐性を生じやすいモルヒネの薬理作用とそうでない作用がある。
副作用
嘔気・嘔吐
延髄第四脳室底にある化学受容器引き金帯(CTZ)にはドーパミン受容体が存在する。モルヒネはこの受容体を活性化させ(おそらくドーパミン遊離作用)、CTZを直接刺激し、その刺激が延髄にある嘔吐中枢(VC)に伝わり嘔気・嘔吐を起こす。また、前庭器を刺激して過敏にさせ、これがCTZを間接的に刺激し、VCに伝達されて嘔気・嘔吐を起こす。さらに、モルヒネが胃前庭部を緊張させるため、その運動性が低下して胃内容物の停留が起こる。この停留による胃内圧増大が求心性神経を介してCTZ、VCを刺激し、嘔気・嘔吐を起こす。
便秘
モルヒネの副作用の中でもっとも頻度の高い症状である[14]。便秘はMOR (および一部DOR)を介した、腸管神経叢でのアセチルコリン遊離抑制と腸管でのセロトニン遊離作用による。
オピオイドによる便秘に対してはほとんど耐性を生じないか、長期間にわたって非常にゆっくりにしか起こらず、継続使用によりほぼ100%が便秘となる。したがって、モルヒネを投与後、便秘が生じてから緩下薬を投与するのではなく、モルヒネ投与と同時に予防的に定期投与する必要がある。刺激性緩下薬は、腸管粘膜を刺激し蠕動運動を促す。浸透圧性緩下薬は、水分の吸収を抑制し腸内容物を軟化させるとともに、二次的に蠕動運動を促す。酸化マグネシウムなどから開始し、必要に応じて作用の異なる薬物を併用する。
眠気・傾眠
眠気は投与初期や増量時に発現するが、耐性がつきやすい。通常軽い刺激ですぐに覚醒し、平常通り会話が可能である。見当識障害や意識混濁は伴わない。減量により軽減させる。
呼吸抑制作用
主として脳幹の延髄呼吸中枢に作用し、二酸化炭素の蓄積に対する呼吸反応を直接抑制する。CO2に対する感受性の低下、ならびにチェーン・ストークス呼吸を起こす。また、延髄・橋の全般的な抑制により、包括的に呼吸リズムや呼吸中枢の応答性を低下させる。呼吸抑制はモルヒネによる急性毒性の死因となり麻薬拮抗薬であるナロキソンが解毒薬となる。
せん妄
モルヒネ投与によりせん妄が引き起こされることが知られている。しかし、モルヒネの投与期間や投与量とは必ずしも直結するわけではなく、その発現機序は不明である。腎機能低下に伴ってモルヒネの代謝物により出現する場合もある。せん妄対策の原則としては減量であるが、疼痛出現のために減量が困難である場合があることが多い。その場合はフェンタニルへの変更が有効である。
関連項目
(他ございましたら御指摘ください)
参考文献
- ↑
Goldstein, A., Lowney, L.I., & Pal, B.K. (1971).
Stereospecific and nonspecific interactions of the morphine congener levorphanol in subcellular fractions of mouse brain. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America, 68(8), 1742-7. [PubMed:5288759] [PMC] [WorldCat] [DOI] - ↑
Pert, C.B., & Snyder, S.H. (1973).
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(執筆者:成田年 担当編集者:加藤忠史)