帯状皮質運動野
英語名:cingulate motor area
英略称:CMA
帯状皮質運動野は、前頭葉内側部の帯状溝(cingulate sulcus)に沿って存在する運動野である。一次運動野や脊髄に直接投射し、この領域を電気刺激すると運動が誘発され、広義の運動前野の1つとみなされる[1] [2]。また、帯状皮質運動野吻側部は、報酬の情報に基づく行動選択などの高次機能にも関与している。
解剖
帯状皮質運動野の解剖は、サル(マカカ属サル)においてよく知られている。サルおよびヒトの帯状皮質運動野の位置を(図1)に示す。
領域区分
サルを用いた研究によると、帯状皮質運動野は、細胞構築、および線維連絡の違いにより、3つの領域にわけられる。歴史的に、まず吻側部(rostral cingulate motor area; CMAr)、尾側部(caudal cingulate motor area; CMAc)の2領域にわけられ、さらに尾側部が背側部(dorsal cingulate motor area; CMAd)および腹側部(ventral cingulate motor area; CMAv)にわけられた[4] [5] [6]。CMAr は主にブロードマン(Brodmann)の 24c野にあたり、帯状溝の上下に広がる。CMAd は帯状溝背側堤に存在する 6c、CMAv は帯状溝腹側堤の 23c野 に相当する。サルでは、帯状溝の皮質運動野は帯状回の皮質野とはっきり区別される[7]。すなわち、帯状皮質運動野は、帯状溝に埋もれており、帯状回には達しない。帯状皮質運動野では、すべての亜領域で前肢を再現する部位が認められるのに対し、頭部、顔面や後肢を再現する部位は必ずしも明瞭ではない[8]。
サルとヒトでは脳の大きさおよび脳溝の走行が異なり、ヒトでは帯状溝の走行が個体間でかなり異なる[9] [10]ため、ヒトにおいて上述の部位と正確に相同な領域は同定できないが、吻側帯状領域(rostral cingulate zone; RCZ)および尾側帯状領域(caudal cingulate zone; CCZ)が帯状皮質運動野に相当する。CCZ は VCA line(vertical commissure anterior line; 前交連を通り、前交連後交連結合線 AC-PC line に垂直な線)付近の 24野にあり、比較的単純な運動課題の遂行にて活動する[6]。その位置、細胞構築[5]、および活動パターンから、サルの CMAd に対応すると考えられる[6]。RCZ は、主に 32野、一部24c野にあり、前方の RCZa(anterior portion of the RCZ)と、後方の RCZp(posterior portion of the RCZ)の2領域にわけられる。その活動パターンと位置から、RCZa はサルの CMAr に対応し、残る RCZp は CMAv に対応すると推測されているが、これは CCZ と CMAd の対応と比較し、憶測的である。ヒトの RCZp とサルの CMAv には、解剖学的な乖離がある。サルの CMAv は CMAd の腹側にあるが、ヒトの RCZp は特に上肢領域で CCZ より背側にある。また、サルの CMAv は23c野にある[5]が、ヒトの RCZp は主に32野にある。(ただし、サルの23野がヒトの23野に相当するとは考えにくい。ヒトの23野は motor task では活動がみられず、体性感覚刺激にて反応し[11] [12]、電気刺激により、運動ではなく体性感覚が誘発される[13]。)
なお、いわゆる前帯状皮質(anterior cingulate cortex; ACC)とは、帯状回のブロードマン24a野、24b野、25野と、帯状溝内の 24c野および 32野を含む広い領域を指す[14]。したがって、CMAr は、前帯状皮質に含まれる。前帯状皮質を、背側前帯状皮質(dorsal anterior cingulate cortex; dACC)、吻側前帯状皮質(rostral anterior cingulate cortex; rACC)、の2領域にわけることもあるが、ヒトの dACC は、脳梁膝部(genu of the corpus callosum)から VCA line までの、帯状溝の背側部と腹側部を含む領域(24b-c・32野)で、認知機能に関与し(cognitive division)、サルの CMAr にほぼ相当する。rACC は、脳梁膝部より吻側、腹側(24a-c・32野、25・33野)にあり、情動処理に関係する(affective division)[15] [16]。
線維連絡
帯状皮質運動野は、次の部位から入力を受ける:側頭連合野前部[17] [18]、頭頂連合野下部[17]、前頭前野外側面[19] [20](ただし、46野]からの直接入力はわずかで、主に運動前野(PMdr と PMvr)を介して CMAr へ入力する[21] [22])、前補足運動野(pre-supplementary motor area; pre-SMA)[22]、帯状回[18]、眼窩前頭皮質(orbitofrontal cortex)[17] [18]、扁桃核と海馬傍回[17] [18] [23]、後頭葉(鳥距溝後部)[18]、島皮質[17] [18]、視床(外側腹側核の口領域(VLo)、視床髄板内核群(IL)、さらに、CMAr は視床前核、CMAc は後外側腹側核(VPL)の口領域および外側腹側核(VL)の尾側部からの入力も受ける)[22] [24]。また、中脳からドーパミン性の入力も受ける[25] [26]。すなわち、側頭・頭頂連合野から外界環境に関する情報を、辺縁系から情動・内的欲求や身体の状態などに関する情報を、前頭前野から行動全体の遂行状況に関する情報を受け取る。
帯状皮質運動野からの出力に関しては、一次運動野、脳幹(赤核、橋)、脊髄[4] [6] [27] [28]、補足運動野[28], [29]、前補足運動野[28] [30]、運動前野[31]、大脳基底核(線条体吻側部および視床下核)[8]へ投射する。
前補足運動野と帯状皮質運動野は相互に密接な連絡を持ち、運動の高次のコントロールに強く関与していると考えられる。また、帯状回[17]、扁桃体[32]とも相互に連絡し、帯状皮質運動野内の各亜領域も互いに強く連絡している[18]。このように、帯状皮質運動野は、内的および外的の情報を受けて、運動出力を行う領野へ情報を送るため、様々な情報に基づいた自発的な行動選択に大きな役割を果たしていると考えられている[18]。
帯状皮質運動野の各亜領域では、それぞれ線維連絡のようすが異なり、一次運動野や頭頂葉、視床などの各対象領野との連絡部位も各亜領域間で異なる。入出力のパターンも異なり、例えば、帯状皮質運動野の尾側部は、一次運動野、補足運動野、前補足運動野から投射を受けるが、吻側部は一次運動野、補足運動野からの投射を受けない[22]。また、帯状皮質運動野吻側部は、前補足運動野へ豊富に投射するが、一次運動野への投射は多くない。一方、尾側部は一次運動野への投射が多く、前補足運動野への投射は少ない[28] [30]。なお、補足運動野への投射に関しては、吻側部・尾側部から同程度ある[28]という報告と、尾側部から多く、吻側部からは少ない、という報告[30]がある。吻側部、尾側部ともに扁桃体からの入力を受けるが、特に吻側部の顔領域への入力が豊富である。扁桃体 → 帯状皮質運動野吻側部 → 顔面神経核(橋)の経路が、感情的な表情の表出に関与していると考えられている[32]。
機能
電気生理学的事項
帯状皮質運動野の正確な位置や解剖学的構造が解明される以前の 20世紀半ばに、この領域を電気刺激すると運動が誘発されることが、サルおよびヒトで報告された[14] [33] [34]。その後、皮質内微小電気刺激を用いることにより、帯状皮質運動野の各亜領域の特性を観察することが可能になった。帯状皮質運動野尾側部は、比較的低強度(40 μA 以下)の電気刺激にて運動を誘発することが可能で、体性局在も確認された。一方、吻側部は、刺激強度を増しても常に運動が誘発されるわけではなく、体性局在も不明瞭であった[35]。その理由の1つとして、脊髄へ直接投射する細胞の密度が、吻側部よりも尾側部のほうが高いことが考えられている[5] [6]。
また、動作遂行に際して、この領域の細胞が活動することが知られている。開始信号によって開始する動作と、自発的に開始する動作を遂行する際の細胞活動を調べた研究では[36]、帯状皮質運動野の約 40% の細胞は、両条件において同様な活動を呈した。自発的な運動開始の際に選択的に活動する細胞は、前方領域に多くみられた。さらに、動作の開始時点よりかなり早くからの(500 ms - 2 s 前)細胞活動もみられたが、この活動は、主に自発的な運動開始の際にみられ、このような活動を呈する細胞は、前方領域に多かった。したがって、後方領域は運動の実行に直接的に関与し、前方領域はより高次の運動コントロールに関与していることが考えられる[36](文献[37] [38]も参照のこと)。また、前方領域、特に CMAr には、運動の実行のみならず、運動の不実行に関与する細胞も多く存在する[37]。
高次機能
帯状皮質運動野(主に CMAr)は、最適な行動選択を行うために必要な情報処理に関与する。サルの単一神経細胞記録や破壊実験によると、この領域は以下のような機能に関わるといわれている。報酬の情報に基づいた運動選択(reward-based motor selection)[39]、エラーの検出(error detection)[40] [41]、行動のイベント経過のモニター[42]、正しい行動順序の探索[43]、行動の価値(action value)の推定[44] [45]、報酬の予測と予測誤差(prediction error)の検出[46] [47] [48]、自分自身はとらなかった行動に導かれる「経験していない結果(fictive outcome)」の情報処理[49]等である。帯状皮質運動野が、これらのうち、もしくは別の1つの機能に特化していると説明しようとするより、行動(action)・結果(outcome)のモニタリングおよび評価を次の行動につなげる意思決定(decision making)過程に関与すると考えるほうが自然であろう。なお、帯状皮質運動野より前方部分の前帯状皮質においても、予測誤差の検出[50]、報酬の有無や報酬量、報酬獲得に必要な労力に関連した活動[51]等の報告があり、この領域一帯の細胞は、報酬の情報に基づいた行動選択に関わると考えられる。また、1つの細胞が複数の異なる情報をコードしたり、異なる情報(例えば、報酬が得られる確率と予測誤差など)をコードする細胞が領域内で混在したりしていることもしばしば報告される[48] [51]。
同様に、ヒトを対象とした FMRI、PET の研究においても、エラーの検出など行動の評価(action valuation)に関わる情報処理や、自己の意思による行動選択の際に帯状皮質運動野の活動がみられる[6] [52] [53] [54] [55]。
また、ストループ課題(Stroop task)など、2つの情報が干渉し合うような課題を遂行中のヒト脳機能画像研究の結果から、前帯状皮質が反応の競合(response conflict)の検出を行っているという仮説が提唱された[56]。この仮説は、前帯状皮質のエラー検出機能についても一元的に説明できる仮説(conflict monitoring hypothesis)として支配的となった[57] [58]が、その一方で、サルを対象とした単一神経細胞活動記録実験からは、前帯状皮質の conflict monitoring hypothesis を支持する結果は得られていない[41], [59]。
帯状皮質運動野は体部位局在を持つが、高次コントロール機能においても、出力様式(眼球運動、上肢の運動など)による局在がある[6] [60]。帯状皮質運動野の脳腫瘍切除後の患者に、2つの出力様式(手指によるボタン押し、声)で、2種類の課題(2回の刺激に差異があるかを検出する課題と、ストループ課題)を行ったところ、両課題とも手指により反応する際はコントロール群と比較し成績が悪かったが、口答する場合にはコントロール群と同等の成績であったという報告がある[61]。サルにおいても、CMAr の前肢領域をムシモールによりブロックすると、課題(報酬減少を察知して前肢による運動を別の運動に切り替える課題)の遂行が不可能になるが、上後肢領域をブロックしても課題遂行に影響が表れなかったと報告されている[39]。
最近の研究結果によると、CMAr およびその前方領域の細胞は、自分自身が運動する際だけでなく、他個体の運動を観察する際や、その両方で活動する[62]。また,他個体の行動エラーの検出にも関わる[63]。
臨床学的事項
一次運動野の顔面領域に障害がある患者も、感情的な表情を表出することができる。これには、辺縁系から帯状皮質運動野を介し、顔面神経核に至る経路が関与していることが推測されている[32]。
帯状回てんかん(cingulate cortex seizure)では口部自動症や複雑な身振り自動症がみられる。これは、帯状皮質運動野の機能を考える一助となる[64]。内側側頭葉てんかん(mesial temporal lobe epilepsy; MTLE)では、運動停止、口部自動症、顔面・頚部・上肢を含む複雑な自動症がみられるが、この原因の1つとして、焦点である扁桃体、側頭葉腹内側部から、CMAr の主に顔面・上肢領域が直接入力を受けることが挙げられる[32]。
古くから、帯状皮質運動野を含む障害により、無言無動症(akinetic mutism; 追視があり、麻痺はなく、反射は正常であるが、自発的な運動が消失し、どのような形でも意思疎通がはかれない状態)をきたすことが報告されている[65]。しかし、帯状皮質に限局した障害により、数日以上の無動もしくは無言症をきたしたという報告はなく、この一過性の症状も、周辺領域の一過性の血流障害による可能性が指摘されている[64]。無言無動症は、前帯状皮質(脳梁膝部付近)と補足運動野を含む領域の両側性障害により引き起こされるという考察がなされている[64] [66]。
難治性のうつ病(depression)、強迫神経症(obsessive compulsive disorder; OCD)に外科的治療を行うことがある。術式の1つに前帯状回破壊術(anterior cingulotomy)があり、両側ブロードマン 24/32野に小破壊巣を作るが、これは、帯状皮質運動野ではなく、帯状束(cingulum bundle)をターゲットとしている[67] [68]。これらの精神疾患、特に強迫神経症では、皮質-基底核-視床ループの1つである辺縁系ループ(limbic loop)が病態に深く関わっていると考えられ、強迫神経症患者における辺縁系ループの各構成要素の活動は、コントロール群と比較し上昇しており、症状を誘発した際にはさらに上昇し、治療により低下してゆく[67] [69]。手術では、辺縁系ループの連絡を各所で阻害する(上記 anterior cingulotomy や、anterior capsulotomy、subcaudate tractotomy、limbic leukotomy、および内包前脚腹側部/線条体腹側部(VC/VS)、尾状核腹側部、視床下核の脳深部刺激(deep brain stimulation; DBS))[67]。なお、前帯状皮質 は、眼窩前頭皮質などとともに辺縁系ループを構成する。帯状皮質運動野は、これとは別の、運動ループ(motor loop)を構成するのであるが、最近の研究では、辺縁系ループだけでなく、dACC のエラー処理および conflict monitoring の異常や、扁桃体も強迫神経症の病態に関与していると考えられている[69]。その他、dACC は、心的外傷後ストレス障害(posttraumatic stress disorder; PTSD)、不安障害(anxiety disorders)、薬物乱用と関わっているといわれている[70] [71] [72] [73]。
関連項目
(編集コメント:有りましたらご指摘ください)
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