失認
失認
1、失認とは 「失認」とよばれる症候はいくつもあるが、その主なものは、「ある感覚を介して対象物を認知することの障害」と定義される失認であろう[1]。ある感覚、例えば視覚で述べれば、視覚的に対象を認知できないが、視覚そのもの要素的な異常や、知能低下、意識障害などに対象認知障害の原因を求めることができない症候である。視覚・聴覚・触覚などの感覚様式で視覚失認・聴覚失認・触覚失認という臨床型が報告されてきた。一方、神経心理学・高次脳機能障害学のテキストを開くと、失認という用語が付いている症候はたくさんある。認識・認知を失ったのが「失認」とされるので、指や身体の認識・認知を失ったものは手指失認・身体失認である。病態を認識できないものは病態失認である。つまり、現象的に何かを「認識・認知」することを失う時にも、「失認」と命名されている。
2、失認をめぐる研究手法の枠組みについて 1)機能障害から検討する手法 脳損傷例から脳障害の症候を検討する方法が高次脳機能障害を考える基本的な手法である。症例研究である。症候を分析し、その症状の発現メカニズムを検討する。また、最近の手法の進展で、健常者に対し、例えば経頭蓋的に磁気刺激を与えることで瞬時の脳機能低下を誘発させることも行われている。患者の脳動脈に麻酔薬を注入し一時的に脳の機能を低下させることで脳機能を検討するアミタールテストや、てんかん患者への電極植え込み後の覚醒下電気刺激法、覚醒開頭下の機能的脳外科における局所的脳機能確認といった手法[2]も機能低下・機能障害から症候を解析する研究手法といえる。
2)正常脳機能解明から 機能画像研究としてPET、fMRIが研究に利用できるようになった[3]。健常者にさまざまな高次脳機能課題を課し、課題による効果を統計的に解析し、有意差から抽出される脳部位を検証することで脳の機能解剖を確立しようとする方法である。「脳の不思議」を、知的好奇心から探求する方法論としても利用される。賦活研究においては、どのような課題を課するかが要点となる。高次脳機能障害として確立されてきた課題が用いられることもあるが、心理学的・認知神経学的の立場から提出されてきた処理モデルに則り、仮説検証的課題を負荷することでも検討されている。機能障害からの知見と健常者研究方の結果の対照を考えるとき、両者がきれいに重ならないことも多い[4]。この乖離を統合する研究成果も期待されている。
3)動物実験 動物ではヒトのようには高次脳機能が発達を遂げておらず、高次脳機能においては、ヒトとはギャップがある。しかし、ヒトと共通する基盤を想定できる高次脳機能に関し、動物から推測するという立場は妥当であろうし、その可能性と限界を明確に了解する限りは興味深い知見が見いだせる実験系であろう。
3、視覚関連の失認[5] [6]
物をつまんだり、障害物を避けることができるため、「見えている」と考えられるにも関わらず、物を見てもそれが何かがわからない、でも、触れたり、それが発する音を聞くと何かがわかるという、奇妙な視覚関連の症候を示す患者がいる。視覚からは何かわからなかったのに、視覚以外の感覚情報(例えば聴覚情報)からは何であるかがわかり、わかってしまえばそれを使うことができる方である。こういった症候が視覚失認と言われる。視覚に関連した失認として他には、相貌失認や地誌的見当識障害なども述べられてきた。視覚関連の失認は後大脳動脈の支配領域と関連の深いことが明らかとなっている[7]。
1)視覚失認[8] [9]
① 統覚型視覚失認[10]
視覚認知には、要素的視覚情報(光の強弱、対象の大小、運動の方向など)を形態に統覚する必要があると考えられてきた。そして、その統覚レベルでの障害されるため視覚失認を呈するのが統覚型視覚失認である。両側有線野を含む後頭葉損傷例や、両側有線野は保たれるがその周辺が大きく損傷された症例が報告されている。しかし、実際の症例報告では、この要素的知覚の正常さを完全に証明できているとは言いがたい[11]。
② 連合型視覚失認[12] 要素的知覚もその統覚(知覚表象)も正常であるが、視覚的に対象が何かわからない病態を示す症例が報告されている。つまり、意味を奪われた正常な知覚表象と説明される。他の感覚モダリティを介するときには正常に物を認識できることより「意味のシステム」自体は正常に維持されていると判断される。この「意味のシステム」とは、過去の経験を貯蔵する系と理解することが可能である。正常な視覚系と対象についての過去の経験を貯蔵する系との連合障害として、正常な知覚表象が確保されているにも関わらず視覚的認知ができなくなると考察された。 左半球の一次視覚野、脳梁膨大、右半球の下縦束の損傷例の報告があり、視覚連合野から下縦束を介して海馬に至る経路が両側性に断たれたため(左半球では一次視覚野の損傷のため、右半球では下縦束の損傷のため)に生じたとしている。両側下縦束の損傷例の報告もある。
③ 統合型視覚失認[13] [14]