音源定位
英語名:
動物は音情報を元に対象物の位置を特定することができ、これは音源定位と呼ばれる。音源定位に関わる情報としては、両耳の間に生じるわずかな時間差や音圧差の他に、耳介による周波数成分の変化などが上げられる。これらの情報は脳幹に存在する種々の神経核によって抽出され、それを上位で統合することによって音源定位が実現される。このような動物行動を実現する神経機構を明らかにする為の研究が哺乳類や鳥類を対象に行われている。
音源定位とは
音源定位とは聴覚入力をもとに外空間における音源の位置を特定することである。つまり求める物体や回避する物体の方向、あるいは注意を向けるべき方向を決定することであり、我々人間を含めた動物にとって重要な能力である。その精度は非常に高く、人間やフクロウでは角度にして1度程度の僅かな違いを識別できることが知られている。
音源定位に関わる聴覚情報
音源定位は主に、音源の位置によって左右の耳に生じる音情報の僅かな差を使って行われる。代表的なものは音の到達時間および強度の違いであり、それぞれ両耳間時差(interaural time difference: ITD)、両耳間音圧差(interaural level difference: ILD)と呼ばれる(図1)。
ヒトも含めた多くの哺乳類においては一般に高周波音ではILDを、低周波音ではITDを使っていると考えられている[1](Ref.1)。これは音の物理的特性とうまく合致している。つまり高周波音は頭部を回折しにくい為に、より大きなILDを生じ易い。一方低周波音は前後する音との時間間隔が長い為に、ITDを検出する際のあいまいさが生じにくい。このような考えは二重理論Duplex theoryと呼ばれRayleigh(1904)の時代から提言されていた[2](Ref.2)。
動物は主にITDおよびILDの情報を検出することで水平方向の音源定位を行っていると考えられている。他に音源定位に関与する聴覚情報としては、各周波数成分の相対強度や耳介による変化の程度等が上げられ、特に哺乳類においては上下方向や前後方向の識別に重要だと考えられている [3](Ref.3)。ヒトも含めた動物はそうした様々な音の情報を統合することで音源の位置を特定している。実際に純音の場合や反響の起こるような環境下では音源定位の精度は落ちる。
音源定位に関わる脳幹神経回路
聴覚情報は蝸牛の段階で周波数分解され、音の位相に対応したスパイク列として聴神経により脳幹の蝸牛神経核に伝達される。脳幹には様々な聴覚情報処理に関わる神経核が存在し、各神経核においてはtonotopyと呼ばれる周波数局在性が保持される。
ITDおよびILDの情報は、哺乳類では脳幹に存在する上オリーブ核群(superior olivaly complex: SOC)と呼ばれる部位で最初に抽出される(図2)。上オリーブ核群は主に外側上オリーブ核 (lateral superior olive: LSO)、内側上オリーブ核(medial superior olive: MSO)、内側台形体核(medial nucleus of trapezoid body: MNTB)などから構成される(図3)。これらの神経核は蝸牛神経核のうち主に前腹側蝸牛核(anteroventral cochlear nucleus: AVCN)から興奮性投射を受ける。特にMNTBは対側のAVCNから投射を受け、同側のLSOとMSOに抑制性の出力を送る重要な神経核である。
耳介による周波数スペクトルの変化は背側蝸牛神経核(dorsal cochlear nucleus: DCN)で検出されると考えられている [4](Ref.4)。
ITD検出〜Jeffressモデル〜
ITD検出を実現する神経回路機構としては、Lloyd A. Jeffressが1948年に当時の心理物理学データを説明する為に提唱したJeffressモデルがよく知られている[5](図4, Ref.5)。このモデルは一列に並んだ同時検出器と遅延線回路(delay line)と呼ばれる配線様式を持った両側からの神経投射で構成される。このような回路構成により、両側からの信号入力が同時刻に到達する同時検出器細胞の位置がITDに対応して変化することで、ITDは発火する同時検出器の位置として符号化される。
哺乳類でのITD検出
哺乳類において始めにITD検出を行う神経核はMSOである。MSO細胞は内側と外側の両極に分枝した樹状突起をもつ。外側樹状突起には同側の、内側樹状突起には対側のAVCNからの投射軸索がシナプスを形成し細胞体での同時検出が行われる[6](Ref.6)。
ネコやモルモットを用いた実験から、AVCNからの軸索がdelay lineを形成すること、それにより個々のMSO細胞は最適なITDを持つことなど、Jeffressモデルに対応する特徴が示されている[7](Ref.7)。しかしモルモット等の小動物においては、頭の大きさから予測される生理的ITDの範囲から外れた位置にITD応答のピークを持つ細胞も観察され、Jeffressモデルで説明しきれない要素も存在する[7](Ref.7)。
さらにスナネズミを用いた最近の研究が示すところによると、ITD応答曲線のピークは200-300マイクロ秒ほど反対側が先行する方向にずれた位置に集中しているという報告もある[8](図4, Ref.8)。つまりスナネズミにおいてはdelay lineが存在しないことが推測され、必ずしもJeffressモデルに合致しない動物も存在するようである。このような動物のMSOにおいては、生理的な範囲では神経活動とITDが一義的に対応し、多くのMSO細胞は音源の位置が対側へ向かうほど発火確率を上げる。このような所見から、音源の位置によるMSO細胞群の発火頻度変化を上位神経核が総合的に判断することでITD検出を行うというモデルも提唱されている[6](Ref.6)。
ILD検出
ILDの検出はLSOにおいて、左右の入力の強度差を検出することで行われる。対側AVCNからの入力はMNTBを介してグリシン性の抑制性シナプス入力としてLSOに至る(図3)。そこで同側AVCNからの興奮性シナプス入力と比較され、LSO細胞はILDに応じて発火頻度を変える。実際にLSOの多くの細胞は左右同じ強度の音刺激を与えた時にはほとんど興奮せず、反対側への音刺激強度が減少すると発火頻度は上昇する。つまりLSOの神経細胞は正面から反対側方向への音源のずれを検出している[9] (Ref.9)。この情報は頭の比較的小さな動物(コウモリ、マウスなど)で発達している。
高位聴覚経路での統合
LSO、MSOで抽出されたそれぞれの情報は外側毛帯および下丘へと投射する(図2)。これらの神経核では情報の先鋭化あるいは統合が行われ音源定位に利用されると考えられている。実際に下丘においては特定の方向から来た音にのみ応答する細胞が存在することが報告されている[10](Ref.10)。
しかしながら後述するフクロウで示されている様な空間マップとして規則的に配置されているかどうかは明らかになっていない。下丘で処理された情報は視床の内側膝状体、さらには聴覚皮質に送られるが、これらの高位聴覚中枢においても空間マップの詳細は明らかになっておらず、聴覚に対応した空間情報が最終的に脳内でどのようにコードされているのかは今後の研究課題である。
下丘の細胞は上丘へも神経投射を行うことが知られている。上丘は視覚による空間定位に重要な領域であるが、聴覚情報による空間マップも上丘において形成されることが報告されている[11](Ref.11)。上丘の細胞からは脳幹や脊髄への投射が認められ、空間情報と協調した眼球運動や頭位運動に寄与していると考えられている。
鳥類における音源定位
ITD、ILDを用いた音源定位については面フクロウを用いて特に詳しく調べられている。面フクロウにおいても左右方向の音源の位置はITDとしてとらえられる。面フクロウにおいて特異な点は、ITD検出に高周波音も利用することと、外耳道開口部の高さが左右で異なっており上下方向の音源の位置をILDとして捉え易いことである。面フクロウはITDとILDの情報を下丘において統合する。下丘では周波数統合によって各情報の先鋭化が起こることが分かっている。さらに下丘の外側核においてITD情報とILD情報を統合することで、三次元空間の特定の位置に応答する細胞が規則的に配列した構造、つまり聴覚情報を元にした空間マップが形成される。このような神経情報処理を行うことで、面フクロウは三次元空間での正確な音源の位置を特定でき、暗闇でも聴覚情報を手がかりに獲物を捕らえることができると考えられている[12](Ref.12)。
鳥類でのITD検出
鳥類では、脳幹に存在する層状核(nucleus laminaris, NL)がJeffressモデルにおける同時検出器に相当する神経核である。面フクロウやニワトリで特に詳細な研究がなされており、実際にNLから細胞外記録を行いながら左右の耳に与える音刺激の時間差を変化させると、神経細胞の発火頻度は時間差に応じて変化する。さらに個々の細胞における最適ITDは神経核内での位置によって非常に鋭敏にかつ段階的に変化すること、これには蝸牛神経核からの投射軸索の枝分かれ、つまりdelay lineが精巧に配置されていることや、NL細胞の電気的特性が大きく関与していることも明らかにされている。このような所見からトリにおけるITD情報は、Jefferssモデルにおいて提唱されたように、NL内で発火する神経細胞の位置として符号化されて上位へ送られると考えられている。
参考文献
- ↑ Moore B.C.J.
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