英語名:cell lineage
細胞系譜は、一個の受精卵が分裂して成体になるまでの細胞の系図である。この系図を用いて、発生の因果関係を表す。例えば、線虫 (C. elegans)の胚は、最初の1個の細胞(受精卵)が分裂すると、2個の細胞はABとP1と名付けられ、さらに4細胞期には、ABはABaとABpに、P1はP2とEMSと2つの娘細胞に分裂する。それぞれの細胞は、将来が運命づけられており、成体のどの器官になるか決定されている。EMS細胞は、2つの娘細胞に分裂すると、一方のMS細胞は筋肉などになり、もうひとつのE細胞は腸の元祖細胞となって腸のすべての細胞を作り出すが、別の組織にはならない。
受精卵が成体の各器官を正しく構成する仕組みは、細胞間の相互作用によってコントロールされる。例えば上述のP2細胞が、シグナル分子のWntタンパク質を発現し、EMS細胞のWnt受容体に作用して、EMS細胞はP2と接触した場所に基づいて極性化し、有糸分裂紡錘体の向きを制御する。その結果、P1に近い娘細胞がE細胞になり、遠い娘細胞がMS細胞になる。このように、発生学の顕微手術で発生の仕組みを調べ、遺伝子クローニングと配列決定で分子機構を明らかにすることによって、発生の機構の解明が飛躍的に進歩している。
興味深いことに、発生学における細胞系譜(個体発生)のダイアグラムは、進化生物学の系統樹(進化ダイアグム:系統発生)と形状が似通っている。しかしながら、進化生物学者(Evolutionary Biologist)は10年から10億年の時間を考え、発生生物学者(Developmental Biologist)は秒単位からせいぜい1ヶ月くらいに起こる生物現象を扱う。進化学と発生学との研究とは、ものの見方が大きく違う、似て非なるものと従来考えられてきた。ところが近年、発生に関わる遺伝子の働きの生物間の共通性が発見されると、両学問が合体して、進化発生学(Evo-Devo)という革命的な学問分野の発展が生じた。
(執筆者:古川貴久 担当編集者:村上富士夫)