Nogoは脊椎動物の中枢神経細胞に対して軸索伸長の阻害効果をもち、髄鞘(ミエリン)に含まれる軸索損傷後の再生を阻害する分子であると考えられている。Nogo-A蛋白質内には2つの軸索伸張阻害作用を有する蛋白質ドメインがあり(Δ20とNogo-66)、軸索伸長阻害のみならず、軸索の先端の成長円錐を虚脱させる作用を持っている。動物実験によりNogo-Aあるいはその下流のシグナルを阻害することにより、神経損傷時における神経軸索の再生を促すことが示されてきた。このことから軸索が損傷を受け、その再生ができないことにより、重度の後遺障害が残る脊髄損傷や多発性硬化症のような脱髄疾患における軸索再生治療への期待がかけられている。また、病態時のみならず、脳内の学習と記憶のプロセスを強化する過程において重要な役割を果たすことが分かっている。
一次構造とドメイン
Nogo-A蛋白質は、1163アミノ酸で構成される蛋白質である。
図1に示されるとおり、Nogo蛋白質の一次構造は、RTN4遺伝子によりコードされる二回膜貫通型の蛋白質である。 RTN4遺伝子からは、3つのアイソフォームNogo-A,Nogo-B,Nogo-Cが作られる[1]。
軸索伸展阻害作用を持つNogo-66はNogo-A,-B,-Cに共通の66個のアミノ酸からなるドメインである。一方、もう一つの軸索伸展阻害作用を持つΔ20ドメインは、Nogo-Aのみが持つことが分かっている。Δ20ドメインが重要と考えているグループとNogo-66が重要と考えているグループに分かれているが、一般的に、Nogoの作用を指すのは、Nogo-66の作用である場合が多い。
Nogo-Aは二回膜貫通型で、図2で示されるように、アミノ末端部は細胞外に露出していると考えられている。また、アミノ末端側の膜貫通ドメインは二回膜貫通できるのに十分長いと考えられている。
発現様式
細胞内では、他のreticulonファミリー蛋白質と同様に、小胞体もしくは図2に示されるように細胞表面に発現していると考えられている。神経系において、発生時期には、DCX 陽性の新生神経細胞に比較的限局した蛋白質と遺伝子発現が認められる[2][3]。 一方、生後および成体脳・脊髄においては主として希突起膠細胞そして、神経細胞に発現が認められる[2]。希突起膠細胞内では、ミエリン自体における発現はなく、細胞体での発現が高い。また、蛋白質はシナプス前部・後部の両方に発現しており、シナプス可塑性を担っている可能性が示唆されている。[4] Nogo(RTN4)遺伝子は成体脳・脊髄の比較的広範な希突起膠細胞と神経細胞への発現が認められるが、蛋白質の発現は固定方法によって結果が異なるとされ、パラホルムアルデヒド固定によっては、希突起膠細胞により高い発現があると報告されている[2]。なお、脳や脊髄への損傷によっては発現の変化は認められない[2]。
蛋白質の機能
成体神経細胞に対する軸索伸展阻害作用
ミエリン由来軸索伸展阻害分子の作用とは
神経細胞自体には再生する力があり、神経細胞を取り巻く環境が再生に適していないのではないかという仮説が提唱されていた。ミエリンが神経突起の伸展を抑制することが報告されたことから、ミエリンの中に再生を阻害している分子が存在していると考えられた。そして、Schwabらにより、ミエリンの各フラクションに対する抗体が作成され、IN-1抗体が発見された[5]。IN-1はミエリンの作用を打ち消し、また、IN-1抗体を脊髄損傷させたラットに投与すると、軸索再生と運動機能の回復が認められることが報告された。その後、3つのグループによりIN-1抗体の認識するペプチド配列をもとに、目的の蛋白質がクローニングされ、Nogoと名付けられた [6][7][8]。
受容体と細胞内シグナル
StrittmatterらはNogo-66の受容体、Nogo受容体NgRを同定した[9]。 Nogo受容体は細胞内ドメインをもたないGPIアンカー型蛋白質であり、Nogo-66に対し高親和性を示す。更に、神経栄養因子の受容体であるp75受容体がシグナル伝達を担う受容体であることが証明された[10]。p75とNogo受容体は結合して受容体複合となっている[11](図2左側)。細胞内へのシグナルはRho-GDIからRhoが解離されることによって開始される[12]。活性化されたRho/ROCK経路を介して、軸索や成長円錐の細胞骨格が制御され、軸索伸張阻害や成長円錐虚脱が起こる。
だが、p75/Nogo受容体のみでは、ある種の細胞ではNogoで刺激してもRhoが活性化しない。そこでLingo-1がp75/Nogo受容体コンポーネントとして重要と報告され、p75/Nogo受容体/Lingo-1という受容体複合によりRhoが活性化されて、軸索伸展が阻止されるという基本モデルが完成した(図2左側)[13]。
近年、paired immunoglobulin-like receptor B(PirB)が、Nogo-66に対するもう一つの受容体であることが報告された(図2右側)。PirBとNgRの両方を阻害することにより、ミエリンやNogo-66の軸索伸展阻害作用は、ほぼ完全に消失する[14]。また最近、このNogo受容体に対する内因性の不活性化因子として、LOTUSが同定されている[15]。
ミエリン由来軸索伸展阻害因子のin vivoにおける作用
当初、IN-1抗体や、NEP1-40という阻害ペプチドを用いて、脊髄損傷モデル動物の軸索再生が促進されると報告され、Nogoはin vivoで再生阻害蛋白質として働くと考えられていた。しかし、Nogoのノックアウトマウスを3つのグループが独自に作成し、脊髄損傷後の軸索再生を評価したが、グループ間で結果が異なった[16][17][18]。また、最近になり、主要な再生阻害因子(MAG,Nogo,OMgp)のトリプルノックアウトマウスにおいても脊髄損傷モデルが作成されたが、再生の促進が認められないと報告された[19]。これらの結果については様々な議論がなされている。
その他の機能
Nogoの生理的な機能も解析されている。その中では
- Critical periodの形成に関わり、成体の軸索の再編成を制御し、神経ネットワークの可塑性を制御すること
- 胎生期神経前駆細胞の放射状移動を制御すること
- βセクレターゼ活性の制御によるAPPの切断を制御すること
が報告されている。明確な証明はないが、ミエリンや、ミエリン由来の軸索伸展阻害因子は、軸索の余計な芽生えや分枝が起こることを防ぐことにより、適切な神経回路を維持するのに役立っているのではないかという考えが提唱されている[1]。
参考文献
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(執筆者:藤谷昌司、山下俊英 編集委員:岡野栄之)