加藤 忠史
独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター
DOI:10.14931/bsd.7462 原稿受付日:2017年7月14日 原稿完成日:201X年X月XX日
担当編集委員:漆谷 真(滋賀医科大学 医学部 神経内科)
英:depression, major depressive disorder 独:Depression 仏:dépression, dépression majeure
同義語:大うつ病性障害
うつ病は、抑うつ気分、興味・喜びの喪失を主徴とする精神疾患であり、病気による長期休職の主要な要因となっているなど、精神疾患の中でも、最も社会的影響の大きな疾患の一つである。うつ病は一つの病気ではなく、さまざまな原因によって生じる抑うつ状態を含む症候群と言うべきものである。
うつ病とは
抑うつ状態は、身体疾患、薬・物質、他の精神疾患など、さまざま原因で生じ得る。他の原因を特定出来ず、一定の診断基準を満たす場合をうつ病と呼ぶが、現在うつ病と診断されている患者の中にも、躁状態出現前の双極性障害の抑うつ状態、認知症の前駆症状としての抑うつ状態など、さまざまな状態が含まれている。
うつ病の生涯有病率は16%[2]と報告されている。
症状・診断
うつ病の症状を表1に示す[1]。
中核症状
身体症状 精神症状 |
これらの症状のうち、中核症状のどちらかを含めて5個以上が、ほぼ1日中、ほとんど毎日、2週間以上続くために、社会的・職業的な機能の障害が引き起こされているか、自覚的な強い苦痛を伴い、身体疾患、薬・物質、他の精神疾患が原因であることが否定された場合に、うつ病と診断される。
なお、鑑別を要する精神疾患の代表が双極性障害であり、躁状態または軽躁状態の既往があれば、双極性障害と診断される。 なお、多数例を対象とした疫学研究においては、自記式質問表(ベックうつ病自己評価尺度など)を施行し、カットオフ値を設定して統計学的解析が行われている場合があるが、本来うつ病は自己評価尺度のみで診断できるものではなく、こうした研究ではあくまで便宜的に解析が行われているに過ぎない。
うつ病にはさまざまなタイプがあるが、興味・喜びの喪失が強く、日内変動、早朝覚醒、精神運動制止、体重減少などの身体的変化や、特徴的な抑うつ気分、罪責感を伴う「メランコリー型」が最も典型的とされ、薬物療法などの身体的治療の必要性の指標となる。
一方、環境に多少は気分が反応することや対人関係の敏感さを特徴とし、過眠、過食など、メランコリー型とは対照的な症状を呈する場合を非定型うつ病と呼び、このタイプは不安症やパーソナリティ障害に併発する場合が多い。
その他、決まって冬に生じる季節型、周産期に発症する場合、精神病性の特徴(妄想、幻聴など)を伴うもの、混合性(躁状態の症状の一部を示す)、不安性の苦痛を伴うもの、緊張病性(昏迷状態で蝋屈症などの特徴的な症状を伴う場合)など、さまざまなタイプがある。
治療
軽症(診断基準をぎりぎり満たす程度)の場合、基礎的治療(受容的精神療法と心理教育)のみ、または薬物療法の併用を行う。中等症以上の場合には、薬物療法などの身体的治療に精神療法を併用する([3])。
薬物療法としては、選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)、セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)、受容体阻害薬(シナプス前部のα2受容体阻害などを介してセロトニン、ノルアドレナリンの神経伝達を促進する)などの新しい抗うつ薬が、単剤で、第一選択として用いられる。
これらによって効果が得られない場合は、三環系抗うつ薬も用いられる。最大量、4~8週間で効果が見られない場合は抗うつ薬の種類を変更する。これらの治療でも効果が見られない場合には、リチウム、非定型抗精神病薬、甲状腺ホルモンなどによる増強療法が行われる。
また、精神病症状があれば、抗精神病薬を併用する。また、精神療法としては、認知行動療法、対人関係療法が有効であり、多くの場合薬物療法と併用して用いられる。これらの治療が奏効しない場合、電気けいれん療法を施行する。
また、治療においては、自殺の危険を評価し、危険があれば、自殺予防対策を行う。
病態生理
うつ病の危険因子としては、直近の生活上の出来事(ライフイベント)、早期養育における問題(虐待、早期の親との離別など)などがある。遺伝要因の関与は、統合失調症、双極性障害などと比較すると小さいが、遺伝環境相互作用が関与する([4])。
現在用いられているほとんど全ての抗うつ薬がセロトニン、ノルアドレナリン、ドーパミンの神経伝達を促進することから、これらのモノアミンがその病態に関与していると考えられている。しかしながら、効果発現に1、2週間を要することから、これらのモノアミンが直接症状発現に繋がっているとは考えがたい。
抗うつ薬が共通して数週間後に脳内で脳由来神経栄養因子(brain-derived neurotrophic factor; BDNF)を増加させることと、ストレスが神経細胞の樹状突起および樹状突起スパインの形態を変化させることなどから、うつ病には神経細胞の形態可塑性が関係していると考えられている。
当初、ストレスにより海馬や前頭皮質で樹状突起やBDNFの減少に伴いスパインの減少が見られることが報告されたことから、ストレスは樹状突起の萎縮を引き起こすと考えられたが、その後、扁桃体や側坐核ではBDNFの増加やスパインの増加が見出されたことから、こうした変化はストレスによる樹状突起の再構築(リモデリング)であると考えられるようになっている。
うつ病患者において、認知課題に対する前頭葉皮質の賦活低下[5]や、恐怖表情に対し扁桃体が過剰に賦活すること[6]が知られており、これらの知見と動物実験におけるストレスに対する神経細胞のリモデリングの知見とを合わせて考えると、うつ病は、ストレスフルな環境に対する神経細胞の形態可塑的変化が固定化してしまった状態と考えることもできる。
認知療法の治療対象となる、うつ病に特徴的な認知パターン(全てか無か、過剰な一般化)は、情動の特徴であり、認知療法は、こうした脳の変化に拮抗しようとする治療と考えられる。扁桃体の賦活を患者にフィードバックすることによるニューロフィードバック療法も試みられている[7]。
近年、うつ病における炎症の関与が注目されており、ストレスが炎症反応を起こすことや、炎症によりトリプトファンの代謝が変化し、セロトニン経路よりもキヌレニン経路への代謝が有意になることなどが報告されている[8]。
経過、予後
うつ病エピソードの長さの中央値は20週(5~6カ月)[9][10]と報告されている。うつ病患者の長期経過観察研究では、およそ半数で再発が見られ[11]、およそ2割では経過中に双極性障害に発展したという[12]。また、うつ病は、心血管障害や自殺による死亡率を増加させる[13][14]。
うつ病モデル動物
動物にうつ病があるかどうかは議論があるが([15])、これまでに、うつ病に関連した研究に多く用いられていたモデル動物を、よく引用されている順に[16]、表2に示す。
しかし、いずれも確立したものではなく、特に、最もよく用いられる強制水泳試験、尾懸垂試験は、全くうつ病モデルとは言えず[29]、モノアミン神経伝達を増強する薬のスクリーニング法にすぎない。
多くのモデルがうつ病の危険因子であるストレスを動物に与えたものであるが、これらがうつ病と言えるかどうかについて、一致した見解には至っていない。これらのモデルでは、モデル毎に異なる行動評価法(例えば慢性予測不能軽度ストレスではショ糖嗜好性テスト、社会的敗北ストレスでは社会性相互作用テスト)が用いられており、動物が抑うつ的かどうかを判断する一定の基準も存在しない。すなわち、確立したうつ病のモデル動物は存在しないと言って良い。
ヒトにおけるうつ病がDSM-5の診断基準を元に診断されている以上、今後は人のうつ病と同様の基準で評価を行う必要があると思われる[30]。
関連項目
参考文献
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