到達運動

2019年4月17日 (水) 17:25時点におけるAkiramurata (トーク | 投稿記録)による版 (→‎大脳皮質)

英語名:reaching movement, arm reaching

 到達運動は、目標に向かって腕を伸ばし、手先を目標の位置に動かす運動である。この運動を実現するためには、運動の意図、目標の定位、効果器の選択、手先の位置から目標に向かう軌道の計画、空間座標から関節・筋座標への変換、運動指令の生成、誤差の修正、学習・適応などの過程が必要となる。脳内では、頭頂連合野や前頭葉の運動領野、小脳大脳基底核などがこれらの過程に関わっていると考えられている


到達運動とは

上肢の肩、肘の関節を動かし、手先を目標の位置にもっていく運動である。脳の中での上肢運動の制御は、ロボットの複数の関節を動かすための制御問題を解くことと共通しており、多くの生理学的研究とともに理論的な研究が行われている。そこでは、目標の定位、座標変換、軌道計画、運動指令の生成・制御、適応・学習の問題を解く必要がある(Kawato et al., 1987)(阪口豊, 2004)。脳内では、空間情報が視覚の背側経路に含まれる頭頂連合野で処理されている。その空間情報をもとにした視覚運動変換、運動指令の生成と制御が前頭葉の運動領野へ至るネットワークで行われる。運動の調節、学習・適応には、小脳大脳基底核が関わっていると考えられている。

目標の定位

到達運動に必要な目標の位置は、網膜の上の位置(網膜座標系)から、眼球中心座標系頭部中心座標系・身体中心座標系身体部位中心座標系(手先中心座標)へと座標変換される必要がある(Cohen & Andersen, 2002)。

到達運動の計算論的モデル

軌道の計画

手先と目標の定位がなされると、理論的には到達運動を実現するために手先軌道が計画され、運動プランや運動指令の生成が行われると考えられた。手先の初期位置から目標位置への到達運動の軌道は、前後方向でほぼ直線、水平方向では緩やかなカーブを描く。速度は、時間軸に対して、ベル型の曲線を描く(Uno et al., 1989)。こうした軌道を実現するためには、計算論では脳が何らかの規範に基づいて軌道を生成すると考え、そのためのいくつかの規範(躍度最小化規範、トルク最小化規範、筋指令最小化規範、終点分散最小化規範、最小時間モデルなど)が提案されている(阪口豊, 2009)。

躍度最小化規範

手先加速度の時間微分を最小化することを目指し、外部座標系における手先の軌道が最適化される(Flash & Hogan, 1985)。

トルク最小化規範

関節トルクの時間微分の総和を最小化することを目指し、関節空間での関節トルクが最適化される(Uno et al., 1989)。

以上2つの規範では、求められた軌道から、関節の角度への変換や筋肉への運動指令に変換する事が求められる。以下は、運動指令を直接生成する考え方である。

運動指令変化最小化規範

筋指令の時間微分の総和を最小化する(Kawato, 1996)。

終点分散最小化規範

運動指令のノイズのもとで終点のばらつきを最小化することを目標としている(Harris & Wolpert, 1998)。

制御モデル

軌道が求められたら、それを実行に移すための運動指令の生成や制御を行わなければならない。正確な運動の実行にあたっては、感覚フィードバックは実際の運動よりも遅れてしまうため、フィードバック制御は難しい。したがって、フィードフォワード制御のモデルが考えられてきた。運動前に運動を計画して、フィードバックを使わずに運動を行うモデルであるが、これには順モデル逆モデルと呼ばれる内部モデルが必要となる。逆モデルは軌道から運動指令を生成する。また、順モデルは、運動指令からフィードバックの予測を行う。この予測によって、より早い運動指令の修正が行われる。しかし、システム内部にはノイズが存在するため、運動時間を経るに従って、誤差が増大する。また、外力がかかった場合には容易に修正できない。そのため、感覚フィードバックが必要である。そこで、カルマンフィルターによる状態の推定(Wolpert et al., 1995)とそれをもとに運動指令を生成する最適フィードバック制御(Todorov & Jordan, 2002)が考えられている。具体的には、順モデルによる予測と実際の感覚フィードバックが重み付け(カルマンゲイン)されて状態が推定され、更にその推定を用いて運動指令を生成する(フィードバックゲイン)。カルマンゲインとフィードバックゲインの2つのパラメーターを調整して運動指令を最適化する。

脳内の到達運動制御

大脳皮質

脳内では、大脳の背側視覚経路、特に頭頂連合野の複数領域で、複数の座標系が、並行して処理され空間知覚に関わっている。 もともと網膜中心座標で表現されていた位置情報は、眼球中心座標系頭部中心座標系・身体中心座標系身体部位中心座標系へと座標変換され、頭頂葉の複数の領域で表現される。その空間情報が到達運動や眼球運動に使われる。 頭頂連合野は、運動前野との結合が強く、上縦束(SLF)と呼ばれる皮質下の線維束で、運動前野と結合している(Thiebaut de Schotten et al., 2012)。この線維束は、3本に分かれており、特に上頭頂小葉背側運動前野を結ぶ一番背側部の経路(SLF-I)が、到達運動に関わっていると考えられているが、下頭頂小葉腹側運動前野を結ぶ腹側部の経路(SLF-III)も一部関っている。この他、一次運動野、小脳、大脳基底核等の領域も到達運動の実現に重要な領域である。 以下にサルの単一ニューロン記録で、明らかになった到達運動に関わると考えられる領域のニューロンの性質を述べる。

SLF-Iによって結ばれる領域

上頭頂小葉背側運動前野は、いずれも方向に選択性を示す到達運動ニューロンが記録される。特に、上頭頂小葉では、頭頂間溝の前壁後方部分のMIPやその背側の表面に出ている5野(PE)、さらに頭頂後頭溝の前壁にあるV6Aなど複数の領域がある。

MIP

この領域はParietal reach region (PRR)とも呼ばれ、主に眼球中心座標系でのターゲットの位置や運動の方向が表現されている(Cohen & Andersen, 2002)。サッケード運動に関わるLIPとの結合が強く、眼球運動と到達運動の協調的な制御(eye-hand coordination)が行われていると考えられる。空間情報が提示された後に、そのターゲットに向かってサッケードか到達運動を選択するような課題を行わせると、LIPはサッケードに先行し、MIPは到達運動に先行する活動がそれぞれ見られたため、運動の準備や意図に関すると考えられている(Andersen & Buneo, 2002)。

=5野(PE)

この領域は頭頂間溝の背側の表面に出ている領域で、中心後回の最も後ろの5野の一部分に相当する。腕の初期位置からのベクトルで運動の方向を表現することから、腕中心座標の表現がある(Bremner & Andersen, 2012)。ニューロン活動に関して、時系列で情報量解析すると、感覚フィードバックを表現するものと随伴発射(予測された感覚フィードバック)を表現しているものに分類されるという研究もある(Mulliken et al., 2008)。また、ターゲットの突然の変更による到達運動の軌道修正の際に、その軌道のモニターに関わっている活動も認められる(Archambault et al., 2015)。PEは、一次運動野との直接の結合も見られることから、運動をモニターしながら運動指令の修正に関わると考えられる。実際、5野のニューロンは、計画された運動と行われた運動の間の内在的なエラーとターゲットと指先の間のエラーの両方が表現することが明らかになっている(Inoue & Kitazawa, 2018)。