モノアミン仮説

英語名: monoamine hypothesis 独:Monoamin-Hypothese 仏:hypothèse monoaminergique

 モノアミンとはドーパミンノルアドレナリンアドレナリンセロトニンヒスタミンなどの神経伝達物質の総称である。そのうち、ノルアドレナリン、ドーパミン、セロトニンは精神疾患と密接な関連があることが示唆されており、気分障害不安障害統合失調症に関する仮説が提案されている。いずれの仮説も治療薬の作用機序から患者脳内におけるモノアミンの異常を推定しているという共通点を有する。

うつ病のモノアミン仮説

ノルアドレナリン仮説

 1956年スイスの精神科医Kuhnはイミプラミンうつ病患者に用い、イミプラミンが抗うつ作用を持つことを見出した[1]。その後追試が各国で行われ、日本では1959年にイミプラミンは抗うつ薬として発売された。発売当時、イミプラミンの作用機序は知られておらず、モノアミン酸化酵素 (monoamine oxydase, MAO)阻害作用も極めて弱かった。イミプラミンが強力なノルアドレナリン再取り込み阻害作用をもつことは、後に米国の研究者らによって明らかにされた[2]。その後開発された様々な抗うつ薬の多くはノルアドレナリン再取り込み阻害作用を有する。イミプラミンの作用機序から、うつ病では中枢ノルアドレナリン機能が減少しているという仮説が提案された[3]。ノルアドレナリンの代謝物であるメトキシヒドロキシフェニルグリコール (methoxyhydroxyphenyl glycol, MHPG)の尿中あるいは髄液中濃度をうつ病患者で測定し、健常者と比べて低下しているという報告もあるが、変わらないという報告もあり、うつ病患者の脳内でノルアドレナリン機能が低下しているのかどうかについてはまだ確認されていない。

 イミプラミンなどのノルアドレナリン再取り込み阻害作用を有する抗うつ薬をラットに慢性投与すると脳内のβアドレナリン受容体数の減少(down-regulation)が起きることから、抗うつ薬の急性投与でも惹起される細胞外ノルアドレナリン濃度増加作用よりもdown-regulationのほうが抗うつ薬の作用機序としてふさわしいのではないかというdown-regulation仮説も1970年代に提案された[4]。但し、日本では1999年以降に精神科臨床に導入され、現在主力となっている抗うつ薬の選択的セロトニン再取り込み阻害剤(SSRI)やセロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)はβアドレナリン受容体数の減少を惹起しない。

 成人以降、神経細胞が増殖することはなく、減るばかりであると信じられていたが、成人でも海馬歯状回顆粒細胞層(「下」はミスタイプ?)脳室下帯で神経細胞が幹細胞から増殖・分化していることが1990年代に明らかになった。特に海馬歯状回における神経新生ストレス副腎皮質ホルモンで減少し、抗うつ薬の慢性投与や電気けいれん療法の反復で増加することが実験的に明らかになり、神経新生は抗うつ薬の作用機序として注目されるようになった[5]。うつ病の動物モデルでは神経新生が減少し、抗うつ薬慢性投与で回復することが示唆されている。

 最近のMRI研究では大うつ病性障害患者の海馬体積が健常者よりも小さいことが報告されており、神経新生減少との関連も示唆される。抗うつ薬による海馬の細胞外ノルアドレナリン濃度の増加はβアドレナリン受容体を刺激し、Gsタンパク質を介してcAMPを増加させ、核内のcAMP response element binding protein (CREB)をリン酸化(活性化)し、海馬の新生細胞数を増加させる機序が動物実験で明らかとなった。すなわち、神経新生仮説はノルアドレナリン仮説の発展型であると言えるかもしれない。

セロトニン仮説

 1)うつ病患者で脳脊髄液中のセロトニンの代謝物5-ヒドロキシインドール酢酸 (5-hydroxyindole acetic acid, 5-HIAA)の低下が見られること、2)セロトニンの前駆物質であるトリプトファンモノアミン酸化酵素阻害剤に併用すると抗うつ作用が増強することなどから、うつ病患者の脳ではセロトニン神経伝達の機能低下が起きているという仮説が提案された[6]。さらに、一部の三環系抗うつ薬はセロトニンの神経終末への再取り込みを阻害することも明らかとなった([7]。いくつかのSSRIが1980年代より精神科臨床で広く使用される様になってきた(日本では1999年より)。現在SSRIはうつ病治療では第一選択薬となり、もっとも多く使われている抗うつ薬の種類である。SSRIはセロトニン再取り込み阻害作用以外の薬理作用をほとんど持たないため、シナプス間隙のセロトニンを増やすことがうつ病を改善することにつながると考えられる。

 しかし、大うつ病性障害患者における脳脊髄液中の5-HIAA濃度低下を支持しない研究も報告されている[8]。さらに、抗うつ薬による細胞外セロトニン濃度増加は単回投与でも得られるが、抗うつ効果が十分にえられるためには数週間要するということは、薬理作用と臨床効果の間に矛盾が生じているのではないかという批判も初期のセロトニン仮説に対してあった。

 抗うつ薬、特に三環系抗うつ薬をラットに慢性投与すると脳内のβアドレナリン受容体や5-HT2受容体数が減少する。したがって、大うつ病性障害患者の脳ではこれらの受容体(特に5-HT2受容体)の感受性が亢進している可能性が指摘された。「うつ病素質者ではセロトニン合成の低下があり、セロトニン受容体の感受性亢進が生じて平衡を保っていて、ストレスによりセロトニンが放出されるとうつ病に陥る」といううつ病のセロトニン受容体過感受性仮説がAprisonとTakahashiにより1978年に提唱された[8]。この仮説は上述のセロトニン仮説の修正版といえる。さらにその後、血小板の5-HT2A受容体機能が、メランコリー型の大うつ病性障害や双極性障害で亢進していることが複数の研究グループにより報告された。

 ノルアドレナリン仮説の項目でも述べたが、最近はSSRIの慢性投与が動物実験で海馬の神経新生を促進することが報告され、SSRIの作用機序として注目されている。SSRIの神経新生に対する効果の機序の詳細はまだ明らかではない。

ドーパミン仮説

 初期の頃よりドーパミンとノルアドレナリンをあわせたカテコールアミン機能の低下がうつ病で想定されていたが[3][9]、その後特にノルアドレナリンのうつ病における役割が注目される様になった。しかし、モノアミン系の項目でも述べたように、ノルアドレナリン再取り込み阻害作用を有する抗うつ薬は前頭葉で細胞外ドーパミン濃度を増加させ、ブプロピオンやモノアミン酸化酵素阻害薬など海外で使用されている抗うつ薬は脳全体で細胞外ドーパミン濃度を増加させる。さらに、脳脊髄液中のホモバニリン酸 (homovanilic acid, HVA、ドーパミンの代謝物)濃度がうつ病患者で低値であること、パーキンソン病の治療薬であるD2受容体アゴニストがうつ病治療に有効であること、などからうつ病では脳内ドーパミン機能が低下し、その機能低下が是正されることによりうつ病症状が改善するという仮説が提案されている[10][11]

双極性障害のモノアミン仮説

 躁病にはドーパミン受容体遮断薬である抗精神病薬が有効であり、脳脊髄液中HVA濃度が躁病で高値であるという報告もある。うつ病のモノアミン仮説で述べた仮説を考え合わせると、躁病では脳内カテコールアミン(ドーパミンとノルアドレナリン)の機能亢進、うつ病では脳内カテコールアミンの機能低下が生じ、躁病とうつ病の両方で脳内インドールアミン(セロトニン)の機能低下が生じるというモノアミン仮説が1970年代に提案された[9]。SSRI服用によっても躁転は生じうるので躁病でもセロトニンの機能低下が生じるというのは、現在は支持されることは少ないと思われるが、カテコールアミン機能の躁病とうつ病における対照的な変化は現在も妥当なものと考えられる。

 最近、双極性障害のドーパミン調節異常仮説が提案された。Berkらは双極性障害のドーパミン仮説を提唱し、双極性障害ではうつ病相でも躁病相でもドーパミン機能の異常が薬理学的に推定されると述べた[12]。すなわち、躁病相ではドーパミン機能の亢進が、うつ病相ではドーパミン機能の低下が推定される。躁病相ではドーパミン機能亢進に伴い、ドーパミン受容体の2次的な脱感作が生じ、続くうつ病相を悪化させる。一方、うつ病相ではドーパミン機能低下に伴い、ドーパミン受容体の2次的な感作が生じ、続く躁病相を悪化させる。このようにして中枢ドーパミン機能の調節異常(dysregulation)が双極性障害の病態で認められ、病相交代を繰り返す一因となっているのではないかという。この仮説は魅力的であるが、必ずしもこれまでの生物学的マーカーの研究によって十分に支持されているとはいえない。

不安障害のセロトニン仮説

 1980年代に選択的にセロトニン系に作用する2種類の新しい抗不安薬(SSRIと5-HT1A受容体アゴニスト)が開発され、不安障害の治療に中枢セロトニン系が関与していることが明らかとなった。そのうちSSRIは無作為化対照試験によってほとんどの不安障害亜型に有効であることが明らかになり、古典的な抗不安薬であるベンゾジアゼピンよりも広い適応を有する[13]。したがって、現在ではSSRIこそ抗不安薬といっても過言ではない。しかし、これらのセロトニン系抗不安薬がどのように不安症状を改善するのかはブラックボックスのままであった。

 ラットを用いた不安の動物モデルである、恐怖条件付けはセロトニン系抗不安薬の薬理作用の解明に有用なモデルであり、恐怖条件付けにおいてセロトニン系抗不安薬が抗不安作用を鋭敏に示すこと、SSRIの作用部位は扁桃体基底核グルタミン酸神経であること、などが明らかになってきた[13]。すなわち、SSRIと5-HT1A受容体アゴニストは5-HT1A受容体などを介して扁桃体の神経活動を減弱し、不安・恐怖を減弱すると考えられる。恐怖条件付けの発現過程では内側前頭前野におけるセロトニンがまず活性化されるが、恐怖に繰り返しさらされると扁桃体のセロトニンも活性化する。扁桃体のセロトニン活性化は不安・恐怖症状を惹起するというよりは、不安・恐怖症状を緩和しようという生体側の反応であり、セロトニン系抗不安薬は扁桃体のセロトニン系の機能を増強して不安・恐怖を減弱すると考えられる。

統合失調症のドーパミン仮説

 詳細はドーパミン仮説(統合失調症)を参照。統合失調症の治療薬である抗精神病薬はすべてドーパミン2受容体遮断薬である。さらにドーパミンを過剰に刺激する薬物(覚せい剤コカイン、高用量のドーパミン・アゴニスト)は慢性投与で幻聴被害妄想などの統合失調症類似の症状を惹起する。これらのことから統合失調症の特に急性増悪期ではドーパミンの機能亢進が想定されている。しかし、ドーパミン機能のみでは統合失調症の治療・症状(特に認知機能障害陰性症状)を説明することは難しい。さらにドーパミンD2受容体遮断薬だけでは治療効果に限界がある。

 「過剰なドーパミン放出に伴うグルタミン酸放出増加とその反復の結果,NMDA型グルタミン酸受容体機能低下が惹起される」という「dopamine to glutamate仮説」も最近提案されている[14]

参考文献

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(執筆者:井上猛 担当編集委員:加藤忠史)