9,444
回編集
細編集の要約なし |
細編集の要約なし |
||
20行目: | 20行目: | ||
<ref name=ref02>'''林 直樹'''<br>パーソナリティ障害概念の歴史 DSM-III以前<br>In: 神庭重信、池田学、ed. DSM-5を読み解く<br>''東京: 中山書店''; 2014:138-150.</ref> | <ref name=ref02>'''林 直樹'''<br>パーソナリティ障害概念の歴史 DSM-III以前<br>In: 神庭重信、池田学、ed. DSM-5を読み解く<br>''東京: 中山書店''; 2014:138-150.</ref> | ||
現代に通じるパーソナリティ障害概念を最初に規定したのはSchneider, K.であった<ref name=ref2>'''Schneider K.'''<br>Die Psychopathischen Persönlichkeiten.<br>''Wien: Franz Deuticke''; 1923<br>'''懸田克躬他訳'''<br>精神病質人格<br>''みすず書房''、 東京、 1954</ref>。Schneider, K.は、異常パーソナリティ(abnorme Persönlichkeit)を平均的なパーソナリティからの偏位として規定し、さらにその一部として、「そのパーソナリティの異常さのゆえに自らが悩む(leiden)か、または、社会が苦しむ(を苦しませる(stören))異常」を精神病質パーソナリティと定義した。 | |||
パーソナリティ障害はその後、[[wj:世界保健機構|世界保健機構]](World Health Organization (WHO))の国際疾病分類第6版(The international classification of diseases, 6th revision (ICD-6))(1948)や、APAのDSM-I (1952)以降、当時広く使われていたパーソナリティ障害のタイプを包括する診断として取り上げられるようになった。 | |||
パーソナリティ障害はその後、[[wj:世界保健機構|世界保健機構]] (World Health Organization | |||
===DSM-IIIの変革とその後=== | ===DSM-IIIの変革とその後=== | ||
パーソナリティ障害の概念や診断の枠組みが現在の形となる重要な契機となったのは、1980年に刊行された米国精神医学会の診断基準、DSM-III(Diagnostic and statistical manual of mental disorders, 3rd edition)<ref name=ref1 />である。そこで行われた改革の中で特に重要なのは、Millon, Tの理論に基づくタイプ分類の採用と、その診断における[[多神論的記述的症候論モデル]](Polythetic descriptive syndromal model)の導入である。 | |||
====Millonの理論に基づくタイプ分類==== | ====Millonの理論に基づくタイプ分類==== | ||
39行目: | 35行目: | ||
多神論的記述的症候論モデルとは、患者にパーソナリティ障害タイプの診断基準項目が定められた数以上当てはまるなら、そのタイプが診断されるという診断方法である。この操作的診断手法の最大の利点は、診断の信頼性を高めることができる点にある。従来、WHOのICD-9までで行われていた患者の全体的な特徴から直観的にパーソナリティ障害タイプを診断するカテゴリカルモデルによる診断法は、信頼性が低いという重大な問題があった。この多神論的記述的症候論モデルは、その問題を一部解消することに成功した。 | 多神論的記述的症候論モデルとは、患者にパーソナリティ障害タイプの診断基準項目が定められた数以上当てはまるなら、そのタイプが診断されるという診断方法である。この操作的診断手法の最大の利点は、診断の信頼性を高めることができる点にある。従来、WHOのICD-9までで行われていた患者の全体的な特徴から直観的にパーソナリティ障害タイプを診断するカテゴリカルモデルによる診断法は、信頼性が低いという重大な問題があった。この多神論的記述的症候論モデルは、その問題を一部解消することに成功した。 | ||
==== | ====ディメンショナルモデルの提唱==== | ||
元々パーソナリティ心理学では、[[因子分析]] | 元々パーソナリティ心理学では、[[因子分析]]などの統計学的方法を使って信頼性の高いパーソナリティ傾向のディメンショナルな評価が確立されていた。他方、パーソナリティ障害の診断では、DSM-IIIの多神論的記述的症候論モデルが導入されても、まだ信頼性が他の精神障害のレベルに達しないなどの問題点が残されていた。それは、当時[[ICD-10]] (1992)<ref name=ref4>'''World Health Organization (WHO)'''<br>The ICD-10 Classification of Mental and Behavioural Disorders. Clinical Descriptions and Diagnostical Guidlines.<br>''Geneva: WHO''; 1992<br>'''融道男、中根允文、小見山実、他''' 監訳 <br>ICD-10 精神および行動の障害:臨床記述と診断ガイドライン、新訂版<br>''医学書院''、2005</ref>やDSM-III-R (1987)で採用されていたカテゴリカルモデルによる診断が原因だと主張されていた。そこで、[[DSM-IV]]<ref name=ref5>'''American Psychiatric Association'''<br>Diagnostic and statistical manual of mental disorders, Fourth Edition (DSM-IV)<br>''Washington DC: American Psychiatric Association''; 1994<br>'''髙橋三郎、大野裕、染矢俊幸'''監訳<br>DSM-IV精神疾患の診断・統計マニュアル<br>''医学書院、東京''、1996</ref>では、これへの対策として、Widigerら(1996)の見解に基づいて、DSMの新版でのディメンショナルモデルの導入が提唱された。 | ||
その後、Costa, P.T. & McCrae, R.R.の主要5因子モデル(Five Factor Model(1990))から発展した5次元モデルや、Trull, T.J.ら(2007)による4次元モデルなどの診断モデルの検討が進められた。 | その後、Costa, P.T. & McCrae, R.R.の主要5因子モデル(Five Factor Model(1990))から発展した5次元モデルや、Trull, T.J.ら(2007)による4次元モデルなどの診断モデルの検討が進められた。 | ||
46行目: | 42行目: | ||
==現在のパーソナリティ障害の概念・定義== | ==現在のパーソナリティ障害の概念・定義== | ||
===従来の考え方を踏襲する立場=== | ===従来の考え方を踏襲する立場=== | ||
DSM-5<ref name=ref07>'''American Psychiatric Association'''<br>Diagnostic and statistical manual of mental disorders, fifth edition, DSM-5. <br>''Washington, DC: American Psychiatric Association''; 2013<br>髙橋三郎 大野裕監訳<br>精神疾患の診断・統計マニュアル DSM-5.<br>''医学書院,東京'',2014</ref>におけるパーソナリティ障害は、「社会的状況に対する個人の柔軟性を欠く広範な反応パターンであり、…個々の文化における平均的な個人の感じ方、考え方、他者との関わり方から、極端に相違し偏っており、… しばしばさまざまな程度の主観的苦痛や社会的機能の障害を伴っている」ものと定義されている。これは、従来のICD-10,DSM- | DSM-5<ref name=ref07>'''American Psychiatric Association'''<br>Diagnostic and statistical manual of mental disorders, fifth edition, DSM-5. <br>''Washington, DC: American Psychiatric Association''; 2013<br>髙橋三郎 大野裕監訳<br>精神疾患の診断・統計マニュアル DSM-5.<br>''医学書院,東京'',2014</ref>におけるパーソナリティ障害は、「社会的状況に対する個人の柔軟性を欠く広範な反応パターンであり、…個々の文化における平均的な個人の感じ方、考え方、他者との関わり方から、極端に相違し偏っており、… しばしばさまざまな程度の主観的苦痛や社会的機能の障害を伴っている」ものと定義されている。これは、従来のICD-10,DSM-IVの定義を踏襲するものである。さらに、ICD-10 の研究用診断基準(DCR) (1993)や[[DSM-5]]の第二部「診断基準とコード」では、全般的診断基準などとして、パーソナリティ障害の基本的特徴の記述が加えられている。その要点は、 | ||
*パーソナリティ障害の偏った内的体験および行動の持続的パターンは、(1)[[認知]]、(2)[[感情]]、(3)[[対人関係機能]]、(4)[[衝動]]コントロールの4領域の内2つ以上に表れている(ICD-10 DCRの基準G1、DSM-5の基準A) | *パーソナリティ障害の偏った内的体験および行動の持続的パターンは、(1)[[認知]]、(2)[[感情]]、(3)[[対人関係機能]]、(4)[[衝動]]コントロールの4領域の内2つ以上に表れている(ICD-10 DCRの基準G1、DSM-5の基準A) | ||
*そのパターンには、柔軟性がなく、個人的および社会的状況の幅広い範囲に広がっている(ICD-10 DCRの基準G2、DSM-5の基準B) | *そのパターンには、柔軟性がなく、個人的および社会的状況の幅広い範囲に広がっている(ICD-10 DCRの基準G2、DSM-5の基準B) | ||
73行目: | 66行目: | ||
であり、その5つ以上が当てはまるならそれが診断されることになる。 | であり、その5つ以上が当てはまるならそれが診断されることになる。 | ||
===DSM-5代替診断基準の考え方=== | ===DSM-5代替診断基準の考え方=== | ||
DSM- | DSM-5の第3部「新しい尺度とモデル」に記述されている代替診断基準は、ディメンショナルモデルとカテゴリカルモデルを融合させたハイブリッドモデルと称されている。このようにDSM-5では、第2部と第3部とで異なるパーソナリティ障害の診断基準が収載されている。前者は従来のDSM-IVのものをほとんど変更せずに載せたものであり、後者は新たに開発されたが、フィールドトライアルで採用が時期尚早と判断され、今後、大幅な修正が行われる予定のものである。ここには、パーソナリティ障害概念の混乱が如実に表れている。他方、後述するようにこの代替診断基準には、理論的に優れた考え方が多く組み入れられている。 | ||
DSM-5第3部の代替診断基準の全般的診断基準では、パーソナリティ障害がパーソナリティ機能の障害であることが明快に規定されている。これは、従来の定義と比較すると大きな進歩である。そのパーソナリティ機能とは、'''表1'''に示されているように[[自己機能]]、[[対人関係機能]]であり、さらにそれぞれが2つに分類されている。 | DSM-5第3部の代替診断基準の全般的診断基準では、パーソナリティ障害がパーソナリティ機能の障害であることが明快に規定されている。これは、従来の定義と比較すると大きな進歩である。そのパーソナリティ機能とは、'''表1'''に示されているように[[自己機能]]、[[対人関係機能]]であり、さらにそれぞれが2つに分類されている。 | ||
134行目: | 125行目: | ||
|} | |} | ||
病的パーソナリティ特性は、表2において「否定的感情 vs | 病的パーソナリティ特性は、表2において「否定的感情 vs 感情安定」といった形で示されているように、パーソナリティ障害のディメンションを表すものである。それらは、Costa & McCraeの性格評価のための主要5 因子モデルのディメンション(神経症傾向、 内向性、 調和性(調和性のなさ)、 誠実性(誠実性のなさ)、 開放性(開放性のなさ))とほぼ対応がとれていると考えられる<ref name=ref08><pubmed>22153017</pubmed></ref>。ここでは、病的パーソナリティ特性とは一般に見られるパーソナリティ傾向の極端な病的側面を取り上げたものと捉えられている。 | ||
DSM-5第3部の代替診断基準でも、パーソナリティ障害タイプごとに設定された診断基準に従って操作的に診断手続きが行われる。次に境界性パーソナリティ障害の例を示す。 | DSM-5第3部の代替診断基準でも、パーソナリティ障害タイプごとに設定された診断基準に従って操作的に診断手続きが行われる。次に境界性パーソナリティ障害の例を示す。 | ||
313行目: | 304行目: | ||
薬物療法は、やはり有力な治療法の一つである。めざましい効果が期待できない性質ではあるものの、薬物療法によって精神症状を一時的にでも軽快させることができるなら、それが患者にとって大きな便益となることは稀でない。 | 薬物療法は、やはり有力な治療法の一つである。めざましい効果が期待できない性質ではあるものの、薬物療法によって精神症状を一時的にでも軽快させることができるなら、それが患者にとって大きな便益となることは稀でない。 | ||
従来の薬物療法についての知見をまとめるなら、統合失調型パーソナリティ障害などの受動的なタイプには少量の[[抗精神病薬]]、境界性、反社会性パーソナリティ障害の衝動性や感情不安定には[[選択的セロトニン再取り込み阻害薬]]([[SSRI]])や[[ | 従来の薬物療法についての知見をまとめるなら、統合失調型パーソナリティ障害などの受動的なタイプには少量の[[抗精神病薬]]、境界性、反社会性パーソナリティ障害の衝動性や感情不安定には[[選択的セロトニン再取り込み阻害薬]]([[SSRI]])や[[気分安定薬]]、回避性パーソナリティ障害の不安や抑うつにはSSRIや[[モノアミン酸化酵素阻害薬]] (MAOI)がそれぞれ有効だとされる。さらに最近では、境界性、統合失調型、反社会性パーソナリティ障害に対する[[非定型抗精神病薬]]の有効性が確認されている<ref name=ref16><pubmed> 20556762</pubmed></ref>。 | ||
==予後== | ==予後== |