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== 名称 == | == 名称 == | ||
側脳室下角底部に隆起する大脳皮質を両側合わせて肉眼的に見ると、[[wikipedia:ja:ギリシャ神話|ギリシャ神話]]に登場する[[wikipedia:ja:海神ポセイドン|海神ポセイドン]]がまたがる海馬の前肢の形に似ていることから[[wikipedia:ja:イタリア|イタリア]]・[[wikipedia:ja:ボロ−ニャ|ボロ−ニャ]]の解剖学者 [[wikipedia: | 側脳室下角底部に隆起する大脳皮質を両側合わせて肉眼的に見ると、[[wikipedia:ja:ギリシャ神話|ギリシャ神話]]に登場する[[wikipedia:ja:海神ポセイドン|海神ポセイドン]]がまたがる海馬の前肢の形に似ていることから[[wikipedia:ja:イタリア|イタリア]]・[[wikipedia:ja:ボロ−ニャ|ボロ−ニャ]]の解剖学者 [[wikipedia:Julius Caesar Aranzi|Giulio Cesare Arantio]] (1587) はHippocampus(海馬)と命名した。側脳室下角前方へ膨らんだ部分を[[海馬足]](pes hippocampi)とよぶ。魚類の[[wikipedia:ja:タツノオトシゴ|タツノオトシゴ]]もhippocampus と呼ばれるが、脳部位の海馬とは独立して神話の海馬から連想して命名されたという。海馬の別称として、Ram's Horn(羊の角、Winslow, 1732)、Cornu Ammonis ([[wikipedia:ja:エジプト|エジプト]]の[[wikipedia:ja:太陽神アモン神|太陽神アモン神]]の角、Garengeot, 1742)などがある。Arantio 自身、hippocampusとは別にvermis bombycinus(蚕)とも呼んだ。和名の海馬は、Zeepaard(蘭)、Seepferd(独)、sea-horse (英)からの訳である。 | ||
アンモン角の内側に歯列状に隆起する[[灰白質]]を初めて図示・記載したのは[[wikipedia:Tarin|Tarin]] (1750)という。歯状回はもともとは海馬の付属物とされていたようで、[[wikipedia:Vicq d'Azyr|Vicq d'Azyr]] は「襞彫り様の、あるいは鋸歯状に凹みを成す内縁」と記述した。これを[[wikipedia: | アンモン角の内側に歯列状に隆起する[[灰白質]]を初めて図示・記載したのは[[wikipedia:Pierre Tarin|Tarin]] (1750)という。歯状回はもともとは海馬の付属物とされていたようで、[[wikipedia:Félix Vicq-d'Azyr|Vicq d'Azyr]] は「襞彫り様の、あるいは鋸歯状に凹みを成す内縁」と記述した。これを[[wikipedia:Ignaz Döllinger|Dällinger]] (1814) がgezähnte Leiste(歯状縁) と呼び、[[wikipedia:Johann Friedrich Meckel|Meckel]] (1817)がfascia dentataとラテン名に訳して使用した。歯状回は、古くは鋸歯状体、海馬歯状膜などとも呼ばれた。 | ||
海馬台は、歯状回内側から[[嗅脳溝]]方向へ続く皮質部分を言うが、人脳ではアンモン角を下方から支える土台を成すので、Unterlage des Ammonshorns(subiculum cornu ammonis)と命名された(Burdach、1822)。和名では海馬台(あるいは海馬支脚)と呼ばれる。ちなみに、この皮質部分は、表層部に神経線維が多く、脳表面が白く見えるので[[白色皮質]]といわれる。表層部を[[白網状質]](substantia reticularis alba Arnoldi)という。 | 海馬台は、歯状回内側から[[嗅脳溝]]方向へ続く皮質部分を言うが、人脳ではアンモン角を下方から支える土台を成すので、Unterlage des Ammonshorns(subiculum cornu ammonis)と命名された(Burdach、1822)。和名では海馬台(あるいは海馬支脚)と呼ばれる。ちなみに、この皮質部分は、表層部に神経線維が多く、脳表面が白く見えるので[[白色皮質]]といわれる。表層部を[[白網状質]](substantia reticularis alba Arnoldi)という。 | ||
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海馬は[[大辺縁葉]](le grand lobe linbique, Broca 1863)の一部を構成し、[[嗅脳]]に隣接するからか、20世紀中頃まで[[嗅覚]]機能に関与すると考えられていた。しかしBrodal(1942)は、これまでの神経結合の所見を検討して、海馬嗅覚皮質説に疑問を示した。嗅球から海馬への一ないし二シナプス性入力は、現在の解剖・生理実験でも否定的所見が多い。近年、嗅覚一次中枢は、[[前頭葉]]下面後部に推定されているようである。 | 海馬は[[大辺縁葉]](le grand lobe linbique, Broca 1863)の一部を構成し、[[嗅脳]]に隣接するからか、20世紀中頃まで[[嗅覚]]機能に関与すると考えられていた。しかしBrodal(1942)は、これまでの神経結合の所見を検討して、海馬嗅覚皮質説に疑問を示した。嗅球から海馬への一ないし二シナプス性入力は、現在の解剖・生理実験でも否定的所見が多い。近年、嗅覚一次中枢は、[[前頭葉]]下面後部に推定されているようである。 | ||
[[wikipedia:Papez|Papez]] (1937) は、[[情動]]発現を司る部位として[[視床下部]]を、情動経験の部位として大脳半球内側皮質([[帯状回]]、海馬)と視床を推定した。そして解剖的に知られていた、[[海馬]]—[[脳弓]]—[[乳頭体]]—[[乳頭体視床束]] ([[Vicq d'Azyr束]]) —[[視床前核]]—帯状回—海馬と続く回路は情動に関与すると考えた。のちに[[Papezの回路]]と呼ばれるが、実はこれが記憶に密接に関与する回路であることがわかってきた。 | [[wikipedia:James Papez|Papez]] (1937) は、[[情動]]発現を司る部位として[[視床下部]]を、情動経験の部位として大脳半球内側皮質([[帯状回]]、海馬)と視床を推定した。そして解剖的に知られていた、[[海馬]]—[[脳弓]]—[[乳頭体]]—[[乳頭体視床束]] ([[Vicq d'Azyr束]]) —[[視床前核]]—帯状回—海馬と続く回路は情動に関与すると考えた。のちに[[Papezの回路]]と呼ばれるが、実はこれが記憶に密接に関与する回路であることがわかってきた。 | ||
海馬が知的機能や記憶に関与するとの示唆は、Brown とSchäfer (1888)の実験に見られる。海馬を含む側頭葉内側部を両側性に傷害したアカゲザルでは、凶暴だった性格がおとなしくなった。[[視]]・[[聴]]・[[触]]・[[味]]・嗅覚の感覚それ自体にはには異常を認めないが、音や見える物の意味が理解できない。見慣れた物を与えても、はじめて接する物のごとく口にいれたり、嗅いだりして確かめ、しばらくして同じ物を与えてもやはり同様の行動を何回もくりかえした。Klüver とBucy (1939)は[[wikipedia:ja:アカゲザル|アカゲザル]]の海馬・[[鈎]]の両側切除術によって、[[思考脱線]]、[[精神盲]]([[視覚失認]])、[[易馴応性]]、[[性欲高進]]などの症状が起こることを観察し、Brown らの所見を追認した。 | 海馬が知的機能や記憶に関与するとの示唆は、Brown とSchäfer (1888)の実験に見られる。海馬を含む側頭葉内側部を両側性に傷害したアカゲザルでは、凶暴だった性格がおとなしくなった。[[視]]・[[聴]]・[[触]]・[[味]]・嗅覚の感覚それ自体にはには異常を認めないが、音や見える物の意味が理解できない。見慣れた物を与えても、はじめて接する物のごとく口にいれたり、嗅いだりして確かめ、しばらくして同じ物を与えてもやはり同様の行動を何回もくりかえした。Klüver とBucy (1939)は[[wikipedia:ja:アカゲザル|アカゲザル]]の海馬・[[鈎]]の両側切除術によって、[[思考脱線]]、[[精神盲]]([[視覚失認]])、[[易馴応性]]、[[性欲高進]]などの症状が起こることを観察し、Brown らの所見を追認した。 | ||
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==== 海馬(アンモン角)==== | ==== 海馬(アンモン角)==== | ||
組織学的な領域区分としては、[[wikipedia:Cajal|Cajal]]はアンモン角の上部(背側部)に位置する小錐体細胞群をregio superieur、下方の大錐体細胞群をregio inferieurと区分したが、現在ではLorente de Nó(1934)の区分CA1〜CA4領域(CAはCornu Ammonis に由来する)が一般に用いられることが多い(図3)。CA1が小錐体細胞、CA2〜CA4が大錐体細胞にあたる。CA2は苔状線維を受ける棘状瘤を持たない大錐体細胞群をさす。CA4は歯状回に陥入した門 (hilus) と呼ばれる部分に位置する大錐体細胞群で、[[wikipedia:ja:霊長類|霊長類]]や[[wikipedia:ja:ネコ|ネコ]]で顕著だが、[[wikipedia:ja:齧歯類|齧歯類]]ではCA4の細胞塊は見られず、CA3錐体細胞に似た大型の細胞([[苔状細胞]])が散在するにとどまる。アンモン角には[[脳軟膜]]から[[脳室]]方向に[[分子層]]、[[放線層]]、[[透明層]]、[[錐体細胞層]]、[[上昇層]]が識別される。透明層は苔状線維の走行部位で、CA2、CA1ではこれを欠く。アンモン角の脳室面には、海馬領域への入出力線維からなる海馬白板があり、海馬上縁では海馬采となり上方で脳弓へ連続する。 | 組織学的な領域区分としては、[[wikipedia:Santiago Ramón y Cajal|Cajal]]はアンモン角の上部(背側部)に位置する小錐体細胞群をregio superieur、下方の大錐体細胞群をregio inferieurと区分したが、現在ではLorente de Nó(1934)の区分CA1〜CA4領域(CAはCornu Ammonis に由来する)が一般に用いられることが多い(図3)。CA1が小錐体細胞、CA2〜CA4が大錐体細胞にあたる。CA2は苔状線維を受ける棘状瘤を持たない大錐体細胞群をさす。CA4は歯状回に陥入した門 (hilus) と呼ばれる部分に位置する大錐体細胞群で、[[wikipedia:ja:霊長類|霊長類]]や[[wikipedia:ja:ネコ|ネコ]]で顕著だが、[[wikipedia:ja:齧歯類|齧歯類]]ではCA4の細胞塊は見られず、CA3錐体細胞に似た大型の細胞([[苔状細胞]])が散在するにとどまる。アンモン角には[[脳軟膜]]から[[脳室]]方向に[[分子層]]、[[放線層]]、[[透明層]]、[[錐体細胞層]]、[[上昇層]]が識別される。透明層は苔状線維の走行部位で、CA2、CA1ではこれを欠く。アンモン角の脳室面には、海馬領域への入出力線維からなる海馬白板があり、海馬上縁では海馬采となり上方で脳弓へ連続する。 | ||
=====CA3===== | =====CA3===== | ||
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====CA1==== | ====CA1==== | ||
CA1錐体細胞の軸索側枝は、上昇層には若干の終末分布があるが、放線層へは投射しない。また長軸方向へはほとんど投射せず、CA1錐体細胞間には連合性結合がほとんどない。終末は、錐体細胞層下部に位置する抑制性の籠細胞への終止が考えられる。CA1錐体細胞の樹状突起長は平均13.4mmである。樹状突起にある[[棘]]([[スパイン])の分布密度は部分によって異なり、太い突起ではシャフトに棘が隠れるため、棘の総数を正確に数えることは困難であるが、層毎の棘分布密度と樹状突起の部分長から棘の総数を推定すると、1個のCA1錐体細胞は少なくも約15,000の棘を持つ。そして、約10%が分子層にある。樹状突起のシャフトに終わる抑制性シナプスの数は未だ概算されていない。 | CA1錐体細胞の軸索側枝は、上昇層には若干の終末分布があるが、放線層へは投射しない。また長軸方向へはほとんど投射せず、CA1錐体細胞間には連合性結合がほとんどない。終末は、錐体細胞層下部に位置する抑制性の籠細胞への終止が考えられる。CA1錐体細胞の樹状突起長は平均13.4mmである。樹状突起にある[[棘]]([[スパイン]])の分布密度は部分によって異なり、太い突起ではシャフトに棘が隠れるため、棘の総数を正確に数えることは困難であるが、層毎の棘分布密度と樹状突起の部分長から棘の総数を推定すると、1個のCA1錐体細胞は少なくも約15,000の棘を持つ。そして、約10%が分子層にある。樹状突起のシャフトに終わる抑制性シナプスの数は未だ概算されていない。 | ||
CA1錐体細胞からは、海馬台錐体細胞層の浅層2/3と分子層に投射し、錐体細胞層深層へは終止しない。また、CA1近位部は海馬台遠位部へ、CA1遠位部は隣接する海馬台近位部へ投射する。CA1錐体細胞の軸索はCA3や歯状回へは投射しないが、抑制性細胞ではCA3や歯状回門に軸索を分布する細胞もあるという。 | CA1錐体細胞からは、海馬台錐体細胞層の浅層2/3と分子層に投射し、錐体細胞層深層へは終止しない。また、CA1近位部は海馬台遠位部へ、CA1遠位部は隣接する海馬台近位部へ投射する。CA1錐体細胞の軸索はCA3や歯状回へは投射しないが、抑制性細胞ではCA3や歯状回門に軸索を分布する細胞もあるという。 |