「気分安定薬」の版間の差分

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== リチウム ==
== リチウム ==
===適用===
===適用===
 日本では炭酸リチウムが用いられているが、海外ではクエン酸リチウム等、他の塩も用いられている。双極性障害の治療薬のうち、最初に発見されたものであるというだけでなく,精神科領域の薬物療法においても、最も歴史の古い薬である。リチウムは,抗躁効果、抗うつ効果、躁病エピソードおよびうつ病エピソードへの病相予防効果のすべてを持ち、双極性障害治療の基本となる薬剤である。
 日本では炭酸リチウムが用いられているが、海外ではクエン酸リチウム等、他の塩も用いられている。双極性障害の治療薬のうち、最初に発見されたものであるというだけでなく、精神科領域の薬物療法においても、最も歴史の古い薬である。リチウムは、抗躁効果、抗うつ効果、躁病エピソードおよびうつ病エピソードへの病相予防効果のすべてを持ち、双極性障害治療の基本となる薬剤である。


===薬理機構===
===薬理機構===
 リチウムは、単純な陽イオンであり、その単純さゆえに,多様な薬理作用のうちどれが治療効果と関係しているのか諸説があるが、直接的には、Mg<sup>2+</sup>と拮抗する作用を介していると考えられる<ref name=ref4><pubmed>958476</pubmed></ref>。多くの酵素がMg<sup>2+</sup>を要求するが、リチウムの標的酵素としては、[[イノシトールモノホスファターゼ]] ([[IMPase]])<ref name=ref5><pubmed>6253491</pubmed></ref>と[[GSK-3β]]<ref name=ref6><pubmed>8710892</pubmed></ref>が最も有力である。
 リチウムは、単純な陽イオンであり、その単純さゆえに、多様な薬理作用のうちどれが治療効果と関係しているのか諸説があるが、直接的には、Mg<sup>2+</sup>と拮抗する作用を介していると考えられる<ref name=ref4><pubmed>958476</pubmed></ref>。多くの酵素がMg<sup>2+</sup>を要求するが、リチウムの標的酵素としては、[[イノシトールモノホスファターゼ]] ([[IMPase]])<ref name=ref5><pubmed>6253491</pubmed></ref>と[[GSK-3β]]<ref name=ref6><pubmed>8710892</pubmed></ref>が最も有力である。


 IMPaseの阻害は、基質である[[イノシトール-1-リン酸]]の蓄積と、[[イノシトール]]の欠乏を招き、その結果[[ホスファチジルイノシトール]]を細胞内で枯渇させる<ref name=ref7><pubmed>2553271</pubmed></ref>。
 IMPaseの阻害は、基質である[[イノシトール-1-リン酸]]の蓄積と、[[イノシトール]]の欠乏を招き、その結果[[ホスファチジルイノシトール]]を細胞内で枯渇させる<ref name=ref7><pubmed>2553271</pubmed></ref>。
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 [[手指振戦]]、[[wikipedia:ja:口渇|口渇]]、[[wikipedia:ja:多飲|多飲]]、[[wikipedia:ja:多尿|多尿]]、[[wikipedia:ja:吐気|吐気]]、[[wikipedia:ja:下痢|下痢]]などがある。また、[[wikipedia:ja:甲状腺機能低下症|甲状腺機能低下症]]も見られる。[[wikipedia:ja:白血球|白血球]]増多も見られるが、問題となることは少ない。長期のリチウム治療により、腎障害を来すことがある。
 [[手指振戦]]、[[wikipedia:ja:口渇|口渇]]、[[wikipedia:ja:多飲|多飲]]、[[wikipedia:ja:多尿|多尿]]、[[wikipedia:ja:吐気|吐気]]、[[wikipedia:ja:下痢|下痢]]などがある。また、[[wikipedia:ja:甲状腺機能低下症|甲状腺機能低下症]]も見られる。[[wikipedia:ja:白血球|白血球]]増多も見られるが、問題となることは少ない。長期のリチウム治療により、腎障害を来すことがある。


 治療中の血中濃度(服薬前の最低値)は、およそ0.4~1.2mM程度である。リチウムは有効量と中毒量が近いため、その臨床使用においては、定期的な血中濃度測定が必要である。また、[[wikipedia:ja:心血管|心血管]]系の[[wikipedia:ja:催奇形|催奇形]]性があるため,[[wikipedia:ja:妊娠|妊娠]]中の使用は禁忌とされている。リチウム中毒では、嘔吐、多尿、[[振戦]]に加え、[[小脳失調]]、[[構音障害]]、[[筋力低下]]、筋の刺激性亢進、[[けいれん]]、[[意識障害]]などの中枢神経症状や、[[wikipedia:ja:血圧|血圧]]低下、[[wikipedia:ja:急性腎不全|急性腎不全]]、[[wikipedia:ja:肺水腫|肺水腫]]、[[wikipedia:ja:心伝導障害|心伝導障害]]などが現れる。中毒は、[[wikipedia:ja:脱水|脱水]]状態、他の薬剤との併用([[wikipedia:ja:抗炎症薬|抗炎症薬]]や[[wikipedia:ja:利尿薬|利尿薬]]の併用)、加齢による腎機能低下、自殺目的の服用などに伴って出現することが多い。中毒発生時には、[[wikipedia:ja:輸液|輸液]]、[[wikipedia:ja:人工透析|人工透析]]などの[[wikipedia:ja:対症療法|対症療法]]、[[wikipedia:ja:保存的治療|保存的治療]]を行う。
 治療中の血中濃度(服薬前の最低値)は、およそ0.4~1.2mM程度である。リチウムは有効量と中毒量が近いため、その臨床使用においては、定期的な血中濃度測定が必要である。また、[[wikipedia:ja:心血管|心血管]]系の[[wikipedia:ja:催奇形|催奇形]]性があるため、[[wikipedia:ja:妊娠|妊娠]]中の使用は禁忌とされている。リチウム中毒では、嘔吐、多尿、[[振戦]]に加え、[[小脳失調]]、[[構音障害]]、[[筋力低下]]、筋の刺激性亢進、[[けいれん]]、[[意識障害]]などの中枢神経症状や、[[wikipedia:ja:血圧|血圧]]低下、[[wikipedia:ja:急性腎不全|急性腎不全]]、[[wikipedia:ja:肺水腫|肺水腫]]、[[wikipedia:ja:心伝導障害|心伝導障害]]などが現れる。中毒は、[[wikipedia:ja:脱水|脱水]]状態、他の薬剤との併用([[wikipedia:ja:抗炎症薬|抗炎症薬]]や[[wikipedia:ja:利尿薬|利尿薬]]の併用)、加齢による腎機能低下、自殺目的の服用などに伴って出現することが多い。中毒発生時には、[[wikipedia:ja:輸液|輸液]]、[[wikipedia:ja:人工透析|人工透析]]などの[[wikipedia:ja:対症療法|対症療法]]、[[wikipedia:ja:保存的治療|保存的治療]]を行う。


== ラモトリギン ==
== ラモトリギン ==
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===薬理作用===
===薬理作用===
 作用機序としては、電位依存性Na<sup>+</sup>チャンネルの抑制作用,[[電位依存性カルシウムチャネル|電位依存性Ca<sup>2+</sup>チャンネル]]の抑制作用,[[アセチル化|ヒストン脱アセチル化酵素|ヒストン脱アセチル化酵素]]阻害作用など,多くの説があり、細胞レベルでは、リチウムと同様の神経保護作用、成長円錐拡大作用<ref name=ref9><pubmed>12015604</pubmed></ref>などが知られている。
 作用機序としては、電位依存性Na<sup>+</sup>チャンネルの抑制作用、[[電位依存性カルシウムチャネル|電位依存性Ca<sup>2+</sup>チャンネル]]の抑制作用、[[アセチル化#ヒストン脱アセチル化酵素|ヒストン脱アセチル化酵素]]阻害作用など、多くの説があり、細胞レベルでは、リチウムと同様の神経保護作用、成長円錐拡大作用<ref name=ref9><pubmed>12015604</pubmed></ref>などが知られている。


===代謝===
===代謝===
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===副作用===
===副作用===
 吐き気,嘔吐などの消化器症状の他、投与早期に生じる肝障害などがある。催奇形性があるため,妊娠中の投与は禁忌である。
 吐き気、嘔吐などの消化器症状の他、投与早期に生じる肝障害などがある。催奇形性があるため、妊娠中の投与は禁忌である。


== カルバマゼピン ==
== カルバマゼピン ==
===適用===
===適用===
 抗てんかん薬として開発されたが、てんかん患者において[[情動]]安定化作用を持つことから,双極性障害に試みられ、1970年代初頭に、日本の大熊輝男らにより、躁状態に対する有効性が見出された。その後、病相予防効果も示唆され、気分安定薬の1つとしての地位を確立した。双極性障害における有効血中濃度は不明であるが、てんかんにおける有効濃度である5~9μm/mlを目安として治療を行うことが多い。
 抗てんかん薬として開発されたが、てんかん患者において[[情動]]安定化作用を持つことから、双極性障害に試みられ、1970年代初頭に、日本の大熊輝男らにより、躁状態に対する有効性が見出された。その後、病相予防効果も示唆され、気分安定薬の1つとしての地位を確立した。双極性障害における有効血中濃度は不明であるが、てんかんにおける有効濃度である5~9μm/mlを目安として治療を行うことが多い。


===薬理作用===
===薬理作用===
 作用機序としては,電位依存性Na<sup>+</sup>チャンネルの阻害作用、[[アデノシン受容体]]への作用などが知られている<ref name=ref14 />。
 作用機序としては、電位依存性Na<sup>+</sup>チャンネルの阻害作用、[[アデノシン受容体]]への作用などが知られている<ref name=ref14 />。


===代謝===
===代謝===
 肝臓で主として[[エポキシ化]]と[[水酸化]]により代謝される。副作用としては,スティーヴンス-ジョンソン症候群、白血球減少症などがある。
 肝臓で主として[[エポキシ化]]と[[水酸化]]により代謝される。副作用としては、スティーヴンス-ジョンソン症候群、白血球減少症などがある。


===副作用===
===副作用===