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麻薬という用語は、さまざまな意味で用いられている。 | 麻薬という用語は、さまざまな意味で用いられている。 | ||
最も狭い定義は、「モルヒネ、[[ヘロイン]]、コデイン等のアヘンアルカロイド類とこれらに類似した合成物質で、[[オピオイド受容体]]に親和性を持ち、麻薬及び向精神薬取締法において麻薬と指定されているもの」ということになる。 | |||
一方、法的な定義は、「麻薬及び向精神薬取締法において麻薬と指定されているもの」ということになる。この場合、前述の定義に、コカインとその関連物質、ケタミン、リゼルギン酸ジエチルアミド(LSD)などが加わる。コカインは、薬理学的性質からは、本来、覚せい剤に分類されるべきものであったが、その薬理学性質についての知識が十分でなかった時代に法律が制定され、そのままになっていた。しかし、ケタミンは平成19年に指定されたばかりである。 | 一方、法的な定義は、「麻薬及び向精神薬取締法において麻薬と指定されているもの」ということになる。この場合、前述の定義に、コカインとその関連物質、ケタミン、リゼルギン酸ジエチルアミド(LSD)などが加わる。コカインは、薬理学的性質からは、本来、覚せい剤に分類されるべきものであったが、その薬理学性質についての知識が十分でなかった時代に法律が制定され、そのままになっていた。しかし、ケタミンは平成19年に指定されたばかりである。 | ||
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[[Image:麻薬3.png|thumb|350px|'''図3.オピオイドによる鎮痛作用部位''']] | [[Image:麻薬3.png|thumb|350px|'''図3.オピオイドによる鎮痛作用部位''']] | ||
前述の通り、オピオイドが結合する特異的受容体には μ、δおよびκの3つのtypesのオピオイド受容体 (opioid receptor: OR) がある。μ-OR (MOR)、δ-OR (DOR) およびκ-OR (KOR) | 前述の通り、オピオイドが結合する特異的受容体には μ、δおよびκの3つのtypesのオピオイド受容体 (opioid receptor: OR) がある。μ-OR (MOR)、δ-OR (DOR) およびκ-OR (KOR) は、すべてGTP結合タンパク質(Gタンパク質)と共役する7回膜貫通型受容体(GPCR)である。これらオピオイド受容体タイプ間の相同性は高く(全体で約60%)、特に[[細胞膜]]貫通領域では非常に高い。いずれの受容体も基本的に[[Gi]]/[[Go|o]]タンパク質と共役しており、ORの活性化後、さまざまな[[細胞内情報伝達]]系が影響を受け、[[神経伝達物質]]の遊離や[[神経細胞体]]の興奮性が低下するために神経細胞の活動が抑制される。これらの中で鎮痛作用に関して最も重要な役割を果たすのがMORである。μ、δおよびκの3つのtypesのORに対する親和性および鎮痛効果 (potency) は個々の薬物によって異なる。 | ||
オピオイド受容体は[[脳]]・[[脊髄]]や[[知覚神経]] | オピオイド受容体は[[脳]]・[[脊髄]]や[[知覚神経]]に幅広く存在するが、生体に投与したオピオイド鎮痛薬はどこにどのように作用して痛みの伝達を抑制するのは、未だ完全には解明されていない。おそらく、脳、脊髄、[[知覚]]神経に存在する MORにそれぞれ作用し、それらの総和として鎮痛効果を示していると推測できるが、全身投与のオピオイドの鎮痛効果が脊髄内投与の[[ナロキソン]](MOR antagonist)によって一部抑制されるため、脊髄後角浅層部のMORが鎮痛効果に深く関与することはほぼ疑いがない。脊髄[[後角]]浅層部は[[痛覚]]を伝える知覚神経([[Aδ]]、[[C線維]])の中枢側終末が多く存在し、エンケファリン、ダイノルフィンなどの内因性 opioid peptidesや MOR、KORが最も高密度で存在する部位でもある。こうした背景からも、脊髄後角におけるオピオイドの鎮痛作用機序が最も精力的に研究されている。 | ||
一方、[[脳幹]]部から神経線維が脊髄後角に下行し、そこで痛みの伝達を遮断する[[下行性抑制系]]の関与も知られている。下行性疼痛抑制線維として[[ノルアドレナリン]]や[[セロトニン]]を伝達物質とする仮説が一般的であるが、その他にも[[GABA]]や[[ドーパミン]]を伝達物質とする下行性疼痛抑制線維の存在も提案されている。下行性疼痛抑制系は痛みやオピオイド投与だけでなく、精神的興奮、精神的集中、恐怖といった生理応答によっても作動する。 | 一方、[[脳幹]]部から神経線維が脊髄後角に下行し、そこで痛みの伝達を遮断する[[下行性抑制系]]の関与も知られている。下行性疼痛抑制線維として[[ノルアドレナリン]]や[[セロトニン]]を伝達物質とする仮説が一般的であるが、その他にも[[GABA]]や[[ドーパミン]]を伝達物質とする下行性疼痛抑制線維の存在も提案されている。下行性疼痛抑制系は痛みやオピオイド投与だけでなく、精神的興奮、精神的集中、恐怖といった生理応答によっても作動する。 | ||
こうした生理状態下で中脳や延髄のMORが活性化されることにより、この下行性疼痛抑制系が賦活化する。脊髄後角においては、痛覚伝導路であるAδ、C線維の知覚神経末端と末梢からの痛覚情報を受け取る脊髄後角神経細胞の両者にMORが存在し、Aδ、C線維の末端の[[シナプス前]]終末のMORが刺激されると[[電位依存性Ca2+チャネル|電位依存性Ca<sup>2+</sup>チャネル]] (voltage-dependent Ca<sup>2+</sup> channel) が抑制されて[[シナプス前終末]]へのCa<sup>2+</sup>の流入が減少し、[[グルタミン酸]]などの興奮性神経伝達物質の放出が低下する。 | |||
一方、脊髄後角細胞の細胞体や樹状突起に存在するMORが刺激されると[[K+チャネル|K<sup>+</sup>チャネル]]が開口し、K<sup>+</sup>の細胞外への流出によって脊髄後角細胞が過分極(抑制)する。こうしたシナプス前終末からのグルタミン酸等の興奮性伝達物質の放出抑制とシナプス後細胞の過分極により、脊髄後角細胞での活動電位発生が抑制され、痛覚情報が脊髄より上位中枢への痛覚伝達が遮断/抑制される。 | 一方、脊髄後角細胞の細胞体や樹状突起に存在するMORが刺激されると[[K+チャネル|K<sup>+</sup>チャネル]]が開口し、K<sup>+</sup>の細胞外への流出によって脊髄後角細胞が過分極(抑制)する。こうしたシナプス前終末からのグルタミン酸等の興奮性伝達物質の放出抑制とシナプス後細胞の過分極により、脊髄後角細胞での活動電位発生が抑制され、痛覚情報が脊髄より上位中枢への痛覚伝達が遮断/抑制される。 | ||
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=== がん性疼痛におけるオピオイド投与の有効性 === | === がん性疼痛におけるオピオイド投与の有効性 === | ||
近年、「がんの患者に早期から疼痛緩和ケアを導入すると、生存期間が延長する」という注目すべき研究結果が発表された<ref name="ref11"><pubmed>20818875</pubmed></ref>。[[がん性疼痛]] | 近年、「がんの患者に早期から疼痛緩和ケアを導入すると、生存期間が延長する」という注目すべき研究結果が発表された<ref name="ref11"><pubmed>20818875</pubmed></ref>。[[がん性疼痛]]は、がんによる知覚[[神経終末]]の刺激を伴う[[侵害性疼痛]]とがんによる神経の圧迫や浸潤に伴って引き起こされる[[神経障害性疼痛]]に大別される。がん性疼痛治療のなかでオピオイドはもっとも重要な薬剤であり、他の鎮痛薬と同じように「痛み」に対して使用を躊躇することがあってはならない。 | ||
がん疼痛の治療にあたっては、基本的にWHO の三段階がん疼痛治療指針に従って行うべきである。WHOの三段階がん疼痛治療指針は、薬の効力によって順を追って選択するという面だけではなく、痛みの強さによって選択するという両面の原則があることを忘れてはならない。すなわち、がん患者で[[骨転移]]に伴う強い背部痛をもち、それまで疼痛治療を受けていないという症例の場合、NSAIDsから始める必要はなく、その痛みの強さに対応するため初回から強オピオイドであるモルヒネを使うべきである。がん疼痛の治療にあたっては、痛みの強さや治療による痛みの消長について患者が感じていることに極力耳を傾けることが重要である。患者の訴えと医療側の考えに大きな差があるときは、その理由はなにかを検討すべきで、安易に「大げさな訴えの患者」と独断的に判断すべきではない。処方内容をどう改訂したかを患者に知らせ、その結果の除痛状態を必ず患者に聞くことを心がける。 | がん疼痛の治療にあたっては、基本的にWHO の三段階がん疼痛治療指針に従って行うべきである。WHOの三段階がん疼痛治療指針は、薬の効力によって順を追って選択するという面だけではなく、痛みの強さによって選択するという両面の原則があることを忘れてはならない。すなわち、がん患者で[[骨転移]]に伴う強い背部痛をもち、それまで疼痛治療を受けていないという症例の場合、NSAIDsから始める必要はなく、その痛みの強さに対応するため初回から強オピオイドであるモルヒネを使うべきである。がん疼痛の治療にあたっては、痛みの強さや治療による痛みの消長について患者が感じていることに極力耳を傾けることが重要である。患者の訴えと医療側の考えに大きな差があるときは、その理由はなにかを検討すべきで、安易に「大げさな訴えの患者」と独断的に判断すべきではない。処方内容をどう改訂したかを患者に知らせ、その結果の除痛状態を必ず患者に聞くことを心がける。 | ||
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==== 身体的依存 ==== | ==== 身体的依存 ==== | ||
オピオイドの急激な投与中止は、[[禁断症状]](発熱、[[下痢]]、[[wikipedia:ja:散瞳|散瞳]] | オピオイドの急激な投与中止は、[[禁断症状]](発熱、[[下痢]]、[[wikipedia:ja:散瞳|散瞳]]、不安等)を誘発するため、メサドン代替療法を行うことがある。麻薬[[拮抗薬]]は禁断症状を誘発してしまう。モルヒネを禁断すると、[[青斑核]]から[[大脳皮質]]に投射しているノルアドナリン神経の抑制が解除され、興奮して大脳皮質領域でノル[[アドレナリン]]の遊離が引き起こる。これが受容体を過剰に刺激して、退薬症候が引き起こると考えられている。 | ||
==== 耐性 ==== | ==== 耐性 ==== | ||
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==== せん妄 ==== | ==== せん妄 ==== | ||
モルヒネ投与により[[せん妄]]が引き起こされることが知られている。しかし、モルヒネの投与期間や投与量とは必ずしも直結するわけではなく、その発現機序は不明である。腎機能低下に伴ってモルヒネの代謝物により出現する場合もある。せん妄対策の原則としては減量であるが、疼痛出現のために減量が困難である場合があることが多い。その場合はフェンタニルへの変更が有効である。 | |||
== 不正麻薬に含まれるその他の物質 == | == 不正麻薬に含まれるその他の物質 == | ||
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=== MDMA/MDA === | === MDMA/MDA === | ||
3,4-Methylene-dioxymethamphetamine (MDMA)、3,4-methylene-dioxyamphetamine (MDA) は、覚せい剤と似た化学構造を有する薬物で、けしや[[wikipedia:ja:コカ|コカ]]等の植物からではなく、他の化学薬品から合成された麻薬の一種で、「麻薬及び向精神薬取締法」で麻薬として規制されている。
MDMAとMDAの薬理作用は類似しており、視覚、聴覚を変化させる作用があるが、その反面不安や不眠などに悩まされる場合もある。
また、強い精神的依存性があり、乱用を続けると錯乱状態に陥ることがあるほか、[[wikipedia:ja:腎機能障害|腎]]・[[wikipedia:ja:肝臓機能障害|肝臓機能障害]]や[[記憶障害]]等の症状も現れることがある。 | 3,4-Methylene-dioxymethamphetamine ([[MDMA]])、3,4-methylene-dioxyamphetamine ([[MDA]]) は、覚せい剤と似た化学構造を有する薬物で、けしや[[wikipedia:ja:コカ|コカ]]等の植物からではなく、他の化学薬品から合成された麻薬の一種で、「麻薬及び向精神薬取締法」で麻薬として規制されている。
MDMAとMDAの薬理作用は類似しており、視覚、聴覚を変化させる作用があるが、その反面不安や不眠などに悩まされる場合もある。
また、強い精神的依存性があり、乱用を続けると錯乱状態に陥ることがあるほか、[[wikipedia:ja:腎機能障害|腎]]・[[wikipedia:ja:肝臓機能障害|肝臓機能障害]]や[[記憶障害]]等の症状も現れることがある。 | ||
=== コカイン === | === コカイン === | ||
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=== ヘロイン === | === ヘロイン === | ||
ヘロインは、けしを原料とした薬物で、けしから[[あへん]]を採取し、あへんからの抽出物を精製して作られ、「麻薬及び向精神薬取締法」で麻薬として規制されている。
ヘロインは、[[wikipedia:ja:静脈注射|静脈注射]]のほか、火であぶって煙を吸う方法、吸引具により吸引する方法、経口による方法で乱用されている。
ヘロインには神経を抑制する作用があり、乱用すると強い[[陶酔感]]を覚えることから、このような快感が忘れられず、乱用を繰り返すようになり、強い精神的依存が形成される。
さらに、強い身体的依存も形成され、2~3時間ごとに摂取しないと、体中の筋肉に激痛が走り、骨がバラバラになって飛散するかと思うほどの痛み、[[wikipedia:ja:悪寒|悪寒]]、嘔吐、[[失神]]などの激しい禁断症状に苦しむ。 | |||
=== あへん === | === あへん === |