知覚
石田 裕昭
Italian Institute of Technology (IIT), Brain Center for Motor and Social Cognition (BCSMC), Parma, Italy.
DOI:10.14931/bsd.1935 原稿受付日:2012年6月6日 原稿完成日:2013年4月1日
担当編集委員:定藤 規弘(自然科学研究機構 生理学研究所 大脳皮質機能研究系)
英語名:perception
ものの表面性状、固さ、温度を感じる。形状や色、動きを見分ける。食物を味わう。音を聴く。さまざまな要素から成り立つ環境からの物理化学情報を私たちは感覚として知覚(自覚)している。皮膚感覚、視覚、聴覚、嗅覚、味覚の一般的に五感と呼ばれている感覚に対応する神経系の機能区分は、解剖学・生理学的に解明されてきた。末梢の感覚受容器に入力された物理的・化学的刺激は、感覚中継核を経て、大脳皮質一次感覚野(視覚野、体性感覚野、聴覚野、嗅覚野、味覚野)へ到達する。一次感覚野以降は、感覚情報が順次統合され(異種感覚統合)、高次の情報に変換される。これらは、特定の感覚情報に依拠しない空間や言語などの概念情報処理や、情動や記憶情報の符号化、それらの結果に基づいた意思決定および行動出力の形成に関わる。
知覚とは
知覚とは、感覚器官への物理化学刺激を通じてもたらされた情報をもとに、外界の対象の性質、形態、関係および身体内部の状態を把握するはたらきのこと。感覚と知覚の概念に含意されている意味は、それらの概念の研究史と密接な関係を持っている。知覚理論に関わる心理学史については、Boring[1]が詳しい。
感覚の解剖生理学
感覚には次の3種類に大別される[2]。
- 体性感覚;身体の表面や深部にある受容器の興奮によって生じる感覚。体性感覚はさらに、表在性感覚(皮膚の粘膜の触覚、圧覚、痛覚、温覚)と深部感覚(筋、腱、骨膜、関節)に分けられる。
- 特殊感覚;視覚、聴覚、平衡覚、嗅覚、味覚、
- 内臓感覚;空腹感、満腹感、口渇感、悪心、尿意、便意、内臓痛など内臓に由来する感覚。
体性感覚や特殊感覚は、感覚受容器からの情報が末梢神経および中枢内伝導路を介して大脳皮質感覚野に伝えられ、知覚される。これに対し内臓感覚は、受容器からの情報が下位中枢にとどまるため、明瞭に知覚されることが少ない。このように、多様な物理化学的な刺激によって生じる感覚の種類(モダリティ)は、受容器の種類によって決定される(特殊神経エネルギー仮説)。それぞれの受容器は、特定の刺激に対して最も敏感に反応する。これを適刺激といい、その種類によって受容器を分類できる。
以下では、体性感覚と特殊感覚の受容器と伝導路に焦点を絞り、簡潔に解説する[3] 。
体性感覚
触圧覚、振動覚は、皮膚にある4種類の機械受容器(マイスナー小体、パチニ小体、メルケル盤、ルフィニ小体)が感受している。痛覚、温度覚は、特別な機械受容器をもたない自由神経終末が、侵害受容器あるいは温度受容器として働く。一方、筋や腱においては、神経終末部は筋や関節の動きを感受し、固有受容器と呼ばれる。
末梢神経は後根となって脊髄に入り伝導路を形成する。
- 後索−内側毛帯路:触圧覚、振動覚、固有感覚を伝える。脊髄に入った後、同側の後索を上行し、延髄の後索核でニューロンを替え、交差して内側毛帯となり、視床を経て、一次体性感覚野に終わる。
- 脊髄視床路:温度覚、痛覚、粗大な触圧覚を伝える。脊髄に入った後、後角でニューロンを替え、その後交差して反対の前側索を上行し、視床を経て、一次体性感覚野に終わる。
- 三叉神経伝導路:顔面、口腔、舌の感覚を伝える。顔面と頭部に分布する体性感覚神経は、三叉神経として脳幹の三叉神経核に入った後、ニューロンを替え、その後交差して、視床を経て、一次体性感覚野に終わる。
視覚
眼に入った光は、網膜を通過し、深部に位置する視細胞(杆体細胞と錐体細胞)によって感受される。ものの色や形、動きに関する情報は、複数の視細胞からの信号を比較することで得られる。網膜の介在ニューロン(水平細胞やアマクリン細胞)は複数の視細胞から信号を受け、こうした視覚情報の抽出に関与している。眼球を出た視神経線維の大半は、視覚の中継核である外側膝状体を経て、一次視覚野に終わる。
聴覚
外界から外耳に入力された音は、中耳にある鼓膜、耳小骨を経由して、内耳の蝸牛管(内リンパ)を振動させる。振動は蝸牛管内部のコルチ器にある有毛細胞によって感受される。蝸牛有毛細胞に分布する蝸牛神経の大部分は、蝸牛神経腹側核に入り、同側もしくは対側の上オリーブ核、外側毛帯を通って下丘に至る。下丘のニューロンは、内側膝状体を経て、一次聴覚野に終わる。
平衡覚
頭部の回転運動、姿勢変化の情報は、内耳にある半規管(前庭器)にある有毛細胞によって感受される。前庭器に分布する前庭神経は、蝸牛神経とともに内耳神経を構成し、脳幹に入り、前庭神経核に終わる。一部は、小脳に投射する。前庭神経核からは、脳幹内の眼筋運動核群や脊髄前角に出力を送り、眼球や体幹、四肢における姿勢の変化を代償する運動制御に関わる(前庭反射)。
味覚
味覚は、舌の表面に存在する乳頭にある味蕾で受容される。個々の味蕾は、50-150個の味細胞と支持細胞で構成される。ヒトが識別できる基本的な味の種類は、塩味、酸味、甘味、苦味に加えて、旨味がある。舌先の味覚は顔面神経(鼓索神経)が、舌根の味覚は舌咽神経が伝達し、延髄の孤束核に終わる。さらに視床を経て、一次味覚野に終わる。
嗅覚
匂いは、鼻腔の最上部を覆う嗅上皮で受容される。嗅上皮は、嗅細胞と支持細胞で構成される粘膜で覆われている。嗅細胞の中枢端が集まって嗅神経となり、嗅球にある糸球体に終わる。嗅球からは、一次嗅覚野(梨状前野と扁桃周野)、扁桃体、嗅内野に向かう。最終的に、前頭前野眼窩回嗅覚野に達する。
行為としての知覚
これまでの心理学・生理学における感覚作用に関する知見は、感覚作用の性質は特定な受容器の興奮の性質であり、相互に独立していると考えに基づいている。これを特殊神経エネルギー仮説という。この仮説を前提とすれば、知覚は、感覚を(知覚者の内部過程で)間接的に加工(推論、演繹、統合など)して得られると結論づけられる。この点に関して、知覚が要素の複合なのか、あるいはある種の構造による体制化なのかという疑問が、経験主義心理学とゲシュタルト心理学の間で議論された。経験主義者は、学習、あるいは連合が知覚の唯一の体制化原理とし、ゲシュタルト理論家は、脳内の自律的な「場の力」が知覚の体制化の原理だと主張した。知覚理論に関わる心理学史については、Boring[1]が詳しい。日本語では、[4]が詳しい。
古典的な知覚理論に対し、J.J. Gibsonは、受容器に特定的な感覚質を想定しない直接的な知覚経験の可能性を主張した[5]。この理論では、知覚は動物が能動的に、見る、聴く、嗅ぐ、味わう、触ることで獲得する(ピックアップする)情報であるとし、諸感覚器官と神経系を基盤とした 知覚システム(基礎定位、聴覚、触覚、味覚−嗅覚、視覚)を構成する。Gibsonによれば、知覚システムへの神経入力は、身体と環境との相互作用によって入力の段階で既に組織されているので(直接知覚)、脳内で改めて連合形成や、記憶照合をする必要がないという。
古典的な知覚理論に対する同様の批判は、Merleau-Pontyの議論の中にも見ることができる[6] [7]。Merleau-Pontyは、知覚をめぐる古典的な分析が知覚の能動的側面を見失っていると主張し、身体と環境との相互作用が知覚経験の基盤であると強調した。
彼によれば、感覚することとは、感覚される対象から、一方的に印象を受けることではなく、むしろ感覚する者と感覚されるものの「共存」である。私たちは、感覚を通じて環境と能動的に交流し、情報を交換していてる。Gibsonも主張したように、諸感覚は相互に独立ではない。バラの棘が見て取られる場合、人は同時に、指で触れた時の触感も「見ている」。Merleau-Pontyは、幻影肢をはじめとする身体図式に関わる神経心理的な症状を題材に、身体と知覚の相互作用について論じた。 Merleau-Pontyによれば、身体を問題にすることは「知覚する主体と知覚される世界」の両方を共に問題にすることであるという。世界を知覚するとは常に「どこからかみること」であるはずだが、その「どこか」とは、普遍的な視点などではなく、私の身体の位置する場所、つまり「ここ」に他ならないからである。
感覚統合と知覚(認知)
異種感覚間の相互作用については、既にAristotelesがその著「De Anima」において、五感(視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚)にそれぞれ特有な感覚と、すべての感覚に共通なものがあることを指摘している。これまでの大脳皮質を対象とした生理学、認知科学の研究によれば、大脳皮質連合野において、視覚と体性感覚、視覚と聴覚あるいは前庭覚情報をはじめとする異種感覚の統合が起こることが知られている[8]。統合された感覚は、高次の情報となり特定の感覚情報に依拠しない空間知覚や言語などの概念情報処理や、情動や記憶情報の符号化に関連する[9] 。実際、これらの連合野が脳梗塞などで損傷をうけると、知覚や認知機能が障害される。例えば、頭頂連合野は大脳皮質の頭頂葉にあって、空間情報を処理する領域であるが、そこが壊れると自己の身体に関わる知覚が障害される[10]。身体知覚(身体図式)の異常は、身体部位に関わる視覚と体性感覚フィードバックを統合する異種感覚統合機能が破壊されることで生じると考えられている。
感覚統合は、大脳皮質連合野に限定された脳機能ではない。外側溝内側に畳み込まれた島皮質は、体性感覚、味覚、嗅覚を含めた特殊感覚、内臓感覚を含めた全感覚の統合に関わっている[11] [12] 。島皮質は、情動、言語、更には、身体知覚に基づいた自己意識に関わると考えられている[13] [14]。一方、臨床的な観点からは、島皮質が気分障害[15] [16]、神経性食欲不振症[17]、統合失調症[18] [19]などに関わることが示唆されている。
関連項目
参考文献
- ↑ 1.0 1.1 Boring, E. G.
Sensation and perception in the history of experimental psychology
Appleton-Century.1942 - ↑ 河田光博・稲瀬正彦 [著]
人体の正常構造と機能Ⅷ 神経系(1)
日本医事新報社 - ↑ 久野みゆき・安藤啓司・杉原泉・秋田恵一 [著]
人体の正常構造と機能Ⅸ 神経系(2)
日本医事新報社 - ↑ 中島義明 [編]
現代心理学 [理論]事典
朝倉書店 - ↑ J.J.ギブソン
生態学的知覚システム 感性をとらえなおす
佐々木正人・古山宣大洋・三嶋博之 [監訳]
東京大学出版会 - ↑ M.メルローポンティ
知覚の現象学Ⅰ
竹内芳郎・小木貞孝 [訳]
みすず書房 - ↑ M.メルローポンティ
知覚の現象学Ⅱ
竹内芳郎・小木貞孝 [訳]
みすず書房 - ↑ Calvert GA, Spence C, Stein BE, editors
The Handbook of Multisensory Processes (Bradford Books). 1st ed.
A Bradford Book, 2004 - ↑ 鳥居修晃・立花政夫 [編]
知覚と認知の心理学 4 知覚の機序
培風館 - ↑ 酒田英夫
頭頂葉「神経心理学コレクション」
医学書院 - ↑
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