情動的記憶
*間野 陽子
京都大学文学研究科心理学研究室 日本学術振興会特別研究員(RPD)
米田 英嗣
京都大学白眉センター
DOI:10.14931/bsd.6214 原稿受付日:2015年8月2日 原稿完成日:201X年X月X日
担当編集委員:定藤 規弘(自然科学研究機構生理学研究所 大脳皮質機能研究系)
*:責任著者
英語名:emotional memory 独:emotionales Gedächtnis 仏:mémoire émotionnelle
同義語:フラッシュバルブ記憶 (flashbulb memory)
情動的記憶は情動的な出来事を経験した際の記憶のことであり、その出来事に付随する情動(感情)の強度によって記憶の記銘・保持・想起の仕方に違いが見られる。情動的記憶には、顕在記憶系 (explicit memory systems)と潜在記憶系 (implicit memory systems)の2種類があると考えられている。顕在記憶系は、情動に関連する記憶や情動的な出来事の顕在記憶が内側側頭葉で処理されている。潜在記憶系は、情動的記憶や情動的反応の表出が扁桃体で処理されている。
情動的記憶の種類
顕在記憶
顕在記憶は、意識して自発的に思い出せる記憶のこと。「何らかの手がかりがあれば想起できる記憶」を含めることがある。情動的な顕在記憶の処理過程に関しては図を参照のこと。
潜在記憶
潜在記憶は、意識して自発的に思い出せない記憶のこと。 ある認知や動作を行う際に必要な記憶であり、意識して思い出す過程を経ずに利用される記憶である手続き記憶 (Procedural memory)が含まれる。手続き記憶とは、自転車の乗り方など、いったん覚えてしまうと自動的(無意識的)に行動できる記憶のことであり、感覚的な記憶を含む。情動的な潜在記憶の処理過程に関しては図を参照のこと。 潜在的な情動的記憶の代表例として、パブロフの恐怖条件付け (Pavlovian Fear Conditioning)が知られている[2][3]。
フラッシュバルブ記憶
個人的に重大な出来事や世界的な重大事件に関する非常に詳細な記憶で非常に強い感情を伴う記憶のこと[4]。人が生活の中で経験したさまざまな出来事に関する記憶の総体である「自伝的記憶」の一種であるとされており、代表例としてケネディー大統領暗殺事件や、アメリカ同時多発テロ9.11などの出来事を鮮明に記憶している現象などが挙げられる[5]。また、フラッシュバルブ記憶は、年齢、文化、性別により記憶のされ方が異なることが論じられている。
情動的記憶の効果
プルースト効果(現象) (Proust Phenomenon)
ある特定の香りから、それにまつわる過去の記憶が呼び覚まされる心理現象のこと。フランス人作家のマルセル・プルーストの代表作『失われた時を求めて』の主人公が作中で同様の体験をすることから名付けられた。[[[6]を参照。]]
気分一致効果 (Mood Congruence Effect)
記憶に伴う感情強度と現在の感情が一致した際に記憶を想起しやすくなること[7][8]。
神経基盤
顕在記憶系は、情動に関連する記憶や情動的な出来事の顕在記憶が内側側頭葉で処理されている。潜在記憶系は、情動的記憶や情動的反応の表出が扁桃体で処理されている。(図を参照のこと。) 情動的記憶に関連する生理指標を研究した代表例として、ヒトにおける恐怖条件づけの実験などが知られている[9]。また、機能的核磁気共鳴イメージング (fMRI)と嫌悪条件づけ課題を健常な実験参加者に応用し、対人関係でのストレスが脳にどのような反応を起こしているかを検討した研究も行われている[10]。Iidakaらの研究では、実験参加者は画面に映る男性から、罵倒するような不快な声を何回も聞かせられ、次第にこの男性の顔を見るだけで自律神経系の過活動が生じることが、皮膚電気反応の結果から明らかになった[10]。さらにfMRI の結果では、側頭葉にある扁桃体の活動が不快な声と顔の情報を統合する役割を果たしていることが分かった。この実験結果は、われわれが日常生活で受ける心理社会的ストレスの神経基盤を解明し、ストレスに対する効果的な対処法を探る基礎的な知見を提供すると考えられる。
また、Adolphsら[11]は、海馬や側頭葉の内部には損傷がなく扁桃体に限局した損傷のある患者 (SM)に対し、さまざまな神経心理学的検査を行った。その結果、感覚・知覚機能、運動、記憶、言語などの機能には特に障害はみられなかった。しかし、いろいろな表情の顔写真をみせ、それぞれの表情から推測される感情の種類とその強さを判断するテストを実施した結果、喜びや悲しみなどの感情では、顔写真の表情から推測される感情の強さの強弱の評価をすることができたが、恐怖の感情をあらわす顔写真の呈示では、恐怖の感情を認識することも、恐怖の感情の強さを評価することもできなかった。これらの先行研究から、扁桃体は、嫌悪や恐怖などの不快な情動に対して反応することが明らかであり、情動的記憶を処理する上で非常に重要な領域である。
関連項目
外部リンク
- Scholarpedia Emotional Memory
- Wikipedia Flashbulb memory
- Wikipedia フラッシュバルブ記憶
- Wikipedia Amygdala
- Wikipedia 扁桃体
参考文献
- ↑ Joseph E. LeDoux
Emotional memory
Scholarpedia: 2007, 2(7);1806 - ↑ Watson, J.B. & Rayner, R.
Conditioned emotional reactions.
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Maren, S. (2001).
Neurobiology of Pavlovian fear conditioning. Annual review of neuroscience, 24, 897-931. [PubMed:11520922] [WorldCat] [DOI] - ↑ Brown, R. & Kulik, J.
Flashbulb memories.
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