放出確率
持田 澄子
東京医科大学細胞生理学分野
DOI:10.14931/bsd.6764 原稿受付日:2016年1月30日 原稿完成日:2016年月日
担当編集委員:柚崎 通介(慶應義塾大学 医学部生理学)
英語名: release probability 独: Freisetzungswahrscheinlichkeit 仏 probabiliste de la liberation des neurotransmetteurs
放出確率とは、シナプス前終末への活動電位(インパルス)の到達に伴ってシナプス小胞が開口して小胞内に貯蔵されていた神経伝達物質がシナプス間隙に放出される確率であるが、次に記述するような2つの異なる事象を対象としている用語であるので、注意を要する。Bernard Katz によって提唱された素量的(量子的)放出確率quantum release probability[1]は、神経筋接合部での物理的現象を指標として解析された小胞開口放出確率である。その後、中枢神経シナプスで生理的現象を指標としての解析から計算された放出確率release probabilityはインパルスによって駆動される神経伝達物質放出確率である(編集部コメント:初学者が理解するのには難しいのではないかと思います。)。数多くの研究から、神経筋接合部終板シナプスとはシナプス形態が異なる中枢神経や自律神経のシナプスには、素量的放出確率を適用できないと考えられている[2]。
神経伝達物質放出効率
(編集部コメント:ここはイントロになりますので、解説用語である「放出確率」が何かを御定義・御記述ください。)
1つのシナプス前細胞から1つのシナプス後細胞への伝達物質放出効率(編集部コメント:「放出確率」と「放出効率」とがあると初学者は混乱するかと思います。「放出確率」との関連がわかりづらく思います。)は、神経系によって大きく異なり、
- シナプス前細胞とシナプス後細胞とのペアに形成されているシナプスの数(シナプス後細胞に接合するシナプス前終末ボタンの数)
- それぞれのシナプス終末ボタンの活性帯 active zoneの数
- 1つの活性帯において、インパルスがシナプス前細胞から1つあるいはそれ以上のシナプス小胞に含まれる伝達物質素量の放出を引き起こす確率
神経筋接合部
神経筋接合部終板の構造
図1(編集部コメント:この節と図は本文もないようですので、不要ではないかと思います。)
神経筋接合部終板の素量的放出確率(Katzの素量的放出確率)
Bernard Katzによって提唱された素量的(量子的)放出確率 quantum release probability[1]は、神経筋接合部での物理的現象(編集部コメント:具体的な実験とその結果をお願いいたします。)を指標として解析された小胞開口放出確率である。伝達物質素量の放出(1つのシナプス小胞開口放出)は確率的な事象であり、単発インパルスが引き起こす応答は個々の伝達物質素量を放出するか、しないかである。この事象は、二項分布あるいはベルヌーイ試行 (例えば硬貨を投げて表面が出るか裏面が出るかを繰り返してみること) と似ている。 (編集部コメント:図示できればと思います)
単発インパルスによってある素量が放出される確率は、そのインパルスによる他の素量放出確率には依存しない。したがって、放出可能な素量の集団にとって、それぞれのインパルスは一連の独立した二項試行 (例えば、手に握った多数の硬貨を投げて、何枚のコインの表が出るかをみること)をあらわしている。
二項分布では、pは成功平均確率 (任意の素量が放出される確率) であり、 q (=1- p) は平均失敗確率である。個々の素量が放出される平均確率 (p)と放出可能な素量の備蓄量 (n) は一定であると仮定する (インパルス到達のたびに備蓄量は減少するが、素早く補充されるものとする) 。n と p の積から、終板電位を発生させるために放出される素量の平均数mを見積もることができる。この平均値mをquanta content、またはquantal outputと呼ぶ。
1つの神経終末に放出可能な素量が5つ備蓄されているとする (n = 5) 。 p = 0.1と仮定すると, 神経終末から1個の素量が放出されない確率q は1- p= 0.9である. 単発インパル発火で素量放出を起こさない確率、1素量の放出を引き起こす確率、2素量の放出を引き起こす確率、3素量の放出を引き起こす確率、(nまでの)任意の素量の放出を引き起こす確率を次のように計算することできる。
単発発火が放出可能な5素量のいずれの放出の引き起こさない確率は、それぞれの素量の放出が起こらない確率の積であり、q5 = 0.95 =0.59となる。すなわち、100回の発火のうち59回は無放出であると予測される。
0、1、2、3、4、5素量の放出が観察される確率は、
(q + p)5 = q5 (無放出) + 5 q4p (1素量) + 10 q3p2 (2素量) + 10 q2 p3 (3素量) + 5 qp4 (4素量) + p5 (5素量)
と計算され、この二項展開式から、100回の発火に対する放出は、1素量放出が33回、2素量放出が7回、3素量子放出が1回、4素量と5素量放出は0回と予測される。
パラメーター n と p は統計用語であり、これらが意味する物理的過程はまだ完全には理解できていない。伝達物質はシナプス小胞内に蓄えられており、1素量の伝達物質は1個の小胞の含有物が「全か無か」の悉無率に従って放出されることに対応している。パラメーター n は、当初は、放出可能な伝達物質素量(シナプス小胞)の数を表わすとされていたが、現在では、シナプス前終末の小胞放出部位の数、つまり、シナプス小胞が集積する活性帯の数を反映すると考えられている。
パラメーター p はおそらく、少なくとも2つの過程に依存した複合確率を反映している。1つは活性帯にドッキング・プライミングしているシナプス小胞数であり、もう1つは、インパルスが1つの小胞から1素量の伝達物質を放出させる開口確率(編集部コメント:放出確率?)であり、発火中のCa2+流入量に依存する。
単発インパルスが引き起こす平均シナプス応答値 E は、素量の総数、個々の素量が放出される確率と、1素量に応答する素量サイズの積によって決まる値
E = n・ p・ a
である。素量サイズ a は、1素量の伝達物質へのシナプス後膜の応答である。素量サイズは、シナプス後細胞の入力抵抗や膜容量や、伝達物質への応答性に依存して変化する。a の値は、一定量の伝達物質を投与してシナプス後膜の応答を測定することができる。
中枢シナプス
中枢シナプスの構造
図2(編集部コメント:この節は不要ではないかと思います。)
中枢シナプスでの伝達物質放出確率
中枢神経系では、ほとんどのシナプス前終末に活性帯が1つしかな(編集部コメント:次のような論文もありましたが、現在もコンセンサスは1つでしょうか?Multivesicular release at Schaffer collateral-CA1 hippocampal synapses. Christie JM, Jahr CE. J Neurosci. 2006 Jan 4;26(1):210-6.)、単発インパルスは、多くとも1つのシナプス小胞から1素量の伝達物質を「全か無か」で放出する。しかし、カリックス構造をとるシナプス前終末には、多数の活性帯があり、単発インパルスに応答して多数のシナプス小胞から多くの素量を放出することができる。また、シナプス後細胞へのシナプス前細胞のシナプス形成の数にばらつきがある。さらに、1つの活性帯からの伝達物質の平均確率は、シナプス前終末ごとにばらつきがあり、0.1未満から0.9以上までさまざまである[3]。
このように中枢神経のシナプス伝達効率には大きなばらつきがあり、シナプス伝達の信頼性 (reliability)は、シナプス前細胞での単発インパルスが1素量以上の伝達物質を放出する確率として定義される一方、シナプス伝達の効率 (efficacy) は、シナプス応答の平均振幅を意味し、その値はシナプス伝達の信頼性とシナプス応答の大きさの両方に依存する。
中枢神経シナプスで生理的現象を指標としての解析から計算される放出確率release probabilityとは、単発インパルスによって駆動される神経伝達物質放出の確率であり、活性帯にドッキング・プライミングされたシナプス小胞、すなわち、放出可能な備蓄小胞(readily-releasable pool)のうち、いくつのシナプス小胞が放出されるかを反映する。
神経筋接合部と中枢シナプスでの違い
mの値にはばらつきがあり、脊椎動物神経筋接合部、ヤリイカ巨大シナプスやアメフラシ中枢神経では100~300にもなるが、脊椎動物の交感神経や脊髄シナプスではわずか1~4である。放出確率 p にもばらつきがあり、高い例としてはカエル神経筋接合部の0.7、毛ガニ神経筋接合部の0.9、低い例としては一部の中枢シナプスの0.1という値まで、広範にわたって計測されている[3]。
海馬などの中枢シナプスでは活性帯に多数の小胞がドッキングしているが、単発インパルスは1つの活性帯ごとにせいぜい1個のシナプス小胞の開口放出しか誘起しないと報告されている。また、活性帯の数は決まっているが、小胞が集積する部位は変化すると考えられている[2]。
研究の展望
Katzの素量的放出確率についての疑問点
Katzが提唱した素量的放出確率では、単発インパルスで多数のシナプスが活性化されることを前提としている。ところが、その放出部位が、膜融合可能な1つの小胞か、1つの活性帯か、多数の活性帯をもつ1つのシナプスかが特定されていない。仮に放出部位が1つの活性帯であれば、放出確率とは複数の放出可能な小胞のうちの1つの小胞が放出される確率である。すなわち、ドッキング・プライミングした小胞の数に依存する。一方、放出部位が放出可能な小胞release-ready vesicle であるとすれば、放出確率とはその小胞の膜への融合確率を意味する。
なぜ放出確率は変化する?
放出確率はカルシウムイオンの流入量により変化し、神経活動歴によっても変化する。これらの現象は、カルシウムイオンが放出確率を制御することを示唆し、短期シナプス前可塑性を説明する(編集部コメント:この点、もう少し詳しくご説明頂けないかと思います)。カルシウムイオンに加えて、膜融合マシナリータンパク質や活性帯タンパク質の機能がシナプス活動依存的にリン酸化酵素などの調節をうけ、放出確率を変化させることが示され[8]、今後の詳細な解析が期待される。
なぜ放出確率は1でないのか?
Katzが提唱した素量的放出確率は、シナプス小胞の放出部位への衝突確率を前提として考案された。しかし、その後のシナプス前終末タンパク質の機能解析の結果、シナプス小胞の開口放出に備えてrelease-ready vesicleは活性帯に様々なタンパク質複合体を介してドッキイング・プライミンしており、カルシウムイオンの流入によってカルシウムセンサータンパク質と、膜融合マシナリー (SNARE) タンパク質複合体の働きによって、開口放出が駆動されると考えられる。インパルスが一本の神経軸索の分岐した終末、あるいはバリコシティシナプスの放出部位を一様にカルシウム濃度上昇の起こすとしたら、1つの活性帯であるか、多数の活性帯であるかにかかわらず、1の確率で放出されるはずである。なぜ放出確率は1でないのか?放出確率を制御する未知のタンパク質が存在するのか?
放出確率の研究は、まだ、未解決なことばかりである。
関連項目
参考文献
- ↑ 1.0 1.1
DEL CASTILLO, J., & KATZ, B. (1954).
Quantal components of the end-plate potential. The Journal of physiology, 124(3), 560-73. [PubMed:13175199] [PMC] [WorldCat] [DOI] - ↑ 2.0 2.1
Stevens, C.F. (2003).
Neurotransmitter release at central synapses. Neuron, 40(2), 381-8. [PubMed:14556715] [WorldCat] [DOI] - ↑ 3.0 3.1 3.2 カンデル神経科学第5版
12章伝達物質放出
持田澄子訳
メデフィカル・サイエンス・インターナショナル出版 - ↑ ニューロンの生理学
17章伝達物質放出
持田澄子訳
京都大学学術出版会 - ↑
Robitaille, R., Adler, E.M., & Charlton, M.P. (1990).
Strategic location of calcium channels at transmitter release sites of frog neuromuscular synapses. Neuron, 5(6), 773-9. [PubMed:1980068] [WorldCat] [DOI] - ↑
Hirsch, N.P. (2007).
Neuromuscular junction in health and disease. British journal of anaesthesia, 99(1), 132-8. [PubMed:17573397] [WorldCat] [DOI] - ↑
Hirsch, N.P. (2007).
Neuromuscular junction in health and disease. British journal of anaesthesia, 99(1), 132-8. [PubMed:17573397] [WorldCat] [DOI] - ↑ Mochida, S. et al.,
SAD-B phosphorylation of CAST controls active zone vesicle recycling for synaptic depression.
Cell reports in press. 2016