グルタミン酸仮説
糸川 昌成
東京都医学総合研究所
DOI:10.14931/bsd.7379 原稿受付日:2017年1月19日 原稿完成日:2017年1月24日
担当編集委員:加藤 忠史(国立研究開発法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)
アルツハイマー型認知症やうつ病でも「グルタミン酸仮説」がある。統合失調症の「グルタミン酸仮説」は、グルタミン酸作動性神経の機能不全が統合失調症の病態に関与するというものである。1980年にKimらが患者髄液中のグルタミン酸濃度が低いことを報告したのが始まりだが、Kimの髄液所見は再現されなかった。1970年代に解離性麻酔薬フェンサイクリジンの副作用が統合失調症の症状と酷似していること、フェンサイクリジンがNMDA受容体の遮断作用を有していたことから、グルタミン酸仮説は再浮上した。1990年代から急速に発展したゲノム研究でも、グルタミン酸関連の候補遺伝子で有意な関連を認めている。近年、辺縁系脳炎と緊張病の関連が議論されていたところ、辺縁系脳炎の一部から抗NMDA受容体抗体が同定され、グルタミン酸ニューロンへの自己抗体と緊張病の関連が示唆された。
歴史、根拠
統合失調症でのグルタミン酸神経伝達の異常を最初に提唱したのは、Ulm大学のKimらで1980年のことである[1]。Kimらは、20例の統合失調症と44例の対照者を調べ、髄液のグルタミン酸濃度が患者で対照のおよそ1/2まで減少していることを報告した。彼らは、統合失調症ではグルタミン酸神経系に機能不全があってグルタミン酸の遊出が低下していると考察し、グルタミン酸仮説を提唱した。しかしその後の研究では、同様の髄液所見は再現されなかった[2] [3]。
現在のグルタミン酸仮説の中心的根拠は、フェンサイクリジンが統合失調症様の精神症状を惹起する点に置かれている。
フェンサイクリジンは、1958年に解離性麻酔薬として開発されたが、翌年には副作用として幻覚、妄想などの精神症状が報告され[4]、臨床応用は断念された。しかし、1970年ごろから乱用薬物として市中に出回り社会問題化した。フェンサイクリジン精神病の臨床症状は、統合失調症に酷似し陽性症状と陰性症状の双方を来たすため、臨床症状だけからは統合失調症と鑑別できないほどと言われる[5]。
1983年に、フェンサイクリジンがN-メチル-D-アスパラギン酸 (NMDA)で誘発される脱分極を遮断することが見出され[6]、NMDA型グルタミン酸受容体のイオンチャンネルを非競合的に阻害することが報告された。
その後、フェンサイクリジンとグルタミン酸の関連が次々と報告され、1987年にJavittがそれらを「統合失調症のフェンサイクリジンモデル」としてまとめた[5]。フェンサイクリジンがグルタミン酸受容体のひとつであるNMDA型グルタミン酸受容体を阻害してグルタミン酸神経の機能低下を起こすが、これと類似の病態が統合失調症でおこっているという仮説である。
グルタミン酸仮説は神経生理学的にも支持されており、その根拠として統合失調症におけるプレパルス・インヒビション (prepulse inhibition, PPI)の減弱があげられている。PPIとは、大きな音を聞かせたときの驚愕反応が、音刺激直前 (50-500 ms) に小さい音を先行させることで抑制される現象のことである。1978年にBraffらが、12例の統合失調症が20例の対照者よりPPIが小さいことを報告し[7]、統合失調症の情報処理障害・認知障害を反映していると考察した。
PPIの障害は、その後多くの報告で再現され、統合失調型パーソナリティ障害[8]、患者の第1度近親者[9]でも認められることから、脳内の病態が臨床症状として表現される以前の、より原因の近くに位置する神経機能障害を反映すると考えられている。つまり、PPIの減弱は統合失調症におけるエンドフェノタイプ (endophenotype)(中間表現型)とされている。
PPIは動物でも観察され、フェンサイクリジン、MK801などのNMDA型グルタミン酸受容体阻害薬で障害されることから[10] [11]、統合失調症におけるPPIの障害もグルタミン酸仮説を支持する根拠と考えられている。
グルタミン酸関連受容体の遺伝子解析
グルタミン酸受容体は大きく2つに分類される。
1つは、多量体を構成して陽イオンチャネルを形成するイオンチャネル型であり、もうひとつはGタンパク質[注 1]と共役する代謝調節型である。
イオンチャネル型は、さらにアゴニストの種類によって、AMPA(α-amino-3-hydroxy-5-methyl-4-isoxazolepropionic acid)型、カイニン酸型、NMDA型の3つに分けられる。グルタミン酸受容体を候補遺伝子とした関連研究が多数行われ、有意な関連を示すSNPも報告された。36,989名の統合失調症と113,075名の健常対照を用いたGWAS(Genome-Wide Association Study)では、128カ所の108遺伝子に有意な関連が報告された[12]。これらには、グルタミン酸関連遺伝子GRM3, GRIN2A, SRR, GRIA1が含まれていた。
グルタミン酸神経伝達に影響する可能性のある遺伝子の解析
これまでに統合失調症で連鎖が報告された染色体領域は、10以上の染色体にわたっている。いったん連鎖が示唆された領域が、他施設により否定されることも多い。これは、統合失調症の異種性によるものとも、多重の統計処理を行う全ゲノムスキャンの偶然の偽陽性とも考えられている。したがって、複数の報告で追認された領域は偽陽性の可能性が低いといえる。このような複数の施設が追認した領域から、昨年来相次いで統合失調症と関連する遺伝子が絞り込まれてきた。これらの遺伝子は、それぞれグルタミン酸の神経伝達に関与する可能性が示唆された。
染色体8p
5つの人種にわたって複数のグループから連鎖が報告されてきた[13] [14] [15] [16]。
Stefanssonらは、110例の患者を含む33家系を用いて連鎖解析を行い、8p12-21にLOD値[注 2]2.53を得た[17])。その領域(5cM)からマイクロサテライトマーカーを75kb[注 3]間隔で選び、さらに感受性領域を絞り込んだ。その結果、600 kbにわたる2つのハプロタイプが複数の家系で共有されていた。その領域にコードされていた遺伝子がニューレグリン-1 (neuregulin-1, NRG1)であった[17]。彼らはNRG1上に同定された181の一塩基置換(single nucleotide polymorphism: SNP)について、394例の患者と478例の対照をタイピングしたが、いくつかのSNPで弱い有意差がみられたものの、どれもアミノ酸置換を伴わないものやスプライスサイトからはずれたものであった。しかし、ハプロタイプ解析では5’端の12のSNPと4つのマイクロサテライトマーカーからなるハプロタイプに有意差が見られ、これを統合失調症のリスクハプロタイプ(オッズ比2.2)であると報告した。
NRG1は、中枢神経を含む多くの臓器で発現しており、胎生期には神経移動 (migration) [注 4]に影響を与える。成人の神経系では、NMDA型グルタミン酸受容体を含む神経伝達物質受容体の発現や活性化に影響している[18]。Stefanssonらは、さらにNRG1とNRG1受容体遺伝子であるErbB4のノックアウトマウス[注 5]のヘテロ接合体を調べ、自発運動量の亢進やPPIの障害を報告した[17]。さらに、NRG1のヘテロ接合体ではNMDA型グルタミン酸受容体密度が16%低下していることを確認した。
染色体6p
6p25-24[19] [20] [21]、6p23-22[20] [21] [22]、6p21-24[23] [24]と多数の連鎖が報告されてきた。Straubらは、270家系1425名を用いて連鎖解析を行い、6p22.3に連鎖の最大LOD値2.22をみとめた[25]。さらに、6p22領域の20のマーカーを用いてtransmission disequilibrium test (TDT)を行ったところ、単独でもハプロタイプ[注 6]でもこの領域にあるdystrobrevin-binding protein 1(dysbindin, DTNBP1)上にあるマーカーが有意に統合失調症と関連していた[25]。DTNBP1はdystrophin[注 7]タンパク質複合体の1つで、脳内のPSD (postsynaptic densities)タンパク質と相互作用してNMDA型グルタミン酸受容体の活性を調節している。
染色体13q22-34
複数のグループが連鎖を報告している[13] [14] [26]。Chumakovらは、フランス系カナダ人の統合失調症213例と対照241例を用いて、13q34から5 Mbにわたって191個のSNPについて関連地図を作成した[27]。この領域に、統合失調症と関連を示したSNPの連続が65 kbと1400 kbにわたる2つの領域Bin A, Bin B[注 8]として検出された。
183名ずつのロシア人患者・対照を用いて再検した結果、65 kbのBin Aにおける2つのSNPが再び有意な関連を示した。このBin AからG72遺伝子[注 9]が同定された[27]。Yeast two hybrid法により、G72はD-アミノ酸化酵素 (D-amino acid oxidase, DAAO)と相互作用をすることが判明した。
DAAOはD-セリンの酸化酵素であるが、D-セリンは脳内に内在していて[28]、NMDA型グルタミン酸受容体をアロステリック[注 10]に活性化する。かつて、D-セリンの不足が統合失調症で予測され、D-セリンの患者への投与が試みられ、統合失調症の症状が改善したと報告された[29]。2003年になって、統合失調症で血清中D-セリンが対照より減少していることも報告された[30])。Chumakovらは、さらにDAAOの4つのSNPも統合失調症と関連していることを報告した[27]。G72とDAAOのリスクSNPを同時に持った個体のオッズ比(5.02)は、それぞれを単独に持った個体のオッズ比(1.89および1.04)の相加値を上回っていた。これは、12q24にコードされているDAAO遺伝子と、13q34のG72遺伝子が相乗的作用して統合失調症発症に寄与していると解釈され、個別遺伝子の独立した効果だけでなくepistatic[注 11]な効果も関与していることが推察された。
染色体22q11
この領域の欠失が顔面や心臓の奇形をともなうVCFS (velo-cardio-facial syndrome)を来たす。VCFSの20-30%が統合失調症や類縁精神疾患を発症することから、22q11には統合失調症の感受性遺伝子が存在すると考えられていた。また、複数の施設もこの領域に連鎖を報告していた[31] [32] [33]。
Liuらは、VCFSで欠失が共通しやすい22q11の1.5 Mの領域について、18のSNPを用いてTDTとHHRR(haplotype-based haplotype relative risk)解析を行った結果、プロリン脱水素酵素 (proline dehydrogenase, PRODH)のSNPおよびハプロタイプが有意に統合失調症に関連していると報告した[34]。22q11の微小欠失は、一般人口でも0.025%の頻度で生じるが、統合失調症では2%と頻度が高い。さらに、統合失調症でも13歳以下に発症する小児発症例では6%と特に頻度が高い。そこでLiuらは、患者を若年発症と成人発症に分けて検討し、PRODHとの関連における統計的有意水準および相対危険率の両方が、若年発症例で上昇することを報告した[34]。このPRODHは、プロリンをΔ1-ピロリン-5-カルボン酸(P5C)に変換し、P5Cはさらに還元されてグルタミン酸になる。
カルシニューリン
これまでのポジショナルクローニングによって絞り込まれた遺伝子と異なり、遺伝子改変動物の行動解析からカルシニューリン (calcineurin, CN)が統合失調症との関連が示唆された。Miyakawaらは、CNのノックアウトマウスで、自発運動量の増大、社会性行動の減少、PPIの障害など統合失調症関連の行動異常を見出した[35]。
その結果に基づいて、ヒトDNAの遺伝子解析を行って統合失調症との関連が示された[36]。興味深いことに、CNの4つのサブユニット、CN結合タンパク質7つ、機能的にCNと共役するタンパク質5つが、これまでに連鎖が示唆された染色体座位にそれぞれ一致して存在しているという[36]。それらの中で、多施設から連鎖の報告が出ている染色体領域にのっているサブユニット遺伝子PPP3R1(calcineurin B subunit、染色体2p14)、PPP3CA(calcineurin A・subunit、染色体4q24)、PPP3CC(calcineurin A・subunit、染色体8q21.3)と結合タンパク質遺伝子FKBP5(FK506 binding protein 5、染色体6p21.31)について12例の患者を解析し、同定したSNPについてアメリカ人の210組のトリオ(罹患者とその両親)を用いてTDTを行った結果、PPP3CCで有意な関連が認められた[36]。PPP3CCの5つのSNPからなるハプロタイプは、南アフリカの200組のトリオでも関連の傾向が認められた。
我々もCN関連遺伝子を日本人統合失調症で網羅的に調べており、現在までに染色体8p上のCN関連遺伝子の関与を確認している(未発表)。CNのノックアウトマウスでは、NMDA型グルタミン酸受容体を介した海馬の長期抑圧現象が低下しており[37]、CNもグルタミン酸神経系に機能的関連が示唆されている。
抗NMDA受容体脳炎
統合失調症の一型とされている「緊張病」の一部に、高熱、チアノーゼ、昏迷をともない急速に死に至る場合があることが19世紀から知られていた。Stauderは、18歳から26歳の若年者に生じる致死性緊張病として27例を報告している[38]。2011年にDalmauは、辺縁系脳炎でNMDA(N-methyl D-aspartate)受容体に対する抗体を検出する病態を抗NMDA受容体脳炎と提唱した[39]。脳炎なので様々な精神症状も呈するが、発熱、チアノーゼ、てんかん発作などから死に至る場合もある。腫瘍をもった個体が腫瘍を非自己として抗体を産生し、腫瘍を標的とした抗体が中枢神経を抗原と誤認して交叉免疫を生じる神経症状を傍腫瘍症候群と呼ぶ。当初、抗NMDA受容体脳炎も卵巣奇形腫を合併する症例で報告されたので傍腫瘍性脳炎と考えられていた。しかし、腫瘍を伴わない自己免疫症例も報告された。2013年、Steinerらは統合失調症と診断された12例から抗NMDA受容体抗体を検出し注目された[40]。それは、急性致死性緊張病の一部が抗NMDA受容体脳炎だった可能性が浮上したからである。
このように、抗NMDA受容体脳炎が統合失調症と診断されうる状態を引き起こすことは、統合失調症のグルタミン酸仮説を支持する。
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注釈
- ↑ Gタンパク質:GTP(グアノシン3リン酸)結合タンパク質のことで、受容体にはGタンパク質と共役するタイプとしないタイプがある。神経伝達物質がGタンパク質共役型受容体と結合すると、Gタンパク質と共役してGTPの結合に伴った細胞内シグナル伝達機能が変化する。
- ↑ LOD値:遺伝子領域が疾患に連鎖している確率の指標で、logarithm of the oddsの略。連鎖解析において、遺伝子間の組み換え推定値を関数として算出される。LOD値が-2より小さいとき、その領域は疾患との連鎖が否定される。3より大きいとき95%の確率で連鎖していると結論づける。
- ↑ kb, Mb: ゲノムは塩基の連なりであり、1000塩基対の長さを1Kb(kilo-base),100万塩基対を1Mb (mega-base)と表示する。
- ↑ migration: 大脳皮質の神経細胞は、脳室帯という脳室に面した部位で誕生する。最終分裂を終えた神経細胞は、胎生期11-17日頃に表層へ向かって移動し皮質に6層構造を形成する。この神経細胞の移動がmigrationである。統合失調症では、migrationの障害を示唆する証拠がかねてから報告されており、神経発達障害仮説の根拠の一部とされている。
- ↑ ErbB4のノックアウトマウス:マウスのNRG1受容体遺伝子にあたるErb4を、遺伝子操作によって発現できなくしたのがノックアウトマウスである。遺伝子は両方の親から一つずつ1対持っているが、両方ともノックアウトしたマウス(ホモ接合体)は生存できず死産してしまうため、片親からの遺伝子のみノックアウトしたマウス(ヘテロ接合体)が実験に用いられた。
- ↑ ハプロタイプ:遺伝子間の距離が近いか、組み換えの置きにくい領域の遺伝子は、メンデルの独立の法則から外れて、遺伝子型が連動して伝播される。これら、複数の遺伝子座における対立遺伝子の組み合わせをハプロタイプと呼ぶ。
- ↑ dystrophin:Duchenne/Becker型筋ジストロフィーの原因分子として同定されたdystrophinであるが、筋組織だけではなく中枢神経系でも発現していることが確認されている。また、筋ジストロフィー患者の病変は筋組織のみならず、認知障害や注意欠陥障害など中枢神経症状も認められた。dystrophinはシナプス形成や神経終末の伝達調節を行っていることが明らかになっている。
- ↑ BinA, BinB:191のSNPの中から、統合失調症とP<0.05の有意水準で関連したSNPがM1-M5と名づけられた5箇所1380kbにわたって分布しており、この領域をBinBと命名した。P<0.01で関連したM12とM22というSNPもBinBより染色体末端方向に65.9kbの間隔で同定され、ここがBinA領域と名づけられた。
- ↑ G72遺伝子:BinA領域をくまなく検索した結果、同定された2つの遺伝子がG72とG30と命名された。2つは、ゲノムの相同するストランドに逆向きにコードされており、G72がG30を包み込むような位置関係にあった。G72は、扁桃体、尾状核、脊髄などで発現していた。
- ↑ アロステリック:活性中心から離れた部位に基質と異なった分子が結合するとタンパクの高次構造などが変化して、酵素活性が調節されることをアロステリックな調節という。NMDA型グルタミン酸受容体では、Mg、グリシン、D-セリンなどがチャネル中心と離れた場所に結合して、チャネルの活性を変化させることから、アロステリックな調節が働いていると考えられている。
- ↑ epistatic:遺伝子の単独の効果がゲノム全体としての相互作用によって影響を受けることを、エピスタシスと呼ぶ。複数の遺伝子の表現型が、個々の遺伝子の相加的効果からはずれ非線形になる現象で、遺伝子座位間で相互作用が働いていると考えられる。