忘却
英語名:forgetting
忘却とは,実際に経験し保持していた情報を思い出せず,意識することができない状態のことを指す.心理学的には,エビングハウスの忘却曲線が有名で,忘却は時間経過の関数としてとらえられる可能性が示されているが,実際には忘却は記銘のエラーとして解釈され,そのエラーを生み出すものとして意味処理や注意などの影響が考慮される.忘却に関連する神経基盤としては,海馬や海馬傍回を含む側頭葉内側面領域や頭頂葉,背外側前頭前野などの関与が指摘されている.
忘却の心理学的概要
忘却とは,過去に実際に経験し保持していた情報を思い出せず,意識することができない状態のことを表す記憶のエラーのことである.忘却に関連する心理学的研究としては,エビングハウスの研究が最も有名である[1].彼は過去に知識として持っていない無意味綴りを用い,自らを被験者として実験を行った.彼の実験では,13項目からなる無意味綴りを2回連続正答の学習基準まで学習した後,19分後,63分後,8時間45分後,1日後,2日後,6日後,31日後に再学習(節約法)によって忘却量の測定を行った.その結果,記銘後の最初の数十分で急速な忘却が認められるが,その後の忘却の程度はわずかになることが示された.しかしながら,この実験では記銘方略などの統制が必ずしも適切に取られているわけではないため批判もあり,現在ではエビングハウスが想定していたような普遍的で単純な時間関数では,忘却の現象は説明することができないと考えられている.
忘却の神経基盤
忘却は記銘時におけるエラーとして解釈されており,記銘の失敗に関連する神経基盤が後の忘却を反映していると考えられている[2].記銘の失敗に関連する神経活動を検証するために,最近の脳機能イメージング研究では,SM(subsequent memory)パラダイム[3]が用いられている.このパラダイムでは,記銘時の実験条件を後の想起が成功したか(subsequently remembered),失敗したか(subsequently forgotten)によって分類し,後の想起が成功した記銘時の試行よりも,後の想起が失敗した記銘時の試行において有意に活動が増加した脳領域を求めることによって,記銘の失敗(encoding failure)に関連する神経活動のパターンを同定することができる.このことは,記銘の成功に関連して神経活動が増加する効果(Dm効果)と対照的であり,リバースDm効果とも呼ばれている. 忘却に関連する記銘の失敗を反映する神経活動として,海馬や海馬傍回などの側頭葉内側面領域の活動の低下がある.これらの領域の活動は,後の想起が失敗した記銘時の試行よりも,後の想起に成功した記銘時の試行において有意に増加することが報告されていることから[4],これらの領域の活動が記銘時に適切に増加しないことによって,記銘が失敗し,その試行に関して後の忘却を生起してしまうことが示唆される.忘却に関連して側頭葉内側面領域と同様の記銘時の賦活パターンを示す領域には,左下前頭前野領域も知られている[5]. 一方,後の忘却に関連して記銘時に活動が増加する(リバースDm効果)領域として,先行する脳機能イメージング研究は後方の外側頭頂葉と内側頭頂葉(楔前部,後部帯状回,脳梁膨大部後方領域)を指摘している.たとえばDaselaarらによるfMRI研究[6]は,後の想起が成功した記銘時の試行と後の想起が失敗した記銘時の試行とで比較すると,後の想起の失敗に関連する試行において,外側頭頂葉や内側頭頂葉の活動が増加することを報告している.この頭頂葉の活動パターンがどのような心理過程を反映しているかについては未だに十分に理解は進んでいないが,記銘時の意味処理や注意などの心理過程のために,記銘が効率的に行われていない可能性が考えられている[7].
関連項目
参考文献
- ↑ Ebbinghaus
Uber das Gedachtnis.
宇津木保訳 記憶について
誠信書房: 1978 - ↑
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Davachi, L. (2006).
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Wagner, A.D., Schacter, D.L., Rotte, M., Koutstaal, W., Maril, A., Dale, A.M., ..., & Buckner, R.L. (1998).
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(執筆者:月浦 崇,担当編集委員:定藤 規弘)