「イノシトール1,4,5-三リン酸」の版間の差分

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 この2つの事象1.と2.がリンクしたのは、膜透過処理をした膵腺房細胞において、&micro;M濃度のIns(1,4,5)P<sub>3</sub>で処理するとミトコンドリアではないATP依存的な細胞内ストアからCa<sup>2+</sup>放出が特異的に誘導され(Ins(1,2)P<sub>2</sub>、Ins(1)P、myo-inositolでは誘導されない)、そのCa<sup>2+</sup>ストアがカルバコールでアセチルコリン受容体刺激をした際に起きるCa<sup>2+</sup>放出と同じものであることが示されたことによる<ref name=Berridge1984><pubmed>6095092</pubmed></ref><ref name=Streb1983><pubmed>6605482</pubmed></ref> 。
 この2つの事象1.と2.がリンクしたのは、膜透過処理をした膵腺房細胞において、&micro;M濃度のIns(1,4,5)P<sub>3</sub>で処理するとミトコンドリアではないATP依存的な細胞内ストアからCa<sup>2+</sup>放出が特異的に誘導され(Ins(1,2)P<sub>2</sub>、Ins(1)P、myo-inositolでは誘導されない)、そのCa<sup>2+</sup>ストアがカルバコールでアセチルコリン受容体刺激をした際に起きるCa<sup>2+</sup>放出と同じものであることが示されたことによる<ref name=Berridge1984><pubmed>6095092</pubmed></ref><ref name=Streb1983><pubmed>6605482</pubmed></ref> 。


 次に、膜透過処理した肝細胞を用いた研究において、6alpha;アドレナリン受容体刺激でPIP<sub>2</sub>の加水分解が起きること、その結果遊離したIns(1,4,5)P<sub>3</sub>がATP依存的Ca<sup>2+</sup>ストアからCa<sup>2+</sup>放出を誘導すること、そして小胞体がそのCa<sup>2+</sup>ストアとしてはたらくことが示された<ref name=Burgess1984><pubmed>6325926</pubmed></ref> 。あわせて、多くの細胞や組織が、様々な細胞外刺激によってPIP<sub>2</sub>を加水分解しIns(1,4,5)P<sub>3</sub>を産生するはたらきをもつことが明らかにされていった<ref name=Berridge1984><pubmed>6095092</pubmed></ref> 。
 次に、膜透過処理した肝細胞を用いた研究において、&alpha;アドレナリン受容体刺激でPIP<sub>2</sub>の加水分解が起きること、その結果遊離したIns(1,4,5)P<sub>3</sub>がATP依存的Ca<sup>2+</sup>ストアからCa<sup>2+</sup>放出を誘導すること、そして小胞体がそのCa<sup>2+</sup>ストアとしてはたらくことが示された<ref name=Burgess1984><pubmed>6325926</pubmed></ref> 。あわせて、多くの細胞や組織が、様々な細胞外刺激によってPIP<sub>2</sub>を加水分解しIns(1,4,5)P<sub>3</sub>を産生するはたらきをもつことが明らかにされていった<ref name=Berridge1984><pubmed>6095092</pubmed></ref> 。


 さらに、Ins(1,4,5)P<sub>3</sub>に特異的に結合する膜タンパク質が小脳から精製され<ref name=Maeda1990><pubmed>2153079</pubmed></ref><ref name=Supattapone1988><pubmed>2826483</pubmed></ref><ref name=Worley1987><pubmed>3040730</pubmed></ref> 、そのタンパク質をコードする遺伝子がクローニングされた<ref name=Furuichi1989><pubmed>2554142</pubmed></ref><ref name=Mignery1989><pubmed>2554146</pubmed></ref> 。発現させた組換えタンパク質が、確かにIns(1,4,5)P<sub>3</sub>に特異的な結合活性(Ins(1,4,5)P<sub>3</sub> > Ins(2,4,5)P3 ≥ Ins(1,3,4,5)P4 > Ins(1,2)P2, InsP)<ref name=Furuichi1989><pubmed>2554142</pubmed></ref><ref name=Miyawaki1991><pubmed>1647021</pubmed></ref> と、IICR活性(Ins(1,4,5)P<sub>3</sub> > Ins(2,4,5)P3 > Ins(1,3,4,5)P4)を有したことから<ref name=Miyawaki1990><pubmed>2164403</pubmed></ref> 、このタンパク質がIns(1,4,5)P<sub>3</sub>の受容体としてはたらくのと同時にIICRチャネルの活性をもつという分子実体(Ins(1,4,5)P<sub>3</sub>受容体/Ca<sup>2+</sup>放出チャネル)が明らかになった。
 さらに、Ins(1,4,5)P<sub>3</sub>に特異的に結合する膜タンパク質が小脳から精製され<ref name=Maeda1990><pubmed>2153079</pubmed></ref><ref name=Supattapone1988><pubmed>2826483</pubmed></ref><ref name=Worley1987><pubmed>3040730</pubmed></ref> 、そのタンパク質をコードする遺伝子がクローニングされた<ref name=Furuichi1989><pubmed>2554142</pubmed></ref><ref name=Mignery1989><pubmed>2554146</pubmed></ref> 。発現させた組換えタンパク質が、確かにIns(1,4,5)P<sub>3</sub>に特異的な結合活性(Ins(1,4,5)P<sub>3</sub> > Ins(2,4,5)P3 ≥ Ins(1,3,4,5)P4 > Ins(1,2)P2, InsP)<ref name=Furuichi1989><pubmed>2554142</pubmed></ref><ref name=Miyawaki1991><pubmed>1647021</pubmed></ref> と、IICR活性(Ins(1,4,5)P<sub>3</sub> > Ins(2,4,5)P3 > Ins(1,3,4,5)P4)を有したことから<ref name=Miyawaki1990><pubmed>2164403</pubmed></ref> 、このタンパク質がIns(1,4,5)P<sub>3</sub>の受容体としてはたらくのと同時にIICRチャネルの活性をもつという分子実体(Ins(1,4,5)P<sub>3</sub>受容体/Ca<sup>2+</sup>放出チャネル)が明らかになった。


 これにより、細胞刺激で産生される二次メッセンジャーIns(1,4,5)P<sub>3</sub>/IP<sub>3</sub>が細胞内ストアからCa2+放出を誘導する分子機構の理解が進展していった<ref name=Berridge1993><pubmed>8381210</pubmed></ref><ref name=Mikoshiba2007><pubmed>17697045</pubmed></ref> 。哺乳類のIns(1,4,5)P<sub>3</sub>/IP<sub>3</sub>受容体には、Ins(1,4,5)P<sub>3</sub>結合親和性や発現組織分布に違いのあるIP<sub>3</sub>R1/IP<sub>3</sub>R2/IP<sub>3</sub>R3の3種類が存在することも明らかになった(遺伝子名はそれぞれITPR1/ITPR2/ITPR3)<ref name=Furuichi1994><pubmed>7522674</pubmed></ref> 。
 これにより、細胞刺激で産生される二次メッセンジャーIns(1,4,5)P<sub>3</sub>/IP<sub>3</sub>が細胞内ストアからCa<sup>2+</sup>放出を誘導する分子機構の理解が進展していった<ref name=Berridge1993><pubmed>8381210</pubmed></ref><ref name=Mikoshiba2007><pubmed>17697045</pubmed></ref> 。哺乳類のIns(1,4,5)P<sub>3</sub>/IP<sub>3</sub>受容体には、Ins(1,4,5)P<sub>3</sub>結合親和性や発現組織分布に違いのあるIP<sub>3</sub>R1/IP<sub>3</sub>R2/IP<sub>3</sub>R3の3種類が存在することも明らかになった(遺伝子名はそれぞれITPR1/ITPR2/ITPR3)<ref name=Furuichi1994><pubmed>7522674</pubmed></ref> 。


==化学構造==
==化学構造==
[[ファイル:Furuichi IP3 Figure1.png|サムネイル|'''図1. D-myo-イノシトール1,4,5-三リン酸の化学構造'''<br>
[[ファイル:Furuichi IP3 Figure1.png|サムネイル|400px|'''図1. D-myo-イノシトール1,4,5-三リン酸の化学構造'''<br>
'''(a)'''はハース投影式(Haworth projection)による環状構造、'''(b)'''はin vivoで熱力学的に安定と考えられるイス型の構造で示している<ref name=Irvine2016><pubmed>27623846</pubmed></ref> 。'''(c)'''はIUBNCの提案で、Agranoffの亀の頭・手・足・尾の配置を例えとして、6個の炭素の位置を、2位が亀の頭で、1位が右手となるように、反時計回りに1~6位の順で番号を付ける<ref name=Agranoff2009><pubmed>19447884</pubmed></ref> 。<br>
'''(a)'''はハース投影式(Haworth projection)による環状構造、'''(b)'''はin vivoで熱力学的に安定と考えられるイス型の構造で示している<ref name=Irvine2016><pubmed>27623846</pubmed></ref> 。'''(c)'''はIUBNCの提案で、Agranoffの亀の頭・手・足・尾の配置を例えとして、6個の炭素の位置を、2位が亀の頭で、1位が右手となるように、反時計回りに1~6位の順で番号を付ける<ref name=Agranoff2009><pubmed>19447884</pubmed></ref> 。<br>
Ins(1,4,5)P<sub>3</sub>では、イノシトール環の1,4,5位の炭素にリン酸基(図では○Pで示す位置に-OPO32-)が結合し、2,3,6位の炭素にヒドロキシ基(-OH)が結合している。PIP<sub>2</sub>では白抜き矢印(⇒)で示すイノシトール環1位のリン酸基とジアシルグリセロールのsn-3位のヒドロキシ基がエステル結合しており、この結合をPLCが加水分解することよってIP<sub>3</sub>が細胞膜から細胞質へと遊離する。]]
Ins(1,4,5)P<sub>3</sub>では、イノシトール環の1,4,5位の炭素にリン酸基(図では○Pで示す位置に-OPO32-)が結合し、2,3,6位の炭素にヒドロキシ基(-OH)が結合している。PIP<sub>2</sub>では白抜き矢印(⇒)で示すイノシトール環1位のリン酸基とジアシルグリセロールのsn-3位のヒドロキシ基がエステル結合しており、この結合をPLCが加水分解することよってIP<sub>3</sub>が細胞膜から細胞質へと遊離する。]]
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==産生==
==産生==
[[ファイル:Furuichi IP3 Figure2.png|サムネイル|'''図2. 細胞外刺激で誘導されるPIP<sub>2</sub>の加水分解と二次メッセンジャーIP<sub>3</sub>の産生経路''']]
[[ファイル:Furuichi IP3 Figure2.png|サムネイル|500px|'''図2. 細胞外刺激で誘導されるPIP<sub>2</sub>の加水分解と二次メッセンジャーIP<sub>3</sub>の産生経路''']]
 ホスホリパーゼC(phospholipase C、略称:PLC)によるPIP<sub>2</sub>の加水分解は、ホスファチジルイノシトール(phosphatidylinositol、略称:PtdInsあるいはPI)/ホスホイノシタイド(phosphoinositide)の代謝回転(turnover)の一種である。これによって、細胞質性(可溶性)のIP<sub>3</sub>と膜結合性のジアシルグリセロール(sn-1,2-diacylglycerol、略称:DAG、DG)の2種類の二次メッセンジャーが産生される。膜から遊離するIP<sub>3</sub>は細胞内Ca<sup>2+</sup>シグナル伝達カスケード<ref name=Berridge1993><pubmed>8381210</pubmed></ref><ref name=Berridge1989><pubmed>2550825</pubmed></ref> の、膜成分のDAGはプロテインキナーゼC(protein kinase C、略称:PKC)リン酸化シグナル伝達カスケード<ref name=Nishizuka1988><pubmed>3045562</pubmed></ref> の、それぞれ引き金となる。
 ホスホリパーゼC(phospholipase C、略称:PLC)によるPIP<sub>2</sub>の加水分解は、ホスファチジルイノシトール(phosphatidylinositol、略称:PtdInsあるいはPI)/ホスホイノシタイド(phosphoinositide)の代謝回転(turnover)の一種である。これによって、細胞質性(可溶性)のIP<sub>3</sub>と膜結合性のジアシルグリセロール(sn-1,2-diacylglycerol、略称:DAG、DG)の2種類の二次メッセンジャーが産生される。膜から遊離するIP<sub>3</sub>は細胞内Ca<sup>2+</sup>シグナル伝達カスケード<ref name=Berridge1993><pubmed>8381210</pubmed></ref><ref name=Berridge1989><pubmed>2550825</pubmed></ref> の、膜成分のDAGはプロテインキナーゼC(protein kinase C、略称:PKC)リン酸化シグナル伝達カスケード<ref name=Nishizuka1988><pubmed>3045562</pubmed></ref> の、それぞれ引き金となる。