「イノシトール1,4,5-三リン酸」の版間の差分

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[[ファイル:Furuichi IP3 Figure1.png|サムネイル|400px|'''図1. D-myo-イノシトール1,4,5-三リン酸の化学構造'''<br>
[[ファイル:Furuichi IP3 Figure1.png|サムネイル|400px|'''図1. D-myo-イノシトール1,4,5-三リン酸の化学構造'''<br>
'''(a)'''はハース投影式(Haworth projection)による環状構造、'''(b)'''はin vivoで熱力学的に安定と考えられるイス型の構造で示している<ref name=Irvine2016><pubmed>27623846</pubmed></ref> 。'''(c)'''はIUBNCの提案で、Agranoffの亀の頭・手・足・尾の配置を例えとして、6個の炭素の位置を、2位が亀の頭で、1位が右手となるように、反時計回りに1~6位の順で番号を付ける<ref name=Agranoff2009><pubmed>19447884</pubmed></ref> 。<br>
'''(a)'''はハース投影式(Haworth projection)による環状構造、'''(b)'''はin vivoで熱力学的に安定と考えられるイス型の構造で示している<ref name=Irvine2016><pubmed>27623846</pubmed></ref> 。'''(c)'''はIUBNCの提案で、Agranoffの亀の頭・手・足・尾の配置を例えとして、6個の炭素の位置を、2位が亀の頭で、1位が右手となるように、反時計回りに1~6位の順で番号を付ける<ref name=Agranoff2009><pubmed>19447884</pubmed></ref> 。<br>
Ins(1,4,5)P<sub>3</sub>では、イノシトール環の1,4,5位の炭素にリン酸基(図では○Pで示す位置に-OPO32-)が結合し、2,3,6位の炭素にヒドロキシ基(-OH)が結合している。PIP<sub>2</sub>では白抜き矢印(⇒)で示すイノシトール環1位のリン酸基とジアシルグリセロールのsn-3位のヒドロキシ基がエステル結合しており、この結合をPLCが加水分解することよってIP<sub>3</sub>が細胞膜から細胞質へと遊離する。]]
Ins(1,4,5)P<sub>3</sub>では、イノシトール環の1,4,5位の炭素にリン酸基(図では○Pで示す位置に-OPO<sub>3</sub><sup>2-</sup>)が結合し、2,3,6位の炭素にヒドロキシ基(-OH)が結合している。PIP<sub>2</sub>では白抜き矢印(⇒)で示すイノシトール環1位のリン酸基とジアシルグリセロールのsn-3位のヒドロキシ基がエステル結合しており、この結合をPLCが加水分解することよってIP<sub>3</sub>が細胞膜から細胞質へと遊離する。]]
 イノシトール1,4,5-三リン酸(以下IP<sub>3</sub>あるいはInsP3と略す)はイノシトール環(inositol ring)に3個のリン酸基が結合した代謝化合物である。イノシトール環がもつ6個の炭素(1~6位)のうち、特別に指定されなければ1、4、5位の3個の炭素にリン酸基が結合したイノシトール1,4,5-三リン酸を指す。InsP3/IP<sub>3</sub>間で他の炭素の位置にリン酸基が結合するものと区別する場合には、1,4,5-IP<sub>3</sub>(あるいはIns(1,4,5)P<sub>3</sub>)や、1,3,4-IP<sub>3</sub>(あるいはIns(1,3,4)P3)などとリン酸基が付く炭素の位置を明記する必要がある。
 イノシトール1,4,5-三リン酸(以下IP<sub>3</sub>あるいはInsP3と略す)はイノシトール環(inositol ring)に3個のリン酸基が結合した代謝化合物である。イノシトール環がもつ6個の炭素(1~6位)のうち、特別に指定されなければ1、4、5位の3個の炭素にリン酸基が結合したイノシトール1,4,5-三リン酸を指す。InsP3/IP<sub>3</sub>間で他の炭素の位置にリン酸基が結合するものと区別する場合には、1,4,5-IP<sub>3</sub>(あるいはIns(1,4,5)P<sub>3</sub>)や、1,3,4-IP<sub>3</sub>(あるいはIns(1,3,4)P3)などとリン酸基が付く炭素の位置を明記する必要がある。


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==IP<sub>3</sub>/Ca<sup>2+</sup>シグナル伝達==
==IP<sub>3</sub>/Ca<sup>2+</sup>シグナル伝達==
===IP<sub>3</sub>のシグナル特性===
===IP<sub>3</sub>のシグナル特性===
 IP<sub>3</sub>のシグナルとしての直接的な作用点は(基質となる代謝酵素などを除けば)IP<sub>3</sub>受容体(以下IP<sub>3</sub>Rと略す)で、IP<sub>3</sub>RはIP<sub>3</sub>の主標的である(図2)<ref name=Ferris1989><pubmed>2554143</pubmed></ref><ref name=Maeda1990><pubmed>2153079</pubmed></ref><ref name=Ross1989><pubmed>2542801</pubmed></ref> 。すなわち、IP<sub>3</sub>の第一のシグナル特性は、下流の標的分子がただ一つしかない点である。通常、複数の標的分子をもつ他の二次メッセンジャー(cAMP、cGMP、DAG、Ca<sup>2+</sup>、NOなど)とは際立ったシグナル特性である。
 IP<sub>3</sub>のシグナルとしての直接的な作用点は(基質となる代謝酵素などを除けば)IP<sub>3</sub>受容体(以下IP<sub>3</sub>Rと略す)で、IP<sub>3</sub>RはIP<sub>3</sub>の主標的である('''図2''')<ref name=Ferris1989><pubmed>2554143</pubmed></ref><ref name=Maeda1990><pubmed>2153079</pubmed></ref><ref name=Ross1989><pubmed>2542801</pubmed></ref> 。すなわち、IP<sub>3</sub>の第一のシグナル特性は、下流の標的分子がただ一つしかない点である。通常、複数の標的分子をもつ他の二次メッセンジャー(cAMP、cGMP、DAG、Ca<sup>2+</sup>、NOなど)とは際立ったシグナル特性である。


 IICRによって、IP<sub>3</sub>が媒介する情報がCa<sup>2+</sup>へと受け継がれる('''図2''')。すなわち、IP<sub>3</sub>の第二のシグナル特性は、唯一の標的分子(IP<sub>3</sub>R)しかないIP<sub>3</sub>が、二次メッセンジャーのCa<sup>2+</sup>へ情報を橋渡しすることによって、多種多様な標的分子の活性を正や負に調節する多機能性と、カルモジュリン(calmodulin, CaM)と結合(1つのCaMに4個のCa<sup>2+</sup>が結合)することでCa<sup>2+</sup>/CaM依存性の新たな標的分子に作用することが可能となる融通性を有する細胞内Ca<sup>2+</sup>シグナル伝達の引き金となることである<ref name=Wayman2008><pubmed>18817731</pubmed></ref> 。IP<sub>3</sub>Rは、一つの標的しか持たないIP<sub>3</sub>から、最もユニバーサルなシグナル(universal signal)と称されるCa<sup>2+</sup>へのシグナル変換装置としてはたらく<ref name=Furuichi1995><pubmed>7861177</pubmed></ref> 。
 IICRによって、IP<sub>3</sub>が媒介する情報がCa<sup>2+</sup>へと受け継がれる('''図2''')。すなわち、IP<sub>3</sub>の第二のシグナル特性は、唯一の標的分子(IP<sub>3</sub>R)しかないIP<sub>3</sub>が、二次メッセンジャーのCa<sup>2+</sup>へ情報を橋渡しすることによって、多種多様な標的分子の活性を正や負に調節する多機能性と、カルモジュリン(calmodulin, CaM)と結合(1つのCaMに4個のCa<sup>2+</sup>が結合)することでCa<sup>2+</sup>/CaM依存性の新たな標的分子に作用することが可能となる融通性を有する細胞内Ca<sup>2+</sup>シグナル伝達の引き金となることである<ref name=Wayman2008><pubmed>18817731</pubmed></ref> 。IP<sub>3</sub>Rは、一つの標的しか持たないIP<sub>3</sub>から、最もユニバーサルなシグナル(universal signal)と称されるCa<sup>2+</sup>へのシグナル変換装置としてはたらく<ref name=Furuichi1995><pubmed>7861177</pubmed></ref> 。
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 IP<sub>3</sub>を引き継ぐCa<sup>2+</sup>は、短寿命で、細胞局所的な(ローカルな)メッセンジャー(short-lived local messenger)である。2族元素でアルカリ土類金属のカルシウムは自然界では豊富に化合物として存在し(地殻中で5番目に多い)、ヒトの体内でも最も多いミネラルである(約99%が骨や歯に存在)。しかし、遊離イオン状態で高濃度のCa<sup>2+</sup>は細胞毒性が強いため、通常、細胞では厳密なCa<sup>2+</sup>ホメオスタシス機構によって、細胞内Ca<sup>2+</sup>濃度([Ca<sup>2+</sup>]i)は極めて低い(能動的な細胞外へのCa<sup>2+</sup>排出や細胞内ストアへのCa<sup>2+</sup>封じ込め、ミトコンドリアへのCa<sup>2+</sup>取り込み、結合タンパク質による緩衝作用[結合Ca<sup>2+</sup>(bound Ca<sup>2+</sup>)の状態]などが[Ca<sup>2+</sup>]iを低く抑えている)。この機構によって、体液中などの細胞外Ca<sup>2+</sup>濃度([Ca<sup>2+</sup>]o)が1~数mMに対して、細胞内の遊離Ca<sup>2+</sup>(free Ca<sup>2+</sup>)濃度[Ca<sup>2+</sup>]iは50~100 nM <ref name=Collins2011><pubmed>21288721</pubmed></ref><ref name=Harraz2014><pubmed>24605083</pubmed></ref> と、約1万倍までに低減される。この堅牢な機構下で、Ca<sup>2+</sup>が定常レベルを超えて上昇した濃度でシグナルとしてはたらき、[Ca<sup>2+</sup>]iは発生部位をピークとして、周辺部へ段階的な濃度勾配を示すCa<sup>2+</sup>微小領域/マイクロドメイン(Ca<sup>2+</sup> microdomain)を形成しやすい<ref name=Bootman1997><pubmed>9363945</pubmed></ref> 。
 IP<sub>3</sub>を引き継ぐCa<sup>2+</sup>は、短寿命で、細胞局所的な(ローカルな)メッセンジャー(short-lived local messenger)である。2族元素でアルカリ土類金属のカルシウムは自然界では豊富に化合物として存在し(地殻中で5番目に多い)、ヒトの体内でも最も多いミネラルである(約99%が骨や歯に存在)。しかし、遊離イオン状態で高濃度のCa<sup>2+</sup>は細胞毒性が強いため、通常、細胞では厳密なCa<sup>2+</sup>ホメオスタシス機構によって、細胞内Ca<sup>2+</sup>濃度([Ca<sup>2+</sup>]i)は極めて低い(能動的な細胞外へのCa<sup>2+</sup>排出や細胞内ストアへのCa<sup>2+</sup>封じ込め、ミトコンドリアへのCa<sup>2+</sup>取り込み、結合タンパク質による緩衝作用[結合Ca<sup>2+</sup>(bound Ca<sup>2+</sup>)の状態]などが[Ca<sup>2+</sup>]iを低く抑えている)。この機構によって、体液中などの細胞外Ca<sup>2+</sup>濃度([Ca<sup>2+</sup>]o)が1~数mMに対して、細胞内の遊離Ca<sup>2+</sup>(free Ca<sup>2+</sup>)濃度[Ca<sup>2+</sup>]iは50~100 nM <ref name=Collins2011><pubmed>21288721</pubmed></ref><ref name=Harraz2014><pubmed>24605083</pubmed></ref> と、約1万倍までに低減される。この堅牢な機構下で、Ca<sup>2+</sup>が定常レベルを超えて上昇した濃度でシグナルとしてはたらき、[Ca<sup>2+</sup>]iは発生部位をピークとして、周辺部へ段階的な濃度勾配を示すCa<sup>2+</sup>微小領域/マイクロドメイン(Ca<sup>2+</sup> microdomain)を形成しやすい<ref name=Bootman1997><pubmed>9363945</pubmed></ref> 。


 一方、IP<sub>3</sub>については、産生されて代謝によって低減するまでの間、シグナルとして機能する。アフリカツメガエル卵母細胞を用いた先駆的な研究によって、IP<sub>3</sub>は通常サイズの細胞では産生される細胞膜付近から細胞内のほぼ全域まで、シグナルとしての濃度レベルを保って拡散することができる長寿命で広域的な(グルーバルな)メッセンジャー(long-lived global messenger)と提案された。脂質メディエーターであるリゾホスファチジン酸(lysophosphatidic acid, LPA)のGPCRを刺激して数分以内に、卵母細胞内のIP<sub>3</sub>濃度が10 nMオーダーから数&micro;Mオーダーへ増加することが示された<ref name=Luzzi1998><pubmed>9786859</pubmed></ref> 。卵母細胞の抽出液中で測定されたIP<sub>3</sub>の拡散定数(diffusion coefficient [D])が280 &micro;m2/sに対して遊離Ca<sup>2+</sup>が13~65 &micro;m2/s(Ca<sup>2+</sup>を90 nMから1 &micro;Mに増加した時のD値)(IP<sub>3</sub>が4~20倍以上の拡散定数をもつ)、IP<sub>3</sub>の有効時間が1 sに対して遊離Ca<sup>2+</sup>は30 &micro;s(IP<sub>3</sub>が5桁長い有効時間をもつ)(結合Ca<sup>2+</sup>は1 sとIP<sub>3</sub>と同等)、また拡散範囲はIP<sub>3</sub>が24 &micro;mに対して遊離Ca<sup>2+</sup>は0.1 &micro;m(IP<sub>3</sub>が3桁広い拡散範囲をもつ)(結合Ca<sup>2+</sup>は5 &micro;mとIP<sub>3</sub>の約1/5)であることも示された<ref name=Allbritton1992><pubmed>1465619</pubmed></ref> (表1)。
 一方、IP<sub>3</sub>については、産生されて代謝によって低減するまでの間、シグナルとして機能する。アフリカツメガエル卵母細胞を用いた先駆的な研究によって、IP<sub>3</sub>は通常サイズの細胞では産生される細胞膜付近から細胞内のほぼ全域まで、シグナルとしての濃度レベルを保って拡散することができる長寿命で広域的な(グルーバルな)メッセンジャー(long-lived global messenger)と提案された。脂質メディエーターであるリゾホスファチジン酸(lysophosphatidic acid, LPA)のGPCRを刺激して数分以内に、卵母細胞内のIP<sub>3</sub>濃度が10 nMオーダーから数&micro;Mオーダーへ増加することが示された<ref name=Luzzi1998><pubmed>9786859</pubmed></ref> 。卵母細胞の抽出液中で測定されたIP<sub>3</sub>の拡散定数(diffusion coefficient [D])が280 &micro;m2/sに対して遊離Ca<sup>2+</sup>が13~65 &micro;m2/s(Ca<sup>2+</sup>を90 nMから1 &micro;Mに増加した時のD値)(IP<sub>3</sub>が4~20倍以上の拡散定数をもつ)、IP<sub>3</sub>の有効時間が1 sに対して遊離Ca<sup>2+</sup>は30 &micro;s(IP<sub>3</sub>が5桁長い有効時間をもつ)(結合Ca<sup>2+</sup>は1 sとIP<sub>3</sub>と同等)、また拡散範囲はIP<sub>3</sub>が24 &micro;mに対して遊離Ca<sup>2+</sup>は0.1 &micro;m(IP<sub>3</sub>が3桁広い拡散範囲をもつ)(結合Ca<sup>2+</sup>は5 &micro;mとIP<sub>3</sub>の約1/5)であることも示された<ref name=Allbritton1992><pubmed>1465619</pubmed></ref>('''表1''')。


 こうした研究報告から、Ca<sup>2+</sup>と比較して、IP<sub>3</sub>はグローバルメッセンジャーと考えられてきた。また、マウス神経芽細胞腫株N1E-115では、カルバコールでアセチルコリン受容体を刺激刺激して産生されるIP<sub>3</sub>の半減期が約9 sとの報告もある<ref name=Wang1995><pubmed>7730788</pubmed></ref> 。その後、ヒト神経芽細胞腫株SH-SY5Yを用いたケージドIP<sub>3</sub>の光解離で誘導されるCa<sup>2+</sup>パフ(puff)(ストア上に散在するIP<sub>3</sub>Rチャネルクラスター単位で起きる要素的なCa<sup>2+</sup>放出[elementary Ca<sup>2+</sup> release])では、IP<sub>3</sub>の拡散定数は≤10 m2/sec(アフリカツメガエル卵母細胞での遊離Ca<sup>2+</sup>のDに匹敵)で推定される作用範囲も< 5 &micro;mと、典型的な哺乳類細胞のサイズよりもやや小さいことから、IP<sub>3</sub>もローカルメッセンジャーとしてはたらくと報告された<ref name=Dickinson2016><pubmed>27919026</pubmed></ref>('''表1''')。
 こうした研究報告から、Ca<sup>2+</sup>と比較して、IP<sub>3</sub>はグローバルメッセンジャーと考えられてきた。また、マウス神経芽細胞腫株N1E-115では、カルバコールでアセチルコリン受容体を刺激刺激して産生されるIP<sub>3</sub>の半減期が約9 sとの報告もある<ref name=Wang1995><pubmed>7730788</pubmed></ref> 。その後、ヒト神経芽細胞腫株SH-SY5Yを用いたケージドIP<sub>3</sub>の光解離で誘導されるCa<sup>2+</sup>パフ(puff)(ストア上に散在するIP<sub>3</sub>Rチャネルクラスター単位で起きる要素的なCa<sup>2+</sup>放出[elementary Ca<sup>2+</sup> release])では、IP<sub>3</sub>の拡散定数は≤10 m2/sec(アフリカツメガエル卵母細胞での遊離Ca<sup>2+</sup>のDに匹敵)で推定される作用範囲も< 5 &micro;mと、典型的な哺乳類細胞のサイズよりもやや小さいことから、IP<sub>3</sub>もローカルメッセンジャーとしてはたらくと報告された<ref name=Dickinson2016><pubmed>27919026</pubmed></ref>('''表1''')。
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 電位依存性Ca<sup>2+</sup>チャネルや、NMDA型グルタミン酸受容体のようなリガンド開口性Ca<sup>2+</sup>透過チャネル(ligand-gated Ca<sup>2+</sup> permeable channel)などによる細胞外からのCa<sup>2+</sup>流入(Ca<sup>2+</sup> influx)では、細胞膜のチャネルポア付近を起点としてCa<sup>2+</sup>濃度勾配の局所性が生じ、またCa<sup>2+</sup>スパイク(Ca<sup>2+</sup> spike)などの動態が見られたりする。一方、IP<sub>3</sub>によって誘導される細胞内からのCa<sup>2+</sup>放出(Ca<sup>2+</sup> release)では、細胞体から神経突起やスパインなどへも連なるCa<sup>2+</sup>ストア(sER)のネットワーク上にIP<sub>3</sub>Rが異なった密度で局在するため、局在部を起点としたCa<sup>2+</sup>濃度の勾配と局所性が生じる。IP<sub>3</sub>Rのチャネル開口にはIP<sub>3</sub>と共にCa<sup>2+</sup>もコアゴニスト(co-agonist)として必要である。
 電位依存性Ca<sup>2+</sup>チャネルや、NMDA型グルタミン酸受容体のようなリガンド開口性Ca<sup>2+</sup>透過チャネル(ligand-gated Ca<sup>2+</sup> permeable channel)などによる細胞外からのCa<sup>2+</sup>流入(Ca<sup>2+</sup> influx)では、細胞膜のチャネルポア付近を起点としてCa<sup>2+</sup>濃度勾配の局所性が生じ、またCa<sup>2+</sup>スパイク(Ca<sup>2+</sup> spike)などの動態が見られたりする。一方、IP<sub>3</sub>によって誘導される細胞内からのCa<sup>2+</sup>放出(Ca<sup>2+</sup> release)では、細胞体から神経突起やスパインなどへも連なるCa<sup>2+</sup>ストア(sER)のネットワーク上にIP<sub>3</sub>Rが異なった密度で局在するため、局在部を起点としたCa<sup>2+</sup>濃度の勾配と局所性が生じる。IP<sub>3</sub>Rのチャネル開口にはIP<sub>3</sub>と共にCa<sup>2+</sup>もコアゴニスト(co-agonist)として必要である。


 一定のIP<sub>3</sub>濃度([IP<sub>3</sub>])下で、IICRにより上昇した[Ca<sup>2+</sup>]iが至適濃度域(~200 nM)では正に(RyRのようなCICRモードで活性化)、高濃度域(>200 nM)では逆に負にフィードバック調節をする<ref name=Bezprozvanny1991><pubmed>1648178</pubmed></ref><ref name=Iino1990><pubmed>2373998</pubmed></ref><ref name=Parker1990><pubmed>2296584</pubmed></ref> (図4)。この放出Ca<sup>2+</sup>による二相性の調節も、IICRによる多彩なCa<sup>2+</sup>動態に関係している(負の調節はCa<sup>2+</sup>/CaMがIP<sub>3</sub>Rに結合しチャネル活性を阻害することによる<ref name=Michikawa1999><pubmed>10482245</pubmed></ref> )。ストア上のIP<sub>3</sub>R/Ca<sup>2+</sup>放出チャネル(4量体の複合体)は、単独あるいは数個~10数個のクラスターで分布する(クラスターのIP<sub>3</sub>Rチャネル数は細胞によって異なる)。細胞の種類やニューロンの細胞区画によって多様性はあるであろうが、一般的な動物細胞ではクラスターのIP<sub>3</sub>Rチャネルは主に細胞膜近傍のストアにアンカーされて動かない定常状態で(核周辺との報告もある)、この他にIP<sub>3</sub>Rチャネルはクラスター化せずに広く細胞質内のストアに動的な状態で点在しているとの考えがある<ref name=Lock2020><pubmed>32396066</pubmed></ref> 。個々のIP<sub>3</sub>Rチャネルクラスター単位で起きるIICRの要素的な現象をCa<sup>2+</sup>パフ(Ca<sup>2+</sup> puff)と呼ぶ(図4)(RyRによる類似した要素的な現象に心筋細胞で見られるCa<sup>2+</sup>スパーク[Ca<sup>2+</sup> spark]がある)。低[IP<sub>3</sub>]域では、単独あるいはクラスター中の一部のIP<sub>3</sub>Rチャネルが確率論的にIICRを起こし、この現象はCa<sup>2+</sup>ブリップ(Ca<sup>2+</sup> blip)と呼ぶ。中程度 [IP<sub>3</sub>]域では、クラスターを構成するIP<sub>3</sub>Rチャネルの同調した活性化によって、Ca<sup>2+</sup>ブリップより大きいCa<sup>2+</sup>パフが起きる(細胞と刺激の種類によるが、ヒスタミン処理したHeLa細胞では、ブリップのCa<sup>2+</sup>増幅が~30 nM、寿命が<0.5 s、拡散範囲が<2 &micro;mに対し、パフはそれぞれ~170 nM、~1 s、~4-7 &micro;mと大きい<ref name=Bootman1997b><pubmed>9080361</pubmed></ref> )。上昇した[Ca<sup>2+</sup>]i域にある近傍IP<sub>3</sub>Rは、放出Ca<sup>2+</sup>による正の制御によってCICRモードとなり、さらなる[Ca<sup>2+</sup>]iの上昇につながる。高[IP<sub>3</sub>]域では、放出Ca<sup>2+</sup>による正の制御がさらに近位から遠位へと段階的に伝播し、細胞内に広がるストアネットワーク上のIP<sub>3</sub>Rチャネルが連続的にCICRモードとなることで(また、低[IP<sub>3</sub>]では不活性状態(silent)のIP<sub>3</sub>Rが、高[IP<sub>3</sub>]で活性化すると示唆されている)、グローバルなCa<sup>2+</sup>波(Ca<sup>2+</sup> wave)などの複雑なCa<sup>2+</sup>動態が生み出されるモデルが提唱されている<ref name=Bootman1997><pubmed>9363945</pubmed></ref><ref name=Lock2020><pubmed>32396066</pubmed></ref><ref name=Parker1996><pubmed>8889202</pubmed></ref> 。
 一定のIP<sub>3</sub>濃度([IP<sub>3</sub>])下で、IICRにより上昇した[Ca<sup>2+</sup>]iが至適濃度域(~200 nM)では正に(RyRのようなCICRモードで活性化)、高濃度域(>200 nM)では逆に負にフィードバック調節をする<ref name=Bezprozvanny1991><pubmed>1648178</pubmed></ref><ref name=Iino1990><pubmed>2373998</pubmed></ref><ref name=Parker1990><pubmed>2296584</pubmed></ref>('''図4''')。この放出Ca<sup>2+</sup>による二相性の調節も、IICRによる多彩なCa<sup>2+</sup>動態に関係している(負の調節はCa<sup>2+</sup>/CaMがIP<sub>3</sub>Rに結合しチャネル活性を阻害することによる<ref name=Michikawa1999><pubmed>10482245</pubmed></ref> )。ストア上のIP<sub>3</sub>R/Ca<sup>2+</sup>放出チャネル(4量体の複合体)は、単独あるいは数個~10数個のクラスターで分布する(クラスターのIP<sub>3</sub>Rチャネル数は細胞によって異なる)。細胞の種類やニューロンの細胞区画によって多様性はあるであろうが、一般的な動物細胞ではクラスターのIP<sub>3</sub>Rチャネルは主に細胞膜近傍のストアにアンカーされて動かない定常状態で(核周辺との報告もある)、この他にIP<sub>3</sub>Rチャネルはクラスター化せずに広く細胞質内のストアに動的な状態で点在しているとの考えがある<ref name=Lock2020><pubmed>32396066</pubmed></ref> 。個々のIP<sub>3</sub>Rチャネルクラスター単位で起きるIICRの要素的な現象をCa<sup>2+</sup>パフ(Ca<sup>2+</sup> puff)と呼ぶ('''図4''')(RyRによる類似した要素的な現象に心筋細胞で見られるCa<sup>2+</sup>スパーク[Ca<sup>2+</sup> spark]がある)。低[IP<sub>3</sub>]域では、単独あるいはクラスター中の一部のIP<sub>3</sub>Rチャネルが確率論的にIICRを起こし、この現象はCa<sup>2+</sup>ブリップ(Ca<sup>2+</sup> blip)と呼ぶ。中程度 [IP<sub>3</sub>]域では、クラスターを構成するIP<sub>3</sub>Rチャネルの同調した活性化によって、Ca<sup>2+</sup>ブリップより大きいCa<sup>2+</sup>パフが起きる(細胞と刺激の種類によるが、ヒスタミン処理したHeLa細胞では、ブリップのCa<sup>2+</sup>増幅が~30 nM、寿命が<0.5 s、拡散範囲が<2 &micro;mに対し、パフはそれぞれ~170 nM、~1 s、~4-7 &micro;mと大きい<ref name=Bootman1997b><pubmed>9080361</pubmed></ref> )。上昇した[Ca<sup>2+</sup>]i域にある近傍IP<sub>3</sub>Rは、放出Ca<sup>2+</sup>による正の制御によってCICRモードとなり、さらなる[Ca<sup>2+</sup>]iの上昇につながる。高[IP<sub>3</sub>]域では、放出Ca<sup>2+</sup>による正の制御がさらに近位から遠位へと段階的に伝播し、細胞内に広がるストアネットワーク上のIP<sub>3</sub>Rチャネルが連続的にCICRモードとなることで(また、低[IP<sub>3</sub>]では不活性状態(silent)のIP<sub>3</sub>Rが、高[IP<sub>3</sub>]で活性化すると示唆されている)、グローバルなCa<sup>2+</sup>波(Ca<sup>2+</sup> wave)などの複雑なCa<sup>2+</sup>動態が生み出されるモデルが提唱されている<ref name=Bootman1997><pubmed>9363945</pubmed></ref><ref name=Lock2020><pubmed>32396066</pubmed></ref><ref name=Parker1996><pubmed>8889202</pubmed></ref> 。


 このようにIICRは、要素的なCa<sup>2+</sup>ブリップそしてCa<sup>2+</sup>パフから、さらにグローバルなCa<sup>2+</sup>波までの階層的な事象のシグナル伝達から構成され、細胞によっては、Ca<sup>2+</sup>振動(Ca<sup>2+</sup> oscillation)やCa<sup>2+</sup>スパイラル(Ca<sup>2+</sup> spiral)などの時空間的に多彩な動態が観察される<ref name=Berridge1998><pubmed>9697848</pubmed></ref><ref name=Berridge2003><pubmed>12838335</pubmed></ref><ref name=Bootman1997><pubmed>9363945</pubmed></ref><ref name=Lock2020><pubmed>32396066</pubmed></ref><ref name=Parker1991><pubmed>1686093</pubmed></ref> 。
 このようにIICRは、要素的なCa<sup>2+</sup>ブリップそしてCa<sup>2+</sup>パフから、さらにグローバルなCa<sup>2+</sup>波までの階層的な事象のシグナル伝達から構成され、細胞によっては、Ca<sup>2+</sup>振動(Ca<sup>2+</sup> oscillation)やCa<sup>2+</sup>スパイラル(Ca<sup>2+</sup> spiral)などの時空間的に多彩な動態が観察される<ref name=Berridge1998><pubmed>9697848</pubmed></ref><ref name=Berridge2003><pubmed>12838335</pubmed></ref><ref name=Bootman1997><pubmed>9363945</pubmed></ref><ref name=Lock2020><pubmed>32396066</pubmed></ref><ref name=Parker1991><pubmed>1686093</pubmed></ref> 。
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==IP<sub>3</sub>シグナル関連技術==
==IP<sub>3</sub>シグナル関連技術==
===IP<sub>3</sub>シグナルの検出===
===IP<sub>3</sub>シグナルの検出===
 PLC-のイノシトールリン脂質結合に寄与するPleckstrin homology (PH)ドメインや、IP<sub>3</sub>受容体のIP<sub>3</sub>リガンド結合ドメイン<ref name=Yoshikawa1996><pubmed>8663526</pubmed></ref> を利用して、蛍光タンパク質と融合させた組換えIP<sub>3</sub>センサーが開発されている(表1)。
 PLC-のイノシトールリン脂質結合に寄与するPleckstrin homology (PH)ドメインや、IP<sub>3</sub>受容体のIP<sub>3</sub>リガンド結合ドメイン<ref name=Yoshikawa1996><pubmed>8663526</pubmed></ref> を利用して、蛍光タンパク質と融合させた組換えIP<sub>3</sub>センサーが開発されている('''表2''')。


表2 組換えIP<sub>3</sub>センサー蛍光タンパク質
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|+表2. 組換えIP<sub>3</sub>センサー蛍光タンパク質
|+表2. 組換えIP<sub>3</sub>センサー蛍光タンパク質

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