「イノシトール1,4,5-三リン酸」の版間の差分

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 IP<sub>3</sub>を引き継ぐCa<sup>2+</sup>は、短寿命で、細胞局所的な(ローカルな)メッセンジャー(short-lived local messenger)である。2族元素でアルカリ土類金属のカルシウムは自然界では豊富に化合物として存在し(地殻中で5番目に多い)、ヒトの体内でも最も多いミネラルである(約99%が骨や歯に存在)。しかし、遊離イオン状態で高濃度のCa<sup>2+</sup>は細胞毒性が強いため、通常、細胞では厳密なCa<sup>2+</sup>ホメオスタシス機構によって、細胞内Ca<sup>2+</sup>濃度([Ca<sup>2+</sup>]i)は極めて低い(能動的な細胞外へのCa<sup>2+</sup>排出や細胞内ストアへのCa<sup>2+</sup>封じ込め、ミトコンドリアへのCa<sup>2+</sup>取り込み、結合タンパク質による緩衝作用[結合Ca<sup>2+</sup>(bound Ca<sup>2+</sup>)の状態]などが[Ca<sup>2+</sup>]iを低く抑えている)。この機構によって、体液中などの細胞外Ca<sup>2+</sup>濃度([Ca<sup>2+</sup>]o)が1~数mMに対して、細胞内の遊離Ca<sup>2+</sup>(free Ca<sup>2+</sup>)濃度[Ca<sup>2+</sup>]iは50~100 nM <ref name=Collins2011><pubmed>21288721</pubmed></ref><ref name=Harraz2014><pubmed>24605083</pubmed></ref> と、約1万倍までに低減される。この堅牢な機構下で、Ca<sup>2+</sup>が定常レベルを超えて上昇した濃度でシグナルとしてはたらき、[Ca<sup>2+</sup>]iは発生部位をピークとして、周辺部へ段階的な濃度勾配を示すCa<sup>2+</sup>微小領域/マイクロドメイン(Ca<sup>2+</sup> microdomain)を形成しやすい<ref name=Bootman1997><pubmed>9363945</pubmed></ref> 。
 IP<sub>3</sub>を引き継ぐCa<sup>2+</sup>は、短寿命で、細胞局所的な(ローカルな)メッセンジャー(short-lived local messenger)である。2族元素でアルカリ土類金属のカルシウムは自然界では豊富に化合物として存在し(地殻中で5番目に多い)、ヒトの体内でも最も多いミネラルである(約99%が骨や歯に存在)。しかし、遊離イオン状態で高濃度のCa<sup>2+</sup>は細胞毒性が強いため、通常、細胞では厳密なCa<sup>2+</sup>ホメオスタシス機構によって、細胞内Ca<sup>2+</sup>濃度([Ca<sup>2+</sup>]i)は極めて低い(能動的な細胞外へのCa<sup>2+</sup>排出や細胞内ストアへのCa<sup>2+</sup>封じ込め、ミトコンドリアへのCa<sup>2+</sup>取り込み、結合タンパク質による緩衝作用[結合Ca<sup>2+</sup>(bound Ca<sup>2+</sup>)の状態]などが[Ca<sup>2+</sup>]iを低く抑えている)。この機構によって、体液中などの細胞外Ca<sup>2+</sup>濃度([Ca<sup>2+</sup>]o)が1~数mMに対して、細胞内の遊離Ca<sup>2+</sup>(free Ca<sup>2+</sup>)濃度[Ca<sup>2+</sup>]iは50~100 nM <ref name=Collins2011><pubmed>21288721</pubmed></ref><ref name=Harraz2014><pubmed>24605083</pubmed></ref> と、約1万倍までに低減される。この堅牢な機構下で、Ca<sup>2+</sup>が定常レベルを超えて上昇した濃度でシグナルとしてはたらき、[Ca<sup>2+</sup>]iは発生部位をピークとして、周辺部へ段階的な濃度勾配を示すCa<sup>2+</sup>微小領域/マイクロドメイン(Ca<sup>2+</sup> microdomain)を形成しやすい<ref name=Bootman1997><pubmed>9363945</pubmed></ref> 。


 一方、IP<sub>3</sub>については、産生されて代謝によって低減するまでの間、シグナルとして機能する。アフリカツメガエル卵母細胞を用いた先駆的な研究によって、IP<sub>3</sub>は通常サイズの細胞では産生される細胞膜付近から細胞内のほぼ全域まで、シグナルとしての濃度レベルを保って拡散することができる長寿命で広域的な(グルーバルな)メッセンジャー(long-lived global messenger)と提案された。脂質メディエーターである[[リゾホスファチジン酸]]([[lysophosphatidic acid]], [[LPA]])のGPCRを刺激して数分以内に、卵母細胞内のIP<sub>3</sub>濃度が10 nMオーダーから数&micro;Mオーダーへ増加することが示された<ref name=Luzzi1998><pubmed>9786859</pubmed></ref> 。卵母細胞の抽出液中で測定されたIP<sub>3</sub>の拡散定数(diffusion coefficient [D])が280 &micro;m2/sに対して遊離Ca<sup>2+</sup>が13~65 &micro;m2/s(Ca<sup>2+</sup>を90 nMから1 &micro;Mに増加した時のD値)(IP<sub>3</sub>が4~20倍以上の拡散定数をもつ)、IP<sub>3</sub>の有効時間が1 sに対して遊離Ca<sup>2+</sup>は30 &micro;s(IP<sub>3</sub>が5桁長い有効時間をもつ)(結合Ca<sup>2+</sup>は1 sとIP<sub>3</sub>と同等)、また拡散範囲はIP<sub>3</sub>が24 &micro;mに対して遊離Ca<sup>2+</sup>は0.1 &micro;m(IP<sub>3</sub>が3桁広い拡散範囲をもつ)(結合Ca<sup>2+</sup>は5 &micro;mとIP<sub>3</sub>の約1/5)であることも示された<ref name=Allbritton1992><pubmed>1465619</pubmed></ref>('''表1''')。
 一方、IP<sub>3</sub>については、産生されて代謝によって低減するまでの間、シグナルとして機能する。アフリカツメガエル卵母細胞を用いた先駆的な研究によって、IP<sub>3</sub>は通常サイズの細胞では産生される細胞膜付近から細胞内のほぼ全域まで、シグナルとしての濃度レベルを保って拡散することができる長寿命で広域的な(グルーバルな)メッセンジャー(long-lived global messenger)と提案された。脂質メディエーターである[[リゾホスファチジン酸]]([[lysophosphatidic acid]], [[LPA]])がGPCRを刺激して数分以内に、卵母細胞内のIP<sub>3</sub>濃度が10 nMオーダーから数&micro;Mオーダーへ増加することが示された<ref name=Luzzi1998><pubmed>9786859</pubmed></ref> 。卵母細胞の抽出液中で測定されたIP<sub>3</sub>の拡散定数(diffusion coefficient [D])が280 &micro;m2/sに対して遊離Ca<sup>2+</sup>が13~65 &micro;m2/s(Ca<sup>2+</sup>を90 nMから1 &micro;Mに増加した時のD値)(IP<sub>3</sub>が4~20倍以上の拡散定数をもつ)、IP<sub>3</sub>の有効時間が1 sに対して遊離Ca<sup>2+</sup>は30 &micro;s(IP<sub>3</sub>が5桁長い有効時間をもつ)(結合Ca<sup>2+</sup>は1 sとIP<sub>3</sub>と同等)、また拡散範囲はIP<sub>3</sub>が24 &micro;mに対して遊離Ca<sup>2+</sup>は0.1 &micro;m(IP<sub>3</sub>が3桁広い拡散範囲をもつ)(結合Ca<sup>2+</sup>は5 &micro;mとIP<sub>3</sub>の約1/5)であることも示された<ref name=Allbritton1992><pubmed>1465619</pubmed></ref>('''表1''')。


 こうした研究報告から、Ca<sup>2+</sup>と比較して、IP<sub>3</sub>はグローバルメッセンジャーと考えられてきた。また、[[マウス]][[神経芽細胞腫]]株[[N1E-115]]では、カルバコールでアセチルコリン受容体を刺激して産生されるIP<sub>3</sub>の半減期が約9 sとの報告もある<ref name=Wang1995><pubmed>7730788</pubmed></ref> 。その後、ヒト神経芽細胞腫株[[SH-SY5Y]]を用いた[[ケージドIP3|ケージドIP<sub>3</sub>]]の光解離で誘導されるCa<sup>2+</sup>パフ(puff)(ストア上に散在するIP<sub>3</sub>Rチャネルクラスター単位で起きる要素的なCa<sup>2+</sup>放出[elementary Ca<sup>2+</sup> release])では、IP<sub>3</sub>の拡散定数は≤10 6micro;m<sup>2</sup>/sec(アフリカツメガエル卵母細胞での遊離Ca<sup>2+</sup>のDに匹敵)で推定される作用範囲も< 5 &micro;mと、典型的な哺乳類細胞のサイズよりもやや小さいことから、IP<sub>3</sub>もローカルメッセンジャーとしてはたらくと報告された<ref name=Dickinson2016><pubmed>27919026</pubmed></ref>('''表1''')。
 こうした研究報告から、Ca<sup>2+</sup>と比較して、IP<sub>3</sub>はグローバルメッセンジャーと考えられてきた。また、[[マウス]][[神経芽細胞腫]]株[[N1E-115]]では、カルバコールでアセチルコリン受容体を刺激して産生されるIP<sub>3</sub>の半減期が約9 sとの報告もある<ref name=Wang1995><pubmed>7730788</pubmed></ref> 。その後、ヒト神経芽細胞腫株[[SH-SY5Y]]を用いた[[ケージドIP3|ケージドIP<sub>3</sub>]]の光解離で誘導されるCa<sup>2+</sup>パフ(puff)(ストア上に散在するIP<sub>3</sub>Rチャネルクラスター単位で起きる要素的なCa<sup>2+</sup>放出[elementary Ca<sup>2+</sup> release])では、IP<sub>3</sub>の拡散定数は≤10 6micro;m<sup>2</sup>/sec(アフリカツメガエル卵母細胞での遊離Ca<sup>2+</sup>のDに匹敵)で推定される作用範囲も< 5 &micro;mと、典型的な哺乳類細胞のサイズよりもやや小さいことから、IP<sub>3</sub>もローカルメッセンジャーとしてはたらくと報告された<ref name=Dickinson2016><pubmed>27919026</pubmed></ref>('''表1''')。