エンドフェノタイプ

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橋本 亮太
大阪大学
DOI:10.14931/bsd.2230 原稿受付日:2012年9月4日 原稿完成日:2012年11月15日
担当編集委員:加藤 忠史(独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)

英:endophenotype 独:Endophänotyp 仏:endophénotype

同義語:中間表現型(intermediate phenotype)

 エンドフェノタイプは、遺伝学的な研究における表現型である。統合失調症双極性障害などの精神障害においては、家族集積性が認められ強い遺伝要因があることから、リスク遺伝子原因遺伝子が存在することが想定されている。しかし、統合失調症や双極性障害そのものを表現型とした連鎖解析研究や関連解析研究において、結果が一致しないことから、病気そのものではなく、遺伝子と病気という表現型の「中間」に存在するその精神障害において認められる特徴的な神経生物学的な障害であるエンドフェノタイプを遺伝学的な表現型を用いることが有用ではないかと考えられた。

 例えば、統合失調症家系の中に、双極性障害、うつ病パーソナリティ障害などの者がいた場合、「罹患者」と考えるか、「非罹患者」と考えるかで、解析結果が異なり、これが連鎖解析の再現性を失わせている可能性がある。この問題が、疾患と遺伝子多型との関連解析に加えて、疾患とエンドフェノタイプの関係、エンドフェノタイプと遺伝子多型の関連を、それぞれ独立に検討することにより、解決できるのではないかと期待される。

 なお、中間表現型(intermediate phenotype) は、元来、遺伝学用語で、不完全優生遺伝において、ヘテロ接合体が示すホモ接合体と野生型の中間的な表現型を意味する用語であり、エンドフェノタイプと重なりがある可能性はあるものの、厳密には由来の異なる概念である。しかし、現在では、同義語として用いられる場合も多い。

歴史

図1.中間表現型研究の発展

 1986年にGershonらが精神医学領域において、初めてエンドフェノタイプの概念について提唱した[1]。その後Gottesmanらがエンドフェノタイプという用語を導入し[2]、一方、Weinbergerらは、同様の概念に対し、1998年に中間表現型(intermediate phenotype)という用語を用いた[3]

 2001年にWeinbergerらが、ドーパミンの代謝酵素であるカテコール-O-メチル基転移酵素(catechol-O-methyltransferase, COMT)遺伝子の機能的多型であるVal多型はMet多型と比較してCOMT酵素活性が高く、その結果、前頭葉のドーパミン量が低下し、前頭葉機能とその効率が悪くなることを認知機能機能的MRIを用いて示し、最後に統合失調症のリスクとなるという発表を行った[4]。この研究を端緒に、統合失調症の認知機能障害、脳神経画像の異常、神経生理学的異常所見を中間表現型として統合失調症のリスク遺伝子を見出す研究が実際的に開始された。本邦においては、2003年に橋本らがWeinbergerらの考えを日本に紹介した[5]

 Pubmedにおいてendophenotype (intermediate phenotype)で引用される論文は、1990年前半で10編、後半で約50編、2000年前半で約400編、2000年後半で約1200編と急速に増えており[6]、本邦においてはこの分野の日本生物学的精神医学会年会における中間表現型の発表は概念が導入された2003年にはなかったものの2010年には口演の22%、ポスター発表の9%を占めるようになり、遺伝学的研究のみならず、生物学的精神医学研究の中心的な研究手法となりつつある(図1)[7]

 本邦では、中間表現型という用語がよく用いられるが、遺伝子と精神疾患の中間、健常者と患者の中間にある精神疾患を持たない患者血縁者においても認められる、といったイメージから、わかりやすいためと思われる。

定義

表1.定義(理想的な精神障害の中間表現型の定義)[8]

1) 遺伝性がある
2) 量的に測定可能である
3) 精神障害の弧発例において精神障害や症状と関連する
4) 長期にわたって安定である
5) 精神障害の家系内で精神障害を持たないものにおいても発現が認められる
6) 精神障害の家系内では精神障害を持つものでは持たないものより関連が強い

 1986年にGershon & Goldinが、最初に1)、3)、4)、6)を定義した[1]。その後1998年に、Leboyerらは5)を追加し[9]、さらに2006年にWeinbergerらは、2)を導入することで、疾患のあり/なしというような2分法ではなく、量的に測定可能な表現型を用いることで健常者においても測定でき、さらに中間表現型の関連を検出することが疾患との関連より統計学的に有利であることを示した[10]

統合失調症

図2.エンドフェノタイプ(中間表現型)の新しい方向性

 代表的な統合失調症のエンドフェノタイプ(中間表現型)としては、認知機能、脳画像、神経生理機能などがよく用いられてきたが、最近はより幅広く、人格傾向や遺伝子発現などもエンドフェノタイプの一つとして用いられるようになってきた(図2)[11]。認知機能には、言語性記憶、視覚性記憶、作業記憶遂行機能、語流暢性、注意・集中力、精神運動速度、視・知覚運動処理などがある。言語性記憶に関しても短期記憶長期記憶に分かれ、さらにそれぞれについて確立した測定法が複数あるため、本来ならばその一つ一つについて中間表現型の定義を満たすかどうかを確認する必要があるが、実際にそのエビデンスがあるものは少ないのが現状である[8]。ある程度妥当性のあるエンドフェノタイプは存在するが、理想的なエンドフェノタイプは未だ存在しないと言えよう。

 以下によく用いられる統合失調症のエンドフェノタイプについて述べる。

認知機能

 認知機能を測定する多数の検査がエンドフェノタイプとされており、最も多数の検討がなされてきている。認知機能検査は、認知機能のある領域を測定することを目的に作られているが、課題達成には主な領域以外の機能も用いる必要があることを知っておく必要がある。その中でも特に、効果サイズの大きいものを以下に述べる[12]

  • CPT(continuous performance test)のD’ 
  • Trails B
  • WAIS-R(ウェクスラー成人知能検査:Wechsler Adult Intelligence Scale)の単語
  • WMS-R(ウェクスラー記憶検査:Wechsler Memory Scale-Revised)の言語性記憶I
  • WCST(ウィスコンシンカード分類課題Wisconsin Card Sorting Test)のPerseverative error

 それぞれの検査の他のスコアにおいても効果サイズの大きいものがいくつもある。

脳神経画像

 脳構造画像においては、統計的パラメトリックマッピング(Statistical Parametric Mapping, SPM)を用いたVoxel-Based-Morphometry(VBM)法が導入され、全脳における定量的な解析を比較的簡単に行えるようになったことで、飛躍的にこの分野の研究が進んだ。その結果、全脳の体積や灰白質の体積がエンドフェノタイプとして用いられるようになった[13]白質の統合性を測定する拡散テンソル画像(Diffusion tensor imaging, DTI)についても検討が進んでいる。

 脳機能画像研究においては、課題を用いた時の脳血流の変化(賦活化)を定量する機能的MRI(fMRI)が主に用いられている[10]。統合失調症においてよく研究されているのは、ワーキングメモリー課題とエピソード記憶課題である。次に、情動制御課題や報酬課題がよく用いられる。

神経生理機能

 神経生理機能については、単純な非言語性の刺激を用いるため、年齢、人種、用いる言語に関係なく簡便に施行できるという利点がある。統合失調症では、プレパルス抑制テスト(prepulse Inhibition, PPI)、眼球運動アンチサッケード課題)、P50(音刺激に対して50ミリ秒前後で発生する聴覚誘発電位)、ミスマッチネガティビティ近赤外スペクトロスコピー (NIRS)などが用いられるが、遺伝性についても示されているものはプレパルス抑制テストと眼球運動である[14] [15]。その中でも、PPIはマウスなどの動物モデルにおいても同様な検査が可能であるため、汎用されており、関連する遺伝子についての知見も多い[16]

その他

 エンドフェノタイプの概念が広がり、死後脳やリンパ芽球における遺伝子発現やパーソナリティー傾向もその候補として考えられるようになってきたが、まだ十分な検討はなされておらず、今後の発展が期待される。

双極性障害

 双極性障害のエンドフェノタイプにエビデンスは、まだ研究報告が少ないため統合失調症のそれよりも小さい。よって、双極性障害においても理想的なエンドフェノタイプは存在していないが、いくつか有力な候補について述べる。
 認知機能については多数の報告があるが、過去の文献をレビューすると一致度は小さい[17]。但し、その後、作業記憶、陳述記憶が有望であるとの報告がされている[18]。神経生理機能については、眼球運動、P50、PPI、P300などが有力ではあるが、すべて統合失調症と重なっている[19]。脳神経画像については、前頭辺縁系の体積や情動刺激課題中の辺縁系を中心とした賦活が関与しているという報告が出始めたばかりである[20] [21]。血液細胞におけるカルシウム濃度や培養リンパ芽球における遺伝子発現が、遺伝子多型を反映するものとして有望とされているが、遺伝性などについてはまだ十分な検討がなされていない[22]

今後の方向性と課題

今後の方向性

 精神障害のリスク遺伝子を見出すための一方法としてエンドフェノタイプという概念が提唱されたが、その概念は徐々に拡大しており、遺伝子と量的に測定可能な神経生物学的な表現型との関連を検討することにより、その遺伝子の機能を見出すというように広く用いられるようになってきている(図2)[11]。その結果、脳神経画像の分野ではimaging geneticsとして、神経心理学の分野ではneurocognitive geneticsとして発展してきている[23]。エンドフェノタイプと遺伝子の関連解析は、異分野の研究手法を用いて多数のサンプルサイズを必要とするため、この解析が可能な研究施設は少ないという問題点があるが、精神疾患を超えて神経科学の分野のトレンドとなることでこの問題が解決すると考えられ、今後の発展が期待される。

 エンドフェノタイプは、精神疾患における定量的に測定できる神経生物学的な表現型であることから、いわゆる生物学的な診断マーカーとしての期待が持てる。一つ一つの中間表現型(例えば、記憶障害や脳構造異常)の感度と特異度は十分ではなく、未だ生物学的な診断マーカーは見つかっていない。しかし、精神疾患の病態のうち異なる遺伝子による異常を反映すると考えられるエンドフェノタイプの組み合わせを用いることにより、診断マーカーの開発につながることが期待されている(図2)[11]

 動物モデルの研究への応用可能性も今後期待される分野である。現在、精神疾患の診断は、多くを患者本人の主観的体験の陳述と行動の観察に頼っている。特に、幻聴妄想といった症状は、動物で定義することは不可能である。動物でも定量可能なエンドフェノタイプを用いることで、こうした問題を克服できる可能性がある。実際に、統合失調症においてはプレパルス抑制の障害をヒトとモデル動物の双方に用いて研究がなされている。また、エンドフェノタイプ概念を、ヒトで直接測定することの困難な、細胞、神経回路レベルにまで拡張できるかどうかは、今後の課題であろう。

今後の課題

 エンドフェノタイプ研究の第一の課題は、解析手法の多様性と、それに伴うサンプル収集の困難さである。すなわち、エンドフェノタイプ研究は、精神疾患という表現型を扱う精神医学、遺伝学、エンドフェノタイプである脳神経画像学などを統合した研究であり、多分野を理解し統合することのできる研究者が、それぞれの専門家と協力するという体制をつくる必要があると言えよう。そのような困難もある中、本邦では、ヒト脳表現型コンソーシアム( http://www.sp-web.sakura.ne.jp/lab/consortium.html )が、多数のサンプルを収集してデータの提供や共同研究を行なっている[7]

 次は精神疾患のリスク遺伝子を見出す上で、本当にエンドフェノタイプが有用なのかどうか、という方法論的な問題点である。エンドフェノタイプの遺伝率が、精神疾患そのものの遺伝率より低ければ、エンドフェノタイプを用いる意義が乏しくなってしまう。この点について、現時点では結論は出ていない。

 エンドフェノタイプは、その定義から素因依存性(trait dependent, 状態によって変化しないもの)であるべきであるが、このような表現型はしばしば状態依存性(state dependent)に変化するという問題点がある。例えば、認知機能は服用している向精神薬の影響を受けることがあり、神経生理機能である脳波やプレパルス抑制などは、喫煙の影響を強く受け、遺伝子発現においては死後脳では死因を強く反映する。さらに、統合失調症では、精神症状と認知機能が相関することが知られており、精神症状が悪化すると、測定することすら不可能となる。比較的安定であると思われている脳構造画像においても、近年は発症後にさまざまな部位で進行性に脳体積の減少が起こることが知られている。このように、素因だけではなく、測定時の生理的な状態、精神症状、精神疾患の進行(病期)の影響を受けるため、すべてが遺伝子で説明できるわけではないことを理解したうえで、用いていく必要があると思われる。

参考文献

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