「位置情報」の版間の差分

編集の要約なし
編集の要約なし
編集の要約なし
36行目: 36行目:
 一方、蓋板に発現するBMPシグナル分子に関しては、少なくともBMP4/5/6/7が発現しているほか、これらと同様にTGFスーパーファミリーに属するGDF7が存在する19-21。BMPシグナルを全体をブロックするためにBMPレセプターのノックアウトが行われており、このノックアウトマウスはdI1/dI2領域が欠損することが明らかになっている24が、Wnt1/3aは(若干発現量が減少するものの)発現は維持されている。また、GDF7のノックアウトマウスでは背側の介在神経前駆細胞(dP1-dP6; 図2A)のほとんどの分化が抑制されるが、Wnt1/3aの発現は影響を受けていない25。したがって、WntとBMPはいずれも背側神経管のパターン形成に重要だが、互いの発現には大きな影響を及ぼさず、独立に背側のパターン形成に役割を担っていると考えられる。
 一方、蓋板に発現するBMPシグナル分子に関しては、少なくともBMP4/5/6/7が発現しているほか、これらと同様にTGFスーパーファミリーに属するGDF7が存在する19-21。BMPシグナルを全体をブロックするためにBMPレセプターのノックアウトが行われており、このノックアウトマウスはdI1/dI2領域が欠損することが明らかになっている24が、Wnt1/3aは(若干発現量が減少するものの)発現は維持されている。また、GDF7のノックアウトマウスでは背側の介在神経前駆細胞(dP1-dP6; 図2A)のほとんどの分化が抑制されるが、Wnt1/3aの発現は影響を受けていない25。したがって、WntとBMPはいずれも背側神経管のパターン形成に重要だが、互いの発現には大きな影響を及ぼさず、独立に背側のパターン形成に役割を担っていると考えられる。
 それでは濃度の勾配は重要であろうか。実際には、WntやBMPの濃度勾配が背側神経管のパターン形成に必須であるというデータがある23,26 。その一方最近、濃度勾配よりもシグナル因子の種類そのものの違いが細胞の分化方向を決定している(例えばBMP4 はdI1を強く誘導する一方で、BMP5はdI3を、BMP6とGDF7はdI1とdI3の分化を誘導する)という主張も存在する。したがって、蓋板から発現する様々なBMP/Wnt因子が独立に濃度勾配を形成し、その組み合わせが領域の多様性を生み出すと考えられる。
 それでは濃度の勾配は重要であろうか。実際には、WntやBMPの濃度勾配が背側神経管のパターン形成に必須であるというデータがある23,26 。その一方最近、濃度勾配よりもシグナル因子の種類そのものの違いが細胞の分化方向を決定している(例えばBMP4 はdI1を強く誘導する一方で、BMP5はdI3を、BMP6とGDF7はdI1とdI3の分化を誘導する)という主張も存在する。したがって、蓋板から発現する様々なBMP/Wnt因子が独立に濃度勾配を形成し、その組み合わせが領域の多様性を生み出すと考えられる。
== 濃度勾配の形成と維持 ==
一般に濃度勾配の形成は、分泌因子の拡散と、それを抑制(または制御)する効果のバランスによって成立している27。まず、シグナリングセンターで産生されたモルフォゲンは、そこから組織内へと放出され、細胞間隙(細胞外マトリックス)に浸透して組織内へと拡散する(図3A)。しかし、モルフォゲンが産出され、湧出するだけでは、器官のように閉鎖された空間では一定時間の後には濃度が一定になってしまう。したがって、その濃度勾配を維持するために、モルフォゲンの拡散(遠くに伝えようとする作用)と、拡散を制限する(遠くに行かせない)作用のバランスが保持されている。そのメカニズムには以下のようなものが知られている。
まずモルフォゲンを遠くに伝えるための方策としては、モルフォゲンが細胞間隙を浸潤・拡散していくほかに、モルフォゲンが細胞内を通過して拡散する「トランスサイトーシス(transcytosis)」の経路が知られている(図3)28-33。ショウジョウバエの羽の原基(wing disc)における分泌因子dppの拡散様式は、この原則に従うことが知られている。一方、拡散を抑制する作用の1つとしては、たんぱく質の分解やエンドサイトーシスによる細胞内への取り込みが挙げられる。タンパク質は一般に一定時間が過ぎると分解されるため、同時に産生されたたんぱく質の分子数(量)は時間とともに徐々に減少する。
濃度勾配を維持するための別の制御として、細胞外マトリックスたんぱく質の存在が知られている。これは、濃度勾配を時するために、拡散を補助することもあれば抑制することもある。
細胞外マトリックスたんぱく質のうち、主なものはヘパラン硫酸プロテオグリカン(HSPG; heparin sulfate proteoglycan)と総称される糖タンパク質で、このうちグリピカンやシンデカンがモルフォゲン産生細胞の周辺部に分布してモルフォゲンに結合し、モルフォゲンの拡散を助け、あるいは抑制して濃度勾配の維持に関与すると示唆されている30。例えばGlypican-3(GPC3)はShhやWntに結合することが示されているが、Wntシグナルを増強する一方で、Shhシグナルを弱化する34,35。特にShhはGPC3の糖鎖に結合してエンドサイトーシスによって細胞内に取り込まれ、リソソームによる分解系に送り込まれる34。逆に、GPC3のノックアウトマウスではShhシグナルの異常亢進を起こしている。
一方、他のグリピカンについては、ショウジョウバエを用いた実験から別のメカニズムが提唱されている。GPC4やGPC6のショウジョウバエホモログDally-like(Dlp)は、同じくHhやWg(Wntのショウジョウバエホモログ)に結合し、エンドサイトーシスによって細胞内に取り込む36が、Hhは分解されずトランスサイトーシスされ、Wgは分解形に送り込まれる37。このように、グリピカンなどの細胞外マトリックスタンパク質によるシグナル分子への結合、細胞内への取り込み、拡散・分解のシステムはシグナル分子特異的である。
エンドサイトーシスによるモルフォゲンの取り込みに関してはゼブラフィッシュにおけるリアルタイムイメージングによっても示されている。このように、細胞がモルフォゲン分子を取り込んで分解する様子は、分子を積極的に排除することを意味し、湧き出したモルフォゲンが流し台で排出される様子に例えることができるので、「source-sink model(湧き出しと排水モデル)」と呼ばれる27,30,38。以上のように、拡散と分解のバランスが組織内におけるモルフォゲンの濃度勾配を調節していると言える。
==関連項目==
==参考文献==
<references/>