「低親和性神経成長因子受容体」の版間の差分

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英語名: Low-affinity nerve growth factor receptor
英語名: Low-affinity nerve growth factor receptor 独:Nervenwachstumsfaktor-Rezeptor mit niedriger Affinität
同義語:低親和性神経栄養因子受容体、p75、p75<sup>NTR</sup>


[[Image:1. p75とTrk受容体の構造.png|thumb|250px|'''図1.p75とTrk受容体の構造''']]
[[Image:1. p75とTrk受容体の構造.png|thumb|250px|'''図1.p75とTrk受容体の構造''']]
[[Image:2. 神経栄養因子と受容体の構造.png|thumb|250px|'''図2.神経栄養因子と受容体の結合''']]  
[[Image:2. 神経栄養因子と受容体の構造.png|thumb|250px|'''図2.神経栄養因子と受容体の結合''']]  


 p75は、[[神経栄養因子]] (neurotrophin)に対する、分子量75 kDaの一回膜貫通型[[受容体]]であり、[[tumour necrosis factor]] ([[TNF]]) receptorスーパーファミリーに属する (図1)。[[wikipedia:ja:哺乳類|哺乳類]]において、単量体で神経栄養因子nerve growth factor (NGF)、[[brain-derived neurotrophic factor]] ([[BDNF]])、[[neurotrophin-3]] ([[NT-3]])、[[neurotrophin-4/5]] ([[NT-4/5]])と低親和性(Kd = 10<sup>-9</sup>&nbsp;M)に結合し、[[Trk (tropomyosin receptor kinases)受容体]]とのヘテロ二量体の形成により、高親和性(Kd = 10<sup>-11</sup> M)に結合するようになると考えられている。p75は神経栄養因子との結合により、[[細胞死]]や細胞生存の調節、[[軸索伸長]]の制御など、多彩な機能を示す。また、神経栄養因子前駆体と結合し、細胞死を誘導する <ref><pubmed> 11114882 </pubmed></ref>。  
 低親和性神経成長因子受容体 (p75)は、[[神経栄養因子]] (neurotrophin)に対する、分子量75 kDaの一回膜貫通型[[受容体]]であり、[[腫瘍壊死因子]] ([[tumour necrosis factor]], [[TNF]])受容体スーパーファミリーに属する (図1)。[[wikipedia:ja:哺乳類|哺乳類]]において、単量体で神経栄養因子nerve growth factor (NGF)、[[脳由来神経栄養因子]] ([[brain-derived neurotrophic factor]], [[BDNF]])、[[neurotrophin-3]] ([[NT-3]])、[[neurotrophin-4/5]] ([[NT-4/5]])と低親和性(Kd = 10<sup>-9</sup> M)にて結合し、[[|Trk受容体|tropomyosin receptor kinases (Trk) 受容体]]とのヘテロ二量体の形成により、高親和性(Kd = 10<sup>-11</sup> M)にて結合するようになると考えられている。p75は神経栄養因子との結合により、[[細胞死]]や細胞生存の調節、[[軸索伸長]]の制御など、多彩な機能を示す。また、神経栄養因子前駆体と結合し、細胞死を誘導する <ref><pubmed> 11114882 </pubmed></ref>。  


== 神経栄養因子との結合  ==
==低親和性神経成長因子受容体とは==


 p75は、Johnsonらにより、神経栄養因子NGFの受容体として配列が同定された <ref><pubmed> 3022937 </pubmed></ref>。神経栄養因子とは、神経系において[[細胞増殖]]や[[分化]]の調節といった神経栄養作用を示す、構造や遺伝子配列の類似した液性因子である。哺乳類には、NGF、BDNF、NT-3、NT-4/5の4種類の神経栄養因子が存在し、Trkとp75の2種類の受容体を介して、神経系の細胞生存、細胞死、増殖、分化、軸索伸長といった多彩な作用を発揮する。Trk受容体には[[TrkA]]、[[TrkB]]、[[TrkC]]があり、各々の神経栄養因子は、特異的なTrk受容体に結合する。p75は全ての神経栄養因子と低親和性 (Kd = 10<sup>-9</sup> M)に結合する (図2)。多くの神経系の細胞において、p75はTrk受容体と共発現しており、リガンド依存性にも、非依存性にもTrk受容体と結合する。p75はTrk受容体とのヘテロ二量体の形成により、神経栄養因子と高親和性(Kd = 10<sup>-11</sup> M)に結合するようになると考えられている。
 低親和性神経成長因子受容体 (p75)は、Johnsonらにより、神経栄養因子NGFの受容体として配列が同定された <ref><pubmed> 3022937 </pubmed></ref>。神経栄養因子とは、神経系において[[細胞増殖]]や[[分化]]の調節といった神経栄養作用を示す、構造や遺伝子配列の類似した液性因子である。哺乳類には、NGF、BDNF、NT-3、NT-4/5の4種類の神経栄養因子が存在し、Trkとp75の2種類の受容体を介して、神経系の細胞生存、細胞死、増殖、分化、軸索伸長といった多彩な作用を発揮する。Trk受容体には[[TrkA]]、[[TrkB]]、[[TrkC]]があり、各々の神経栄養因子は、特異的なTrk受容体に結合する。p75は全ての神経栄養因子と低親和性 (Kd = 10<sup>-9</sup> M)に結合する (図2)。多くの神経系の細胞において、p75はTrk受容体と共発現しており、リガンド依存性にも、非依存性にもTrk受容体と結合する。p75はTrk受容体とのヘテロ二量体の形成により、神経栄養因子と高親和性(Kd = 10<sup>-11</sup> M)に結合するようになると考えられている。


 p75は、細胞外に神経栄養因子との結合に関与する4つのcysteine-rich repeatを有し、細胞内にJuxtamembrane domainと6つの[[wikipedia:α-helical|α-helical]] domainからなる[[Death domain]]を有する (図1)。TrkAとNGFは対照的な2:2の結合が知られていたが、p75とNGFは1:2で結合する。これは、p75との結合により、NGF二量体のうち、p75との非結合部位で立体構造変化が起こり、2つ目のp75との結合が阻害されるためである。p75の単量体がアポトーシスを誘導し、二量体化するとアポトーシス誘導作用が阻害されることが報告されているが、一つのモデルとして、神経栄養因子によるp75二量体の解離が、p75の活性化を引き起こすという説明がなされている。
==構造==
 
 p75は、細胞外に神経栄養因子との結合に関与する4つのcysteine-rich repeatを有し、細胞内にJuxtamembrane domainと6つの[[wikipedia:ja:αヘリックス|α-helical]] domainからなる[[Death domain]]を有する (図1)。TrkAとNGFは対照的な2:2の結合が知られていたが、p75とNGFは1:2で結合する。これは、p75との結合により、NGF二量体のうち、p75との非結合部位で立体構造変化が起こり、2つ目のp75との結合が阻害されるためである。p75の単量体がアポトーシスを誘導し、二量体化するとアポトーシス誘導作用が阻害されることが報告されているが、一つのモデルとして、神経栄養因子によるp75二量体の解離が、p75の活性化を引き起こすという説明がなされている。
 
==ファミリー==
 
 腫瘍壊死因子(tumour necrosis factor, TNF)受容体スーパーファミリーに属する。(編集コメント:サブタイプや選択的スプライス型の有無など御記述ください)
 
==発現==
 
 (編集コメント:組織発現、細胞内発現パタンなどについて御記述ください)
 
==活性調節==


 神経栄養因子は前駆体から合成される。神経栄養因子前駆体が、[[トランスゴルジネットワーク]]で転換酵素による切断を受けて、C末端から活性型神経栄養因子を生じる。神経栄養因子前駆体は、細胞外に分泌される神経栄養因子のうち40~60%を占めることから、それ自体が生理作用を有すると考えられており、[[proNGF]]が[[交感神経]]細胞や[[オリゴデンドロサイト]]などのp75を発現する細胞において、細胞死を誘導することが示された。p75は神経栄養因子前駆体と高親和性 (Kd = ~2x10<sup>-10</sup> M)に結合し、細胞死を誘導する。一方、Trk受容体は神経栄養因子前駆体に対して、低親和性 (Kd = ~2x10<sup>-8</sup> M)である <ref name="ref3"><pubmed> 11729324 </pubmed></ref>。  
 神経栄養因子は前駆体から合成される。神経栄養因子前駆体が、[[トランスゴルジネットワーク]]で転換酵素による切断を受けて、C末端から活性型神経栄養因子を生じる。神経栄養因子前駆体は、細胞外に分泌される神経栄養因子のうち40~60%を占めることから、それ自体が生理作用を有すると考えられており、[[proNGF]]が[[交感神経]]細胞や[[オリゴデンドロサイト]]などのp75を発現する細胞において、細胞死を誘導することが示された。p75は神経栄養因子前駆体と高親和性 (Kd = ~2x10<sup>-10</sup> M)に結合し、細胞死を誘導する。一方、Trk受容体は神経栄養因子前駆体に対して、低親和性 (Kd = ~2x10<sup>-8</sup> M)である <ref name="ref3"><pubmed> 11729324 </pubmed></ref>。  


== 機能 ==
==神経系での機能 ==


 Trk受容体は細胞生存や軸索伸長など細胞に対して正の機能を調節するのに対し、p75は細胞死や細胞生存の調節、軸索伸長の制御など、正と負両方の調節を行う。他にも、シュワン細胞の遊走、[[ミエリン]]形成、[[シナプス]]形成の制御や、感覚神経機能、カルシウム流入の調節などの機能を示す。p75の下流では[[JNK]]、[[p53]]、[[NF-κB]]、[[TRAFs]]、[[SC-1]]、[[Rho]]、[[Rac]]などの分子が、多様な機能の制御に関わっている。
 Trk受容体は細胞生存や軸索伸長など細胞に対して正の機能を調節するのに対し、p75は細胞死や細胞生存の調節、軸索伸長の制御など、正と負両方の調節を行う。他にも、シュワン細胞の遊走、[[ミエリン]]形成、[[シナプス]]形成の制御や、感覚神経機能、カルシウム流入の調節などの機能を示す。p75の下流では[[JNK]]、[[p53]]、[[NF-κB]]、[[TRAFs]]、[[SC-1]]、[[Rho]]、[[Rac]]などの分子が、多様な機能の制御に関わっている。
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 p75は細胞内にDeath domainを有することから、細胞死を誘導する。当初、p75の強制発現により、細胞死が誘導され、NGF投与により抑制されることが示された。研究が進み、p75は神経栄養因子との結合によっても、細胞死を誘導することが示された。培養オリゴデンドロサイトはp75を発現しており、培養液中にNGFを添加すると細胞死が誘導される <ref><pubmed> 8878481 </pubmed></ref>。in vivoの実験において、最初にp75を介したリガンド依存性の細胞死が示されたのは、発生期の[[wikipedia:ja:鳥類|鳥類]][[網膜]]神経細胞である <ref><pubmed> 8774880 </pubmed></ref>。中和[[wikipedia:ja:抗体|抗体]]を用いてNGFやp75の活性を阻害すると、[[プログラム細胞死]]が抑制されたことから、内在性のNGFが網膜神経細胞死におけるプログラム細胞死を誘導することが示された。細胞死誘導機構として、p75の下流でJNK/p53/[[Bax]]経路の活性化が報告されている。NGFだけでなく、BDNFもまた、p75を介して神経細胞死を誘導する。[[交感神経細胞]]の培養系では、低濃度のNGF、[[wikipedia:KCl|KCl]]で細胞生存が維持されるが、BDNFにより細胞死が誘導される(この細胞では、BDNFによるTrk受容体の活性化が誘導されない)。bdnf-/-マウス、p75-/-マウスの交感神経細胞は、WTに比べ、細胞死が抑制されることが示された。また、BDNF-/-マウスの交感神経細胞は、WTに比べ、細胞数が増加していることが示された。これらの結果から、内在性のBDNFも、p75を介した神経細胞死を誘導することが明らかになった。
 p75は細胞内にDeath domainを有することから、細胞死を誘導する。当初、p75の強制発現により、細胞死が誘導され、NGF投与により抑制されることが示された。研究が進み、p75は神経栄養因子との結合によっても、細胞死を誘導することが示された。培養オリゴデンドロサイトはp75を発現しており、培養液中にNGFを添加すると細胞死が誘導される <ref><pubmed> 8878481 </pubmed></ref>。in vivoの実験において、最初にp75を介したリガンド依存性の細胞死が示されたのは、発生期の[[wikipedia:ja:鳥類|鳥類]][[網膜]]神経細胞である <ref><pubmed> 8774880 </pubmed></ref>。中和[[wikipedia:ja:抗体|抗体]]を用いてNGFやp75の活性を阻害すると、[[プログラム細胞死]]が抑制されたことから、内在性のNGFが網膜神経細胞死におけるプログラム細胞死を誘導することが示された。細胞死誘導機構として、p75の下流でJNK/p53/[[Bax]]経路の活性化が報告されている。NGFだけでなく、BDNFもまた、p75を介して神経細胞死を誘導する。[[交感神経細胞]]の培養系では、低濃度のNGF、[[wikipedia:KCl|KCl]]で細胞生存が維持されるが、BDNFにより細胞死が誘導される(この細胞では、BDNFによるTrk受容体の活性化が誘導されない)。bdnf-/-マウス、p75-/-マウスの交感神経細胞は、WTに比べ、細胞死が抑制されることが示された。また、BDNF-/-マウスの交感神経細胞は、WTに比べ、細胞数が増加していることが示された。これらの結果から、内在性のBDNFも、p75を介した神経細胞死を誘導することが明らかになった。


 神経栄養因子の結合により、p75の下流では、様々な[[シグナル伝達]]経路が活性化される。代表的なものに、[[JNK経路]]がある。JNKの下流で、[[c-jun]]の[[リン酸化]]、p53、[[Bad]]、[[Bim]]の活性化、[[ミトコンドリア]]へのBaxの移行と[[cytochrome c]]の放出、[[caspase]]の活性化を介して神経細胞死が誘導される。さらに、JNKは[[Fas ligand]] の発現を誘導し、[[Fas受容体]]の活性化を介して神経細胞死を誘導する。
 神経栄養因子の結合により、p75の下流では、様々な[[シグナル伝達]]経路が活性化される。代表的なものに、[[JNK経路]]がある。JNKの下流で、[[c-jun]]の[[リン酸化]]、p53、[[Bad]]、[[Bim]]の活性化、[[ミトコンドリア]]へのBaxの移行と[[チトクロームc]]の放出、[[カスパーゼ]]の活性化を介して神経細胞死が誘導される。さらに、JNKは[[Fasリガンド]] の発現を誘導し、[[Fas受容体]]の活性化を介して神経細胞死を誘導する。


 p75自体は触媒活性を持たないが、様々な[[アダプタータンパク質]]と結合し、下流シグナルを活性化する。p75のアダプタータンパク質であるneurotrophin receptor interacting factor (NRIF)、neurotrophin associated cell death executor (NADE)、neurotrophin receptor interacting melanoma-associated antigen (MAGE) homolog (NRAGE)、TNF receptor associated factors (TRAFs)は、単独で或いは協調して、JNK経路を活性化することで、p75依存性の細胞死を促進する。NRIFは組織全体に発現する[[zinc fingerタンパク質]]である。NRIF-/-マウスでは、網膜神経細胞におけるプログラム細胞死が抑制される。細胞死抑制の程度がp75-/-マウスやNGF-/-マウスと同程度であることから、p75がNRIFを介して細胞死を誘導することが推察される。
 p75自体は触媒活性を持たないが、様々な[[アダプタータンパク質]]と結合し、下流シグナルを活性化する。p75のアダプタータンパク質である[[neurotrophin receptor interacting factor]] ([[NRIF]])、[[neurotrophin associated cell death executor]] ([[NADE]])、[[neurotrophin receptor interacting melanoma-associated antigen homolog|neurotrophin receptor interacting melanoma-associated antigen (MAGE) homolog]] ([[NRAGE]])、[[TNF receptor associated factors]] ([[TRAFs]])は、単独で或いは協調して、JNK経路を活性化することで、p75依存性の細胞死を促進する。NRIFは組織全体に発現する[[zinc fingerタンパク質]]である。NRIF-/-マウスでは、網膜神経細胞におけるプログラム細胞死が抑制される。細胞死抑制の程度がp75-/-マウスやNGF-/-マウスと同程度であることから、p75がNRIFを介して細胞死を誘導することが推察される。


 また、p75の活性化は、E3ユビキチンリガーゼであるTRAF6によるNRIF K63の[[ユビキチン化]]を引き起こし、NRIFの核内移行を可能にする。加えて、NRIFの核内移行には、[[γ-secretase]]によるp75 ICDの切断が必要である。NRIFとTRAF6の相互作用を抑制すると、NRIFの核内移行や、細胞死が抑制される。TRAF6やNRIFを欠損した交感神経細胞では、JNKの活性化が抑制される。NADEはNGF刺激によるp75の活性化を介したアポトーシスの誘導に関与する。内在性にp75を発現するPC12細胞やnnr5細胞において、NADEはNGF存在下でp75と結合し、細胞死を誘導する。BDNF、NT-3、NT-4/5刺激ではp75/NADEによる細胞死は誘導されない。NADEのみを強制発現しても細胞死は誘導されない。
 また、p75の活性化は、[[E3ユビキチンリガーゼ]]である[[TRAF6]]によるNRIF 63の[[ユビキチン化]]を引き起こし、NRIFの核内移行を可能にする。加えて、NRIFの核内移行には、[[γ-セクレターゼ]]によるp75 ICDの切断が必要である。NRIFとTRAF6の相互作用を抑制すると、NRIFの核内移行や、細胞死が抑制される。TRAF6やNRIFを欠損した交感神経細胞では、JNKの活性化が抑制される。NADEはNGF刺激によるp75の活性化を介したアポトーシスの誘導に関与する。内在性にp75を発現するPC12細胞やnnr5細胞において、NADEはNGF存在下でp75と結合し、細胞死を誘導する。BDNF、NT-3、NT-4/5刺激ではp75/NADEによる細胞死は誘導されない。NADEのみを強制発現しても細胞死は誘導されない。


 NRAGEはMAGEファミリーに属するタンパク質で、交感神経前駆細胞において、NGFによる細胞死シグナルを伝達する。NRAGEを強制発現することで、細胞増殖が抑制される。
 NRAGEはMAGEファミリーに属するタンパク質で、交感神経前駆細胞において、NGFによる細胞死シグナルを伝達する。NRAGEを強制発現することで、細胞増殖が抑制される。