「塩素チャネル」の版間の差分

編集の要約なし
編集の要約なし
編集の要約なし
3行目: 3行目:
同義語: アニオンチャネル、クロライドチャネル、Cl<sup>−</sup>チャネル、塩素イオンチャネル   
同義語: アニオンチャネル、クロライドチャネル、Cl<sup>−</sup>チャネル、塩素イオンチャネル   


 塩素チャネルとは、[[細胞膜]]に組み込まれた[[イオンチャネル]]の一種で、主に[[wikipedia:ja:塩化物イオン|塩化物イオン]](Cl<sup>−</sup>)を受動的に透過させる。ほとんどの塩素チャネルは、Cl<sup>−</sup>以外の[[wikipedia:ja:I-|I<sup>−</sup>]]・[[wikipedia:ja:Br-|Br<sup>−</sup>]]・[[wikipedia:ja:F-|F<sup>−</sup>]]等の無機陰イオン([[wikipedia:ja:アニオン|アニオン]])にも透過性を示し、また[[wikipedia:ja:NO3-|NO<sub>3</sub><sup>−</sup>]]・[[wikipedia:ja:SCN-|SCN<sup>−</sup>]]・[[wikipedia:ja:HCO3-|HCO<sub>3</sub><sup>−</sup>]]や[[グルタミン酸]]・[[アスパラギン酸]]等のアミノ酸アニオンにも透過性を示すものも多いことから、一般にアニオンチャネルとも呼ばれる。細胞[[膜電位]]・細胞内[[カルシウム]]イオン濃度・細胞容積の変化や、リガンドの結合あるいは[[cAMP]]依存性の[[リン酸化]]反応に応答して開口する塩素チャネルがある。神経系において最もよく知られる塩素チャネルは、神経細胞の興奮・抑制調節に関与するリガンド作動性塩素チャネル([[GABAA受容体|GABA<sub>A</sub>受容体]]、[[GABAC受容体|GABA<sub>C</sub>受容体]]、[[グリシン受容体]])である。リガンド作動性以外の塩素チャネルについて、現在のところ特異的な[[阻害薬]]がほとんど無い。塩素チャネルは神経系を含むあらゆる種類の細胞に発現し、膜電位や細胞容積の調節、細胞の移動・増殖や[[細胞死]]([[アポトーシス]])、[[分泌]]などの細胞の基本機能に広く関与しており、チャネル異常による遺伝性疾患も数多く知られている。  
 塩素チャネルとは、[[細胞膜]]に組み込まれた[[イオンチャネル]]の一種で、主に[[wikipedia:ja:塩化物イオン|塩化物イオン]](Cl<sup>−</sup>)を受動的に透過させる。ほとんどの塩素チャネルは、Cl<sup>−</sup>以外の[[wikipedia:I-|I<sup>−</sup>]]・[[wikipedia:Br-|Br<sup>−</sup>]]・[[wikipedia:F-|F<sup>−</sup>]]等の無機陰イオン([[wikipedia:ja:アニオン|アニオン]])にも透過性を示し、また[[wikipedia:NO3-|NO<sub>3</sub><sup>−</sup>]]・[[wikipedia:SCN-|SCN<sup>−</sup>]]・[[wikipedia:HCO3-|HCO<sub>3</sub><sup>−</sup>]]や[[グルタミン酸]]・[[アスパラギン酸]]等のアミノ酸アニオンにも透過性を示すものも多いことから、一般にアニオンチャネルとも呼ばれる。細胞[[膜電位]]・細胞内[[カルシウム]]イオン濃度・細胞容積の変化や、リガンドの結合あるいは[[cAMP]]依存性の[[リン酸化]]反応に応答して開口する塩素チャネルがある。神経系において最もよく知られる塩素チャネルは、神経細胞の興奮・抑制調節に関与するリガンド作動性塩素チャネル([[GABAA受容体|GABA<sub>A</sub>受容体]]、[[GABAC受容体|GABA<sub>C</sub>受容体]]、[[グリシン受容体]])である。リガンド作動性以外の塩素チャネルについて、現在のところ特異的な[[阻害薬]]がほとんど無い。塩素チャネルは神経系を含むあらゆる種類の細胞に発現し、膜電位や細胞容積の調節、細胞の移動・増殖や[[細胞死]]([[アポトーシス]])、[[分泌]]などの細胞の基本機能に広く関与しており、チャネル異常による遺伝性疾患も数多く知られている。  


== 種類  ==
== 種類  ==
15行目: 15行目:
#リガンド作動性塩素チャネル
#リガンド作動性塩素チャネル


 このうち、リガンド作動性塩素チャネルに関しては[[GABA受容体]]、[[グリシン受容体]]を参照。
 このうち、リガンド作動性塩素チャネルに関しては[[GABA受容体]]、グリシン受容体を参照。


{| border="1" cellspacing="1" cellpadding="1"
{| border="1" cellspacing="1" cellpadding="1"
73行目: 73行目:
== ClC塩素チャネル  ==
== ClC塩素チャネル  ==


 塩素チャネルとして最初にシビレエイ(学名 ''Torpedo marmorata'')の発電器官からクローニングされた遺伝子ファミリーに属するものである<ref name="ref1"><pubmed>18307107</pubmed></ref>。哺乳類では9種類知られており、そのうち神経系に発現が知られているのは主にClC-2・-3・-4・-6・-7である。ClC-2は主に形質膜に分布して電位感受性塩素チャネルとして機能し、その他のClC-3・-4・-6・-7は主に細胞内小胞膜に分布し、チャネルというよりは、むしろCl<sup>-</sup>/H<sup>+</sup>-交換輸送体として機能すると考えられている。
 塩素チャネルとして最初に[[wikipedia:ja:シビレエイ|シビレエイ]](学名 [[wikipedia:Torpedo marmorata|''Torpedo marmorata'']])の[[wikipedia:ja:発電器官|発電器官]]からクローニングされた遺伝子ファミリーに属するものである<ref name="ref1"><pubmed>18307107</pubmed></ref>。[[wikipedia:ja:哺乳類|哺乳類]]では9種類知られており、そのうち神経系に発現が知られているのは主にClC-2・-3・-4・-6・-7である。ClC-2は主に形質膜に分布して電位感受性塩素チャネルとして機能し、その他のClC-3・-4・-6・-7は主に細胞内小胞膜に分布し、チャネルというよりは、むしろ[[Cl-/H+-交換輸送体|Cl<sup>-</sup>/H<sup>+</sup>-交換輸送体]]として機能すると考えられている。


=== 構造  ===
=== 構造  ===


[[Image:ClC.JPG|thumb|right|350px|'''図1.ClCチャネル'''<br> 1つのサブユニットはA~Rの18のセグメントに分けられる。細胞質側にN末端とC末端があり、C末端側に2つのCBSドメインを持つ(<ref name=ref8><pubmed>19153558</pubmed></ref>より転載)。]]&nbsp;  1つのポアを持つサブユニットタンパク質が2つ会合して二量体を形成するため、計2つのポアを有するdouble-barreledチャネルである。各ポアはイオン選択性やコンダクタンスなどの特性を保持しており、各ポアに内在するゲート機構(‘fast gate’)により他方のポアの開閉状態に関わらず独立して開閉しうるが、別の共有するゲート機構(‘slow (common) gate’)を通じて両ポアの開閉が同時にも制御されうる。バクテリアのClCタンパク質については既にX線結晶構造解析が進んでおり、各サブユニットが17の膜内へリックス構造(うち8つは膜を貫通せず途中で折り返す)を含む18のセグメントで構成された複雑なトポロジーが明らかになった(図1)。チャネル阻害剤の結合部位の解析やシステイン変異導入の解析から、この構造は全ての種のClCタンパク質で凡そ共通のものと考えられている。チャネルとCl-/H+-交換輸送の機能の違いは、細胞質側の或る1つのグルタミン酸残基の有無に起因しており、構造上の大差は無いことが判明している。なお、真核生物のClCタンパク質のC末端には、サブユニット間の相互作用やチャネルの活性に影響を与えうる2つのcystathionine-β-synthase (CBS) ドメインが存在する。  
[[Image:ClC.JPG|thumb|right|350px|'''図1.ClCチャネル'''<br> 1つのサブユニットはA~Rの18のセグメントに分けられる。細胞質側にN末端とC末端があり、C末端側に2つのCBSドメインを持つ(<ref name=ref8><pubmed>19153558</pubmed></ref>より転載)。]]
 
 1つのポアを持つサブユニットタンパク質が2つ会合して二量体を形成するため、計2つのポアを有するdouble-barreledチャネルである。各ポアはイオン選択性や[[コンダクタンス]]などの特性を保持しており、各ポアに内在する[[ゲート機構]](‘fast gate’)により他方のポアの開閉状態に関わらず独立して開閉しうるが、別の共有するゲート機構(‘slow (common) gate’)を通じて両ポアの開閉が同時にも制御されうる。
 
 [[wikipedia:ja:バクテリア|バクテリア]]のClCタンパク質については既に[[wikipedia:ja:X線結晶構造解析|X線結晶構造解析]]が進んでおり、各サブユニットが17の膜内へリックス構造(うち8つは膜を貫通せず途中で折り返す)を含む18のセグメントで構成された複雑なトポロジーが明らかになった(図1)。チャネル阻害剤の結合部位の解析やシステイン変異導入の解析から、この構造は全ての種のClCタンパク質で凡そ共通のものと考えられている。
 
 チャネルとCl-/H+-交換輸送の機能の違いは、細胞質側の或る1つのグルタミン酸残基の有無に起因しており、構造上の大差は無いことが判明している。なお、[[wikipedia:ja:真核生物|真核生物]]のClCタンパク質のC末端には、サブユニット間の相互作用やチャネルの活性に影響を与えうる2つのcystathionine-β-synthase (CBS) ドメインが存在する。  


=== 発現  ===
=== 発現  ===


 ClC-2は神経系では広く神経・グリアともに、また胎生期・生後ともに、その発現が認められる。ClC-3・-4・-6・-7も神経系に広く発現しているが、そのほとんどが細胞内小胞膜上(エンドソーム・リソソーム等)に分布している。
 ClC-2は神経系では広く神経・[[グリア]]ともに、また胎生期・生後ともに、その発現が認められる。ClC-3・-4・-6・-7も神経系に広く発現しているが、そのほとんどが細胞内小胞膜上([[エンドソーム]]・[[リソソーム]]等)に分布している。


=== 機能  ===
=== 機能  ===
87行目: 93行目:
==== ClC-2 ====
==== ClC-2 ====


 ClC-2は膜電位の過分極や細胞外pHの減少等で活性化される内向き整流性塩素チャネルである。多くの成熟した神経細胞のように細胞内Cl–濃度が低い(&lt;10 mM)場合は、抑制性シナプス入力等で誘起される膜電位過分極の維持を通じて、神経細胞の興奮性の抑制に寄与しうる。また、ClC-2 KOマウスでは中枢神経系の白質変性(髄鞘内に多数の液胞形成)が起こることが報告されており、そのことからClC-2チャネルが、他のK+チャネルとともに、細胞間隙中の細胞外イオン濃度の恒常性維持に関わっている可能性が示唆されている。ClC-2は細胞膨張により活性化しうることも知られているが、その後の細胞容積の復元への役割は、同時に活性化されるVSORに比して小さいことがClC-2 KOマウスで示されている。(なお、かつてヒトClC-2の遺伝子(CLCN2)異常は特発性全般性てんかんの原因となりうることが報告されたが、そのClC-2変異体の機能解析の結果、現在その報告に対しては否定的な見解が占める。)<br>
 ClC-2は膜電位の過分極や細胞外pHの減少等で活性化される内向き[[wikipedia:ja:整流|整流]]性塩素チャネルである。多くの成熟した神経細胞のように細胞内Cl–濃度が低い(&lt;10 mM)場合は、[[抑制性シナプス]]入力等で誘起される膜電位過分極の維持を通じて、神経細胞の興奮性の抑制に寄与しうる。
 
 また、ClC-2 [[KOマウス]]では中枢神経系の白質変性([[髄鞘]]内に多数の液胞形成)が起こることが報告されており、そのことから[[ClC-2チャネル]]が、他の[[K+チャネル]]とともに、細胞間隙中の細胞外イオン濃度の恒常性維持に関わっている可能性が示唆されている。ClC-2は細胞膨張により活性化しうることも知られているが、その後の細胞容積の復元への役割は、同時に活性化されるVSORに比して小さいことがClC-2 KOマウスで示されている。(なお、かつてヒトClC-2の遺伝子(CLCN2)異常は[[特発性全般性てんかん]]の原因となりうることが報告されたが、そのClC-2変異体の機能解析の結果、現在その報告に対しては否定的な見解が占める。)


==== ClC-3・-4・-6・-7 ====
==== ClC-3・-4・-6・-7 ====