「抑制性シナプス」の版間の差分

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英:inhibitory synapse 独:hemmende Synapse 仏:synapse inhibitrice
英:inhibitory synapse 独:hemmende Synapse 仏:synapse inhibitrice


{{box|text= 
{{box|text= 抑制性シナプスとは、[[シナプス伝達]]によって[[シナプス後細胞]]を[[過分極]]させ、[[活動電位]]の発生を抑制する[[シナプス]]結合のことである。抑制性シナプスを形成する[[シナプス前細胞]]は、抑制性神経細胞と呼ばれる。抑制性の[[化学シナプス]]においては、[[GABA]]や[[グリシン]]などの[[神経伝達物質]]を放出する抑制性神経細胞の[[軸索終末]]とシナプス後細胞が抑制性シナプスを構成する。主な抑制性シナプスは、GABA作動性シナプスとグリシン作動性シナプスであり、複数の神経伝達物質を共放出するシナプスも存在する。}}
 抑制性シナプスとは、シナプス伝達によってシナプス後細胞を過分極させ、活動電位の発生を抑制するシナプス結合のことである。抑制性シナプスを形成するシナプス前細胞は、抑制性神経細胞(ニューロン)と呼ばれる。(抑制性の化学シナプスにおいては、)GABAやグリシンなどの神経伝達物質を放出する抑制性ニューロンの軸索終末とシナプス後細胞が抑制性シナプスを構成する。主な抑制性シナプスは、GABA作動性シナプスとグリシン作動性シナプスであり、複数の神経伝達物質を共放出するシナプスも存在する。
}}


== 基本構造 ==
== 基本構造 ==
[[image:抑制性シナプス1.png|thumb|350px|'''図1.Gray II型シナプス(対称性シナプス)'''<br>矢印はシナプス前終末側から抑制性シナプスを示している。SynapseWeb '''※使用許諾未取得''']]
[[image:抑制性シナプス1.png|thumb|350px|'''図1.Gray II型シナプス(対称性シナプス)'''<br>矢印はシナプス前終末側から抑制性シナプスを示している。SynapseWeb '''※使用許諾未取得''']]


 多くの抑制性シナプスは、形態学的分類における[[Gray Ⅱ型シナプス]]([[対称性シナプス]])に相当する(図1)。抑制性[[シナプス前終末]]および[[シナプス後膜]]を捉えた[[電子顕微鏡像]]によると、[[Gray I型シナプス]](対称性シナプス)とは異なり顕著な電子高密度構造は認められない<ref name=ref1><pubmed>13829103</pubmed></ref>。また、Gray I型シナプスに比べて[[シナプス間隙]]([[synaptic cleft]])が狭く、シナプス小胞が楕円形(扁平)である<ref name=ref2>'''E.R.Kandel, J.H.Schwartz, T.M.Jessell, S.A.Siegelbaum, & A.J.Hudspeth (Eds.)''' <br>Principles of Neural Science, Fifth Edition. <br>2012, ''McGraw-Hill Professional'', New York, pp.211-4.<br>ISBN 978-0071390118</ref>。Gray II型シナプスは、主に[[樹状突起]]シャフト部や[[細胞体]]に形成されるが、[[棘突起]]([[スパイン]])を標的とする[[GABA]]を含んだシナプス前終末も存在する<ref name=ref3><pubmed>1330121</pubmed></ref> <ref name=ref4><pubmed>17267569</pubmed></ref>。
 多くの抑制性シナプスは、形態学的分類における[[Gray Ⅱ型シナプス]]([[対称性シナプス]])に相当する(図1)。抑制性[[シナプス前終末]]および[[シナプス後膜]]を捉えた[[電子顕微鏡像]]によると、[[Gray I型シナプス]](対称性シナプス)とは異なり顕著な電子高密度構造は認められない<ref name=ref1><pubmed>13829103</pubmed></ref>。また、Gray I型シナプスに比べて[[シナプス間隙]]([[synaptic cleft]])が狭く、[[シナプス小胞]]が楕円形(扁平)である<ref name=ref2>'''E.R.Kandel, J.H.Schwartz, T.M.Jessell, S.A.Siegelbaum, & A.J.Hudspeth (Eds.)''' <br>Principles of Neural Science, Fifth Edition. <br>2012, ''McGraw-Hill Professional'', New York, pp.211-4.<br>ISBN 978-0071390118</ref>。Gray II型シナプスは、主に[[樹状突起]]シャフト部や[[細胞体]]に形成されるが、[[棘突起]]([[スパイン]])を標的とする[[GABA]]を含んだシナプス前終末も存在する<ref name=ref3><pubmed>1330121</pubmed></ref> <ref name=ref4><pubmed>17267569</pubmed></ref>。


 抑制性シナプスにおいても、シナプス前膜とシナプス後膜を繋ぐ接着分子が存在する。シナプス前膜には[[ニューレキシン]]([[neurexin]]:NRXもしくはNRXN)が局在し、シナプス後膜には[[ニューロリギン]]([[neuroligin]]:NLもしくはNLGN)が局在することが知られており、これらの接着分子の結合によってシナプスの安定化に寄与していると考えられる<ref name=ref5><pubmed>18923512</pubmed></ref> <ref name=ref6><pubmed>23559421</pubmed></ref>。
 抑制性シナプスにおいても、シナプス前膜とシナプス後膜を繋ぐ[[接着分子]]が存在する。シナプス前膜には[[ニューレキシン]]([[neurexin]]:NRXもしくはNRXN)が局在し、シナプス後膜には[[ニューロリギン]]([[neuroligin]]:NLもしくはNLGN)が局在することが知られており、これらの接着分子の結合によってシナプスの安定化に寄与していると考えられる<ref name=ref5><pubmed>18923512</pubmed></ref> <ref name=ref6><pubmed>23559421</pubmed></ref>。


===シナプス前部===
===シナプス前部===
====GABA作動性シナプス====
====GABA作動性シナプス====
 GABA作動性ニューロンには、[[グルタミン酸]]からGABAを合成する[[グルタミン酸脱炭酸酵素]](glutamic acid decarboxylase: GAD)が存在する。GADには、[[GAD65]]と[[GAD67]]の二つのアイソフォームがあり、GABA作動性ニューロン特異的に発現している<ref name=ref7><pubmed>8824330</pubmed></ref>。GAD65は神経終末部に限局している一方、GAD67は細胞体などにも存在し、GABA合成において主要な役割を担っている<ref name=ref8><pubmed>9177246</pubmed></ref>。また、GAD67は[[パルブアルブミン]]陽性の[[介在ニューロン]]に強い発現がみられる<ref name=ref9><pubmed>9295216</pubmed></ref>。合成されたGABAは、[[液胞型ATPアーゼ]]([[vacuolar-type H+‐ATPase|vacuolar-type H<sup>+</sup>‐ATPase]]: [[V-ATPase]])によってできるH<sup>+</sup>濃度勾配および電位勾配に従い、[[小胞抑制性アミノ酸輸送体]]([[vesicular inhibitory amino acid transporter]]: [[VIAAT]])<sup>注1</sup>によって、[[シナプス小胞]]に充填される<ref name=ref10><pubmed>9822734</pubmed></ref> <ref name=ref11><pubmed>16701208</pubmed></ref>。そして、シナプス間隙に開口放出されたGABAは、ニューロンおよび[[グリア細胞]]の[[細胞膜]]に存在する[[GABA輸送体]]([[GABA transporter]]: [[GAT]])によって回収される<ref name=ref12><pubmed>15210304</pubmed></ref>。また、[[Gタンパク質共役型受容体]]である[[GABAB受容体|GABA<sub>B</sub>受容体]]は、[[K+チャネル|K<sup>+</sup>チャネル]]を開口させて神経終末を[[過分極]]させると共に、[[Ca2+チャネル|Ca<sup>2+</sup>チャネル]]を閉口させて伝達物質の放出を抑制する(2.4にて詳述)。
 GABA作動性ニューロンには、[[グルタミン酸]]からGABAを合成する[[グルタミン酸脱炭酸酵素]]([[glutamic acid decarboxylase]]: [[GAD]])が存在する。GADには、[[GAD65]]と[[GAD67]]の二つのアイソフォームがあり、GABA作動性ニューロン特異的に発現している<ref name=ref7><pubmed>8824330</pubmed></ref>。GAD65は神経終末部に限局している一方、GAD67は細胞体などにも存在し、GABA合成において主要な役割を担っている<ref name=ref8><pubmed>9177246</pubmed></ref>。また、GAD67は[[パルブアルブミン]]陽性の[[介在ニューロン]]に強い発現がみられる<ref name=ref9><pubmed>9295216</pubmed></ref>。合成されたGABAは、[[液胞型ATPアーゼ]]([[vacuolar-type H+‐ATPase|vacuolar-type H<sup>+</sup>‐ATPase]]: [[V-ATPase]])によってできるH<sup>+</sup>濃度勾配および電位勾配に従い、[[小胞抑制性アミノ酸輸送体]]([[vesicular inhibitory amino acid transporter]]: [[VIAAT]])<sup>注1</sup>によって、[[シナプス小胞]]に充填される<ref name=ref10><pubmed>9822734</pubmed></ref> <ref name=ref11><pubmed>16701208</pubmed></ref>。そして、シナプス間隙に開口放出されたGABAは、ニューロンおよび[[グリア細胞]]の[[細胞膜]]に存在する[[GABA輸送体]]([[GABA transporter]]: [[GAT]])によって回収される<ref name=ref12><pubmed>15210304</pubmed></ref>。また、[[Gタンパク質共役型受容体]]である[[GABAB受容体|GABA<sub>B</sub>受容体]]は、[[K+チャネル|K<sup>+</sup>チャネル]]を開口させて神経終末を[[過分極]]させると共に、[[Ca2+チャネル|Ca<sup>2+</sup>チャネル]]を閉口させて伝達物質の放出を抑制する(以下詳述)。


====グリシン作動性シナプス====
====グリシン作動性シナプス====
 [[グリシン]]は[[セリンヒドロキシメチルトランスフェラーゼ]]([[serine hydroxymethyltransferase]]: [[SHMT]])によってセリンから可逆的に変換される。GABA同様にグリシンも小胞抑制性アミノ酸輸送体によってシナプス小胞に充填されるが、充填効率はGABAに比べて低い<ref name=ref13><pubmed>1915594</pubmed></ref> <ref name=ref14><pubmed>9349821</pubmed></ref>。シナプスに放出されたグリシンは、ニューロンとアストロサイトの細胞膜上に発現する[[グリシン輸送体]]([[glycine transporter]]: [[GlyT]])によって回収される<ref name=ref15><pubmed>18798526</pubmed></ref>。グリシン輸送体の働きはNa<sup>+</sup>(ナトリウムイオン: sodium ion)とCl<sup>-</sup>([[塩化物イオン]]: chloride ion)<sup>注2</sup>に依存しており、2つのアイソフォームが知られている。アストロサイト特異的に発現する[[GlyT1]]は、グリシンを細胞内外の両方向へ輸送する。一方、グリシン作動性シナプス前終末において特異的に認められる [[GlyT2]]は、細胞内外のNa<sup>+</sup>濃度勾配によって細胞外から細胞内へ一方向性の輸送を行い、シナプス小胞へのグリシン充填に不可欠である<ref name=ref16><pubmed>14622583</pubmed></ref> <ref name=ref17><pubmed>18815261</pubmed></ref>。
 [[グリシン]]は[[セリンヒドロキシメチルトランスフェラーゼ]]([[serine hydroxymethyltransferase]]: [[SHMT]])によって[[セリン]]から可逆的に変換される。GABA同様にグリシンも小胞抑制性アミノ酸輸送体によってシナプス小胞に充填されるが、充填効率はGABAに比べて低い<ref name=ref13><pubmed>1915594</pubmed></ref> <ref name=ref14><pubmed>9349821</pubmed></ref>
 
 シナプスに放出されたグリシンは、ニューロンと[[アストロサイト]]の細胞膜上に発現する[[グリシン輸送体]]([[glycine transporter]]: [[GlyT]])によって回収される<ref name=ref15><pubmed>18798526</pubmed></ref>。グリシン輸送体の働きはNa<sup>+</sup>([[wj:ナトリウムイオン|ナトリウムイオン]]: sodium ion)とCl<sup>-</sup>([[wj:塩化物イオン|塩化物イオン]]: chloride ion)<sup>注2</sup>に依存しており、2つのアイソフォームが知られている。アストロサイト特異的に発現する[[GlyT1]]は、グリシンを細胞内外の両方向へ輸送する。一方、グリシン作動性シナプス前終末において特異的に認められる [[GlyT2]]は、細胞内外のNa<sup>+</sup>濃度勾配によって細胞外から細胞内へ一方向性の輸送を行い、シナプス小胞へのグリシン充填に不可欠である<ref name=ref16><pubmed>14622583</pubmed></ref> <ref name=ref17><pubmed>18815261</pubmed></ref>。


===シナプス後部===
===シナプス後部===
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== 生理機能 ==
== 生理機能 ==
===GABA<sub>A</sub>受容体・グリシン受容体を介した抑制作用===
===受容体を介した抑制作用===
 神経終末から放出されたGABAやグリシンによって、それぞれに対応した[[イオンチャネル型受容体]]であるGABA<sub>A</sub>受容体およびグリシン受容体が活性化し、受容体内部のチャネルが開口する。これによって、塩化物イオンの透過性が上昇すると、負の電荷をもつ塩化物イオンが細胞内に流入し、膜電位の過分極作用をもたらす。通常、[[哺乳類]]の成体における細胞外塩化物イオン濃度はおよそ150 mMであるのに対し、細胞内はおよそ10 mM程度である<ref name=ref27><pubmed>7528790</pubmed></ref> <ref name=ref28><pubmed>10191302</pubmed></ref>。そのため、通常塩化物イオンの[[平衡電位]]は-70~-80 mV付近であり、[[静止膜電位]]よりも僅かにマイナス側にある。このように、膜電位が静止電位付近の場合には電位勾配が小さく、GABA<sub>A</sub>受容体やグリシン受容体の活性化によってチャネルの透過性が上昇しても、細胞内へ塩化物イオンの大量流入は生じない。その上、[[短絡効果]](後述)も相まって、膜電位に与える影響は比較的小さい。しかし、興奮性入力によって膜が脱分極している状況では、塩化物イオンの電位勾配が大きくなり、より多くの塩化物イオンが細胞内へ流入することから、膜電位は静止電位付近へ引き戻される。その結果、興奮性の入力によって生じた[[脱分極]]が減弱し、活動電位の発生を抑制する。
 神経終末から放出されたGABAやグリシンによって、それぞれに対応した[[イオンチャネル型受容体]]であるGABA<sub>A</sub>受容体およびグリシン受容体が活性化し、受容体内部のチャネルが開口する。これによって、塩化物イオンの透過性が上昇すると、負の電荷をもつ塩化物イオンが細胞内に流入し、膜電位の過分極作用をもたらす。通常、[[哺乳類]]の成体における細胞外塩化物イオン濃度はおよそ150 mMであるのに対し、細胞内はおよそ10 mM程度である<ref name=ref27><pubmed>7528790</pubmed></ref> <ref name=ref28><pubmed>10191302</pubmed></ref>。そのため、通常塩化物イオンの[[平衡電位]]は-70~-80 mV付近であり、[[静止膜電位]]よりも僅かにマイナス側にある。このように、膜電位が静止電位付近の場合には電位勾配が小さく、GABA<sub>A</sub>受容体やグリシン受容体の活性化によってチャネルの透過性が上昇しても、細胞内へ塩化物イオンの大量流入は生じない。その上、[[短絡効果]](後述)も相まって、膜電位に与える影響は比較的小さい。しかし、興奮性入力によって膜が脱分極している状況では、塩化物イオンの電位勾配が大きくなり、より多くの塩化物イオンが細胞内へ流入することから、膜電位は静止電位付近へ引き戻される。その結果、興奮性の入力によって生じた[[脱分極]]が減弱し、活動電位の発生を抑制する。


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[[image:抑制性シナプス3.png|thumb|350px|'''図3.発達に伴うGABA応答の変化'''<br>(<ref name=ref30><pubmed>    17928584</pubmed></ref>より '''※使用許諾未取得''']]
[[image:抑制性シナプス3.png|thumb|350px|'''図3.発達に伴うGABA応答の変化'''<br>(<ref name=ref30><pubmed>    17928584</pubmed></ref>より '''※使用許諾未取得''']]


 GABA<sub>A</sub>受容体やグリシン受容体のチャネルを流れる塩化物イオンの向きと量は、細胞内外における塩化物イオンの濃度勾配と膜電位に依存している<ref name=ref29><pubmed>11733521</pubmed></ref>。そのため、細胞内塩化物イオン濃度が高い状態である幼若期のニューロンでは、GABAA受容体(もしくはグリシン受容体)の活性化に伴って塩化物イオンの流出をもたらし、脱分極することも知られている<ref name=ref30 />(図3)。
 GABA<sub>A</sub>受容体やグリシン受容体のチャネルを流れる塩化物イオンの向きと量は、細胞内外における塩化物イオンの[[濃度勾配]]と[[膜電位]]に依存している<ref name=ref29><pubmed>11733521</pubmed></ref>。そのため、細胞内塩化物イオン濃度が高い状態である幼若期のニューロンでは、GABA<sub>A</sub>受容体(もしくはグリシン受容体)の活性化に伴って塩化物イオンの流出をもたらし、[[脱分極]]することも知られている<ref name=ref30 />(図3)。


 こうした細胞内塩化物イオン濃度は、細胞膜上に発現する[[Na+-K+-Cl-共輸送体|Na<sup>+</sup>-K<sup>+</sup>-Cl<sup>-</sup>共輸送体]]([[NKCC]]) 、[[K+-Cl-共輸送体|K<sup>+</sup>-Cl<sup>-</sup>共輸送体]]([[KCC]]) および[[Cl-/HCO3-交換輸送体|Cl<sup>-</sup>/HCO<sub>3</sub><sup>-</sup>交換輸送体]]など、多数の塩化物イオン輸送体によって制御されている<ref name=ref31><pubmed>16022677</pubmed></ref> <ref name=ref32><pubmed>23723021</pubmed></ref>。NKCCは塩化物イオンを細胞内へ汲み入れ、KCCは塩化物イオンを細胞外へ汲み出す働きを担っており、これらのバランスによって細胞内の塩化物イオン濃度が決定される<ref name=ref33><pubmed>12689771</pubmed></ref>。発達初期は[[KCC2]]に比べて[[NKCC1]]の機能発現が高く、細胞内塩化物イオン濃度が高い状態である。一方、成熟したニューロンではNKCC1に比べてKCC2の機能発現が上昇することから、細胞内塩化物イオン濃度が低い状態に保たれている<ref name=ref28 /> <ref name=ref30 />(図3)。しかし、成熟したニューロンにおいても、細胞ストレスや神経損傷を受けると、KCC2の機能が低下することから、GABA<sub>A</sub>受容体の活性化に伴って脱分極することが報告されている<ref name=ref34><pubmed>12040048</pubmed></ref> <ref name=ref35><pubmed>12612004</pubmed></ref> <ref name=ref36><pubmed>17301172</pubmed></ref>。
 こうした細胞内塩化物イオン濃度は、細胞膜上に発現する[[Na+-K+-Cl-共輸送体|Na<sup>+</sup>-K<sup>+</sup>-Cl<sup>-</sup>共輸送体]]([[NKCC]]) 、[[K+-Cl-共輸送体|K<sup>+</sup>-Cl<sup>-</sup>共輸送体]]([[KCC]]) および[[Cl-/HCO3-交換輸送体|Cl<sup>-</sup>/HCO<sub>3</sub><sup>-</sup>交換輸送体]]など、多数の塩化物イオン輸送体によって制御されている<ref name=ref31><pubmed>16022677</pubmed></ref> <ref name=ref32><pubmed>23723021</pubmed></ref>。NKCCは塩化物イオンを細胞内へ汲み入れ、KCCは塩化物イオンを細胞外へ汲み出す働きを担っており、これらのバランスによって細胞内の塩化物イオン濃度が決定される<ref name=ref33><pubmed>12689771</pubmed></ref>。発達初期は[[KCC2]]に比べて[[NKCC1]]の機能発現が高く、細胞内塩化物イオン濃度が高い状態である。一方、成熟したニューロンではNKCC1に比べてKCC2の機能発現が上昇することから、細胞内塩化物イオン濃度が低い状態に保たれている<ref name=ref28 /> <ref name=ref30 />(図3)。しかし、成熟したニューロンにおいても、細胞ストレスや神経損傷を受けると、KCC2の機能が低下することから、GABA<sub>A</sub>受容体の活性化に伴って脱分極することが報告されている<ref name=ref34><pubmed>12040048</pubmed></ref> <ref name=ref35><pubmed>12612004</pubmed></ref> <ref name=ref36><pubmed>17301172</pubmed></ref>。
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 GABA<sub>A</sub>受容体およびグリシン受容体は、いずれも塩化物イオンを選択的に透過させる点で共通している。しかし、GABA<sub>A</sub>受容体を介した抑制性シナプス後電流(inhibitory post synaptic current: IPSC)は、グリシン受容体のそれに比べて減衰時間が長い<ref name=ref43 />。また、先述の通り、GABA作動性シナプスではGABA<sub>B</sub>受容体が自己受容体として働くことも特徴的である。
 GABA<sub>A</sub>受容体およびグリシン受容体は、いずれも塩化物イオンを選択的に透過させる点で共通している。しかし、GABA<sub>A</sub>受容体を介した抑制性シナプス後電流(inhibitory post synaptic current: IPSC)は、グリシン受容体のそれに比べて減衰時間が長い<ref name=ref43 />。また、先述の通り、GABA作動性シナプスではGABA<sub>B</sub>受容体が自己受容体として働くことも特徴的である。
===長期増強と長期抑圧===
[[image:抑制性シナプス4.png|thumb|350px|'''図4.プレシナプスによる抑制性LTP(iLTP)とLTD(iLTD)モデル'''<br>(a)内因性カンナビノイド(eCB)を介したiLTD, (b)脳由来神経成長因子(BDNF)を介したiLTP, (c)一酸化窒素(NO)を介したiLTP, (d)シナプス前部のNMDA型グルタミン酸受容体を介したiLTPおよびiLTD<ref name=ref55><pubmed>21334194</pubmed></ref> '''※使用許諾未取得''']]
 [[長期増強]]([[long-term potentiation]]:[[LTP]])と[[長期抑圧]]([[long-term depression]]:[[LTD]])は、刺激の頻度とタイミングによって、その後のシナプス伝達効率の変化が長時間に渡って持続する現象である。前者は伝達効率が上昇する一方、後者は伝達効率が減少する。このLTPとLTDは興奮性シナプスにおいてよく知られているが、抑制性シナプスにおいても生じることが報告されている(iLTP/iLTD)<ref name=ref50><pubmed>2882427</pubmed></ref> <ref name=ref51><pubmed>1729715</pubmed></ref> <ref name=ref52><pubmed>1313949</pubmed></ref> <ref name=ref53><pubmed>8103683</pubmed></ref>。いずれの現象についても、前シナプスと後シナプスそれぞれにおける様々な機序によって生じることが報告されている<ref name=ref54><pubmed>12392931</pubmed></ref>。前シナプスについては、[[内因性カンナビノイド]]、[[脳由来神経成長因子]]([[BDNF]])、[[一酸化窒素]]([[NO]])などの[[逆行性シグナル]]や神経前終末の[[NMDA型グルタミン酸受容体]]を介して、伝達物質の[[放出確率]]を調節するメカニズムが考えられている(図4)。
 一方、後シナプスについては、[[GABARAP]]など[[受容体]]の輸送に関わる分子やGABA<sub>A</sub>受容体自体の[[リン酸化]]‐[[脱リン酸化]]によって、シナプスにおける受容体の数や局在、イオン透過性などの構造的・機能的修飾が生じることが報告されている<ref name=ref55 />。また、この他にはKCC2やNKCC1などの細胞内塩化物イオン濃度調節機構への作用によって細胞内塩化物イオン濃度が変化し、その結果GABAやグリシンによる応答の振幅が変化することも示唆されている<ref name=ref56><pubmed>16837578</pubmed></ref>。


==シナプス外受容体による持続性抑制==
==シナプス外受容体による持続性抑制==
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==電気シナプスによる抑制==
==電気シナプスによる抑制==
 上述の化学シナプスとは別に、[[電気シナプス]](electric synapse / electrical synapse)を介した抑制も知られている。電気シナプスの場合、[[ギャップ結合]](gap junction)を介して異なるニューロン同士の細胞質が直接連結しており、細胞間のイオンの移動が容易である。そのため、あるニューロンにおける過分極が、他のニューロンへ瞬時に伝播して過分極させる。例えば、マウス小脳皮質に存在する抑制性ニューロンの一種である[[ゴルジ細胞]]は、互いにギャップ結合を形成して同期発火している。しかし、[[苔状線維]]から興奮性入力を受けると、直接入力を受けた細胞とその周囲の細胞の間で脱同期化が生じることが知られている<ref name=ref48><pubmed>20696381</pubmed></ref>。これはギャップ結合を介して周囲のゴルジ細胞に[[後過分極]](after-hyperpolarization)が伝播するためであり、ギャップ結合が抑制性の電気シナプスとして機能している例である<ref name=ref49><pubmed>14980200</pubmed></ref>。
 上述の化学シナプスとは別に、[[電気シナプス]](electric synapse / electrical synapse)を介した抑制も知られている。電気シナプスの場合、[[ギャップ結合]](gap junction)を介して異なるニューロン同士の細胞質が直接連結しており、細胞間のイオンの移動が容易である。そのため、あるニューロンにおける過分極が、他のニューロンへ瞬時に伝播して過分極させる。


==長期増強と長期抑圧==
 例えば、マウス[[小脳皮質]]に存在する抑制性ニューロンの一種である[[ゴルジ細胞]]は、互いにギャップ結合を形成して同期発火している。しかし、[[苔状線維]]から興奮性入力を受けると、直接入力を受けた細胞とその周囲の細胞の間で脱同期化が生じることが知られている<ref name=ref48><pubmed>20696381</pubmed></ref>。これはギャップ結合を介して周囲のゴルジ細胞に[[後過分極]](after-hyperpolarization)が伝播するためであり、ギャップ結合が抑制性の電気シナプスとして機能している例である<ref name=ref49><pubmed>14980200</pubmed></ref>。
[[image:抑制性シナプス4.png|thumb|350px|'''図4.プレシナプスによる抑制性LTP(iLTP)とLTD(iLTD)モデル'''<br>(a)内因性カンナビノイド(eCB)を介したiLTD, (b)脳由来神経成長因子(BDNF)を介したiLTP, (c)一酸化窒素(NO)を介したiLTP, (d)シナプス前部のNMDA型グルタミン酸受容体を介したiLTPおよびiLTD<ref name=ref55><pubmed>21334194</pubmed></ref> '''※使用許諾未取得''']]
 
 [[長期増強]]([[long-term potentiation]]:[[LTP]])と[[長期抑圧]][[long-term depression]][[LTD]])は、刺激の頻度とタイミングによって、その後のシナプス伝達効率の変化が長時間に渡って持続する現象である。前者は伝達効率が上昇する一方、後者は伝達効率が減少する。このLTPとLTDは興奮性シナプスにおいてよく知られているが、抑制性シナプスにおいても生じることが報告されている(iLTP/iLTD)<ref name=ref50><pubmed>2882427</pubmed></ref> <ref name=ref51><pubmed>1729715</pubmed></ref> <ref name=ref52><pubmed>1313949</pubmed></ref> <ref name=ref53><pubmed>8103683</pubmed></ref>。いずれの現象についても、前シナプスと後シナプスそれぞれにおける様々な機序によって生じることが報告されている<ref name=ref54><pubmed>12392931</pubmed></ref>。前シナプスについては、[[内因性カンナビノイド]]、[[脳由来神経成長因子]]([[BDNF]])、[[一酸化窒素]]([[NO]])などの[[逆行性シグナル]]や神経前終末の[[NMDA型グルタミン酸受容体]]を介して、伝達物質の[[放出確率]]を調節するメカニズムが考えられている(図4)。一方、後シナプスについては、GABARAPなど受容体の輸送に関わる分子やGABA<sub>A</sub>受容体自体の[[リン酸化]]‐[[脱リン酸化]]によって、シナプスにおける受容体の数や局在、イオン透過性などの構造的・機能的修飾が生じることが報告されている<ref name=ref55 />。また、この他にはKCC2やNKCC1などの細胞内塩化物イオン濃度調節機構への作用によって細胞内塩化物イオン濃度が変化し、その結果GABAやグリシンによる応答の振幅が変化することも示唆されている<ref name=ref56><pubmed>16837578</pubmed></ref>。


==注釈==
==注釈==
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== 関連項目 ==
== 関連項目 ==
*[[シナプス伝達]]
*[[抑制性アミノ酸]]
*[[抑制性アミノ酸]]
*[[GABA]]
*[[グリシン]]
*[[GABA受容体]]
*[[GABA受容体]]
*[[グリシン受容体]]
*[[グリシン受容体]]
*[[シナプス伝達]]
*[[抑制性神経細胞]]
*[[抑制性神経細胞]]
*[[GABA]]
*[[グリシン]]
*[[塩化物イオンチャネル]]
*[[塩化物イオンチャネル]]
*[[短絡効果]]
*[[短絡効果]]