「細胞外マトリックス」の版間の差分

提供:脳科学辞典
ナビゲーションに移動 検索に移動
編集の要約なし
編集の要約なし
2行目: 2行目:


==脳における細胞外マトリックスとは==
==脳における細胞外マトリックスとは==
細胞外マトリックス(ECM)は組織を裏打ちする基底膜や、細胞間隙に存在する。神経細胞の分化や移動、軸索伸長、髄鞘化、損傷に対する応答といった細胞の挙動をはじめ、シナプス新生や可塑性といったシナプスにおいても機能する。
細胞外マトリックス(ECM)は組織を裏打ちする[[基底膜]]や、細胞間隙に存在する。神経細胞の分化や移動、軸索伸長、髄鞘化、損傷に対する応答といった細胞の挙動をはじめ、[[シナプス新生]]や可塑性といったシナプスにおいても機能する。


==ECMの種類==
==ECMの種類==
ECMには、プロテオグリカンファミリー(アグリン、アグレカン、シンデカン、ニューロカン、バーシカン、フォスファカン、ブレビカンなど)、コラーゲン、テネイシンC、テネイシンR、トロンボスポンジン、フィブロネクチン、ラミニン、リーリンなどがある。プロテオグリカンは、コアタンパク質に、多糖であるグリコサミノグリカン(Glycosaminoglycan; GAG)鎖が枝分かれするようにつながった糖タンパクである。GAG鎖は、糖の種類や硫酸化の部位により多くの種類が存在し、コンドロイチン硫酸プロテオグリカン(Chondroitin sulfate proteoglycan; CSPG)、へパラン硫酸プロテオグリカン(Heparan sulfate proteoglycan; HPSG)などがある。
ECMには、[[プロテオグリカン]]ファミリー([[アグリン]]、[[アグレカン]]、[[シンデカン]]、[[ニューロカン]]、[[バーシカン]]、[[フォスファカン]]、[[ブレビカン]]など)、[[コラーゲン]]、[[テネイシンC]]、[[テネイシンR]]、[[トロンボスポンジン]]、[[ヒアルロン酸]]、[[フィブロネクチン]]、[[ラミニン]]、[[リーリン]]などがある。プロテオグリカンは、コアタンパク質に、多糖であるグリコサミノグリカン(Glycosaminoglycan; GAG)鎖が枝分かれするようにつながった糖タンパクである。GAG鎖は、糖の種類や硫酸化の部位により多くの種類が存在し、[[コンドロイチン硫酸プロテオグリカン]](Chondroitin sulfate proteoglycan; CSPG)、[[へパラン硫酸プロテオグリカン]](Heparan sulfate proteoglycan; HPSG)などがある。


==ECMが形成する構造==
==ECMが形成する構造==
===基底膜===
===基底膜===
ラミニンなどが主な構成成分となり、シート状構造の基底膜が形成される。基底膜は、神経幹細胞ニッチ<ref name=ref1><pubmed> 21898854 </pubmed></ref>や血液脳関門などの血管内皮細胞直下に存在する<ref name=ref2><pubmed> 21780303 </pubmed></ref>。
[[ラミニン]]などが主な構成成分となり、シート状構造の基底膜が形成される。基底膜は、[[神経幹細胞ニッチ]]<ref name=ref1><pubmed> 21898854 </pubmed></ref>や[[血液脳関門]]などの血管内皮細胞直下に存在する<ref name=ref2><pubmed> 21780303 </pubmed></ref>。


===グリア瘢痕===
===グリア瘢痕===
中枢神経損傷のとき、損傷を受けた細胞、特にアストロサイトからコンドロイチン硫酸プロテオグリカン(CSPG)が分泌され、CSPGを主な構成成分とした高密度の瘢痕組織        であるグリア瘢痕を形成する<ref name=ref3><pubmed> 19229242 </pubmed></ref>。これにより、損傷部位はそのまわりの環境から隔てられる。
中枢神経損傷のとき、損傷を受けた細胞、特にアストロサイトからコンドロイチン硫酸プロテオグリカン(CSPG)が分泌され、CSPGを主な構成成分とした高密度の瘢痕組織        である[[グリア瘢痕]]を形成する<ref name=ref3><pubmed> 19229242 </pubmed></ref>。これにより、損傷部位はそのまわりの環境から隔てられる。


===ペリニューロナルネット===
===ペリニューロナルネット===
ペリニューロナルネット(perineuronal net; PN)は、細胞体や樹状突起近位部を取り囲むメッシュ状の構造物である<ref name=ref4><pubmed> 20048772 </pubmed></ref>。ペリニューロナルネットは、大脳皮質、海馬、視床、小脳、脳幹、脊髄と中枢神経に広く認められる。PNは、アグレカン、テネイシンR、ニューロカン、バーシカン、ヒアルロン酸、フォスファカン、ブレビカンに加え、リンクタンパク質であるHAPLN1/Cartilage link protein1やHAPLN4/Brain link protien1,2から構成される<ref name=ref4 />。ヒアルロン酸、レクティカン、テネイシンは、ネット状の複合体を形成していると考えられている。ペリニューロナルネットの形成は、生後かなり経ってからおこる。げっ歯類ではちょうど臨界期の終わる生後2~5週間である<ref name=ref4 />。PNの発達に神経活動が必要である<ref name=ref4/>。
[[ペリニューロナルネット]](perineuronal net; PN)は、細胞体や樹状突起近位部を取り囲むメッシュ状の構造物である<ref name=ref4><pubmed> 20048772 </pubmed></ref>。ペリニューロナルネットは、大脳皮質、海馬、視床、小脳、脳幹、脊髄と中枢神経に広く認められる。PNは、アグレカン、テネイシンR、ニューロカン、バーシカン、ヒアルロン酸、フォスファカン、ブレビカンに加え、リンクタンパク質であるHAPLN1/Cartilage link protein1やHAPLN4/Brain link protien1,2から構成される<ref name=ref4 />。ヒアルロン酸、レクティカン、テネイシンは、ネット状の複合体を形成していると考えられている。ペリニューロナルネットの形成は、生後かなり経ってからおこる。げっ歯類ではちょうど[[臨界期]]の終わる生後2~5週間である<ref name=ref4 />。PNの発達に神経活動が必要である<ref name=ref4/>。
発達初期の未熟なPNは、神経栄養因子を捕まえる役割をしていると考えられている<ref name=ref4 />。一方、発達が進むにつれ、より複雑に密にニューロンを覆うように成熟したPNは、接近する神経線維や成長円錐に対して反発する性質を持つ<ref name=ref4 />。つまりPNは、新しくシナプスが作られるのを妨げるバリアの役割をする<ref name=ref4 />。またPNは興奮毒性から保護する役割をもつ<ref name=ref4 />。
発達初期の未熟なPNは、神経栄養因子を捕まえる役割をしていると考えられている<ref name=ref4 />。一方、発達が進むにつれ、より複雑に密にニューロンを覆うように成熟したPNは、接近する神経線維や成長円錐に対して反発する性質を持つ<ref name=ref4 />。つまりPNは、新しくシナプスが作られるのを妨げるバリアの役割をする<ref name=ref4 />。またPNは興奮毒性から保護する役割をもつ<ref name=ref4 />。


25行目: 25行目:


====細胞移動====
====細胞移動====
大脳皮質発達期においてラミニンは、神経細胞の移動による層形成に必要である。ラミニンは、軟膜面に沿って形成された基底膜や脳室帯に沿って発現している<ref name=ref6><pubmed> 21123393 </pubmed></ref>。放射状グリア(Radial glial cell; RGC)が軟膜面、脳室面の両極に突起を伸ばし、突起先端の膜表面に発現したインテグリンやジストログリカンを通じてラミニンと接着している<ref name=ref6 />。多くの神経細胞がRGCの長く伸びた突起を足場として移動する。軟膜面の基底膜を取り除くと突起は離れ、RGCの生存や皮質の層形成に影響を与える<ref name=ref6 />。β1インテグリンやラミニンは、RGCの両極の突起の維持に関わっている<ref name=ref6 />。
大脳皮質発達期においてラミニンは、神経細胞の移動による層形成に必要である。ラミニンは、軟膜面に沿って形成された基底膜や脳室帯に沿って発現している<ref name=ref6><pubmed> 21123393 </pubmed></ref>。[[放射状グリア]](Radial glial cell; RGC)が軟膜面、脳室面の両極に突起を伸ばし、突起先端の膜表面に発現した[[インテグリン]]や[[ジストログリカン]]を通じてラミニンと接着している<ref name=ref6 />。多くの神経細胞がRGCの長く伸びた突起を足場として移動する。軟膜面の基底膜を取り除くと突起は離れ、RGCの生存や皮質の層形成に影響を与える<ref name=ref6 />。β1インテグリンやラミニンは、RGCの両極の突起の維持に関わっている<ref name=ref6 />。
リーリンの発現異常は、小脳、海馬、大脳皮質の重篤な層形成の欠失を引き起こす<ref name=ref6 />。
リーリンの発現異常は、小脳、海馬、大脳皮質の重篤な層形成の欠失を引き起こす<ref name=ref6 />。
テネイシンRは、吻側移動経路において“鎖状移動”(chain migration)する神経芽細胞の遊離を促進し、嗅球内での移動を促進する<ref name=ref6 />。Thrombospondin Type-1(TSP-1)は、脳室下帯と吻側移動経路に認められ、神経前駆細胞の移動に関わっていることが報告されている<ref name=ref7><pubmed> 18946489 </pubmed></ref>。
テネイシンRは、吻側移動経路において“鎖状移動”([[chain migration]])する神経芽細胞の遊離を促進し、嗅球内での移動を促進する<ref name=ref6 />。[[Thrombospondin ]]Type-1(TSP-1)は、脳室下帯と[[吻側移動経路]]に認められ、神経前駆細胞の移動に関わっていることが報告されている<ref name=ref7><pubmed> 18946489 </pubmed></ref>。


====軸索伸長への関与====
====軸索伸長への関与====
41行目: 41行目:
====シナプス新生====
====シナプス新生====
発達過程の中枢神経系において、アストロサイトから分泌されたトロンボスポンジン1と2が電位依存性カルシウムチャネルサブユニットα2δ-1と相互作用することにより、興奮性シナプスの新生が誘導されることが示されている<ref name=ref9><pubmed> 22285841 </pubmed></ref>。
発達過程の中枢神経系において、アストロサイトから分泌されたトロンボスポンジン1と2が電位依存性カルシウムチャネルサブユニットα2δ-1と相互作用することにより、興奮性シナプスの新生が誘導されることが示されている<ref name=ref9><pubmed> 22285841 </pubmed></ref>。
アグリンは、大脳、海馬、扁桃体において高発現のセリンプロテアーゼ、ニューロトリプシンによって切断される、それによって生じた断片が樹状突起フィロポディアの成長を誘導することが示されている<ref name=ref10><pubmed> 20944663 </pubmed></ref>。
アグリンは、大脳、海馬、扁桃体において高発現のセリンプロテアーゼ、[[ニューロトリプシン]]によって切断される、それによって生じた断片が樹状突起フィロポディアの成長を誘導することが示されている<ref name=ref10><pubmed> 20944663 </pubmed></ref>。


====シナプス可塑性====
====シナプス可塑性====
リーリンがvery–low-density lipoprotein receptor(VLDLR)やapolipoprotein E receptor type2(APOER2)のリポタンパク受容体に結合することで細胞内アダプタータンパクdisabled1(DAB1)を活性化する<ref name=ref10 />。それがSrc family tyrosine kinase(SFK)を活性化し、NMDA受容体のチロシンリン酸化を引き起こす<ref name=ref10 />。これにより、NMDA受容体のCa2+の流入量が増え、シナプス可塑性を誘導する<ref name=ref10 />。
リーリンが[[very–low-density lipoprotein receptor]](VLDLR)や[[apolipoprotein E receptor type2]](APOER2)のリポタンパク受容体に結合することで細胞内アダプタータンパク[[disabled1]](DAB1)を活性化する<ref name=ref10 />。それがSrc family tyrosine kinase(SFK)を活性化し、NMDA受容体のチロシンリン酸化を引き起こす<ref name=ref10 />。これにより、NMDA受容体のCa2+の流入量が増え、シナプス可塑性を誘導する<ref name=ref10 />。
テネイシンCやヒアルロン酸が、L-type voltage-dependent Ca2+ channel(LVDCC)の活性をサポートし、LVDCCのCa2+流入量が増えることでLTPが誘導されると考えられている<ref name=ref10 />。しかし、テネイシンCもしくはヒアルロン酸のLVDCCへの直接的結合はまだ示されていない<ref name=ref10 />。
テネイシンCやヒアルロン酸が、[[L-type voltage-dependent Ca2+ channel]](LVDCC)の活性をサポートし、LVDCCのCa2+流入量が増えることでLTPが誘導されると考えられている<ref name=ref10 />。しかし、テネイシンCもしくはヒアルロン酸のLVDCCへの直接的結合はまだ示されていない<ref name=ref10 />。
ヒアルロン酸を骨格としたPNがAMPA型受容体のシナプス外の膜領域への移行を妨げ、シナプス領域の区画化の役割を果たすことが示されている<ref name=ref6 />。神経伝達物質の拡散を妨げる役割も示唆されている。
ヒアルロン酸を骨格としたPNがAMPA型受容体のシナプス外の膜領域への移行を妨げ、シナプス領域の区画化の役割を果たすことが示されている<ref name=ref6 />。神経伝達物質の拡散を妨げる役割も示唆されている。
テネイシンRは、LTPの誘導をGABA作動性介在ニューロンによる海馬CA1錐体細胞の細胞体周辺抑制(perisomatic inhibition)のレベルを設定することによって起こす<ref name=ref10 />。
テネイシンRは、LTPの誘導をGABA作動性介在ニューロンによる海馬CA1錐体細胞の細胞体周辺抑制([[perisomatic inhibition]])のレベルを設定することによって起こす<ref name=ref10 />。
神経可塑性においてCSPGは、形態の安定性に関わっていると考えられる。単眼遮蔽により成体において生じた眼優位性の固定は、chondroitinase ABC(ChABC)よりCSPGを酵素消化によって可塑的になる<ref name=ref6 />。海馬スライスをChABCで処理すると、CA1のLTPやLTDが阻害される<ref name=ref10 />。恐怖記憶実験では、CSPGは記憶の安定性に関わる<ref name=ref10 />。
神経可塑性においてCSPGは、形態の安定性に関わっていると考えられる。[[単眼遮蔽]]により成体において生じた[[眼優位性]]の固定は、[[chondroitinase ABC]](ChABC)よりCSPGを酵素消化によって可塑的になる<ref name=ref6 />。海馬スライスをChABCで処理すると、CA1のLTPやLTDが阻害される<ref name=ref10 />。恐怖記憶実験では、CSPGは記憶の安定性に関わる<ref name=ref10 />。


===再生とECM===
===再生とECM===
55行目: 55行目:


==関連項目==
==関連項目==
[[シナプス可塑性]][[軸索伸長]][[髄鞘化]][[コンドロイチン硫酸プロテオグリカン]][[細胞外プロテアーゼ]][[ランビエ絞輪]][[リーリン]]
*[[シナプス可塑性]]
*[[軸索伸長]]
*[[髄鞘化]]
*[[コンドロイチン硫酸プロテオグリカン]]
*[[細胞外プロテアーゼ]]
*[[ランビエ絞輪]]
*[[リーリン]]
 
==参考文献==
==参考文献==
<references/>
<references/>
(執筆者:金河大、担当編集委員:河西春郎)

2012年5月29日 (火) 19:59時点における版

英語:extracellular matrix、英略語:ECM

脳における細胞外マトリックスとは

細胞外マトリックス(ECM)は組織を裏打ちする基底膜や、細胞間隙に存在する。神経細胞の分化や移動、軸索伸長、髄鞘化、損傷に対する応答といった細胞の挙動をはじめ、シナプス新生や可塑性といったシナプスにおいても機能する。

ECMの種類

ECMには、プロテオグリカンファミリー(アグリンアグレカンシンデカンニューロカンバーシカンフォスファカンブレビカンなど)、コラーゲンテネイシンCテネイシンRトロンボスポンジンヒアルロン酸フィブロネクチンラミニンリーリンなどがある。プロテオグリカンは、コアタンパク質に、多糖であるグリコサミノグリカン(Glycosaminoglycan; GAG)鎖が枝分かれするようにつながった糖タンパクである。GAG鎖は、糖の種類や硫酸化の部位により多くの種類が存在し、コンドロイチン硫酸プロテオグリカン(Chondroitin sulfate proteoglycan; CSPG)、へパラン硫酸プロテオグリカン(Heparan sulfate proteoglycan; HPSG)などがある。

ECMが形成する構造

基底膜

ラミニンなどが主な構成成分となり、シート状構造の基底膜が形成される。基底膜は、神経幹細胞ニッチ[1]血液脳関門などの血管内皮細胞直下に存在する[2]

グリア瘢痕

中枢神経損傷のとき、損傷を受けた細胞、特にアストロサイトからコンドロイチン硫酸プロテオグリカン(CSPG)が分泌され、CSPGを主な構成成分とした高密度の瘢痕組織        であるグリア瘢痕を形成する[3]。これにより、損傷部位はそのまわりの環境から隔てられる。

ペリニューロナルネット

ペリニューロナルネット(perineuronal net; PN)は、細胞体や樹状突起近位部を取り囲むメッシュ状の構造物である[4]。ペリニューロナルネットは、大脳皮質、海馬、視床、小脳、脳幹、脊髄と中枢神経に広く認められる。PNは、アグレカン、テネイシンR、ニューロカン、バーシカン、ヒアルロン酸、フォスファカン、ブレビカンに加え、リンクタンパク質であるHAPLN1/Cartilage link protein1やHAPLN4/Brain link protien1,2から構成される[4]。ヒアルロン酸、レクティカン、テネイシンは、ネット状の複合体を形成していると考えられている。ペリニューロナルネットの形成は、生後かなり経ってからおこる。げっ歯類ではちょうど臨界期の終わる生後2~5週間である[4]。PNの発達に神経活動が必要である[4]。 発達初期の未熟なPNは、神経栄養因子を捕まえる役割をしていると考えられている[4]。一方、発達が進むにつれ、より複雑に密にニューロンを覆うように成熟したPNは、接近する神経線維や成長円錐に対して反発する性質を持つ[4]。つまりPNは、新しくシナプスが作られるのを妨げるバリアの役割をする[4]。またPNは興奮毒性から保護する役割をもつ[4]

ECMの働き

発達とECM

マウスの胎生後期から出生後早期に、未熟型細胞外マトリックスが形成され始める[5]。このとき、ヒアルロン酸、ニューロカン、バーシカンV0、バーシカンV1、テネイシンC、リンクタンパク質であるHAPLN1/Cartilage link protein1からなる[5]。ニューロカンやバーシカンV0/V1の発達は、出生後すぐに発現のピークをむかえ、その後、急激に減少する[5]。テネイシンCは、生後2~3週間で減少するが、上衣層や海馬といった神経新生の盛んな場所では発現が維持される[5]。出生後2週間を過ぎると、これまでの比較的緩い未熟型細胞外マトリックスからより硬いメッシュ状となった成体の細胞外マトリックスに変化していく[5]。成熟型のマトリックスは、初期のマトリックスと相同のバーシカンV2、アグレカン、ブレビカン、フォスファカン、テネイシンR、HAPLN/Bra1、HAPLN/Bra2より成る[5]

神経幹細胞の維持と分化

細胞外マトリックスは、神経幹細胞が存在する領域にニッチを形作り、幹細胞の維持、分化を調節する[1]

細胞移動

大脳皮質発達期においてラミニンは、神経細胞の移動による層形成に必要である。ラミニンは、軟膜面に沿って形成された基底膜や脳室帯に沿って発現している[6]放射状グリア(Radial glial cell; RGC)が軟膜面、脳室面の両極に突起を伸ばし、突起先端の膜表面に発現したインテグリンジストログリカンを通じてラミニンと接着している[6]。多くの神経細胞がRGCの長く伸びた突起を足場として移動する。軟膜面の基底膜を取り除くと突起は離れ、RGCの生存や皮質の層形成に影響を与える[6]。β1インテグリンやラミニンは、RGCの両極の突起の維持に関わっている[6]。 リーリンの発現異常は、小脳、海馬、大脳皮質の重篤な層形成の欠失を引き起こす[6]。 テネイシンRは、吻側移動経路において“鎖状移動”(chain migration)する神経芽細胞の遊離を促進し、嗅球内での移動を促進する[6]Thrombospondin Type-1(TSP-1)は、脳室下帯と吻側移動経路に認められ、神経前駆細胞の移動に関わっていることが報告されている[7]

軸索伸長への関与

ラミニンはインテグリン依存的に神経突起伸長に関わり、生体内において軸索誘導に関与する[6]。テネイシンC、Rは、神経突起伸長に関わる[6]。軸索表面に発現するHPSGがガイダンス分子であるSlit、Netrin-1、Semaphorin-5Aのco-receptorとして働き、そのシグナリングを増強する働きがある[8]

髄鞘化

ラミニンの発現開始は、中枢神経系の髄鞘化のタイミングに関連性がある[6]。ラミニンα2欠失はオリゴデンドロサイトの成熟が遅れ、低髄鞘形成となる[6]

ランビエ絞輪

ランビエ絞輪の周りにはプロテオグリカンやテネイシンR、ラミニン、ジストログリカンが覆っており、局所的な陽イオンの濃度や電位依存性Na+チャネル集合化を制御していると考えられている[6]

可塑性とECM

シナプス新生

発達過程の中枢神経系において、アストロサイトから分泌されたトロンボスポンジン1と2が電位依存性カルシウムチャネルサブユニットα2δ-1と相互作用することにより、興奮性シナプスの新生が誘導されることが示されている[9]。 アグリンは、大脳、海馬、扁桃体において高発現のセリンプロテアーゼ、ニューロトリプシンによって切断される、それによって生じた断片が樹状突起フィロポディアの成長を誘導することが示されている[10]

シナプス可塑性

リーリンがvery–low-density lipoprotein receptor(VLDLR)やapolipoprotein E receptor type2(APOER2)のリポタンパク受容体に結合することで細胞内アダプタータンパクdisabled1(DAB1)を活性化する[10]。それがSrc family tyrosine kinase(SFK)を活性化し、NMDA受容体のチロシンリン酸化を引き起こす[10]。これにより、NMDA受容体のCa2+の流入量が増え、シナプス可塑性を誘導する[10]。 テネイシンCやヒアルロン酸が、L-type voltage-dependent Ca2+ channel(LVDCC)の活性をサポートし、LVDCCのCa2+流入量が増えることでLTPが誘導されると考えられている[10]。しかし、テネイシンCもしくはヒアルロン酸のLVDCCへの直接的結合はまだ示されていない[10]。 ヒアルロン酸を骨格としたPNがAMPA型受容体のシナプス外の膜領域への移行を妨げ、シナプス領域の区画化の役割を果たすことが示されている[6]。神経伝達物質の拡散を妨げる役割も示唆されている。 テネイシンRは、LTPの誘導をGABA作動性介在ニューロンによる海馬CA1錐体細胞の細胞体周辺抑制(perisomatic inhibition)のレベルを設定することによって起こす[10]。 神経可塑性においてCSPGは、形態の安定性に関わっていると考えられる。単眼遮蔽により成体において生じた眼優位性の固定は、chondroitinase ABC(ChABC)よりCSPGを酵素消化によって可塑的になる[6]。海馬スライスをChABCで処理すると、CA1のLTPやLTDが阻害される[10]。恐怖記憶実験では、CSPGは記憶の安定性に関わる[10]

再生とECM

神経損傷・再生

中枢神経損傷により形成されたグリア性瘢痕は、軸索伸長を阻害し、可塑性を制限し、成長円錐を崩壊させる。ChABCによりCPSGを酵素消化すると、その阻害作用は減少し、機能的回復をもたらし、軸索の再成長を促す[11]。TSP-1は損傷部位で発現上昇し、軸索の再生能と関連している[6]

関連項目

参考文献

  1. 1.0 1.1 Kazanis, I., & ffrench-Constant, C. (2011).
    Extracellular matrix and the neural stem cell niche. Developmental neurobiology, 71(11), 1006-17. [PubMed:21898854] [PMC] [WorldCat] [DOI]
  2. Baeten, K.M., & Akassoglou, K. (2011).
    Extracellular matrix and matrix receptors in blood-brain barrier formation and stroke. Developmental neurobiology, 71(11), 1018-39. [PubMed:21780303] [PMC] [WorldCat] [DOI]
  3. Rolls, A., Shechter, R., & Schwartz, M. (2009).
    The bright side of the glial scar in CNS repair. Nature reviews. Neuroscience, 10(3), 235-41. [PubMed:19229242] [WorldCat] [DOI]
  4. 4.0 4.1 4.2 4.3 4.4 4.5 4.6 4.7 Karetko, M., & Skangiel-Kramska, J. (2009).
    Diverse functions of perineuronal nets. Acta neurobiologiae experimentalis, 69(4), 564-77. [PubMed:20048772] [WorldCat]
  5. 5.0 5.1 5.2 5.3 5.4 5.5 Zimmermann, D.R., & Dours-Zimmermann, M.T. (2008).
    Extracellular matrix of the central nervous system: from neglect to challenge. Histochemistry and cell biology, 130(4), 635-53. [PubMed:18696101] [WorldCat] [DOI]
  6. 6.00 6.01 6.02 6.03 6.04 6.05 6.06 6.07 6.08 6.09 6.10 6.11 6.12 6.13 Barros, C.S., Franco, S.J., & Müller, U. (2011).
    Extracellular matrix: functions in the nervous system. Cold Spring Harbor perspectives in biology, 3(1), a005108. [PubMed:21123393] [PMC] [WorldCat] [DOI]
  7. Blake, S.M., Strasser, V., Andrade, N., Duit, S., Hofbauer, R., Schneider, W.J., & Nimpf, J. (2008).
    Thrombospondin-1 binds to ApoER2 and VLDL receptor and functions in postnatal neuronal migration. The EMBO journal, 27(22), 3069-80. [PubMed:18946489] [PMC] [WorldCat] [DOI]
  8. Inatani, M. (2011).
    [Role of heparan sulfate in axon guidance]. Seikagaku. The Journal of Japanese Biochemical Society, 83(3), 224-30. [PubMed:21516689] [WorldCat]
  9. Risher, W.C., & Eroglu, C. (2012).
    Thrombospondins as key regulators of synaptogenesis in the central nervous system. Matrix biology : journal of the International Society for Matrix Biology, 31(3), 170-7. [PubMed:22285841] [PMC] [WorldCat] [DOI]
  10. 10.0 10.1 10.2 10.3 10.4 10.5 10.6 10.7 10.8 Dityatev, A., Schachner, M., & Sonderegger, P. (2010).
    The dual role of the extracellular matrix in synaptic plasticity and homeostasis. Nature reviews. Neuroscience, 11(11), 735-46. [PubMed:20944663] [WorldCat] [DOI]
  11. Galtrey, C.M., & Fawcett, J.W. (2007).
    The role of chondroitin sulfate proteoglycans in regeneration and plasticity in the central nervous system. Brain research reviews, 54(1), 1-18. [PubMed:17222456] [WorldCat] [DOI]

(執筆者:金河大、担当編集委員:河西春郎)