「脚橋被蓋核」の版間の差分

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英語名:pedunculopontine tegmental nucleus、pedunculopontine nucleus
英語名:pedunculopontine tegmental nucleus、pedunculopontine nucleus 羅:nucleus tegmentalis pedunculopontinus


英略称:PPN、PPTg、PPTN  
英略称:PPN、PPTg、PPTN  
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 PPNへの線維入力は、主に大脳皮質、[[扁桃体]]、[[黒質網様部]]、[[淡蒼球]]、[[視床下核]]などが由来である。なお、PPNはこれら大脳基底核群と双方性結合をもっている<ref name="ref12"><pubmed> 6886052 </pubmed></ref> <ref name="ref13"><pubmed> 15374668 </pubmed></ref>。この大脳基底核群との密接な結合関係から、最近ではPPNが大脳基底核群の一部として議論されることもある <ref name="ref13"><pubmed> 15374668 </pubmed></ref>。さらに、PPNは脳幹の[[モノアミン]]システム([[青斑核]]:[[ノルアドレナリン]]作動性、 [[縫線]]核:[[セロトニン]]作動性)とも双方的に結合がある<ref name="ref14"><pubmed> 8232901 </pubmed></ref>。 この、「大脳基底核-PPN-カテコールアミンシステム複合体」が随意運動や、様々な選択的注意に関係した行動をトリガーしていると考えられている<ref name="ref15"><pubmed> 1887068 </pubmed></ref>。これらに限らず、PPNニューロンは非常に広範な投射を示す。その投射先は、黒質緻密部、腹側被蓋野、視床下核など大脳基底核の構成要素や、視床、[[上丘]]、[[脊髄]]、[[橋]]、脳幹網様体、[[運動性三叉神経核]]、前脳基底部、などである<ref name="ref3"><pubmed> 6646427 </pubmed></ref> <ref name="ref5"><pubmed> 3251602 </pubmed></ref> <ref name="ref16"><pubmed> 2176719 </pubmed></ref> <ref name="ref17"><pubmed> 2388079  </pubmed></ref> <ref name="ref18"><pubmed> 8842892 </pubmed></ref> <ref name="ref19"><pubmed> 3362403 </pubmed></ref>。  
 PPNへの線維入力は、主に大脳皮質、[[扁桃体]]、[[黒質網様部]]、[[淡蒼球]]、[[視床下核]]などが由来である。なお、PPNはこれら大脳基底核群と双方性結合をもっている<ref name="ref12"><pubmed> 6886052 </pubmed></ref> <ref name="ref13"><pubmed> 15374668 </pubmed></ref>。この大脳基底核群との密接な結合関係から、最近ではPPNが大脳基底核群の一部として議論されることもある <ref name="ref13"><pubmed> 15374668 </pubmed></ref>。さらに、PPNは脳幹の[[モノアミン]]システム([[青斑核]]:[[ノルアドレナリン]]作動性、 [[縫線]]核:[[セロトニン]]作動性)とも双方的に結合がある<ref name="ref14"><pubmed> 8232901 </pubmed></ref>。 この、「大脳基底核-PPN-カテコールアミンシステム複合体」が随意運動や、様々な選択的注意に関係した行動をトリガーしていると考えられている<ref name="ref15"><pubmed> 1887068 </pubmed></ref>。これらに限らず、PPNニューロンは非常に広範な投射を示す。その投射先は、黒質緻密部、腹側被蓋野、視床下核など大脳基底核の構成要素や、視床、[[上丘]]、[[脊髄]]、[[橋]]、脳幹網様体、[[運動性三叉神経核]]、前脳基底部、などである<ref name="ref3"><pubmed> 6646427 </pubmed></ref> <ref name="ref5"><pubmed> 3251602 </pubmed></ref> <ref name="ref16"><pubmed> 2176719 </pubmed></ref> <ref name="ref17"><pubmed> 2388079  </pubmed></ref> <ref name="ref18"><pubmed> 8842892 </pubmed></ref> <ref name="ref19"><pubmed> 3362403 </pubmed></ref>。  


== PPNニューロンの発火特性  ==
=== PPNニューロンの発火特性  ===


 [[wikipedia:ja:ラット|ラット]]脳幹[[スライス標本]]を用いたPPN細胞の[[細胞内記録]]より、PPN細胞の[[発火]]活動は大きく2群に分けられる;1) 不規則でしばしば一過性高頻度発火活動を示す細胞群と2)自発的な律動的発火活動を示す細胞群である<ref name="ref18"><pubmed> 8842892 </pubmed></ref> <ref name="ref20"><pubmed> 9153657 </pubmed></ref> <ref name="ref21"><pubmed> 9219969 </pubmed></ref>。  
 [[wikipedia:ja:ラット|ラット]]脳幹[[スライス標本]]を用いたPPN細胞の[[細胞内記録]]より、PPN細胞の[[発火]]活動は大きく2群に分けられる;1) 不規則でしばしば一過性高頻度発火活動を示す細胞群と2)自発的な律動的発火活動を示す細胞群である<ref name="ref18"><pubmed> 8842892 </pubmed></ref> <ref name="ref20"><pubmed> 9153657 </pubmed></ref> <ref name="ref21"><pubmed> 9219969 </pubmed></ref>。  
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 前者はほぼすべてが非コリン細胞、後者の3分の2がコリン細胞である。また後者の細胞はスパイク幅の狭い細胞と幅の広い細胞の2つのサブタイプから構成される。スパイク幅の狭い細胞は発火頻度が高く(8-20Hz)、小、中型の[[細胞体]]を持ち、PPNにほぼ均等に分布する。スパイク幅の広い細胞は発火頻度が低く(3-10Hz)、大型の細胞体を持ち、PPNの尾側部に位置する。コリン細胞の平均自発発射頻度は約10Hzである。さらに、PPN細胞のコリン細胞、非コリン細胞共に、1)視床・視蓋前野・上丘方向への上行性投射、2)基底核特に黒質緻密部・[[視床下核]]方向への吻側性投射、3)中脳・橋網様体への下行性投射を持つことが知られている。また、基底核領域や視床方向へ投射する細胞はPPNの吻側部に、視蓋領域,中脳・橋網様体へ投射する細胞は尾側部に分布する傾向がある。このことはPPNが伝達物質・発火様式・線維投射などの異なる複数の細胞群、つまり、複数の機能的単位から構成されていることを示している。  
 前者はほぼすべてが非コリン細胞、後者の3分の2がコリン細胞である。また後者の細胞はスパイク幅の狭い細胞と幅の広い細胞の2つのサブタイプから構成される。スパイク幅の狭い細胞は発火頻度が高く(8-20Hz)、小、中型の[[細胞体]]を持ち、PPNにほぼ均等に分布する。スパイク幅の広い細胞は発火頻度が低く(3-10Hz)、大型の細胞体を持ち、PPNの尾側部に位置する。コリン細胞の平均自発発射頻度は約10Hzである。さらに、PPN細胞のコリン細胞、非コリン細胞共に、1)視床・視蓋前野・上丘方向への上行性投射、2)基底核特に黒質緻密部・[[視床下核]]方向への吻側性投射、3)中脳・橋網様体への下行性投射を持つことが知られている。また、基底核領域や視床方向へ投射する細胞はPPNの吻側部に、視蓋領域,中脳・橋網様体へ投射する細胞は尾側部に分布する傾向がある。このことはPPNが伝達物質・発火様式・線維投射などの異なる複数の細胞群、つまり、複数の機能的単位から構成されていることを示している。  


== 運動機能、運動機能障害  ==
==機能==
 
===運動機能===
 運動の実行系が存在する脳幹、脊髄と高次機能を司る大脳、大脳基底核、小脳との間にはPPNを介して密接な線維連絡が存在する。したがって、PPNは運動実行系と高次機能を統合するintegrative interfaceと考えることができる。   
 運動の実行系が存在する脳幹、脊髄と高次機能を司る大脳、大脳基底核、小脳との間にはPPNを介して密接な線維連絡が存在する。したがって、PPNは運動実行系と高次機能を統合するintegrative interfaceと考えることができる。   


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 このようにPPNから視床および上丘、基底核(特に黒質緻密部)への上行性投射、そして橋網様体への下行性投射が存在し、またPPNは基底核の黒質網様部や淡蒼球内節からGABA作動性の抑制を受ける。したがって、PPNの機能低下が生じると、黒質緻密部から線条体へ投射するドーパミン作動系の活動は低下し、黒質網様部や淡蒼球内節へ投射する間接路の活動充進と直接路の活動低下が誘発され、その結果、淡蒼球内節・黒質網様部からPPNへのGABA抑制が増強し、筋活動抑制系の活動は減弱し、筋固縮が誘発されるとおもわれる。また視床大脳投射系へのGABA抑制の充進は大脳皮質から脳幹・脊髄への出力を減弱させ、運動低下や運動不能を誘発させる。さらにPPNの障害は脳幹網様体などへの投射を介して意識レベルの異常や睡眠・覚醒の異常を誘発する可能性がある。加えて、PPNが姿勢反射や歩行運動の制御に関連することや上丘への投射系を介して眼球運動の制御にも関与する可能性を考慮すると、PPNの障害により、姿勢の異常や歩行運動、眼球運動の障害などが発現すると考えられる。また、サルの片側PPNに[[カイニン酸]]を注入すると、反対側の上肢と下肢の運動低下が発現することが知られている<ref name="ref29"><pubmed> 9159502 </pubmed></ref>。  
 このようにPPNから視床および上丘、基底核(特に黒質緻密部)への上行性投射、そして橋網様体への下行性投射が存在し、またPPNは基底核の黒質網様部や淡蒼球内節からGABA作動性の抑制を受ける。したがって、PPNの機能低下が生じると、黒質緻密部から線条体へ投射するドーパミン作動系の活動は低下し、黒質網様部や淡蒼球内節へ投射する間接路の活動充進と直接路の活動低下が誘発され、その結果、淡蒼球内節・黒質網様部からPPNへのGABA抑制が増強し、筋活動抑制系の活動は減弱し、筋固縮が誘発されるとおもわれる。また視床大脳投射系へのGABA抑制の充進は大脳皮質から脳幹・脊髄への出力を減弱させ、運動低下や運動不能を誘発させる。さらにPPNの障害は脳幹網様体などへの投射を介して意識レベルの異常や睡眠・覚醒の異常を誘発する可能性がある。加えて、PPNが姿勢反射や歩行運動の制御に関連することや上丘への投射系を介して眼球運動の制御にも関与する可能性を考慮すると、PPNの障害により、姿勢の異常や歩行運動、眼球運動の障害などが発現すると考えられる。また、サルの片側PPNに[[カイニン酸]]を注入すると、反対側の上肢と下肢の運動低下が発現することが知られている<ref name="ref29"><pubmed> 9159502 </pubmed></ref>。  


===運動機能障害===
 PPN障害による「PPNから黒質緻密部のドーパミンニューロンへの興奮性投射の機能低下」と「黒質網様部からPPN細胞への抑制性投射の機能充進」が[[パーキンソン病]]における運動障害を発現させることを示唆する。最近、従来の視床下核を標的にした[[脳内深部刺激]](Deep Brain Stimulation, DBS)のみならず、PPNを標的としたDBSがパーキンソン氏病による運動障害の改善に効果がある<ref name="ref30"><pubmed> 18412282 </pubmed></ref>という報告が数多くなされており、治療に向けた今後の研究が待たれる。  
 PPN障害による「PPNから黒質緻密部のドーパミンニューロンへの興奮性投射の機能低下」と「黒質網様部からPPN細胞への抑制性投射の機能充進」が[[パーキンソン病]]における運動障害を発現させることを示唆する。最近、従来の視床下核を標的にした[[脳内深部刺激]](Deep Brain Stimulation, DBS)のみならず、PPNを標的としたDBSがパーキンソン氏病による運動障害の改善に効果がある<ref name="ref30"><pubmed> 18412282 </pubmed></ref>という報告が数多くなされており、治療に向けた今後の研究が待たれる。  


== 睡眠・覚醒の制御  ==
=== 睡眠・覚醒の制御  ===


 [[睡眠]]・[[覚醒]]は覚醒時に発火頻度が低く、[[レム睡眠]]時に発火頻度を増大するPPNのアセチルコリン性の細胞群と、覚醒時に発火頻度が高く、レム睡眠時に発火活動が低下する縫線核の[[セロトニン]]性、青斑核のノルアドレナリン性の細胞群の相互作用により制御されていると考えられている。PPNでは覚醒睡眠に伴って発火特性の異なる2種類のアセチルコリン細胞群が存在することが知られている<ref name="ref17"><pubmed> 2388079 </pubmed></ref>。一方はスパイク幅が広く、覚醒時には発射せず、[[徐波睡眠]]からレム睡眠にかけて徐々に発火頻度を増加させる(&lt;10Hz)細胞群であり、もう一方はスパイク幅が狭く、覚醒時とレム睡眠時に発火を示し(20-30Hz)、特に徐波睡眠からレム睡眠の移行期に発火を一過性に増大させる細胞群である。橋網様体にはPPNからのアセチルコリン性線維が投射しており、[[wikipedia:ja:ネコ|ネコ]]の橋網様体にアセチルコリン[[作動薬]]を注入すると、注入後数分以内に皮質脳波の脱同期、急速眼球運動を伴ったレム睡眠が誘発されることが知られている<ref name="ref9"><pubmed> </pubmed></ref>。このように、PPNからのアセチルコリン作動性経路が運動機能のみならず、睡眠・覚醒の制御や意識レベルの調節にも関与することを示唆する。  
 [[睡眠]]・[[覚醒]]は覚醒時に発火頻度が低く、[[レム睡眠]]時に発火頻度を増大するPPNのアセチルコリン性の細胞群と、覚醒時に発火頻度が高く、レム睡眠時に発火活動が低下する縫線核の[[セロトニン]]性、青斑核のノルアドレナリン性の細胞群の相互作用により制御されていると考えられている。PPNでは覚醒睡眠に伴って発火特性の異なる2種類のアセチルコリン細胞群が存在することが知られている<ref name="ref17"><pubmed> 2388079 </pubmed></ref>。一方はスパイク幅が広く、覚醒時には発射せず、[[徐波睡眠]]からレム睡眠にかけて徐々に発火頻度を増加させる(&lt;10Hz)細胞群であり、もう一方はスパイク幅が狭く、覚醒時とレム睡眠時に発火を示し(20-30Hz)、特に徐波睡眠からレム睡眠の移行期に発火を一過性に増大させる細胞群である。橋網様体にはPPNからのアセチルコリン性線維が投射しており、[[wikipedia:ja:ネコ|ネコ]]の橋網様体にアセチルコリン[[作動薬]]を注入すると、注入後数分以内に皮質脳波の脱同期、急速眼球運動を伴ったレム睡眠が誘発されることが知られている<ref name="ref9"><pubmed> </pubmed></ref>。このように、PPNからのアセチルコリン作動性経路が運動機能のみならず、睡眠・覚醒の制御や意識レベルの調節にも関与することを示唆する。  


== 強化学習、動機付け  ==
=== 強化学習、動機付け  ===


 手がかり刺激から適切な行動予測を行い、最大[[報酬]]を得る「報酬に基づく[[強化学習]]<ref name="ref31"><pubmed> 9658025 </pubmed></ref>」の神経生理学的研究の発展には神経科学のみならず広い分野から注目が集まっている。黒質緻密部や腹側被蓋野のドーパミンニューロンは報酬との連合で学習された手がかり刺激や報酬に対して一時的なバースト応答をすることによって大脳皮質、基底核などに[[報酬予測誤差]](報酬に対する予測と現実に得られた報酬の差)を送り、強化学習における大脳皮質、大脳基底核での[[シナプス可塑性]]を制御していると考えられている<ref name="ref31"><pubmed> 9658025 </pubmed></ref>。  
 手がかり刺激から適切な行動予測を行い、最大[[報酬]]を得る「報酬に基づく[[強化学習]]<ref name="ref31"><pubmed> 9658025 </pubmed></ref>」の神経生理学的研究の発展には神経科学のみならず広い分野から注目が集まっている。黒質緻密部や腹側被蓋野のドーパミンニューロンは報酬との連合で学習された手がかり刺激や報酬に対して一時的なバースト応答をすることによって大脳皮質、基底核などに[[報酬予測誤差]](報酬に対する予測と現実に得られた報酬の差)を送り、強化学習における大脳皮質、大脳基底核での[[シナプス可塑性]]を制御していると考えられている<ref name="ref31"><pubmed> 9658025 </pubmed></ref>。