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==物理的錯覚==
==物理的錯覚==
 物理的錯覚とは、知覚を歪める原因が物理現象にある錯覚のことである。身近な例としては、救急車が通り過ぎるとサイレンの音が低くなる現象(ドップラー効果)がある。自然現象としては、蜃気楼(mirage)<ref>大気中で光が屈折して虚像が見える現象。</ref><ref>特別天然記念物 魚津埋没林博物館 「蜃気楼」 https://www.city.uozu.toyama.jp/nekkolnd/shinkiro/index.html(2023年7月20日アクセス)</ref>やブロッケン現象(Brocken spectre)<ref>太陽などの光が観察者の背後から差し込む時、影の方向にある雲や霧の粒子によって光が散乱され、影の周りに虹のような光の輪が見える現象。</ref><ref>"Brocken spectre" Britannica https://www.britannica.com/science/Brocken-specter (2023年6月10日閲覧)</ref>がある。物理的錯覚として、Gregory<sup>[4]</sup>は、霧の中の像(物体の輪郭がぼやけて見えること)、水の中のスプーン(屈折によって曲がって見えること)、鏡(映っているものが本当の位置でない場所に見えること)、虹(見えているのに触ることも近づくこともできないこと)、モワレパターン(対象に縞模様はないのに干渉縞が見えること)を挙げている。モワレパターンは物理的刺激として知覚を「正しく」生起させるものであり、知覚的錯覚には分類し難いので、モワレパターンを物理的錯覚に分類することは妥当である。しかし、それならば、絵画、写真、映像はすべて物理的錯覚と解釈してもよいことになる。なぜなら、それらは物理的に実在する刺激(画素)から構成されており、実物の虚像の知覚を「正しく」生起させるものであるからである。この解釈を敷衍すると、Gregoryは物理的錯覚の中に入れていないが、パレイドリア(pareidolia)<ref>特定の自然物あるいは人工物が顔や何かの形状に見える現象。</ref><ref>Zhou, L.-F., & Meng, M. (2020). Do you see the “face”? Individual differences in face pareidolia. Journal of Pacific Rim Psychology, 14. https://doi.org/10.1017/prp.2019.27</ref>も物理的錯覚ということになる。となると、パレイドリアを用いた芸術<ref>例えば、Arcimboldoの絵画。 https://en.wikipedia.org/wiki/Giuseppe_Arcimboldo</ref>は物理的錯覚を表現したものということになることから、この種の芸術を包摂するだまし絵(trompe l'oeil)を物理的錯覚として位置づけることができる。バーチャルリアリティ(virtual reality)を錯覚に関連づけて論じたいという場合も同様で、物理的錯覚とみなすのがよい。
 物理的錯覚とは、知覚を歪める原因が物理現象にある錯覚のことである。身近な例としては、救急車が通り過ぎるとサイレンの音が低くなる現象(ドップラー効果)がある。自然現象としては、蜃気楼(mirage)<ref>大気中で光が屈折して虚像が見える現象。</ref><ref>特別天然記念物 魚津埋没林博物館 「蜃気楼」 https://www.city.uozu.toyama.jp/nekkolnd/shinkiro/index.html(2023年7月20日アクセス)</ref>やブロッケン現象(Brocken spectre)<ref>太陽などの光が観察者の背後から差し込む時、影の方向にある雲や霧の粒子によって光が散乱され、影の周りに虹のような光の輪が見える現象。</ref><ref>"Brocken spectre" Britannica https://www.britannica.com/science/Brocken-specter (2023年6月10日閲覧)</ref>がある。物理的錯覚として、Gregory<sup>[4]</sup>は、霧の中の像(物体の輪郭がぼやけて見えること)、水の中のスプーン(屈折によって曲がって見えること)、鏡(映っているものが本当の位置でない場所に見えること)、虹(見えているのに触ることも近づくこともできないこと)、モワレパターン(対象に縞模様はないのに干渉縞が見えること)を挙げている。モワレパターンはその物理的刺激に対応した「正しい」知覚を観察者に生起させるものであるから、知覚的錯覚には分類し難い。ゆえに、モワレパターンを物理的錯覚に分類することは妥当である。しかし、モワレパターンを錯覚と呼ぶならば、絵画、写真、映画、テレビなどのメディアによって生成されたリアルな画像・映像は虚像だとして、それらはすべて錯覚であると大風呂敷を広げることもできる。このことは、既に芸術家によって指摘されている<ref>Magritteは、ハイプを描いた『イメージの裏切り』(La trahison des images)という作品(1929年)に「これはパイプではない」(Ceci n'est pas une pipe)(絵の具の集合に過ぎない、という意味である)と書き込み、絵画の持つ錯覚的性質を指摘した。 https://collections.lacma.org/node/239578</ref>。この解釈を敷衍すると、Gregoryは物理的錯覚の仲間に入れていないが、パレイドリア(pareidolia)<ref>特定の自然物あるいは人工物が顔や何かの形状に見える現象。</ref><ref>Zhou, L.-F., & Meng, M. (2020). Do you see the “face”? Individual differences in face pareidolia. Journal of Pacific Rim Psychology, 14. https://doi.org/10.1017/prp.2019.27</ref>も物理的錯覚ということになる。となると、パレイドリアをテーマとした芸術<ref>例えば、Arcimboldoの絵画。 https://en.wikipedia.org/wiki/Giuseppe_Arcimboldo</ref>は物理的錯覚を表現したものということになることから、この種の芸術を包摂するだまし絵(trompe l'oeil)<ref>そこに描かれたものが本当にそこにあるかのように人々をだますよう巧みにデザインされた絵画のこと。 https://en.wikipedia.org/wiki/Trompe-l%27%C5%93il</ref>は物理的錯覚として位置づけられることになる。バーチャルリアリティ(virtual reality)<ref>バーチャルリアリティ学会によれば、バーチャルリアリティとは「みかけや形は原物そのものではないが,本質的あるいは効果としては現実であり原物であること」である。 https://vrsj.org/about/virtualreality/ (最終更新日: 2012/01/13)(2023年7月20日アクセス)</ref>を錯覚に関連づけて論じたいという場合も同様で、物理的錯覚とみなすことができよう。


==知覚的錯覚==
==知覚的錯覚==
 知覚的錯覚は、感覚・知覚レベルに原因がある錯覚である。視覚性の錯覚は錯視、聴覚性の錯覚は錯聴、触覚性の錯覚は錯触と呼ばれる。視覚の錯覚である錯視は、視覚のモダリティに対応して、幾何学的錯視(大きさの錯視、傾きの錯視、位置の錯視)、明るさや色の錯視、運動視の錯視などに分類できる(後述)。聴覚の錯覚である錯聴には、連続聴効果(auditory continuity illusion)<ref>音が短時間途切れていても、その中断部分に別の強い音が挿入されていると、補われてなめらかに聞こえる現象。</ref><ref>Miller, G. A., & Licklider, J. C. R. (1950). The intelligibility of interrupted speech. Journal of the Acoustical Society of America, 22,167-173.</ref><ref>Warren, R. M., Wrightson, J. M., & Puretz, J. (1988). Illusory continuity of tonal and infratonal periodic sounds. Journal of the Acoustical Society of America, 84, 1338-1342.</ref>、ミッシングファンダメンタル(missing fundamental)<ref>音の高さ(ピッチ)は音の基本周波数に対応するものであるが、基本周波数成分が物理的に存在していない状況において、倍音成分から基本周波数が推定されてその音の高さに聞こえる現象。</ref><ref>Schouten,J. F., Ritsmam R. J., & Cardozo, B. L. (1962). Pitch of the residue. Journal of the Acoustical Society of America, 34, 1418-1424.</ref>などが知られる。触覚の錯覚である錯触には、ベルベットハンド錯覚(velvet hand illusion)<ref>金網を両手ではさみ、手を合わせたままゆっくり前後に動かすと、金属性の硬い感触ではなく、やわらかくてふんわりとした(ベルベットのような)触り心地を感じる現象。</ref><ref>Mochiyama, H., Sano, A., Takesue, N., Kikuuwe, R., Fujita, K., Fukuda, S., Marui, K., & Fujimoto, H. (2005). Haptic illusions induced by moving line stimuli. Proc. World Haptic Conference,645–648.</ref>や感覚漏斗現象(sensory funneling)<ref>ファントムセンセーションともいう。複数の触覚刺激が同時に異なる部位に提示された時、中間にその刺激を感じる現象。</ref><ref>von Békésy, G. (1959). Neural funneling along the skin and between the inner and outer hair cells of the cochlea. Journal of the Acoustical Society of America, 31(9), 1236–1249. </ref>、アリストテレスの錯覚(Aristotle illusion)<ref>人差し指と中指を交差させて鉛筆や自分の鼻に触れると。鉛筆や自分の鼻が2つあるように感じる現象。</ref><ref>Hayward, V. (2008). A brief taxonomy of tactile illusions and demonstrations that can be done in a hardware store. Brain Research Bulletin, 75(6), 742-752. https://doi.org/10.1016/j.brainresbull.2008.01.008</ref>などがある。温度感覚の錯覚としては、サーマルグリル錯覚(thermal grill illusion)<ref>温かい物体と冷たい物体を近接した皮膚部位で同時に触れると、熱い物体に触れたように感じる現象。痛みを知覚することもある。</ref><ref>Craig, A. D., & Bushnell, M. C. (1994). The thermal grill illusion: Unmasking the burn of cold pain. Science, 265 (5169), 252–255. https://www.science.org/doi/10.1126/science.8023144</ref>やサーマルリファラル(thermal referral)<ref>中指で常温のものに、人差し指と薬指で暖かい(冷たい)ものを触れると、常温のものも温かく(冷たく)感じられる現象。</ref><ref>Green, B. G.(1977). Localization of thermal sensation: An illusion and synthetic heat. Perception & Psychophysics, 22, 331-337.</ref>がある。近年、身体知覚の錯覚の研究も進んでいる<ref>小鷹研理 (2023). からだの錯覚 脳と感覚が作り出す不思議な世界 ブルーバックス B-2228 講談社</ref>。多感覚の相互作用における錯覚もある。たとえば、腹話術効果(ventriloquism effect)<ref>実際の話し手からではなく、人形の動く口から声が聞こえてくるように知覚される現象。</ref><ref>Bruns, P. (2019). The ventriloquist illusion as a tool to study multisensory processing: An update. Frontiers in Integrative Neuroscience, 13, 51. https://doi.org/10.3389/fnint.2019.00051</ref>は、視覚の情報が優位となって引き起こされる聴覚の錯覚である。シャルパンテイエ効果(Charpentier effect)<ref>同じ重さのものでも、体積が小さいものは大きいものに比べて重く感じる現象。</ref><ref>Murray, D. J., Ellis, R. R., Bandomir, C. A., & Ross, H. E.  (1999). Charpentier (1891) on the size—weight illusion. Perception & Psychophysics, 61, 1681–1685. https://doi.org/10.3758/BF03213127</ref><ref>Saccone, E.J., Landry, O., & Chouinard, P.A. (2019). A meta-analysis of the size-weight and material-weight illusions. Psychonomic Bullutin & Review, 26, 1195–1212. https://doi.org/10.3758/s13423-019-01604-x</ref>は、視覚に影響を受ける重さの知覚の錯覚である<ref>Murray et al. (1999) によると、「生理学者であったシャルパンティエは、重さの知覚の説明として、皮膚にかかる単位面積当たりの圧力や物体を持ち上げるのに必要な運動エネルギーの相対的な大きさといった神経生理学的な観点に関心があった」ので、必ずしも視覚と重さ知覚の多感覚相互作用と考えたわけではないようだ。</ref>。ラバーハンド錯覚(rubber hand illusion)<ref>自分の手を衝立の裏に隠し、衝立の手前にゴムでできた手を置いた状態で、協力者に自分の手とゴムの手を同じタイミングで触ってもらっていると、触られているのはゴムの手であるように感じる現象。</ref><ref>Botvinick, M., & Cohen, J. (1998). Rubber hands ‘feel’ touch that eyes see. Nature 391, 756. https://doi.org/10.1038/35784</ref>は、視覚に影響を受ける身体知覚の錯覚である。
 知覚的錯覚は、感覚・知覚レベルに原因がある錯覚である。視覚性の錯覚は錯視、聴覚性の錯覚は錯聴、触覚性の錯覚は錯触と呼ばれる。視覚の錯覚である錯視は、視覚のモダリティに対応して、幾何学的錯視(大きさの錯視、傾きの錯視、位置の錯視)、明るさや色の錯視、運動視の錯視などに分類できる(後述)。聴覚の錯覚である錯聴には、連続聴効果(auditory continuity illusion)<ref>音が短時間途切れていても、その中断部分に別の強い音が挿入されていると、補われてなめらかに聞こえる現象。</ref><ref>Miller, G. A., & Licklider, J. C. R. (1950). The intelligibility of interrupted speech. Journal of the Acoustical Society of America, 22,167-173.</ref><ref>Warren, R. M., Wrightson, J. M., & Puretz, J. (1988). Illusory continuity of tonal and infratonal periodic sounds. Journal of the Acoustical Society of America, 84, 1338-1342.</ref>、ミッシングファンダメンタル(missing fundamental)<ref>音の高さ(ピッチ)は音の基本周波数に対応するものであるが、基本周波数成分が物理的に存在していない状況において、倍音成分から基本周波数が推定されてその音の高さに聞こえる現象。</ref><ref>Schouten,J. F., Ritsmam R. J., & Cardozo, B. L. (1962). Pitch of the residue. Journal of the Acoustical Society of America, 34, 1418-1424.</ref>などが知られる。触覚の錯覚である錯触には、ベルベットハンド錯覚(velvet hand illusion)<ref>金網を両手ではさみ、手を合わせたままゆっくり前後に動かすと、金属性の硬い感触ではなく、やわらかくてふんわりとした(ベルベットのような)触り心地を感じる現象。</ref><ref>Mochiyama, H., Sano, A., Takesue, N., Kikuuwe, R., Fujita, K., Fukuda, S., Marui, K., & Fujimoto, H. (2005). Haptic illusions induced by moving line stimuli. Proc. World Haptic Conference,645–648.</ref>や感覚漏斗現象(sensory funneling)<ref>ファントムセンセーションともいう。複数の触覚刺激が同時に異なる部位に提示された時、中間にその刺激を感じる現象。</ref><ref>von Békésy, G. (1959). Neural funneling along the skin and between the inner and outer hair cells of the cochlea. Journal of the Acoustical Society of America, 31(9), 1236–1249. </ref>、アリストテレスの錯覚(Aristotle illusion)<ref>人差し指と中指を交差させて鉛筆や自分の鼻に触れると。鉛筆や自分の鼻が2つあるように感じる現象。</ref><ref>Hayward, V. (2008). A brief taxonomy of tactile illusions and demonstrations that can be done in a hardware store. Brain Research Bulletin, 75(6), 742-752. https://doi.org/10.1016/j.brainresbull.2008.01.008</ref>などがある。温度感覚の錯覚としては、サーマルグリル錯覚(thermal grill illusion)<ref>温かい物体と冷たい物体を近接した皮膚部位で同時に触れると、熱い物体に触れたように感じる現象。痛みを知覚することもある。</ref><ref>Craig, A. D., & Bushnell, M. C. (1994). The thermal grill illusion: Unmasking the burn of cold pain. Science, 265 (5169), 252–255. https://www.science.org/doi/10.1126/science.8023144</ref>やサーマルリファラル(thermal referral)<ref>中指で常温のものに、人差し指と薬指で暖かい(冷たい)ものを触れると、常温のものも温かく(冷たく)感じられる現象。</ref><ref>Green, B. G.(1977). Localization of thermal sensation: An illusion and synthetic heat. Perception & Psychophysics, 22, 331-337.</ref>がある。多感覚の相互作用における錯覚もある。たとえば、腹話術効果(ventriloquism effect)<ref>実際の話し手からではなく、人形の動く口から声が聞こえてくるように知覚される現象。</ref><ref>Bruns, P. (2019). The ventriloquist illusion as a tool to study multisensory processing: An update. Frontiers in Integrative Neuroscience, 13, 51. https://doi.org/10.3389/fnint.2019.00051</ref>は、視覚の情報が優位となって引き起こされる聴覚の錯覚である。シャルパンテイエ効果(Charpentier effect)<ref>同じ重さのものでも、体積が小さいものは大きいものに比べて重く感じる現象。</ref><ref>Murray, D. J., Ellis, R. R., Bandomir, C. A., & Ross, H. E.  (1999). Charpentier (1891) on the size—weight illusion. Perception & Psychophysics, 61, 1681–1685. https://doi.org/10.3758/BF03213127</ref><ref>Saccone, E.J., Landry, O., & Chouinard, P.A. (2019). A meta-analysis of the size-weight and material-weight illusions. Psychonomic Bullutin & Review, 26, 1195–1212. https://doi.org/10.3758/s13423-019-01604-x</ref>は、視覚に影響を受ける重さの知覚の錯覚である<ref>Murray et al. (1999) によると、「生理学者であったシャルパンティエは、重さの知覚の説明として、皮膚にかかる単位面積当たりの圧力や物体を持ち上げるのに必要な運動エネルギーの相対的な大きさといった神経生理学的な観点に関心があった」ので、必ずしも視覚と重さ知覚の多感覚相互作用と考えたわけではないようだ。</ref>。ラバーハンド錯覚(rubber hand illusion)<ref>自分の手を衝立の裏に隠し、衝立の手前にゴムでできた手を置いた状態で、協力者に自分の手とゴムの手を同じタイミングで触ってもらっていると、触られているのはゴムの手であるように感じる現象。</ref><ref>Botvinick, M., & Cohen, J. (1998). Rubber hands ‘feel’ touch that eyes see. Nature 391, 756. https://doi.org/10.1038/35784</ref>は、視覚に影響を受ける身体知覚の錯覚である。近年、身体知覚の錯覚の研究が深められている<ref>小鷹研理 (2023). からだの錯覚 脳と感覚が作り出す不思議な世界 ブルーバックス B-2228 講談社</ref>。


==認知的錯覚==
==認知的錯覚==
 認知的錯覚とは、思い違い、勘違い、記憶違い、誤解のことである。認知的錯覚には、透明性の錯覚(illusion of transparency)<ref>自分の心の中が他者に読まれているという錯覚で、それを妄想ほど強く確信しているわけではない状態を指す。</ref><ref>Gilovich, T., Savitsky, K., & Medvec, V. H. (1998). The illusion of transparency: Biased assessments of others' ability to read one's emotional states. Journal of Personality and Social Psychology, 75(2), 332–346.</ref>、デジャビュ現象(déjà vu phenomenon)<ref>初めての場所を訪ねる、初めての人に会うといった場面において、それが以前に経験したことのあるような強い懐かしさを伴う印象が生じる現象。既視感ともいう。</ref><ref>Kusumi, T. (2006). Human metacognition and the deja vu phenomenon. In K. Fujita & S. Itakura (Eds.),Diversity of cognition: Evolution, development, domestication, and pathology. Kyoto: Kyoto University Press, pp.302-314.</ref>、連言錯誤(conjunction fallacy)<ref>たとえば、「ウェブ検索をするときは、検索ワードを増やした方が、ヒット件数が増えると思う」(池田まさみ・森津太子・高比良美詠子・宮本康司 錯思コレクション100 https://www.jumonji-u.ac.jp/sscs/ikeda/cognitive_bias/cate_d/d_33.html 2023年6月12日アクセス)といった誤謬である。</ref><ref>Tversky, A., & Kahneman, D. (1983). Extensional versus intuitive reasoning: The conjunction fallacy in probability judgment. Psychological Review, 90(4), 293–315. https://doi.org/10.1037/0033-295X.90.4.293</ref>、錯誤相関(illusory correlation)<ref>相関がないデータに相関があると思い込んでしまう現象。少数派グループに対して、稀でネガティブな性質を不当に関連付けるという形でよく見られる。</ref><ref>Chapman, L. J. (1967). Illusory correlation in observational report. Journal of Verbal Learning and Verbal Behavior, 6, 151-155. https://doi.org/10.1016/S0022-5371(67)80066-5</ref><ref>Hamilton, D. L., & Gifford, R. K. (1976). Illusory correlation in interpersonal perception: A cognitive basis of stereotypic judgments. Journal of Experimental Social Psychology, 12, 392-407. https://doi.org/10.1016/S0022-1031(76)80006-6</ref>などがある。歪んだ知覚を求める行動や態度を錯覚のカテゴリーに含めるのであれば、セルフ・サービング・バイアス(self-serving bias)<ref>成功した時は自分の能力や努力のおかげと考え、失敗した時は他者や環境のせいにするといった、ご都合主義的で自己防御的な思考・行動傾向のこと。</ref><ref>Miller, D. T., & Ross, M. (1975). Self-serving biases in the attribution of causality: Fact or fiction? Psychological Bulletin, 82(2), 213–225. https://doi.org/10.1037/h0076486</ref>、行為者-観察者バイアス(actor-observer bias)<ref>行動の原因としては、その場面における状況という外的要因が十分考えられるが、行為者のパーソナリティや態度が原因であると認識することを、特性帰属と呼ぶ。他者の行動に対しては、特性に帰属する傾向が強い。これを、対応バイアス(correspondence bias)あるいは基本的帰属エラー(fundamental attribution error)という。特性帰属とは対照的に、自分自身の行動については状況に帰属する傾向が強い。両者をあわせて、行為者―観察者バイアスという。</ref><ref>Jones, E. E., & Nisbett, R. E. (1972). The actor and the observer: Divergent perceptions of the causes of behavior. In E. E. Jones et al. (Eds.), Attribution: Perceiving the causes of behavior (pp. 79-94). Morristown, NJ: General Learning.</ref>、確証バイアス(confirmation bias)<ref>仮説や信念を検証する際に、それらを支持する情報ばかりを集め、都合の悪い情報を無視する、あるいは集めようとしない態度あるいは行動の傾向のこと。</ref><ref>Confirmation bias. Wikipedia https://en.wikipedia.org/wiki/Confirmation_bias (2023年6月24日アクセス)</ref>、正常性バイアス(normalcy bias)<ref>認知バイアスの一種で、自分にとって都合の悪い情報を無視したり過小評価したりすることである。災害心理学や社会心理学などの分野で取り上げられる。「正常化バイアス」、「正常化の偏見」、「正常という偏見」、「正常への偏向」、「恒常性バイアス」ともいう。</ref><ref>矢守克也 (2008-2009). 再論―正常化の偏見 実験社会心理学研究, 48(2), 137-149. https://doi.org/10.2130/jjesp.48.137</ref><ref>広瀬弘忠 (1984). 生存のための災害学 : 自然・人間・文明 新曜社</ref>なども例となる。
 認知的錯覚とは、思い違い、勘違い、記憶違い、誤解のことである。認知的錯覚には、透明性の錯覚(illusion of transparency)<ref>自分の心の中が他者に読まれているという錯覚で、それを妄想ほど強く確信しているわけではない状態を指す。</ref><ref>Gilovich, T., Savitsky, K., & Medvec, V. H. (1998). The illusion of transparency: Biased assessments of others' ability to read one's emotional states. Journal of Personality and Social Psychology, 75(2), 332–346.</ref>、デジャビュ現象(déjà vu phenomenon)<ref>初めての場所を訪ねる、初めての人に会うといった場面において、それが以前に経験したことのあるような強い懐かしさを伴う印象が生じる現象。既視感ともいう。</ref><ref>Kusumi, T. (2006). Human metacognition and the deja vu phenomenon. In K. Fujita & S. Itakura (Eds.),Diversity of cognition: Evolution, development, domestication, and pathology. Kyoto: Kyoto University Press, pp.302-314.</ref>、連言錯誤(conjunction fallacy)<ref>たとえば、「ウェブ検索をするときは、検索ワードを増やした方が、ヒット件数が増えると思う」(池田まさみ・森津太子・高比良美詠子・宮本康司 錯思コレクション100 https://www.jumonji-u.ac.jp/sscs/ikeda/cognitive_bias/cate_d/d_33.html 2023年6月12日アクセス)といった誤謬である。</ref><ref>Tversky, A., & Kahneman, D. (1983). Extensional versus intuitive reasoning: The conjunction fallacy in probability judgment. Psychological Review, 90(4), 293–315. https://doi.org/10.1037/0033-295X.90.4.293</ref>、錯誤相関(illusory correlation)<ref>相関がないデータに相関があると思い込んでしまう現象。少数派グループに対して、稀でネガティブな性質を不当に関連付けるという形でよく見られる。</ref><ref>Chapman, L. J. (1967). Illusory correlation in observational report. Journal of Verbal Learning and Verbal Behavior, 6, 151-155. https://doi.org/10.1016/S0022-5371(67)80066-5</ref><ref>Hamilton, D. L., & Gifford, R. K. (1976). Illusory correlation in interpersonal perception: A cognitive basis of stereotypic judgments. Journal of Experimental Social Psychology, 12, 392-407. https://doi.org/10.1016/S0022-1031(76)80006-6</ref>などがある。難問として知られるモンティ・ホール問題(Monty Hall problem)<ref>モンティ・ホール問題を簡潔に記述すると、以下の通りである。3つの選択肢があって1つは当たりである。プレーヤーがどれか1つの選択肢を選んだ後、ホストが残り2つのうち1つを開けてハズレであることを教えてくれる。この時、プレーヤーは選択を残っている選択肢に変更してもよいと言われる。ここでプレーヤーは選択を変更すべきだろうか? 確率で考えると、残っている選択肢が当たりである確率はプレーヤーが最初に選んだ選択肢が当たりである確率の2倍である(プレーヤーが選んだ選択肢が当たる確率は3分の1で、選ばなかった2つの選択肢が当たる確率は合わせて3分の2なので、ホストが1つにしてくれた残りの選択肢が当たる確率は3分の2で変わらない)から変更した方が合理的なのであるが、確率は変わらないように錯覚して変更しない人の方が多い、という現象である。 </ref><ref>https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A2%E3%83%B3%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%BB%E3%83%9B%E3%83%BC%E3%83%AB%E5%95%8F%E9%A1%8C</ref>も認知的錯覚の例と言える。歪んだ知覚を求める行動や態度を錯覚のカテゴリーに含めるのであれば、セルフ・サービング・バイアス(self-serving bias)<ref>成功した時は自分の能力や努力のおかげと考え、失敗した時は他者や環境のせいにするといった、ご都合主義的で自己防御的な思考・行動傾向のこと。</ref><ref>Miller, D. T., & Ross, M. (1975). Self-serving biases in the attribution of causality: Fact or fiction? Psychological Bulletin, 82(2), 213–225. https://doi.org/10.1037/h0076486</ref>、行為者-観察者バイアス(actor-observer bias)<ref>行動の原因としては、その場面における状況という外的要因が十分考えられるが、行為者のパーソナリティや態度が原因であると認識することを、特性帰属と呼ぶ。他者の行動に対しては、特性に帰属する傾向が強い。これを、対応バイアス(correspondence bias)あるいは基本的帰属エラー(fundamental attribution error)という。特性帰属とは対照的に、自分自身の行動については状況に帰属する傾向が強い。両者をあわせて、行為者―観察者バイアスという。</ref><ref>Jones, E. E., & Nisbett, R. E. (1972). The actor and the observer: Divergent perceptions of the causes of behavior. In E. E. Jones et al. (Eds.), Attribution: Perceiving the causes of behavior (pp. 79-94). Morristown, NJ: General Learning.</ref>、確証バイアス(confirmation bias)<ref>仮説や信念を検証する際に、それらを支持する情報ばかりを集め、都合の悪い情報を無視する、あるいは集めようとしない態度あるいは行動の傾向のこと。</ref><ref>Confirmation bias. Wikipedia https://en.wikipedia.org/wiki/Confirmation_bias (2023年6月24日アクセス)</ref>、正常性バイアス(normalcy bias)<ref>認知バイアスの一種で、自分にとって都合の悪い情報を無視したり過小評価したりすることである。災害心理学や社会心理学などの分野で取り上げられる。「正常化バイアス」、「正常化の偏見」、「正常という偏見」、「正常への偏向」、「恒常性バイアス」ともいう。</ref><ref>矢守克也 (2008-2009). 再論―正常化の偏見 実験社会心理学研究, 48(2), 137-149. https://doi.org/10.2130/jjesp.48.137</ref><ref>広瀬弘忠 (1984). 生存のための災害学 : 自然・人間・文明 新曜社</ref>なども例となる。


==その他の錯覚==
==その他の錯覚==
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