「麻薬」の版間の差分

109 バイト追加 、 2013年4月7日 (日)
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[[Image:麻薬3.png|thumb|350px|'''図3.オピオイドによる鎮痛作用部位''']]  
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 オピオイドが結合する特異的受容体には μ、δおよびκの3つのtypesのオピオイド受容体 (opioid receptor: OR) がある。μ-OR (MOR)、δ-OR (DOR) およびκ-OR (KOR) は、すべてGTP結合タンパク質(Gタンパク質)と共役する7回膜貫通型受容体(GPCR)である。これらオピオイド受容体タイプ間の相同性は高く(全体で約60%)、特に細胞膜貫通領域では非常に高い。いずれの受容体も基本的に[[Gi]]/[[O]]タンパク質と共役しており、ORの活性化後、さまざまな[[細胞内情報伝達]]系が影響を受け、[[神経伝達物質]]の遊離や[[神経細胞体]]の興奮性が低下するために神経細胞の活動が抑制される。これらの中で鎮痛作用に関して最も重要な役割を果たすのがMORである。μ、δおよびκの3つのtypesのORに対する親和性および鎮痛効果 (potency) は個々の薬物によって異なる。  
 オピオイドが結合する特異的受容体には μ、δおよびκの3つのtypesのオピオイド受容体 (opioid receptor: OR) がある。μ-OR (MOR)、δ-OR (DOR) およびκ-OR (KOR) は、すべてGTP結合タンパク質(Gタンパク質)と共役する7回膜貫通型受容体(GPCR)である。これらオピオイド受容体タイプ間の相同性は高く(全体で約60%)、特に細胞膜貫通領域では非常に高い。いずれの受容体も基本的に[[Gi]]/[[Go|o]]タンパク質と共役しており、ORの活性化後、さまざまな[[細胞内情報伝達]]系が影響を受け、[[神経伝達物質]]の遊離や[[神経細胞体]]の興奮性が低下するために神経細胞の活動が抑制される。これらの中で鎮痛作用に関して最も重要な役割を果たすのがMORである。μ、δおよびκの3つのtypesのORに対する親和性および鎮痛効果 (potency) は個々の薬物によって異なる。  


 オピオイド受容体は[[脳]]・[[脊髄]]や[[知覚神経]]に幅広く存在するが、生体に投与したオピオイド鎮痛薬はどこにどのように作用して痛みの伝達を抑制するのは、未だ完全には解明されていない。おそらく、脳、脊髄、知覚神経に存在する MORにそれぞれ作用し、それらの総和として鎮痛効果を示していると推測できるが、全身投与のオピオイドの鎮痛効果が脊髄内投与の[[ナロキソン]](MOR antagonist)によって一部抑制されるため、脊髄後角浅層部のMORが鎮痛効果に深く関与することはほぼ疑いがない。脊髄[[後角]]浅層部は痛覚を伝える知覚神経(Aδ、C線維)の中枢側終末が多く存在し、エンケファリン、ダイノルフィンなどの内因性 opioid peptidesや MOR、KORが最も高密度で存在する部位でもある。こうした背景からも、脊髄後角におけるオピオイドの鎮痛作用機序が最も精力的に研究されている。  
 オピオイド受容体は[[脳]]・[[脊髄]]や[[知覚神経]]に幅広く存在するが、生体に投与したオピオイド鎮痛薬はどこにどのように作用して痛みの伝達を抑制するのは、未だ完全には解明されていない。おそらく、脳、脊髄、知覚神経に存在する MORにそれぞれ作用し、それらの総和として鎮痛効果を示していると推測できるが、全身投与のオピオイドの鎮痛効果が脊髄内投与の[[ナロキソン]](MOR antagonist)によって一部抑制されるため、脊髄後角浅層部のMORが鎮痛効果に深く関与することはほぼ疑いがない。脊髄[[後角]]浅層部は痛覚を伝える知覚神経([[Aδ]]、[[C線維]])の中枢側終末が多く存在し、エンケファリン、ダイノルフィンなどの内因性 opioid peptidesや MOR、KORが最も高密度で存在する部位でもある。こうした背景からも、脊髄後角におけるオピオイドの鎮痛作用機序が最も精力的に研究されている。  


 一方、[[脳幹]]部から神経線維が脊髄後角に下行し、そこで痛みの伝達を遮断する[[下行性抑制系]]の関与も知られている。下行性疼痛抑制線維として[[ノルアドレナリン]]や[[セロトニン]]を伝達物質とする仮説が一般的であるが、その他にも[[GABA]]や[[ドーパミン]]を伝達物質とする下行性疼痛抑制線維の存在も提案されている。下行性疼痛抑制系は痛みやオピオイド投与だけでなく、精神的興奮、精神的集中、恐怖といった生理応答によっても作動する。  
 一方、[[脳幹]]部から神経線維が脊髄後角に下行し、そこで痛みの伝達を遮断する[[下行性抑制系]]の関与も知られている。下行性疼痛抑制線維として[[ノルアドレナリン]]や[[セロトニン]]を伝達物質とする仮説が一般的であるが、その他にも[[GABA]]や[[ドーパミン]]を伝達物質とする下行性疼痛抑制線維の存在も提案されている。下行性疼痛抑制系は痛みやオピオイド投与だけでなく、精神的興奮、精神的集中、恐怖といった生理応答によっても作動する。  


 こうした生理状態下で中脳や延髄のMORが活性化されることにより、この下行性疼痛抑制系が賦活化する。脊髄後角においては、痛覚伝導路であるAδ、C線維の知覚神経末端と末梢からの痛覚情報を受け取る脊髄後角神経細胞の両者にMORが存在し、Aδ、C線維の末端のシナプス前終末のMORが刺激されると[[電位依存性Ca2+チャネル]] (voltage-dependent Ca2+ channel) が抑制されて[[シナプス前終末]]へのCa2+の流入が減少し、グルタミン酸などの興奮性神経伝達物質の放出が低下する。  
 こうした生理状態下で中脳や延髄のMORが活性化されることにより、この下行性疼痛抑制系が賦活化する。脊髄後角においては、痛覚伝導路であるAδ、C線維の知覚神経末端と末梢からの痛覚情報を受け取る脊髄後角神経細胞の両者にMORが存在し、Aδ、C線維の末端のシナプス前終末のMORが刺激されると[[電位依存性Ca<sup>2+</sup>チャネル|電位依存性Ca2+チャネル]] (voltage-dependent Ca<sup>2+</sup> channel) が抑制されて[[シナプス前終末]]へのCa<sup>2+</sup>の流入が減少し、グルタミン酸などの興奮性神経伝達物質の放出が低下する。  


 一方、脊髄後角細胞の細胞体や樹状突起に存在するMORが刺激されると[[K+チャネル]]が開口し、K+の細胞外への流出によって脊髄後角細胞が過分極(抑制)する。こうしたシナプス前終末からのグルタミン酸等の興奮性伝達物質の放出抑制とシナプス後細胞の過分極により、脊髄後角細胞での活動電位発生が抑制され、痛覚情報が脊髄より上位中枢への痛覚伝達が遮断/抑制される。  
 一方、脊髄後角細胞の細胞体や樹状突起に存在するMORが刺激されると[[K<sup>+</sup>チャネル|K+チャネル]]が開口し、K<sup>+</sup>の細胞外への流出によって脊髄後角細胞が過分極(抑制)する。こうしたシナプス前終末からのグルタミン酸等の興奮性伝達物質の放出抑制とシナプス後細胞の過分極により、脊髄後角細胞での活動電位発生が抑制され、痛覚情報が脊髄より上位中枢への痛覚伝達が遮断/抑制される。


=== がん性疼痛におけるオピオイド投与の有効性  ===
=== がん性疼痛におけるオピオイド投与の有効性  ===