レム睡眠行動異常症
*波田野 琢、服部信孝
順天堂大学大学院医学研究科 神経学
DOI:10.14931/bsd.9461 原稿受付日:2020年10月27日 原稿完成日:2020年10月28日
担当編集委員:加藤 忠史(順天堂大学大学院医学研究科 精神・行動科学/医学部精神医学講座)
*:責任著者
英: REM sleep behavior disorder 独:REM-Schlaf-Verhaltensstörung 仏:trouble du comportement en sommeil paradoxal
英略語: RBD
レム睡眠行動異常症とはレム睡眠期に生じるパラソムニアである。この症状は脚橋被蓋核を中心としたレムおよびノンレム睡眠をコントロールする細胞や、レム睡眠時の脊髄運動ニューロン抑制系の変性が原因であることが知られている。この神経変性はα-シヌクレインの凝集が原因となることが多く、パーキンソン病、レヴィ小体型認知症、多系統萎縮症などのシヌクレイノパチーの前駆期症状としても注目されている。診断は問診が重要であり、質問紙票も開発されているが、ノンレムパラソムニアや睡眠時無呼吸症候群などとの鑑別は難しく、確定診断にはビデオ睡眠ポリグラフが必要である。2019年に報告されたレム睡眠行動異常症の確定診断を受けた1280症例に関する多施設、多国籍の縦断的観察研究では1年間で6.3%、12年間で73.5%の症例が神経変性疾患を発症することが明らかになった。
レム睡眠行動異常症とは
睡眠覚醒障害のなかで睡眠中に異常行動をとる症状を睡眠時随伴症(パラソムニア)と呼ぶが、レム睡眠行動異常症とはレム睡眠期に生じるパラソムニアである。レム期では筋緊張が抑制状態にあるが、その抑制が効かなくなり夢で生じている内容をそのまま現実のものとして行動をするという症状が前景となる疾患である。
本疾患は神経変性疾患との関連が指摘されており、特にαシヌクレインが蓄積する変性疾患(シヌクレイノパチー)であるパーキンソン病、レヴィ小体型認知症および多系統萎縮症へ高率に進展することが示されている。また、パーキンソン病の進行に伴い出現することも知られており、αシヌクレインが引き起こす神経変性と本性は強く関連している。
臨床像
睡眠はレム睡眠とノンレム睡眠とよばれる二つの異なる睡眠状態をおおよそ90分から120分程度の周期で繰り返している。レム (REM)とはrapid eye movementの略であり、ランダムに素早い眼球運動を伴う一方で全身の筋弛緩を認める睡眠期である。眠りは浅く、夢をみている状態であり脳波は入眠期に近い。ノンレム睡眠は入眠期から深眠期までstage I-IVに別れており、深い眠りになるに従って徐波となる。ノンレム睡眠が60から70分ぐらい続いた後にレム睡眠が始まる[1] 。
レム睡眠行動異常症はレム期に生じるはずである筋緊張抑制がなされないということが特徴であり、この症状はREM sleep without atonia(RSWA)と呼ばれる。本疾患は、RSWAの状態よりレム睡眠中に見る夢に対して現実との区別がつかず、実際に行動をしてしまうという症状が特徴である(dream enactment behavior)。
レム睡眠期に生じるため入眠から2時間以上経過した段階で症状が出現する事が多いが、夜間のどの時間帯でも出現しうる[2] 。多くは寝言や軽く手足を動かす程度であるが、激しく複雑な動きになることもある。行動中に覚醒した場合は内容を覚えていることが多い。夢の内容はある程度傾向が決まっており、Olsonらの報告では93症例中67症例で夢の内容を聴取し、8割以上の症例では人や動物に襲われた夢であった[3] 。そのため、壁を叩く、ベッドパートナーに殴りかかるなどの攻撃的な行動を取ることが時に問題になる。
臨床症状は特徴的であり、ベッドパートナーが居ればパラソムニアの症状を捉えることができる。しかしながら、ノンレムパラソムニアとの鑑別はしばしば困難であり、睡眠時無呼吸症候群、心的外傷後ストレス障害、アルコールなどの影響でも類似の症状が出現するため確定診断にはビデオ睡眠ポリグラフ検査が必要である[4] 。
疫学
臨床症状のみからの検討では世界的に3から10%程度と報告されているが、確定診断はビデオ睡眠ポリグラフ検査が必要であるため、ノンレムパラソムニアや睡眠時無呼吸症候群なども含まれている可能性があり、正確な疫学調査は難しい。しかし、ビデオ睡眠ポリグラフ検査を用いて正確に診断をした調査では、60歳より年齢が高いと概ね1%程度の頻度であると報告されている[5][6][7] 。
従来男性に多いとされていたが、正確な診断をつけると男女比はあまり無い。これは男性がより激しく暴力的な夢を見るため臨床症状のみの調査の場合はコホートが偏っている可能性が考えられる。
シヌクレイノパチーとレム睡眠行動異常症との関連が強く示唆されており、パーキンソン病では30〜50%程度に、多系統萎縮症やレヴィ小体型認知症では70%程度にレム睡眠行動異常症やRSWAが合併すると報告されている[2] 。
その他関連する疾患として、ナルコレプシー(50%程度に合併)、脳血管障害、多発性硬化症、進行性核上性麻痺、ギラン・バレー症候群、脳腫瘍、脊髄小脳変性症3型 (SCA3)、ミトコンドリア脳症、正常圧水頭症、トゥレット症候群、色素性乾皮症A群、自閉症などが挙げられる。
薬剤でも誘発されることが知られている。選択的セロトニン再取り込み阻害薬、ミルタザピンなどの抗うつ薬、βブロッカー(ビソプロロール、アテノロール)、セレギリンなどと関連することがある[8] 。
診断と鑑別診断
検査所見
レム睡眠行動異常症を診断するためにはビデオ睡眠ポリグラフが必要である。ビデオ睡眠ポリグラフではレム睡眠中で、頤筋や四肢筋においての筋緊張の消失が持続性もしくは間欠性に欠如することが頻繁に生じる。一部の症例では筋緊張する部位が限局的であるため、十分な評価のためには頤筋と四肢で筋電図を記録する必要がある。また、RWAはレム睡眠の27%カットオフとしてそれを超えて出現するとレム睡眠行動異常症の可能性が高くなり診断できる。
質問紙票も開発されており、RBD screening questionnaire(RBDSQ)として報告されている[9] 。RBDSQは10項目の質問からなり日本語版に翻訳もされている[10] 。日本語版はCut off 4.5点で感度89%、特異度98%で鑑別できる。また、「睡眠中に夢の中の行動を実演している(例えば、殴る、腕を空中で揺り動かす、あるいは疾走動作)といわれたり、自分自身でそう疑ったりしたことがありますか?」という質問はRBD1Qと呼ばれ、感度94%、特異度87%であり初期スクリーニングに役立つ[11] 。
診断基準
睡眠障害国際分類第3版(ICSD-3)による診断基準が用いられる[8]。
A. 睡眠と関連した発声や複雑な運動行動のエピソードが繰り返される。 |
B. これらの行動は、睡眠ポリグラフ検査によりレム睡眠中に総じていると記録され、あるいは夢内容の行動化の病歴によって、レム睡眠中に生じていると推定される。 |
C. 睡眠ポリグラフ検査により、筋緊張消失を伴わないレム睡眠(RWA)が記録される |
D. この障害は、その他の睡眠障害、精神疾患、薬物や物質仕様ではよく説明できない |
また、この診断基準を当てはめる際にいくつか注意点がある。臨床症状のみではなく、ビデオ睡眠ポリグラフ検査中に繰り返されるエピソードを観察して診断される必要がある。また、夢の行動化という典型的なレム睡眠行動異常症の病歴を持ち、ビデオ睡眠ポリグラフ検査中に典型的な症状があっても筋緊張消失を伴わないレム睡眠が十分に証明されない場合があるが、この場合は暫定的に診断しても良い。ビデオ睡眠ポリグラフ検査が容易に利用できない場合もこのルールを適応して良い。潜在的にレム睡眠行動異常症がある場合は薬物で誘発されやすいため、臨床的判断で薬物誘発性の場合でもレム睡眠行動異常症と診断しても良い。
鑑別診断
ノンレムパラソムニアである睡眠時遊行症、睡眠時驚愕症は重要な鑑別となる。レム睡眠行動異常性は入眠から2時間以上経過してから生じ、エピソードから速やかに覚醒するが、ノンレムパラソムニアの場合、通常は2時間以内で症状が出現し通常すぐに覚醒しない。成人のノンレムパラソムニア場合は覚醒障害により夢を見ることがあっても断片的であり、夢の内容を具体的に覚えているレム睡眠高度異常症とは異なる。その他、閉塞性睡眠時無呼吸、夜間てんかん発作(前頭葉てんかん、複雑部分発作)、律動性運動障害、睡眠関連解離性障害、恐慌性出眠時幻覚、心的外傷後ストレス障害などが挙げられる。
治療
確固たる治療としてのエビデンスを構築できるほどにデザインされたランダム化比較試験は行われていない。そのため、まずは誘引薬物の服薬や睡眠時無呼吸などの原因を除外することを行うべきである。
薬物療法
経験的にクロナゼパムとメラトニンが有効であるとされている。中でもクロナゼパムは第一選択薬として使われることが多い。いくつかのケースシリーズをまとめると概ね90%程度は有効性を認めたと報告されている。具体的には0.5〜2mgを寝る前に投与することが一般的である[12] 。ただし、日中過眠症、体幹のふらつき、認知機能への影響、無呼吸への影響などに関連するため、高齢者や睡眠時無呼吸症候群などを合併する場合の投薬はメリットとデメリットを考慮して慎重に判断する必要がある。メラトニンも有用であると報告されているが本邦では用いることはできない。
その他、メマンチンは認知症を伴うパーキンソン病とレヴィ小体型認知症への認知機能に対する効果を検討したランダム化比較試験の副次的項目で、睡眠中の異常行動を有意に減らした[13] 。症例報告レベルではあるが、ドーパミンアゴニスト(プラミペキソールおよびロチゴチン)、コリンエステラーゼ阻害薬(ドネペジル、リバスチグミン)、抗てんかん剤(カルバマゼピンなど)、抗精神病薬(クロザピン、クエチアピン)、レボドパ、ラメルテオンなども有効であったと報告されている[2] 。
非薬物療法
行動を起こした時の怪我を予防するために、背の高いベッドではなく床にマットレスを引く、尖ったものなど危険物は寝室には置かない、家具の角などを防護する、症状が落ち着くまでベッドパートナーとは別々に寝るなどの環境を整えることも重要である。
経過と予後
Schenckら[14] は、ビデオ睡眠ポリグラフ検査で確定診断をした50歳以上の特発性レム睡眠行動異常症と診断した29症例の前方視的観察で、症状が出現してから12.7年、診断から3.7年で11症例(38%)にパーキンソン病を発症したと報告している。Iranzoら[15] はSchenckらと同様にビデオ睡眠ポリグラフ検査で確定診断をしたレム睡眠行動異常症の患者のコホート44症例について、最終エントリーしてから9年後の追跡し得た40症例のうち16症例はパーキンソン病、14症例はレヴィ小体型認知症、5症例は軽度認知障害 (MCI)、1症例は多系統萎縮症へ進展したと報告している。また、神経変性疾患を発症していない4症例はダットスキャン(123I-FP-CIT DAT-SPECTによるドーパミントランスポーターのイメージング)で異常を認めていた。これらの患者はレム睡眠行動異常症の発症から平均12年で診断が確定してから平均6年の経過で神経変性疾患を発症していた。また、87症例のレム睡眠行動異常症の確定診断症例についてダットスキャンを行った研究では、51症例(58.6%)でドパミントランスポーターへの結合低下を認め、正常コントロールの25%以上結合低下をしていた症例は3年後にシヌクレイノパチーを発症するリスクが高かった[16] 。
2019年に報告された、レム睡眠行動異常症の確定診断を受けた1280症例(平均年齢66歳、男性82.5%)の縦断的追跡(平均4.6年、1年−19年の追跡)を行った多施設共同国際研究では、1年間で6.3%、12年間で73.5%の症例が神経変性疾患を発症した。自覚的、他覚的な運動機能低下、嗅覚障害、軽度認知障害、勃起障害、運動症状、ダットスキャンによるドーパミントランスポーター結合能低下、色覚異常、便秘、レム期アトニア、年齢などが神経変性疾患発症のリスクとして挙げられた。一方で、性別、日中の眠気、不眠、レストレスレッグ症候群、睡眠時無呼吸、排尿障害、起立性低血圧、抑うつ、不安、黒質エコー高輝度は移行のリスクとはならなかった[17] 。
病態
げっ歯類の検討から、レム睡眠行動異常症の神経回路に関して検討がなされている。レム睡眠とノンレム睡眠はレム睡眠をオンとする神経細胞群とオフする神経細胞群による神経回路の調整でコントロールされる。レム睡眠を制御する細胞群は背外側被蓋部の尾側 (caudal laterodorsal tegmental nucleus; cLTD)、腹背外側核(sublaterodorsal nucleus SLD)、青斑前領域 (precoeruleus region)である。レム睡眠オンに関連した腹背外側核に存在するグルタミン神経が直接、脊髄前角のグリシン性抑制ニューロンや延髄腹内側部のGABA/グリシン性ニューロンを刺激することで筋弛緩の状態にしている。腹背外側核に存在するレム睡眠オンのGABAニューロンとレム睡眠オフの領域である中脳水道周辺の腹外側灰白質、外側橋被蓋とは相互に抑制を行い、レム睡眠とノンレム睡眠の調整を行っていると考えられている。レム睡眠行動異常症は、神経変性によりこの機構が破綻し、レム睡眠期に入っても筋活動を抑制することができないため異常行動につながると考えられている[18] 。
近年レム睡眠とノンレム睡眠の切り替えを司る神経細胞として小脳菱脳唇(cerebellar rhombic lip)に由来し、脳幹の正中線の近くに位置する興奮性ニューロンが同定されている。この神経細胞群は中脳深部核背側部および中脳水道灰白質腹外側部の抑制性ニューロンへ投射し,レム睡眠を制御している事が明らかになっている[19] 。
Taguchiらはバクテリア人工染色体 (BAC)システムを用いてプロモーター領域のRep1領域の2塩基繰り返し遺伝子多型とrs11931074、rs3857059の遺伝多型を有するヒトA53T変異型αシヌクレインを過剰発現したマウスを用いて解析をしたところ、脚橋被蓋核、腹背外側核、巨細胞性網様核にαシヌクレインが蓄積し、レム睡眠行動異常症が認められたと報告しており[20] 、動物モデルでもシヌクレイノパチーとの関連が示されている。
おわりに
レム睡眠行動異常性はレム期に生じるパラソムニアであり、シヌクレイノパチーを始めとした神経変性疾患へ高率に進展するため、神経疾患の早期診断及び疾患の理解に非常に重要な症状と考えられる。しかし、ノンレムパラソムニア、睡眠時無呼吸症候群なども類似した症状を呈することがあり、確定診断にはビデオ睡眠ポリグラフが必要である。この睡眠障害はシヌクレイノパチーの前駆症状として強く関連することから、早期発見が簡便にできるような検査の開発が必要である。また、シヌクレイノパチーの疾患修飾療法が確立されれば、早期介入の対象として重要な位置づけとなる疾患である。
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