「モノアミン仮説」の版間の差分

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<div align="right"> 
<font size="+1">[http://researchmap.jp/read0180056 井上 猛]</font><br>
''北海道大学 大学院医学研究科精神医学分野''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2012年5月8日 原稿完成日:2012年7月9日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/tadafumikato 加藤 忠史](独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)<br>
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英語名: monoamine hypothesis 独:Monoamin-Hypothese 仏:hypothèse monoaminergique  
英語名: monoamine hypothesis 独:Monoamin-Hypothese 仏:hypothèse monoaminergique  


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 [[モノアミン]]とは[[ドーパミン]]、[[ノルアドレナリン]]、[[アドレナリン]]、[[セロトニン]]、[[ヒスタミン]]などの[[神経伝達物質]]の総称である。そのうち、ノルアドレナリン、ドーパミン、セロトニンは[[精神疾患]]と密接な関連があることが示唆されており、[[気分障害]]、[[不安障害]]、[[統合失調症]]に関する仮説が提案されている。いずれの仮説も治療薬の作用機序から患者脳内におけるモノアミンの異常を推定しているという共通点を有する。  
 [[モノアミン]]とは[[ドーパミン]]、[[ノルアドレナリン]]、[[アドレナリン]]、[[セロトニン]]、[[ヒスタミン]]などの[[神経伝達物質]]の総称である。そのうち、ノルアドレナリン、ドーパミン、セロトニンは[[精神疾患]]と密接な関連があることが示唆されており、[[気分障害]]、[[不安障害]]、[[統合失調症]]に関する仮説が提案されている。いずれの仮説も治療薬の作用機序から患者脳内におけるモノアミンの異常を推定しているという共通点を有する。  
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== うつ病のモノアミン仮説  ==
== うつ病のモノアミン仮説  ==
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 イミプラミンなどのノルアドレナリン再取り込み阻害作用を有する抗うつ薬をラットに慢性投与すると脳内のβ[[アドレナリン受容体]]数の減少([[Down-regulation]])が起きることから、抗うつ薬の急性投与でも惹起される細胞外ノルアドレナリン濃度増加作用よりもdown-regulationのほうが抗うつ薬の作用機序としてふさわしいのではないかというdown-regulation仮説も1970年代に提案された<ref>'''F Sulser'''<br>New perspectives on the mode of action of antidepressant drugs<br>''Trends Pharmacol Sci'' 1:92-94, 1979</ref>。但し、現在主力の抗うつ薬である[[選択的セロトニン再取り込み阻害剤]](SSRI)や[[セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬]](SNRI)はβアドレナリン受容体数の減少を惹起しない。  
 イミプラミンなどのノルアドレナリン再取り込み阻害作用を有する抗うつ薬をラットに慢性投与すると脳内のβ[[アドレナリン受容体]]数の減少([[Down-regulation]])が起きることから、抗うつ薬の急性投与でも惹起される細胞外ノルアドレナリン濃度増加作用よりもdown-regulationのほうが抗うつ薬の作用機序としてふさわしいのではないかというdown-regulation仮説も1970年代に提案された<ref>'''F Sulser'''<br>New perspectives on the mode of action of antidepressant drugs<br>''Trends Pharmacol Sci'' 1:92-94, 1979</ref>。但し、現在主力の抗うつ薬である[[選択的セロトニン再取り込み阻害剤]](SSRI)や[[セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬]](SNRI)はβアドレナリン受容体数の減少を惹起しない。  


 成人以降、神経細胞が増殖することはなく、減るばかりであると信じられていたが、成人でも[[海馬]][[歯状回]][[顆粒細胞層]]、[[脳室下帯]]で神経細胞が幹細胞から増殖・分化していることが1990年代に明らかになった。特に海馬歯状回における[[神経新生]]は[[ストレス]]や[[副腎皮質ホルモン]]で減少し、抗うつ薬の慢性投与や[[電気けいれん療法]]の反復で増加することが実験的に明らかになり、神経新生は抗うつ薬の作用機序として注目されるようになった<ref name="ref4"><pubmed> 11750177 </pubmed></ref>。うつ病の動物モデルでは神経新生が減少し、抗うつ薬慢性投与で回復することが示唆されている。
 胎生期に増殖し、以降は減るばかりであると信じられていた神経細胞が、成人においても[[海馬]][[歯状回]][[顆粒細胞層]]、[[脳室下帯]]では神経幹細胞から増殖・分化していることが1960年代に明らかにされ、1990年代に広く認知されるようになった。特に海馬歯状回における[[神経新生]]は[[ストレス]]や[[副腎皮質ホルモン]]で減少し、抗うつ薬の慢性投与や[[電気けいれん療法]]の反復で増加することが実験的に明らかになり、神経新生は抗うつ薬の作用機序として注目されるようになった<ref name=ref5><pubmed> 11750177 </pubmed></ref>。これらの現象は現在死後脳研究でも明らかになっている<ref><pubmed> 19606083 </pubmed></ref>。


 最近のMRI研究では[[大うつ病性障害]]患者の海馬体積が健常者よりも小さいことが報告されており、神経新生減少との関連も示唆されている。抗うつ薬による海馬の細胞外ノルアドレナリン濃度の増加はβアドレナリン受容体を刺激し、[[Gs]]タンパク質を介して[[CAMP]]を増加させ、核内の[[CAMP response element binding protein]] (CREB)を[[リン酸化]](活性化)し、海馬の新生細胞数を増加させる機序が動物実験で明らかとなった<ref name="ref4">。すなわち、神経新生仮説はノルアドレナリン仮説の発展型であると言えるかもしれない。  
 最近のMRI研究では[[大うつ病性障害]]患者の海馬体積が健常者よりも小さいことが報告されており、神経新生減少との関連も示唆されている。抗うつ薬による海馬の細胞外ノルアドレナリン濃度の増加はβアドレナリン受容体を刺激し、[[Gs]]タンパク質を介して[[CAMP]]を増加させ、核内の[[CAMP response element binding protein]] (CREB)を[[リン酸化]](活性化)し、海馬の新生細胞数を増加させる機序が動物実験で明らかとなった<ref name=ref5 />。すなわち、神経新生仮説はノルアドレナリン仮説の発展型であると言えるかもしれない。  


=== セロトニン仮説  ===
=== セロトニン仮説  ===
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=== ドーパミン仮説  ===
=== ドーパミン仮説  ===


 初期の頃よりドーパミンとノルアドレナリンをあわせた[[カテコールアミン]]機能の低下がうつ病で想定されていたが<ref name="ref1" /><ref name="ref3"><pubmed> 4587067 </pubmed></ref>、その後特にノルアドレナリンのうつ病における役割が注目される様になった。しかし、モノアミン系の項目でも述べたように、ノルアドレナリン再取り込み阻害作用を有する抗うつ薬は前頭葉で細胞外ドーパミン濃度を増加させ、[[ブプロピオン]]やモノアミン酸化酵素阻害薬など海外で使用されている抗うつ薬は脳全体で細胞外ドーパミン濃度を増加させる。さらに、脳脊髄液中の[[ホモバニリン酸]] (homovanilic acid, HVA、ドーパミンの代謝物)濃度がうつ病患者で低値であること、[[パーキンソン病]]の治療薬である[[D2受容体|D<sub>2</sub>受容体]]アゴニストがうつ病治療に有効であること、などからうつ病では脳内ドーパミン機能が低下し、その機能低下が是正されることによりうつ病症状が改善するという仮説が提案されている<ref><pubmed> 16413172 </pubmed></ref><ref>'''井上 猛'''<br>気分障害におけるドーパミンの役割<br>気分障害の薬理・生化学―総括と新たなる挑戦―<br>''医薬ジャーナル''、東京、2012(印刷中)</ref>。  
 初期の頃よりドーパミンとノルアドレナリンをあわせた[[カテコールアミン]]機能の低下がうつ病で想定されていたが<ref name="ref1" /><ref name="ref3"><pubmed> 4587067 </pubmed></ref>、その後特にノルアドレナリンのうつ病における役割が注目される様になった。しかし、モノアミン系の項目でも述べたように、ノルアドレナリン再取り込み阻害作用を有する抗うつ薬は前頭葉で細胞外ドーパミン濃度を増加させ、[[ブプロピオン]]やモノアミン酸化酵素阻害薬など海外で使用されている抗うつ薬は脳全体で細胞外ドーパミン濃度を増加させる。さらに、脳脊髄液中の[[ホモバニリン酸]] (homovanilic acid, HVA、ドーパミンの代謝物)濃度がうつ病患者で低値であること、[[パーキンソン病]]の治療薬である[[D2受容体|D<sub>2</sub>受容体]]アゴニストがうつ病治療に有効であること、などからうつ病では脳内ドーパミン機能が低下し、その機能低下が是正されることによりうつ病症状が改善するという仮説が提案されている<ref><pubmed> 16413172 </pubmed></ref><ref>'''井上 猛'''<br>気分障害におけるドパミンの役割<br>気分障害の薬理・生化学―うつ病の脳内メカニズム研究:進歩と挑戦―<br>''医薬ジャーナル社''、東京、pp60-74、2012</ref>。  


== 双極性障害のモノアミン仮説  ==
== 双極性障害のモノアミン仮説  ==
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 1980年代に選択的にセロトニン系に作用する2種類の新しい抗不安薬(SSRIと[[セロトニン#5-HT1.E5.8F.97.E5.AE.B9.E4.BD.93|5-HT<sub>1A</sub>受容体]][[アゴニスト]])が開発され、[[不安障害]]の治療に中枢セロトニン系が関与していることが明らかとなった。そのうちSSRIは[[wikipedia:JA:無作為化対照試験|無作為化対照試験]]によってほとんどの不安障害亜型に有効であることが明らかになり、古典的な[[抗不安薬]]である[[ベンゾジアゼピン]]よりも広い適応を有する<ref name="ref4">'''井上 猛、小山 司'''<br>不安障害<br>''BRAIN and NERVE'' 64:131-138, 2012</ref>。したがって、現在ではSSRIこそ抗不安薬といっても過言ではない。しかし、これらのセロトニン系抗不安薬がどのように不安症状を改善するのかはブラックボックスのままであった。  
 1980年代に選択的にセロトニン系に作用する2種類の新しい抗不安薬(SSRIと[[セロトニン#5-HT1.E5.8F.97.E5.AE.B9.E4.BD.93|5-HT<sub>1A</sub>受容体]][[アゴニスト]])が開発され、[[不安障害]]の治療に中枢セロトニン系が関与していることが明らかとなった。そのうちSSRIは[[wikipedia:JA:無作為化対照試験|無作為化対照試験]]によってほとんどの不安障害亜型に有効であることが明らかになり、古典的な[[抗不安薬]]である[[ベンゾジアゼピン]]よりも広い適応を有する<ref name="ref4">'''井上 猛、小山 司'''<br>不安障害<br>''BRAIN and NERVE'' 64:131-138, 2012</ref>。したがって、現在ではSSRIこそ抗不安薬といっても過言ではない。しかし、これらのセロトニン系抗不安薬がどのように不安症状を改善するのかはブラックボックスのままであった。  


 ラットを用いた不安の動物モデルである、[[恐怖条件付け]]はセロトニン系抗不安薬の薬理作用の解明に有用なモデルであり、恐怖条件付けにおいてセロトニン系抗不安薬が抗不安作用を鋭敏に示すこと、SSRIの作用部位は[[扁桃体]][[基底核]]の[[グルタミン酸]]神経であること、などが明らかになってきた<ref name="ref4" />。すなわち、SSRIと5-HT<sub>1A</sub>受容体アゴニストは5-HT<sub>1A</sub>受容体などを介して扁桃体の神経活動を減弱し、不安・恐怖を減弱すると考えられる。恐怖条件付けの発現過程では[[内側前頭前野]]におけるセロトニン放出がまず活性化されるが、恐怖に繰り返しさらされると扁桃体のセロトニン放出も活性化する。扁桃体のセロトニン放出活性化は不安・恐怖症状を惹起するというよりは、不安・恐怖症状を緩和しようという生体側の反応であり、セロトニン系抗不安薬は扁桃体に投射するセロトニン系の機能を増強して不安・恐怖を減弱すると考えられる。  
 ラットを用いた不安の[[動物モデル]]である、[[恐怖条件づけ]]はセロトニン系抗不安薬の薬理作用の解明に有用なモデルであり、恐怖条件付けにおいてセロトニン系抗不安薬が抗不安作用を鋭敏に示すこと、SSRIの作用部位は[[扁桃体]][[基底核]]の[[グルタミン酸]]神経であること、などが明らかになってきた<ref name="ref4" />。すなわち、SSRIと5-HT<sub>1A</sub>受容体アゴニストは5-HT<sub>1A</sub>受容体などを介して扁桃体の神経活動を減弱し、不安・恐怖を減弱すると考えられる。恐怖条件付けの発現過程では[[内側前頭前野]]におけるセロトニン放出がまず活性化されるが、恐怖に繰り返しさらされると扁桃体のセロトニン放出も活性化する。扁桃体のセロトニン放出活性化は不安・恐怖症状を惹起するというよりは、不安・恐怖症状を緩和しようという生体側の反応であり、セロトニン系抗不安薬は扁桃体に投射するセロトニン系の機能を増強して不安・恐怖を減弱すると考えられる。


== 統合失調症のドーパミン仮説  ==
== 統合失調症のドーパミン仮説  ==
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== 参考文献  ==
== 参考文献  ==


<references />  
<references />
 
<br> (執筆者:井上猛 担当編集委員:加藤忠史)

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