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===痛覚、社会的な痛み=== | ===痛覚、社会的な痛み=== | ||
サルでは、痛みの伝達に関わる線維は、脊髄後角第Ⅰ層から始まり脊髄視床路を上向し、視床後外側腹側核(VPL)、後内側腹側核(VPM)、下後腹側核(VPI)、内側腹側核の後部(VMpo)に終端する。これらの核は第一次・第二次体性感覚野や島に投射する。島に送られる痛み刺激の大部分は、VMpoを経由する。ヒトでは視床の小細胞性の副尾側核(Vcpc)から前部島への投射も痛みの伝達に関与している<ref name=ref28><pubmed>10924804</pubmed></ref>。また島は、前部帯状皮質や[[中脳水道]]周囲[[灰白質]]などと「痛みネットワーク」を組織する<ref name=ref29><pubmed>19213907</pubmed></ref>。身体的な痛みのみならず、 疎外、死別<ref name=ref30><pubmed>19884226</pubmed></ref>、不公正な処遇'''(Harlé et al 2012)'''などの社会的な痛みでも活動する<ref name=ref29 />。社会的な痛みと情動とは分離不可能である。同様に、身体的な痛みもまた、感覚であると同時に情動であり<ref name=ref31><pubmed>10846154</pubmed></ref>、かつ恐怖や不安とは本質的に異なる情動であるとされる<ref name=ref32><pubmed> | サルでは、痛みの伝達に関わる線維は、脊髄後角第Ⅰ層から始まり脊髄視床路を上向し、視床後外側腹側核(VPL)、後内側腹側核(VPM)、下後腹側核(VPI)、内側腹側核の後部(VMpo)に終端する。これらの核は第一次・第二次体性感覚野や島に投射する。島に送られる痛み刺激の大部分は、VMpoを経由する。ヒトでは視床の小細胞性の副尾側核(Vcpc)から前部島への投射も痛みの伝達に関与している<ref name=ref28><pubmed>10924804</pubmed></ref>。また島は、前部帯状皮質や[[中脳水道]]周囲[[灰白質]]などと「痛みネットワーク」を組織する<ref name=ref29><pubmed>19213907</pubmed></ref>。身体的な痛みのみならず、 疎外、死別<ref name=ref30><pubmed>19884226</pubmed></ref>、不公正な処遇'''(Harlé et al 2012)'''などの社会的な痛みでも活動する<ref name=ref29 />。社会的な痛みと情動とは分離不可能である。同様に、身体的な痛みもまた、感覚であると同時に情動であり<ref name=ref31><pubmed>10846154</pubmed></ref>、かつ恐怖や不安とは本質的に異なる情動であるとされる<ref name=ref32><pubmed>10373114</pubmed></ref>。島は、痛みの感覚・情動両面を担う。両側島が障害されても、痛みの感覚的側面は体性感覚野で代償される。しかし情動的側面は代償されず、感覚と情動の乖離が起こる(疼痛表象不能、後述)。身体に生じた痛みの知覚のみならず、将来の痛み刺激の予測でも、島は活動する<ref name=ref32 /> <ref name=ref33><pubmed>11943821</pubmed></ref>。痛みそのものの知覚には後部島が<ref name=ref28 />、痛み刺激の予測にはより吻側が関与する<ref name=ref32 /> <ref name=ref34><pubmed>19184995</pubmed></ref>。覚醒ヒトの島を電気刺激すると、後部島の刺激で身体的な痛みが、より吻側の刺激では[[温覚]]など痛み以外の感覚が誘発される<ref name=ref35><pubmed>11884353</pubmed></ref>。催眠暗示で誘発された痛みでも島は活動する<ref name=ref34 />。他者の身体への侵襲でも島の活動は変化し<ref name=ref36><pubmed>22159113</pubmed></ref>、これは共感の神経基盤とされる。 | ||
===情動、社会的情動、共感=== | ===情動、社会的情動、共感=== | ||
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[[脊髄神経]]や[[迷走神経]]を経由した内臓覚は、孤束核、傍小脳脚核、視床後内側腹側核(VPM)を経由して島へと伝達され<ref name=ref42 />、島は口腔より下部の消化管の内臓覚も担う。覚醒下のヒト島を電気刺激すると多様な消化管感覚を生ずる<ref name=ref25 />。バルーンを用いた食道刺激や<ref name=ref57><pubmed>10729346</pubmed></ref> <ref name=ref58><pubmed>17395900</pubmed></ref>、直腸刺激<ref name=ref59><pubmed>11697934</pubmed></ref>、肛門括約筋の努力性収縮(Kern et al 2003)でも島が活動する。島は心拍の知覚にも関与し<ref name=ref60><pubmed>14730305</pubmed></ref> <ref name=ref61><pubmed>17296169</pubmed></ref> <ref name=ref44 />、サル島には心拍数と関係したニューロン活動がある'''(Zhang et al 1999)'''。 | [[脊髄神経]]や[[迷走神経]]を経由した内臓覚は、孤束核、傍小脳脚核、視床後内側腹側核(VPM)を経由して島へと伝達され<ref name=ref42 />、島は口腔より下部の消化管の内臓覚も担う。覚醒下のヒト島を電気刺激すると多様な消化管感覚を生ずる<ref name=ref25 />。バルーンを用いた食道刺激や<ref name=ref57><pubmed>10729346</pubmed></ref> <ref name=ref58><pubmed>17395900</pubmed></ref>、直腸刺激<ref name=ref59><pubmed>11697934</pubmed></ref>、肛門括約筋の努力性収縮(Kern et al 2003)でも島が活動する。島は心拍の知覚にも関与し<ref name=ref60><pubmed>14730305</pubmed></ref> <ref name=ref61><pubmed>17296169</pubmed></ref> <ref name=ref44 />、サル島には心拍数と関係したニューロン活動がある'''(Zhang et al 1999)'''。 | ||
20世紀初頭、Charles Sherringtonは、内臓覚、温[[痛覚]]、掻痒感、筋固有覚、空腹、口渇などは、自己の身体状態の知覚に必須な感覚であるとした。のちにWilliam Jamesは、身体状態の知覚が自己意識や情動の生起に重要であると唱えた。Sherringtonは内臓覚のみを内受容(interoception)と定義したが、現在この定義は拡張され、身体状態の知覚に関わる感覚全てを包括する | 20世紀初頭、Charles Sherringtonは、内臓覚、温[[痛覚]]、掻痒感、筋固有覚、空腹、口渇などは、自己の身体状態の知覚に必須な感覚であるとした。のちにWilliam Jamesは、身体状態の知覚が自己意識や情動の生起に重要であると唱えた。Sherringtonは内臓覚のみを内受容(interoception)と定義したが、現在この定義は拡張され、身体状態の知覚に関わる感覚全てを包括する<ref name=ref42 /> <ref name=ref43 />。内受容は、視床腹側基底核群を経た後、島に直接ないし体性感覚野を経由して伝達される。このため島は自己意識の座であるという仮説がある<ref name=ref42 /> <ref name=ref43 />。島の損傷に伴う病態失認は自己意識の障害で説明できる<ref name=ref62><pubmed>20512380</pubmed></ref>。また自分自身の姿か他人の姿かを判断する際に前部島が活動することが知られている<ref name=ref63><pubmed>17306235</pubmed></ref>。なお自己意識は、前部島と前部帯状皮質の協調産物であるとの説と<ref name=ref64><pubmed>20512367</pubmed></ref>、前部帯状皮質とは独立した島独自の機能であるとの説がある<ref name=ref42 />。 | ||
===リスク=== | ===リスク=== | ||
リスクのいかなる側面に対して島が活動するのかについて、諸家の意見は様々である。損害回避傾向や神経症性などのパーソナリティ指標が高いと、リスク回避行動が顕著となり、これらは島の活動と相関する | リスクのいかなる側面に対して島が活動するのかについて、諸家の意見は様々である。損害回避傾向や神経症性などのパーソナリティ指標が高いと、リスク回避行動が顕著となり、これらは島の活動と相関する<ref name=ref65><pubmed>12948701</pubmed></ref>。また、前部島の活動はリスクの予測やリスクの予測誤差と相関する<ref name=ref66><pubmed>18337404</pubmed></ref> <ref name=ref48 />。一方、リスクを伴わない意思決定やリスク回避行動の直前<ref name=ref67><pubmed>16129404</pubmed></ref>や、リスクを伴う意思決定や意思決定の結果実際に損害を被らずに済んだ場合<ref name=ref68><pubmed>20045470</pubmed></ref>などに活動するという報告もある。 | ||
===報酬=== | ===報酬=== | ||
痛みと報酬の独立したネットワークが存在するという主張によれば、島は「痛みネットワーク」に属するという | 痛みと報酬の独立したネットワークが存在するという主張によれば、島は「痛みネットワーク」に属するという<ref name=ref29 />。一方、報酬に関連した活動を認めるという報告がある。ヒト島は、報酬の条件刺激に<ref name=ref69><pubmed>10594068</pubmed></ref> <ref name=ref70><pubmed>14568478</pubmed></ref>、金銭報酬と金銭損失の両方に<ref name=ref71><pubmed>10934265</pubmed></ref>、金銭報酬の期待に<ref name=ref72><pubmed>12595181</pubmed></ref>対して活動し、活動の強さは金銭報酬の予測額と相関する<ref name=ref73><pubmed>15888656</pubmed></ref>という。一方金銭報酬の予測額と逆相関するという報告もある'''(Rolls et al 2007)'''。島は社会的報酬(褒められるなど)にも反応する<ref name=ref74><pubmed>18439412</pubmed></ref>。公正でないプレイヤーの処罰<ref name=ref75><pubmed>15333831</pubmed></ref>、慈善行為<ref name=ref76><pubmed>17030808</pubmed></ref> <ref name=ref77><pubmed>17237779</pubmed></ref>、他人への信頼<ref name=ref78><pubmed>12160756</pubmed></ref> <ref name=ref79><pubmed>17569866</pubmed></ref>、恋人や実子の顔(情動を参照)でも活動し、これらも社会的報酬への反応とみなせる。マカクザルの後部島<ref name=ref80><pubmed>16979828</pubmed></ref>や前部島<ref name=ref81><pubmed>17257703</pubmed></ref>には、報酬に反応する単一ニューロンが存在する。前部島では、ごく近い将来の差し迫った報酬の期待・可能性に関係したニューロン活動が見つかっている<ref name=ref81 />。 | ||
===発語、言語=== | ===発語、言語=== | ||
1861年、Brocaは、左前頭葉に梗塞巣を有する症例から、運動性失語の責任領域を決定したが、その後、運動性言語の中枢はさらに広範に及ぶことが指摘され、現在では左前部島も運動性言語中枢に含むという説がある | 1861年、Brocaは、左前頭葉に梗塞巣を有する症例から、運動性失語の責任領域を決定したが、その後、運動性言語の中枢はさらに広範に及ぶことが指摘され、現在では左前部島も運動性言語中枢に含むという説がある<ref name=ref82><pubmed>20512374</pubmed></ref>。 | ||
==臨床== | ==臨床== |