「髄鞘」の版間の差分

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<font size="+1">吉村 武、[http://researchmap.jp/read0182659 池中 一裕]</font><br>
<font size="+1">吉村 武、[http://researchmap.jp/read0182659 池中 一裕]</font><br>
''自然科学研究機構生理学研究所 分子生理研究系 分子神経生理研究部門''<br>
''自然科学研究機構生理学研究所 分子生理研究系 分子神経生理研究部門''<br>
DOI XXXX/XXXX 原稿受付日:2012年2月3日 原稿完成日:2013年月日<br>
DOI [[XXXX]]/XXXX 原稿受付日:2012年2月3日 原稿完成日:2013年月日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/haruokasai 河西 春郎](東京大学 大学院医学系研究科)<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/haruokasai 河西 春郎](東京大学 大学院医学系研究科)<br>
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英語名:myelin, myelin sheath, medullary sheath 独:Myelin 仏:myéline
英語名:myelin, myelin sheath, medullary sheath 独:Myelin 仏:myéline


同義語:ミエリン、ミエリン鞘 
同義語:[[ミエリン]]、ミエリン鞘 


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[[Image:Takeshiyoshimura fig 1.jpg|thumb|right|350px|'''図1.髄鞘を形成するグリア細胞'''<br>髄鞘は A) 中枢神経系ではオリゴデンドロサイト、B) 末梢神経系ではシュワン細胞により形成される。中枢、末梢神経系ともに髄鞘は均一に軸索を覆うのではなく、髄鞘間の隙間がある。これをランビエ絞輪と呼び、アストロサイトなど他のグリア細胞が接触して神経活動をモニターしていると考えられている。]]
== 髄鞘とは  ==
== 髄鞘とは  ==
 
 髄鞘はmedullary sheathの訳語であり、「髄質の神経線維が持っている鞘」のことである。英語名はmyelinがよく使われており、1854年に[[wikipedia:Rudolf Virchow|R. Virchow]]博士により発見され命名された<ref>'''Virchow R.'''<br>Über das ausgebreitete Vorkommen einer dem Nervenmark analogen Substanz in den tierischen Geweben.<br>''Virchows Arch. Pathol. Anat.'', 6, 562–572, 1854</ref>。髄鞘は脂質が主成分であるため、神経細胞の軸索を外部から電気的に遮断する絶縁体として機能する<ref>'''北村邦男'''<br>脳と神経 分子神経生物科学入門, 金子章道・河村光毅・植村慶一 編, ミエリン<br>''共立出版(東京)'', p. 216-224, 1999</ref><ref>'''石橋智子、馬場広子、池中一裕'''<br>[[脳神経]]科学, 伊藤正男 監修, 金澤一郎・篠田義一・廣川信隆・御子柴克彦・宮下保司 編集, ミエリンとミエリン形成<br>''三輪書店(東京)'', p. 117-127, 2003</ref><ref>'''渡辺雅彦'''<br>みる見るわかる 脳・神経科学入門講座 改訂版 前編<br>''羊土社(東京)'', 2008</ref>。髄鞘は脂質に富む[[細胞膜]]の多重層構造であるため白色に見える。[[脳]]や[[脊髄]]の切断面を観察すると、やや桃色を帯びた灰白色の部分([[灰白質]])と白色の部分([[白質]])を明瞭に区別することができる。灰白質は神経細胞の[[細胞体]]が密集した部分であり、これらの神経細胞から伸びた軸索が通る部分が白質である。白質には[[有髄神経]]線維が多く存在するため白色に見える。
[[Image:Takeshiyoshimura fig 1.jpg|thumb|right|250px|'''図1.髄鞘を形成するグリア細胞''']]
 
 髄鞘はmedullary sheathの訳語であり、「髄質の神経線維が持っている鞘」のことである。英語名はmyelinがよく使われており、1854年に[[wikipedia:Rudolf Virchow|R. Virchow]]博士により発見され命名された<ref>'''Virchow R.'''<br>Über das ausgebreitete Vorkommen einer dem Nervenmark analogen Substanz in den tierischen Geweben.<br>''Virchows Arch. Pathol. Anat.'', 6, 562–572, 1854</ref>。髄鞘は脂質が主成分であるため、神経細胞の軸索を外部から電気的に遮断する絶縁体として機能する<ref>'''北村邦男'''<br>脳と神経 分子神経生物科学入門, 金子章道・河村光毅・植村慶一 編, ミエリン<br>''共立出版(東京)'', p. 216-224, 1999</ref><ref>'''石橋智子、馬場広子、池中一裕'''<br>脳神経科学, 伊藤正男 監修, 金澤一郎・篠田義一・廣川信隆・御子柴克彦・宮下保司 編集, ミエリンとミエリン形成<br>''三輪書店(東京)'', p. 117-127, 2003</ref><ref>'''渡辺雅彦'''<br>みる見るわかる 脳・神経科学入門講座 改訂版 前編<br>''羊土社(東京)'', 2008</ref>。髄鞘は脂質に富む[[細胞膜]]の多重層構造であるため白色に見える。[[脳]]や[[脊髄]]の切断面を観察すると、やや桃色を帯びた灰白色の部分([[灰白質]])と白色の部分([[白質]])を明瞭に区別することができる。灰白質は神経細胞の[[細胞体]]が密集した部分であり、これらの神経細胞から伸びた軸索が通る部分が白質である。白質には[[有髄神経]]線維が多く存在するため白色に見える。


 軸索は多数の髄鞘で隈無く覆われているわけではない。髄鞘の長さは0.1〜1 mm程度であり、髄鞘間には隙間がある。この隙間はランビエ絞輪と呼ばれる(図1)。軸索は神経細胞の細胞体の[[軸索小丘]](axon hillock)に始まり、この場所と最初の髄鞘が現れる間の領域は[[軸索起始部]](axon initial segment)と呼ばれる<ref><pubmed>20631711</pubmed></ref>。軸索起始部とランビエ絞輪は共に活動電位の発生に重要である。軸索起始部で最初の活動電位が生じ、それが隣のランビエ絞輪における活動電位を引き起こす。そして次々に隣のランビエ絞輪の活動電位が引き起こされ、活動電位が髄鞘で絶縁された部分を飛び越えていく。このような現象を跳躍伝導と呼ぶ。この様式は伝導速度を飛躍的に上げ、信号の減衰を防ぎ、長距離の信号伝達を可能にするだけでなく、興奮が軸索の狭い場所に限定されることにより代謝エネルギーの節約にも役立っている。
 軸索は多数の髄鞘で隈無く覆われているわけではない。髄鞘の長さは0.1〜1 mm程度であり、髄鞘間には隙間がある。この隙間はランビエ絞輪と呼ばれる(図1)。軸索は神経細胞の細胞体の[[軸索小丘]](axon hillock)に始まり、この場所と最初の髄鞘が現れる間の領域は[[軸索起始部]](axon initial segment)と呼ばれる<ref><pubmed>20631711</pubmed></ref>。軸索起始部とランビエ絞輪は共に活動電位の発生に重要である。軸索起始部で最初の活動電位が生じ、それが隣のランビエ絞輪における活動電位を引き起こす。そして次々に隣のランビエ絞輪の活動電位が引き起こされ、活動電位が髄鞘で絶縁された部分を飛び越えていく。このような現象を跳躍伝導と呼ぶ。この様式は伝導速度を飛躍的に上げ、信号の減衰を防ぎ、長距離の信号伝達を可能にするだけでなく、興奮が軸索の狭い場所に限定されることにより代謝エネルギーの節約にも役立っている。
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== 成分と構造  ==
== 成分と構造  ==


 髄鞘は細胞形質膜の多層構造体であるため、他の多くの細胞の形質膜や細胞内小胞膜と比べてタンパク質成分が少ない。脂質が約70〜80%(乾燥重量比)程度を占め、残り約20〜30%がタンパク質である。このため、髄鞘は他の膜よりも比重が軽いため[[wikipedia:Differential_centrifugation#Sucrose_gradient_centrifugation|ショ糖密度勾配遠心法]]により他の膜と分離して調整することができる。髄鞘を構成する主な脂質は糖脂質[[wikipedia:Galactocerebroside|ガラクトセレブロシド]]とその硫酸化誘導体[[wikipedia:Sulfatide|スルファチド]]である<ref><pubmed>9530920</pubmed></ref>。中枢神経系と末梢神経系では髄鞘を産生するグリア細胞が異なり、髄鞘を構築する様式も異なるので、これらの髄鞘を構成するタンパク質の多くは異なる。しかし、中には共通して存在するタンパク質もある。中枢神経系の髄鞘では[[PLP]]と[[MBP]]が主成分のタンパク質であり、その他に[[MOG]]、[[MAG]]、[[CNPase]]などが存在する。末梢神経系の髄鞘では[[P0]]と[[P2]]が主成分のタンパク質であり、[[PMP22]]、MAG、CNPaseなども発現している。
 髄鞘は[[細胞形質膜]]の多層構造体であるため、他の多くの細胞の[[形質膜]]や細胞内小胞膜と比べてタンパク質成分が少ない。脂質が約70〜80%(乾燥重量比)程度を占め、残り約20〜30%がタンパク質である。このため、髄鞘は他の膜よりも比重が軽いため[[wikipedia:Differential_centrifugation#Sucrose_gradient_centrifugation|ショ糖密度勾配遠心法]]により他の膜と分離して調整することができる。髄鞘を構成する主な脂質は糖脂質[[wikipedia:Galactocerebroside|ガラクトセレブロシド]]とその硫酸化誘導体[[wikipedia:Sulfatide|スルファチド]]である<ref><pubmed>9530920</pubmed></ref>。中枢神経系と末梢神経系では髄鞘を産生するグリア細胞が異なり、髄鞘を構築する様式も異なるので、これらの髄鞘を構成するタンパク質の多くは異なる。しかし、中には共通して存在するタンパク質もある。中枢神経系の髄鞘では[[PLP]]と[[MBP]]が主成分のタンパク質であり、その他に[[MOG]]、[[MAG]]、[[CNPase]]などが存在する。末梢神経系の髄鞘では[[P0]]と[[P2]]が主成分のタンパク質であり、[[PMP22]]、[[Mag|MAG]]、CNPaseなども発現している。


 近年、軸索と髄鞘の間では絶えず活発な情報交換が行なわれていることが示されたため、髄鞘は単に絶縁体として働くだけでなく、[[軸索輸送]]や軸索径の調節などに重要な役割を担うことが明らかとなってきた<ref name="ref8"><pubmed>18558866</pubmed></ref><ref name="ref9"><pubmed>18538868</pubmed></ref><ref name="ref10"><pubmed>20216548</pubmed></ref>。髄鞘の重要な働きの1つとして、軸索の機能的ドメイン形成がある<ref><pubmed>14682359</pubmed></ref>。[[有髄神経]]の軸索は髄鞘が取り巻くことによって、ランビエ絞輪・[[パラノード]]・[[ジャクスタパラノード]]・[[インターノード]]といったそれぞれに特徴的形態を持つ4つのドメインに分けられる(図3)。これらの各ドメインは、[[イオンチャネル]]や[[接着分子]]などの膜タンパク質がドメイン特異的に集積することにより、形態的のみならず機能的にも異なっている。ランビエ絞輪には活動電位発生に関わる[[電位依存性ナトリウムチャネル]]、ジャクスタパラノードには[[電位依存性カリウムチャネル]]がそれぞれ集積している。この2つのチャネルを隔てるパラノード部分には、軸索と髄鞘の間に作られたパラノーダルジャンクションと呼ばれる細胞間結合が存在する。このジャンクション形成は軸索の機能ドメインの維持に必要であり、[[Caspr]]や[[contactin]]、[[NF155]]などがジャンクション形成に重要である。  
 近年、軸索と髄鞘の間では絶えず活発な情報交換が行なわれていることが示されたため、髄鞘は単に絶縁体として働くだけでなく、[[軸索輸送]]や軸索径の調節などに重要な役割を担うことが明らかとなってきた<ref name="ref8"><pubmed>18558866</pubmed></ref><ref name="ref9"><pubmed>18538868</pubmed></ref><ref name="ref10"><pubmed>20216548</pubmed></ref>。髄鞘の重要な働きの1つとして、軸索の機能的ドメイン形成がある<ref><pubmed>14682359</pubmed></ref>。[[有髄神経]]の軸索は髄鞘が取り巻くことによって、ランビエ絞輪・[[パラノード]]・[[ジャクスタパラノード]]・[[インターノード]]といったそれぞれに特徴的形態を持つ4つのドメインに分けられる(図3)。これらの各ドメインは、[[イオンチャネル]]や[[接着分子]]などの膜タンパク質がドメイン特異的に集積することにより、形態的のみならず機能的にも異なっている。ランビエ絞輪には活動電位発生に関わる[[電位依存性ナトリウムチャネル]]、ジャクスタパラノードには[[電位依存性カリウムチャネル]]がそれぞれ集積している。この2つのチャネルを隔てるパラノード部分には、軸索と髄鞘の間に作られたパラノーダルジャンクションと呼ばれる細胞間結合が存在する。このジャンクション形成は軸索の機能ドメインの維持に必要であり、[[Caspr]]や[[contactin]]、[[NF155]]などがジャンクション形成に重要である。  

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