「グリア細胞」の版間の差分

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 20世紀の半ばまで、グリア細胞の発生については1889年にヒスが提唱した二元説を基にして構築されていた。すなわち、神経細胞は[[胚芽細胞]](germinal cell)を起源とする[[神経幹細胞]](neuroblast)から発生し、グリア細胞は[[海綿芽細胞]](spongioblast)を起源とする[[グリア幹細胞]](glioblast)から発生する。これらの幹細胞はほぼ同時期に作られ、それらがニューロンとグリア細胞を同時並行的に作り出すという学説が確立されてきた。
 20世紀の半ばまで、グリア細胞の発生については1889年にヒスが提唱した二元説を基にして構築されていた。すなわち、神経細胞は[[胚芽細胞]](germinal cell)を起源とする[[神経幹細胞]](neuroblast)から発生し、グリア細胞は[[海綿芽細胞]](spongioblast)を起源とする[[グリア幹細胞]](glioblast)から発生する。これらの幹細胞はほぼ同時期に作られ、それらがニューロンとグリア細胞を同時並行的に作り出すという学説が確立されてきた。


 しかし、それに対して、日本の解剖学者、藤田晢也が[<sup>3</sup>H]-[[wj:チミジン|チミジン]]・[[wj:オートラジオグラフィー|オートラジオグラフィー]]法を用いて、初期[[神経管]]における分裂細胞の動態を解析することによって、それまで海綿芽細胞または[[放射状グリア]] (radial glia)と呼ばれていた細胞が、すべて胚芽細胞であり、その核の周囲部が分裂サイクルに同期して[[エレベータ運動]]を生ずることを発見した<ref><pubmed>13825588</pubmed></ref>。すなわち、この時期の神経管には均質な細胞しか存在せず、この細胞は神経およびグリア細胞の発生の基盤になるものであり、[[マトリックス細胞]](matrix cell)と呼ばれるべきものである。藤田はこのマトリックス細胞が不均一分裂し、マトリックスス細胞と神経幹細胞が生ずることを明らかにしたのだ<ref><pubmed>14184856</pubmed></ref>。発生の初期の段階で、マトリックス細胞はこの分裂周期を繰り返すことによって、次々に神経幹細胞を造り出し、それらがニューロンに[[分化]]する。十分な量のニューロンができると、やがて、マトリクス細胞は[[脳室上衣グリア幹細胞]] (ependymoglioblast)にスイッチし、そこからグリア幹細胞が造られるようになることを証明した<ref name=ref14304273><pubmed>14304273</pubmed></ref>(図1)。アストロサイトもオリゴデンドロサイトもこのようにして造り出されることが明らかにされている。当然のことながら、藤田学説は猛烈な反対を受ける。そして、1970年のアメリカの神経発生学者達によって「神経系の細胞発生における命名法の改変に関する委員会」(ボールダー委員会)によって、藤田説は否定された。しかし、現在は遺伝子発現の解析などで藤田説が正しいことが認められている。それにもかかわらず、ボールダー委員会の決議が撤回されたとは聞いていない。
 しかし、それに対して、日本の解剖学者、藤田晢也が[<sup>3</sup>H]-[[wj:チミジン|チミジン]]・[[wj:オートラジオグラフィー|オートラジオグラフィー]]法を用いて、初期[[神経管]]における分裂細胞の動態を解析することによって、それまで海綿芽細胞または[[放射状グリア]] (radial glia)と呼ばれていた細胞が、すべて胚芽細胞であり、その核の周囲部が分裂サイクルに同期して[[エレベータ運動]]を生ずることを発見した<ref><pubmed>13825588</pubmed></ref>。すなわち、この時期の神経管には均質な細胞しか存在せず、この細胞は神経およびグリア細胞の発生の基盤になるものであり、[[マトリックス細胞]](matrix cell)と呼ばれるべきものである。藤田はこのマトリックス細胞が不均一分裂し、マトリックスス細胞と神経幹細胞が生ずることを明らかにした<ref><pubmed>14184856</pubmed></ref>。発生の初期の段階で、マトリックス細胞はこの分裂周期を繰り返すことによって、次々に神経幹細胞を造り出し、それらがニューロンに[[分化]]する。十分な量のニューロンができると、やがて、マトリクス細胞は[[脳室上衣グリア幹細胞]] (ependymoglioblast)にスイッチし、そこからグリア幹細胞が造られるようになることを証明した<ref name=ref14304273><pubmed>14304273</pubmed></ref>(図1)。アストロサイトもオリゴデンドロサイトもこのようにして造り出されることが明らかにされている。当然のことながら、藤田学説は猛烈な反対を受ける。そして、1970年のアメリカの神経発生学者達によって「神経系の細胞発生における命名法の改変に関する委員会」(ボールダー委員会)によって、藤田説は否定された。しかし、現在は遺伝子発現の解析などで藤田説が正しいことが認められている。それにもかかわらず、ボールダー委員会の決議が撤回されたとは聞いていない。


 ミクログリアの発生についてはまだ議論が定着したとはいいきれない。アストロサイトやオリゴデンドロサイトと同様にグリア幹細胞から分化してくる細胞と考えるグループもある。しかし、最近になって、ミクログリアの起源は[[wj:胎児期|胎児期]]に[[wj:卵黄嚢|卵黄嚢]]で[[wj:造血細胞|造血細胞]]から分化して、神経管に浸入してくる中胚葉起源の細胞であることを示す証拠が報告されている<ref><pubmed>21125659</pubmed></ref>。しかし、ここでは最終的結論には至っていないとしておこう。
 ミクログリアの発生についてはまだ議論が定着したとはいいきれない。アストロサイトやオリゴデンドロサイトと同様にグリア幹細胞から分化してくる細胞と考えるグループもある。しかし、最近になって、ミクログリアの起源は[[wj:胎児期|胎児期]]に[[wj:卵黄嚢|卵黄嚢]]で[[wj:造血細胞|造血細胞]]から分化して、神経管に浸入してくる中胚葉起源の細胞であることを示す証拠が報告されている<ref><pubmed>21125659</pubmed></ref>。しかし、ここでは最終的結論には至っていないとしておこう。
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====神経伝達物質受容体の発現====
====神経伝達物質受容体の発現====
20世紀末まではもっぱら、ニューロンの支持細胞としての機能のみが注目されていたアストロサイトであるが、実は1980年代後半にはこの細胞に[[グルタミン酸受容体]]、[[GABA受容体]]、[[セロトニン受容体]]、[[ノルアドレナリン受容体]]など様々な[[神経伝達物質受容体]]が発現していることがすでに報告されている。この頃から、分子生物学的に神経伝達物質受容体の存在を実証する方法が確立され、アストロサイトには[[Gタンパク質共役型受容体]]が分布していることが明らかにされてきていたのだ。現在では[[プリン受容体]]、[[アセチルコリン受容体]]、[[ヒスタミン受容体]]、[[ドーパミン受容体]]の発現も確認されている。もちろん、すべてのアストロサイトに発現しているのではない。しかし、主要な神経伝達物質のほとんどがアストロサイトに発現する可能性がある<ref><pubmed>3117429</pubmed></ref>。
20世紀末まではもっぱら、ニューロンの支持細胞としての機能のみが注目されていたアストロサイトであるが、実は1980年代後半にはこの細胞に[[グルタミン酸受容体]]、[[GABA受容体]]、[[セロトニン受容体]]、[[ノルアドレナリン受容体]]など様々な[[神経伝達物質受容体]]が発現していることがすでに報告されている。この頃から、分子生物学的に神経伝達物質受容体の存在を実証する方法が確立され、アストロサイトには[[Gタンパク質共役型受容体]]が分布していることが明らかにされてきていた。現在では[[プリン受容体]]、[[アセチルコリン受容体]]、[[ヒスタミン受容体]]、[[ドーパミン受容体]]の発現も確認されている。もちろん、すべてのアストロサイトに発現しているのではない。しかし、主要な神経伝達物質のほとんどがアストロサイトに発現する可能性がある<ref><pubmed>3117429</pubmed></ref>。


[[ファイル:Kudo Fig6.png|thumb|right|350px|'''図6.G-タンパク質共役型グルタミン酸受容体を介したアストロサイトのカルシウムオシレーション'''<br>初代培養海馬細胞に蛍光カルシウム指示薬fura-2を負荷して、NMDAとt-ACPDの作用を検討した後MAP2抗体とGFAP抗体で、それぞれニューロンとアストロサイトを同定した。黒枠:NMDAまたはt-ACPDにカルシウム応答をする細胞。赤枠:t-ACPDによってアストロサイトに引き起こされたカルシウムオシレーション(動画参照)。]]
[[ファイル:Kudo Fig6.png|thumb|right|350px|'''図6.G-タンパク質共役型グルタミン酸受容体を介したアストロサイトのカルシウムオシレーション'''<br>初代培養海馬細胞に蛍光カルシウム指示薬fura-2を負荷して、NMDAとt-ACPDの作用を検討した後MAP2抗体とGFAP抗体で、それぞれニューロンとアストロサイトを同定した。黒枠:NMDAまたはt-ACPDにカルシウム応答をする細胞。赤枠:t-ACPDによってアストロサイトに引き起こされたカルシウムオシレーション(動画参照)。]]
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[[ファイル:Kudo Fig8.png|thumb|right|350px|'''図8.オリゴデンドロサイトの形態'''<br>髄鞘を形成した状態(A)としていない状態(B)(共にガラクトセレブロシド(O1)抗体による免疫染色)。A: 池中一裕先生提供、B: 馬場広子先生提供]]
[[ファイル:Kudo Fig8.png|thumb|right|350px|'''図8.オリゴデンドロサイトの形態'''<br>髄鞘を形成した状態(A)としていない状態(B)(共にガラクトセレブロシド(O1)抗体による免疫染色)。A: 池中一裕先生提供、B: 馬場広子先生提供]]


 名前はアストログリアに比べて突起が少ないことに基づいている(図8)。日本語では「[[希突起神経膠細胞]]」と訳されている。この細胞は前述のようにカハールの弟子である、[[wj:リオ・オルテガ|リオ・オルテガ]]によって発見された(1928)、オルテガはこれらの細胞を第三の脳細胞として発表する。実は彼が第三の脳細胞と分類した中には後述のミクログリア(microglia)も含まれていたのだ。この発表は師であるカハールには受け入れられず、リオ・オルテガは破門の憂き目にあう。
 名前はアストログリアに比べて突起が少ないことに基づいている(図8)。日本語では「[[希突起神経膠細胞]]」と訳されている。この細胞は前述のようにカハールの弟子である、[[wj:リオ・オルテガ|リオ・オルテガ]]によって発見された(1928)、オルテガはこれらの細胞を第三の脳細胞として発表する。実は彼が第三の脳細胞と分類した中には後述のミクログリア(microglia)も含まれていた。この発表は師であるカハールには受け入れられず、リオ・オルテガは破門の憂き目にあう。


 中枢神経系におけるオリゴデンドロサイトの特徴的な形態は、突起が神経軸索に巻き付いて[[ミエリン髄鞘]]を作っている様子である。成熟脳に分布するすべてのオリゴデンドロサイトが髄鞘を作っているわけではない。図8Bに示すように、見かけは単に突起を伸ばした細胞の形をとっているものも多い。
 中枢神経系におけるオリゴデンドロサイトの特徴的な形態は、突起が神経軸索に巻き付いて[[ミエリン髄鞘]]を作っている様子である。成熟脳に分布するすべてのオリゴデンドロサイトが髄鞘を作っているわけではない。図8Bに示すように、見かけは単に突起を伸ばした細胞の形をとっているものも多い。
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====太くなる神経線維が脳の可塑性に関与する====
====太くなる神経線維が脳の可塑性に関与する====
 音楽家やスポーツ選手など通常の人より訓練を積んだヒトとの脳を[[核磁気共鳴画像]]([[MRI]])で解析する試みが盛んに行われている。訓練や学習による脳の発達の手がかりを得ようとするものである<ref><pubmed>21403182</pubmed></ref>。これらの研究対象は当初、神経細胞やそのシナプス層、すなわち灰白質に置かれていた。しかし、その途上で、驚くべきことに白質、すなわち神経線維の集まりの部分に明らかな発達があることが見出されたのだ。場合によっては灰白質よりも明瞭な差があることが発見されたのだ<ref><pubmed>16282593</pubmed></ref>。最初の発見は音楽家の脳の[[脳梁]]の拡大であった。脳梁は有髄線維の束である。学習や訓練がその厚みが増すという事実は何を意味しているのだろうか。神経線維の数が増えている可能性もあるが、それより、一本一本の神経線維の太さが増している可能性が高いと考えられている。とは言え、神経軸索そのもののサイズが太くなるとは考えらにくい。とすると、軸索を覆う髄鞘部分が増大する。すなわち、神経軸索を包む髄鞘の巻数が増えたと考えるのが妥当だ。巻数が増えて、絶縁の程度が高くなると、伝導速度が増す可能性は高い。実際に最近ではMRIで水分子の[[wj:拡散|拡散]]運動を画像化し、その拡散の方向依存性が解析されている。ミエリン化が進むと神経線維に沿った水の拡散の方向性(部分異方性:fractional anisotropy:FA)が高まることが明らかにされ、これを指標として、髄鞘形成のダイナミズムが詳しく調べられている。その結果、[[wj:ジャグリング|ジャグリング]]の練習、試験勉強、楽器の訓練などによってその能力が高められと、脳梁ばかりではなく[[大脳皮質]]や[[海馬]]の白質のミエリン化が促進されていることが明らかにされた<ref><pubmed>19820707</pubmed></ref>。これは可塑性が決してシナプスだけの現象ではないことを意味し、これまでに積み上げられてきた可塑性のメカニズムに関する理解を根本から変える必要を迫る事実である。
 音楽家やスポーツ選手など通常の人より訓練を積んだヒトとの脳を[[核磁気共鳴画像]]([[MRI]])で解析する試みが盛んに行われている。訓練や学習による脳の発達の手がかりを得ようとするものである<ref><pubmed>21403182</pubmed></ref>。これらの研究対象は当初、神経細胞やそのシナプス層、すなわち灰白質に置かれていた。しかし、その途上で、驚くべきことに白質、すなわち神経線維の集まりの部分に明らかな発達があることが見出された。場合によっては灰白質よりも明瞭な差があることが発見された<ref><pubmed>16282593</pubmed></ref>。最初の発見は音楽家の脳の[[脳梁]]の拡大であった。脳梁は有髄線維の束である。学習や訓練がその厚みが増すという事実は何を意味しているのだろうか。神経線維の数が増えている可能性もあるが、それより、一本一本の神経線維の太さが増している可能性が高いと考えられている。とは言え、神経軸索そのもののサイズが太くなるとは考えらにくい。とすると、軸索を覆う髄鞘部分が増大する。すなわち、神経軸索を包む髄鞘の巻数が増えたと考えるのが妥当だ。巻数が増えて、絶縁の程度が高くなると、伝導速度が増す可能性は高い。実際に最近ではMRIで水分子の[[wj:拡散|拡散]]運動を画像化し、その拡散の方向依存性が解析されている。ミエリン化が進むと神経線維に沿った水の拡散の方向性(部分異方性:fractional anisotropy:FA)が高まることが明らかにされ、これを指標として、髄鞘形成のダイナミズムが詳しく調べられている。その結果、[[wj:ジャグリング|ジャグリング]]の練習、試験勉強、楽器の訓練などによってその能力が高められと、脳梁ばかりではなく[[大脳皮質]]や[[海馬]]の白質のミエリン化が促進されていることが明らかにされた<ref><pubmed>19820707</pubmed></ref>。これは可塑性が決してシナプスだけの現象ではないことを意味し、これまでに積み上げられてきた可塑性のメカニズムに関する理解を根本から変える必要を迫る事実である。


====髄鞘のダイナミズム====
====髄鞘のダイナミズム====
 上述のようにオリゴデンドロサイトは単に神経線維の上に巻き付いているだけはなく、神経の活動に応じて積極的にそのミエリン髄鞘を発達させるらしい。そのメカニズムが末梢有髄神経で示されている。末梢神経軸索に発生する活動電位が髄鞘を作るシュワン細胞(Schwann cells)の増殖や分化に影響を及ぼすというのだ。すなわち、神経軸索の活動がATPを介してシュワン細胞のP<sub>2</sub>受容体を活性化して細胞内カルシウム濃度を上昇させ、その結果、シュワン細胞のCa<sup>2+</sup>レベルが上昇する。細胞内で上昇したCa<sup>2+</sup>が軸索における未熟なシュワン細胞を髄鞘形成に導くというものである。この反応はさらに隣接するシュワン細胞に伝達されて、軸索全体にその効果が及ぶという。<ref><pubmed>10731149</pubmed></ref>。
 上述のようにオリゴデンドロサイトは単に神経線維の上に巻き付いているだけはなく、神経の活動に応じて積極的にそのミエリン髄鞘を発達させるらしい。そのメカニズムが末梢有髄神経で示されている。末梢神経軸索に発生する活動電位が髄鞘を作るシュワン細胞(Schwann cells)の増殖や分化に影響を及ぼすという。すなわち、神経軸索の活動がATPを介してシュワン細胞のP<sub>2</sub>受容体を活性化して細胞内カルシウム濃度を上昇させ、その結果、シュワン細胞のCa<sup>2+</sup>レベルが上昇する。細胞内で上昇したCa<sup>2+</sup>が軸索における未熟なシュワン細胞を髄鞘形成に導くというものである。この反応はさらに隣接するシュワン細胞に伝達されて、軸索全体にその効果が及ぶという。<ref><pubmed>10731149</pubmed></ref>。


 さらに、神経軸索がグルタミン酸を遊離し、それが髄鞘に分布するグルタミン酸受容体(NMDA受容体やG-タンパク質共役型受容体)の活性を介して、髄鞘内Ca<sup>2+</sup>濃度の上昇を引き起こすことが明らかにされている。このCa<sup>2+</sup>上昇は髄鞘と神経軸索の結合部に発現する[[Fyn]]キナーゼを活性化し、ミエリンベーシックプロテインの産生を高める<ref><pubmed>21817014</pubmed></ref>。これは髄鞘の強化が活動依存性に促進されることを強く支持する発見である。同時に、オリゴデンドロサイトが発現しているATPやアデノシンに対する受容体を介した細胞内Ca<sup>2+</sup>の上昇も同じ機構で髄鞘の強化に寄与している可能性を支持する。
 さらに、神経軸索がグルタミン酸を遊離し、それが髄鞘に分布するグルタミン酸受容体(NMDA受容体やG-タンパク質共役型受容体)の活性を介して、髄鞘内Ca<sup>2+</sup>濃度の上昇を引き起こすことが明らかにされている。このCa<sup>2+</sup>上昇は髄鞘と神経軸索の結合部に発現する[[Fyn]]キナーゼを活性化し、ミエリンベーシックプロテインの産生を高める<ref><pubmed>21817014</pubmed></ref>。これは髄鞘の強化が活動依存性に促進されることを強く支持する発見である。同時に、オリゴデンドロサイトが発現しているATPやアデノシンに対する受容体を介した細胞内Ca<sup>2+</sup>の上昇も同じ機構で髄鞘の強化に寄与している可能性を支持する。
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===名称と形態の特徴===
===名称と形態の特徴===
 ミクログリア(microglia)の名称は、この細胞より先に同定されたアストロサイトや、ほぼ同時に発見されたオリゴデンドロサイトに類似の細胞でありながらサイズが小さいことから単純に命名されたものと思われる。見かけの形態の特徴は小さいことと、突起が少ないことであるが、リオ-オルテガは発見の早い段階にこの細胞にはさらに重要な形態変化があることを発見している。正常な脳の中でのミクログリアは突起を伸ばした形だが、周辺に何らかの障害が生ずると、突起を縮め、細胞体部分が大きくなる「活性化型」にかわり、やがて、アメーバ状に形を変えて、障害部周辺を活発に動き回るようになるのだ(図13)。
 ミクログリア(microglia)の名称は、この細胞より先に同定されたアストロサイトや、ほぼ同時に発見されたオリゴデンドロサイトに類似の細胞でありながらサイズが小さいことから単純に命名されたものと思われる。見かけの形態の特徴は小さいことと、突起が少ないことであるが、リオ-オルテガは発見の早い段階にこの細胞にはさらに重要な形態変化があることを発見している。正常な脳の中でのミクログリアは突起を伸ばした形だが、周辺に何らかの障害が生ずると、突起を縮め、細胞体部分が大きくなる「活性化型」にかわり、やがて、アメーバ状に形を変えて、障害部周辺を活発に動き回るようになる(図13)。


====同種の細胞====
====同種の細胞====
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 損傷を受けた脳細胞からはATPが放出される。細胞外液のATP濃度は正常状態では低く保たれているので、ATP濃度の高い部位はそこに損傷細胞が存在することを示す信号になる。ミクログリアは多様なプリン受容体を発現しているが、そのうち、[[P2X4受容体]]が刺激されると、ミクログリアの突起はATP濃度の高い方向に向かって伸びて行く<ref><pubmed>17299767</pubmed></ref>。さらに、その部位に近づくと、[[P2Y12受容体]]が刺激され、[[BDNF]]などの[[ニューロトロフィン]]を遊離する<ref><pubmed>20653959</pubmed></ref>。この段階では損傷部位の修復のために機能しているようである。ここまでの過程を見ると、損傷を受けた脳細胞はATPを救助信号として、「私を見つけて、助けて、Find me and help me」と叫んでいるようである。
 損傷を受けた脳細胞からはATPが放出される。細胞外液のATP濃度は正常状態では低く保たれているので、ATP濃度の高い部位はそこに損傷細胞が存在することを示す信号になる。ミクログリアは多様なプリン受容体を発現しているが、そのうち、[[P2X4受容体]]が刺激されると、ミクログリアの突起はATP濃度の高い方向に向かって伸びて行く<ref><pubmed>17299767</pubmed></ref>。さらに、その部位に近づくと、[[P2Y12受容体]]が刺激され、[[BDNF]]などの[[ニューロトロフィン]]を遊離する<ref><pubmed>20653959</pubmed></ref>。この段階では損傷部位の修復のために機能しているようである。ここまでの過程を見ると、損傷を受けた脳細胞はATPを救助信号として、「私を見つけて、助けて、Find me and help me」と叫んでいるようである。


 ところが、その救助がすでに間に合わない状態である場合にミクログリアはアメーバ状に形を変えて、その場に移動する。そして、損傷を受けた細胞を貪食する。この時、貪食する必要のある死んだ細胞を見つけ出しているのだ。これが成り立つためには、死にかかった細胞から出される信号を認知する必要がある。実はミクログリアにはもう一つプリン受容体、[[P2Y6]]が存在している。この受容体は不思議なことに、ATPやADPには反応しないのだ。発見以後しばらくはその役目が不明であったが、やがて、P2Y6を活性化するのは[[ウリジン二リン酸]]([[UDP]])であることが明らかにされた<ref><pubmed>19262132</pubmed></ref>。
 ところが、その救助がすでに間に合わない状態である場合にミクログリアはアメーバ状に形を変えて、その場に移動する。そして、損傷を受けた細胞を貪食する。この時、貪食する必要のある死んだ細胞を見つけ出している。これが成り立つためには、死にかかった細胞から出される信号を認知する必要がある。実はミクログリアにはもう一つプリン受容体、[[P2Y6]]が存在している。この受容体は不思議なことに、ATPやADPには反応しない。発見以後しばらくはその役目が不明であったが、やがて、P2Y6を活性化するのは[[ウリジン二リン酸]]([[UDP]])であることが明らかにされた<ref><pubmed>19262132</pubmed></ref>。


 UDPはやたらに細胞外に遊離される分子ではない。死にかかった細胞からごく少量遊離されるだけである。P2Y6受容体がUDPで刺激されると、ミクログリアのアメーバ運動が活性化され貪食機能が活性化される。こうして、貪食能が高まったミクログリアが周辺に分布する細胞のすべてを貪食するのはない。もう一つ条件がある。死んで細胞膜が壊れた時に、提示される膜成分のリン脂質の成分である[[ホスファチジルセリン]]である。これを提示していることを認識して、その細胞のみを貪食するのだ。このホスファチジルセリンは「私を食べて信号、Eat me signal」なのである<ref><pubmed>3464483</pubmed></ref>(図15)。ミクログリアは単なる破壊者でも、無差別な掃除係でもない。非常に高度な認識機能を備えた、環境整備係として機能していることがわかる。
 UDPはやたらに細胞外に遊離される分子ではない。死にかかった細胞からごく少量遊離されるだけである。P2Y6受容体がUDPで刺激されると、ミクログリアのアメーバ運動が活性化され貪食機能が活性化される。こうして、貪食能が高まったミクログリアが周辺に分布する細胞のすべてを貪食するのはない。もう一つ条件がある。死んで細胞膜が壊れた時に、提示される膜成分のリン脂質の成分である[[ホスファチジルセリン]]である。これを提示していることを認識して、その細胞のみを貪食する。このホスファチジルセリンは「私を食べて信号、Eat me signal」なのである<ref><pubmed>3464483</pubmed></ref>(図15)。ミクログリアは単なる破壊者でも、無差別な掃除係でもない。非常に高度な認識機能を備えた、環境整備係として機能していることがわかる。


====シナプスの保守点検====
====シナプスの保守点検====
 ミクログリアが高度な仕組みを持つ環境整備係であることはそれだけでもこの細胞が脳内で重要な要素であることを物語っている。しかし、最近は神経回路の保守点検にも関わっている可能性が示唆されている。これも蛍光タンパク質発現させたミクログリアの形態の二光子励起顕微鏡を用いた長時間ライブイメージングによって明らかにされている。先に述べたように静止状態のミクログリア(ラミファイド型)は静止状態とはいいながら、沢山の突起をゆらゆらと動かせている。この突起の動きには生理学的目的があるようで、正常なシナプスには1時間に1回、一回あたり5分間ほど接触することが観察されている。一方、使われないシナプスにはこのような繊細な管理を行われていないのだ<ref><pubmed>19339593</pubmed></ref>。接触時にミクログリアとシナプスの間でどのような情報交換が行われているかは不明だが、ミクログリアの神経回路形成への重要性を示唆する重要な事実である。
 ミクログリアが高度な仕組みを持つ環境整備係であることはそれだけでもこの細胞が脳内で重要な要素であることを物語っている。しかし、最近は神経回路の保守点検にも関わっている可能性が示唆されている。これも蛍光タンパク質発現させたミクログリアの形態の二光子励起顕微鏡を用いた長時間ライブイメージングによって明らかにされている。先に述べたように静止状態のミクログリア(ラミファイド型)は静止状態とはいいながら、沢山の突起をゆらゆらと動かせている。この突起の動きには生理学的目的があるようで、正常なシナプスには1時間に1回、一回あたり5分間ほど接触することが観察されている。一方、使われないシナプスにはこのような繊細な管理を行われていない<ref><pubmed>19339593</pubmed></ref>。接触時にミクログリアとシナプスの間でどのような情報交換が行われているかは不明だが、ミクログリアの神経回路形成への重要性を示唆する重要な事実である。


 ミクログリアがシナプス回路の維持再編に積極的に働いていることの証拠はまだある。視覚回路の中継核である[[外側膝状体]]で活発に行われている左右の視覚路の選択の過程である。未熟な視覚回路では左右両側の[[視神経節細胞]]からの入力を受けているが、それが発達に応じて主に同側からの入力が除去されて行く。この過程でミクログリアの得意技とも言うべき、不要物処理機能が発揮されるのだ<ref><pubmed>22632727</pubmed></ref>。
 ミクログリアがシナプス回路の維持再編に積極的に働いていることの証拠はまだある。視覚回路の中継核である[[外側膝状体]]で活発に行われている左右の視覚路の選択の過程である。未熟な視覚回路では左右両側の[[視神経節細胞]]からの入力を受けているが、それが発達に応じて主に同側からの入力が除去されて行く。この過程でミクログリアの得意技とも言うべき、不要物処理機能が発揮される<ref><pubmed>22632727</pubmed></ref>。


 ではこのような選択的な除去はどのように行われるのだろうか。最終的にはミクログリアの貪食機能が発揮されるものと考えられるが、どのようにして不要シナプスを認識しているのだろうか。これには前述の脳内免疫細胞としての性質が使われているらしい。例えば、ミクログリアに発現している[[wj:補体|補体]]分子、[[C3]]の合成が、その合成の活性化因子[[Clq]]の存在により高まり、C3受容体を多く発現しているシナプス部位を認識して除去するという仕組みである<ref><pubmed>18083105</pubmed></ref>。また、MHCのClass1が神経傷害時のシナプス除去に関与している可能性を示唆する証拠もある<ref><pubmed>15591351</pubmed></ref>。ミクログリアが脳内の免疫細胞だと考えられているもののまだその実体は十分に解明されていない。その能力がシナプスの消長に積極的に関わるとすれば、神経回路の構築や維持における最重要因子としてその機能を再認識する必要がある。 
 ではこのような選択的な除去はどのように行われるのだろうか。最終的にはミクログリアの貪食機能が発揮されるものと考えられるが、どのようにして不要シナプスを認識しているのだろうか。これには前述の脳内免疫細胞としての性質が使われているらしい。例えば、ミクログリアに発現している[[wj:補体|補体]]分子、[[C3]]の合成が、その合成の活性化因子[[Clq]]の存在により高まり、C3受容体を多く発現しているシナプス部位を認識して除去するという仕組みである<ref><pubmed>18083105</pubmed></ref>。また、MHCのClass1が神経傷害時のシナプス除去に関与している可能性を示唆する証拠もある<ref><pubmed>15591351</pubmed></ref>。ミクログリアが脳内の免疫細胞だと考えられているもののまだその実体は十分に解明されていない。その能力がシナプスの消長に積極的に関わるとすれば、神経回路の構築や維持における最重要因子としてその機能を再認識する必要がある。 
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 図16aに示すように、[[痛覚]]や触覚に関わる知覚神経信号は[[脊髄後根]]から[[脊髄後角]]に入力し、そこで、[[二次知覚ニューロン]]に乗り換える。このシナプス部位には知覚神経からの[[側抑制]](lateral inhibition)回路が組み込まれており、過剰な入力を和らげている。皮膚に障害が受けた時に痛みは比較的短い時間で和らぐのはこの仕組みによる。この回路にはGABAを伝達物質とする抑制性介在ニューロンが関与している(図16A)。
 図16aに示すように、[[痛覚]]や触覚に関わる知覚神経信号は[[脊髄後根]]から[[脊髄後角]]に入力し、そこで、[[二次知覚ニューロン]]に乗り換える。このシナプス部位には知覚神経からの[[側抑制]](lateral inhibition)回路が組み込まれており、過剰な入力を和らげている。皮膚に障害が受けた時に痛みは比較的短い時間で和らぐのはこの仕組みによる。この回路にはGABAを伝達物質とする抑制性介在ニューロンが関与している(図16A)。


 この部位で生ずる神経因性疼痛の発症メカニズムは次のような仕組みによることが明らかにされている(図16B)。知覚神経の末梢部に激しい損傷があると、知覚ニューロンの入力部位である脊髄後角周辺に多数のミクログリアが集まる。このミクログリアは上述のように[[brain derived neurotrophic factor]]([[BDNF]])を遊離する。おそらく、損傷を受けた知覚回路の修復のためと考えられる。しかし、このBDNFが二次知覚神経細胞において細胞内のClイオンとKイオンの量をコントロールするための[[Clイオン/Kイオン交換ポンプ]]を止めてしまうのだ。結果として、二次知覚ニューロン内のClイオン量が異常に増え、Kイオンが減少した状態が作られる。この状態では痛覚や触覚などの入力を側抑制するために遊離されたGABAによって、Clイオンチャンネルが開口すると、細胞外へのClイオンの流出、すなわち脱分極を生じさせることになる。痛みや高まった触感覚を和らげる仕組みが逆に促進してしまうことになるのだ<ref><pubmed>12917686</pubmed></ref>。この状態はミクログリアの活動が続く間は回復することはない。従って、ちょっとした痛みや触覚が異常に強く入力されてしまうのである。触覚も過剰になると痛みと感ずるというやっかいな疾患である。原因が解明されたことによって神経因性疼痛の有効な治療法も開発されてきている。
 この部位で生ずる神経因性疼痛の発症メカニズムは次のような仕組みによることが明らかにされている(図16B)。知覚神経の末梢部に激しい損傷があると、知覚ニューロンの入力部位である脊髄後角周辺に多数のミクログリアが集まる。このミクログリアは上述のように[[brain derived neurotrophic factor]]([[BDNF]])を遊離する。おそらく、損傷を受けた知覚回路の修復のためと考えられる。しかし、このBDNFが二次知覚神経細胞において細胞内のClイオンとKイオンの量をコントロールするための[[Clイオン/Kイオン交換ポンプ]]を止めてしまう。結果として、二次知覚ニューロン内のClイオン量が異常に増え、Kイオンが減少した状態が作られる。この状態では痛覚や触覚などの入力を側抑制するために遊離されたGABAによって、Clイオンチャンネルが開口すると、細胞外へのClイオンの流出、すなわち脱分極を生じさせることになる。痛みや高まった触感覚を和らげる仕組みが逆に促進してしまうことになる<ref><pubmed>12917686</pubmed></ref>。この状態はミクログリアの活動が続く間は回復することはない。従って、ちょっとした痛みや触覚が異常に強く入力されてしまうのである。触覚も過剰になると痛みと感ずるというやっかいな疾患である。原因が解明されたことによって神経因性疼痛の有効な治療法も開発されてきている。


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