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== 疾患との関連 == | == 疾患との関連 == | ||
=== 疼痛 === | === 疼痛 === | ||
サブスタンスPは侵害刺激を伝える[[一次求心性ニューロン]]の一部に含まれ、サブスタンスP陽性細胞は[[後根神経細胞]]の約30%を占める<ref name=ref18><pubmed>9581756</pubmed></ref>。サブスタンスP陽性細胞の約80%に[[TRPV1受容体]]が発現している<ref name=ref19><pubmed>10103088</pubmed></ref>。[[神経成長因子]]([[NGF]])を過剰発現させた[[トランスジェニックマウス]]では脊髄後角でサブスタンスPの発現が増加し、[[痛覚]]過敏hyperalgesiaを示す<ref name=ref20><pubmed>10199622</pubmed></ref>。NK1とNK2受容体は一次求心性ニューロンと脊髄後角ニューロンに発現している。従って、神経刺激等によって一次求心性神経末端で放出されたサブスタンスPは、後角ニューロンに作用するだけでなく、自己あるいは[[傍分泌]]様式で、一次求心性ニューロンにNK1受容体と共発現しているTRPV1を活性化させ、痛覚過敏に関与する<ref name=ref21><pubmed>17978048</pubmed></ref>。 | |||
NK1受容体[[遺伝子ホモ欠失マウス]]では、通常の痛覚反応はあるが、強い侵害刺激に対する反応が減弱している<ref name=ref22><pubmed>9537323</pubmed></ref>。神経障害によって、通常では[[触覚]]を伝達する[[Aβ線維]]においてサブスタンスPが発現してくることから<ref name=ref23><pubmed>21872992</pubmed></ref>、この変化も[[神経障害性疼痛]]の発症機序の一部に関与していると考えられる。脊髄後角のNK1発現ニューロンは高次脳部位へ投射し、[[脳幹]]の下行性経路を介して脊髄の興奮性を制御する<ref name=ref24><pubmed>12402039</pubmed></ref>。一方、[[青斑核]]を起始とする下行性[[ノルアドレナリン]]含有神経は[[痛覚抑制系]]として作用しているが、青斑核細胞はNK1受容体を発現しており、サブスタンスPの青斑核への局所投与は一過性の鎮痛をおこす<ref name=ref25><pubmed>22188400</pubmed></ref>。現在のところ、[[鎮痛薬]]として臨床応用されているタキキニン受容体拮抗薬はない。 | |||
=== 神経原性炎症 === | === 神経原性炎症 === | ||
サブスタンスPおよびニューロキニンAは[[三叉神経節]]、[[後根神経節]]や[[迷走神経]][[ | サブスタンスPおよびニューロキニンAは[[三叉神経節]]、[[後根神経節]]や[[迷走神経]]節状神経節などの一次知覚ニューロンの一部に含まれており、これらのニューロンの末梢側および中枢側神経終末から放出される。一次求心性神経における[[活動電位]]の逆行性伝導や末梢側終末に発現するTRPV1の活性化などに伴って、末梢側神経終末から放出されたサブスタンスPやニューロキニンAは、細動脈の拡張、[[wikipedia:ja:血漿|血漿]]成分の血管外漏出、顆粒球の浸潤などを含む、[[神経原性炎症]]を惹起すると考えられている<ref name=ref3 /> <ref name=ref26><pubmed>22837035</pubmed></ref>。Tac-1欠損マウスでは、神経原性炎症が抑制される<ref name=ref27><pubmed>9537322</pubmed></ref>。[[wikipedia:ja:好中球|好中球]]、[[wikipedia:ja:マクロファージ|マクロファージ]]、[[wikipedia:ja:樹状細胞|樹状細胞]]および[[wikipedia:ja:Tリンパ球|Tリンパ球]]では、サブスタンスPおよびNK1受容体に発現していることが報告されており、サブスタンスP刺激によって[[サイトカイン]]、[[ケモカイン]]などの炎症を促進する物質が放出され、炎症反応が起きると考えられている。 | ||
=== 化学療法誘発性嘔気・嘔吐 === | === 化学療法誘発性嘔気・嘔吐 === | ||
脳幹部にある[[孤束核]]は迷走神経の求心性入力および他の脳部位からの入力を受けて情報を統合し、[[嘔吐反射]]の遠心路に関連する部位に出力している。NK1受容体は孤束核に分布しており、サブスタンスPは孤束核ニューロンの自発発火を増強するが、この効果はNK1受容体拮抗薬で抑制される<ref name=ref28><pubmed>10214984</pubmed></ref>。孤束核は、[[制吐薬]]としてのNK1受容体拮抗薬の主な標的と考えられている<ref name=ref29><pubmed>19454547</pubmed></ref>。中枢作用に加えて、腸管の迷走神経終末に分布する末梢のNK1受容体も治療効果に関与していると考えられている<ref name=ref29 />。[[wikipedia:ja:シスプラチン|シスプラチン]]等の[[wikipedia:ja:抗がん薬|抗がん薬]]による治療において、嘔気嘔吐を抑制するために、[[セロトニン]][[5-HT3受容体]]拮抗薬と[[ステロイド]]を組み合わせた治療法に比べ、非ペプチド性経口NK1受容体拮抗薬[[wikipedia:Aprepitant|aprepitant]]を加えた3薬併用療法の優位性が認められ<ref name=ref30><pubmed>14746859</pubmed></ref>、現在臨床応用されている。 | |||
=== 精神疾患 === | === 精神疾患 === | ||
上位中枢神経系において[[情動]] | 上位中枢神経系において[[情動]]や[[不安恐怖反応]]に関与すると考えられている[[中隔野]]、[[海馬]]、[[扁桃体]]、[[視床下部]]、あるいは[[中脳中心灰白質]]にNK1とNK3受容体が豊富に存在している<ref name=ref9 /> <ref name=ref10 />。 | ||
ラットに[[拘束ストレス]]をかけたり、[[高架台]]に乗せると、[[扁桃体内側核]]のサブスタンスP放出が上昇し、同部位へNK1受容体拮抗薬を微量投与すると、[[不安関連行動]]が減弱する<ref name=ref31><pubmed>15024126</pubmed></ref>。新生仔に[[母仔分離ストレス]]を与えると[[扁桃体前部基底外側核]]においてNK1受容体の[[細胞内取り込み]](internalization)がおきることから、内因性サブスタンスP放出の増加が示唆されている<ref name=ref32><pubmed>9733503</pubmed></ref>。一方、抗不安薬をラットに投与すると海馬と中脳中心灰白質においてサブスタンスPの合成が減少する<ref name=ref33><pubmed>7518054</pubmed></ref>。NK1受容体遺伝子ホモ欠失マウスでは、[[高架式十字迷路]]試験において、不安関連行動および血清[[コルチゾール]]上昇の減少が観察され、伴って[[背側縫線核]]セロトニンニューロンの発火頻度が増加する<ref name=ref34><pubmed>11172050</pubmed></ref>。[[居住者-侵入者試験]]では[[攻撃性]]が減少する<ref name=ref22 />。不安及び[[うつ症状]]に対するNK1拮抗薬の臨床応用に関しては、まだ上市されている薬物はない。 | |||
サブスタンスP-NK1神経系は[[薬物依存]]や[[報酬系]]にも関わっている。[[オピオイド]]の報酬効果に関しては、[[条件付け場所嗜好性試験]]において、NK1受容体遺伝子ホモ欠失マウスでは[[モルヒネ]]による場所嗜好性の獲得が抑制され、離脱症状の一部も減少する<ref name=ref35><pubmed>10821273</pubmed></ref>。[[コカイン]]や食物の嗜好性は影響を受けないという<ref name=ref35 />。ラットにおける[[ヘロイン]]の自己投与や消費の動機付けがNK1受容体拮抗薬で抑制される<ref name=ref36><pubmed>23303056</pubmed></ref>。またヘロインの投与で[[前頭前野]]と[[側坐核]]でNK1が増加が見られている<ref name=ref36 />。 | |||
[[アルコール]]に関しては、NK1受容体遺伝子ホモ欠失マウスでは自発的アルコール摂取の増加が抑制され、[[アルコール依存症]]患者ではNK1受容体拮抗薬の投与でアルコールに対する欲求が改善している<ref name=ref37><pubmed>18276852</pubmed></ref>。健常者を対象にした[[機能的磁気共鳴撮像法]]による研究では、[[報酬予測]]時の側坐核の脳活動([[BOLD信号]])が、NK1受容体拮抗薬の単回投与により[[プラセボ]]と比較して有意に減少することが報告されている<ref name=ref38><pubmed>23406545</pubmed></ref>。 | |||
=== 性腺機能不全症 === | === 性腺機能不全症 === | ||
ニューロキニンBおよびNK3の遺伝子変異(機能欠損)による[[家族性低ゴナドトロピン性性腺機能不全症]]が報告されている<ref name=ref39><pubmed>19079066</pubmed></ref>。[[漏斗]]・[[弓状核]]細胞にある[[kisspeptin]]含有ニューロンは、[[正中隆起]]のGnRH含有ニューロンを直接神経支配し、GnRHのパルス状の放出に関与している。このkisspeptinを含有する漏斗・弓状核細胞の一群では、ニューロキニンBおよび[[ダイノルフィン]]を含有し、NK3受容体も発現している。ニューロキニンBは自己あるいは傍分泌によってkisspeptin分泌を刺激しているので、ニューロキニンBあるいはNK3の機能欠損によって、kisspeptin含有ニューロンの機能不全とそれに起因する正中隆起細胞からのGnRH分泌障害が起きると考えられている<ref name=ref40><pubmed>24615662</pubmed></ref>。 | |||
== 参考文献 == | == 参考文献 == | ||
<references / > | <references / > |