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===視覚失認 === | ===視覚失認 === | ||
<ref name=ref8>'''Heinrich Lissauer'''<br>Ein Fall von Seelenblindheit, nebst einem Beitrag zur Theorie derselben.<br>''Archiv für Psychiatrie und Nervenkrankheiten''.:1890,21; 222-270</ref> <ref name=ref9>'''Martha Farah'''<br>Visual Agnosia, 2nd Ed. <br>''The MIT Press | <ref name=ref8>'''Heinrich Lissauer'''<br>Ein Fall von Seelenblindheit, nebst einem Beitrag zur Theorie derselben.<br>''Archiv für Psychiatrie und Nervenkrankheiten''.:1890,21; 222-270</ref> <ref name=ref9>'''Martha Farah'''<br>Visual Agnosia, 2nd Ed. <br>''The MIT Press'',. Cambridge,. Massachusetts,. 2004, </ref> | ||
====統覚型視覚失認 ==== | ====統覚型視覚失認 ==== | ||
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人の顔を認知することの障害であるが、狭義と広義の相貌失認が記述されてきた。狭義の相貌失認は、熟知した人物を相貌によって認知する能力の障害である。しかし、声を聞くとわかる。一方、熟知相貌の認知障害がなくとも、未知相貌の学習・弁別、表情認知、性別・年齢・人種などの判定、美醜の区別などにいくつかに障害がある病態が広義の相貌失認と診断される。「一般的な物体失認の変則型」、「健忘症候群の顔貌限定型」、「クラス内での個々の判別障害で顔に特異的なものではない」などといった仮説があるも、「顔貌の認知は特異な系がつかさどっておりその処理システムの障害」が相貌失認であるとの説が受け入れられている。剖検例は両側側がほとんどであるが、右半球後頭葉内側面(紡錘状回、舌状回)が重視されている<ref name=ref20><pubmed>21687793 </pubmed></ref>。一側性では広義の相貌失認は起こるが、軽度で一過性のことが多い。両側性では症状が多彩で重度かつ持続性である。 | 人の顔を認知することの障害であるが、狭義と広義の相貌失認が記述されてきた。狭義の相貌失認は、熟知した人物を相貌によって認知する能力の障害である。しかし、声を聞くとわかる。一方、熟知相貌の認知障害がなくとも、未知相貌の学習・弁別、表情認知、性別・年齢・人種などの判定、美醜の区別などにいくつかに障害がある病態が広義の相貌失認と診断される。「一般的な物体失認の変則型」、「健忘症候群の顔貌限定型」、「クラス内での個々の判別障害で顔に特異的なものではない」などといった仮説があるも、「顔貌の認知は特異な系がつかさどっておりその処理システムの障害」が相貌失認であるとの説が受け入れられている。剖検例は両側側がほとんどであるが、右半球後頭葉内側面(紡錘状回、舌状回)が重視されている<ref name=ref20><pubmed>21687793 </pubmed></ref>。一側性では広義の相貌失認は起こるが、軽度で一過性のことが多い。両側性では症状が多彩で重度かつ持続性である。 | ||
賦活研究の顔に関するものはかなり蓄積されてきた。基本的には顔を提示して特異的に反応する部位を抽出するわけであるが、顔の異同弁別課題、顔の向きへの反応課題、倒立顔画像の提示課題など、さまざまな課題が考案されている。顔の認知が、顔の部分の処理過程と顔の全体の処理過程によりなされているであろうことより、課題が考案されている。紡錘状回顔領域(fusiform face area)<ref name=ref21><pubmed></pubmed></ref>、後頭顔領域(occipital face area) | 賦活研究の顔に関するものはかなり蓄積されてきた。基本的には顔を提示して特異的に反応する部位を抽出するわけであるが、顔の異同弁別課題、顔の向きへの反応課題、倒立顔画像の提示課題など、さまざまな課題が考案されている。顔の認知が、顔の部分の処理過程と顔の全体の処理過程によりなされているであろうことより、課題が考案されている。紡錘状回顔領域(fusiform face area)<ref name=ref21><pubmed>9151747</pubmed></ref>、後頭顔領域(occipital face area)<ref name=ref22><pubmed>21206532 </pubmed></ref>が注目されている。左右差があり、右半球に賦活が強いと報告されている。これらの領域が顔認知のネットワークを形成し、処理していると考察されている。 | ||
=== 地誌的見当識障害 === | === 地誌的見当識障害 === | ||
認知症の方が道に迷ってしまい、家に帰れないことがある。これは全般的な知的機能の低下からと説明される。また、半側空間無視があっても道に迷ってしまうことがあろうが、その際は、半側空間無視による地誌的情報の処理障害による迷いと説明できる。これらは二次的に生じた症候であるが、しかし、道に迷ってしまう原因となる一次的な要因がないにも関わらず、慣れた道で迷ってしまうとすれば、「道に迷ってしまう」という特別な症候が存在することになる。そして、実際に、他の症候から二次的に発生したとは考えにくく、地誌的な情報の処理が特別に強く障害されている症例が報告されてきた。本邦の高橋<ref name=ref23>< | 認知症の方が道に迷ってしまい、家に帰れないことがある。これは全般的な知的機能の低下からと説明される。また、半側空間無視があっても道に迷ってしまうことがあろうが、その際は、半側空間無視による地誌的情報の処理障害による迷いと説明できる。これらは二次的に生じた症候であるが、しかし、道に迷ってしまう原因となる一次的な要因がないにも関わらず、慣れた道で迷ってしまうとすれば、「道に迷ってしまう」という特別な症候が存在することになる。そして、実際に、他の症候から二次的に発生したとは考えにくく、地誌的な情報の処理が特別に強く障害されている症例が報告されてきた。本邦の高橋<ref name=ref23>'''高橋伸佳'''<br>街並失認と道順障害 神経研究の進歩<br>''Brain and Nerve''.: 2011,63(8);830-838.</ref>がこの症候につき解析を深めた。症候を分類し、熟知しているはずの街並をみても何の建物かどこの風景かわからない街並失認と、一度に見通せない比較的広い範囲内において自己や他の地点の空間的位置を定位することが困難である道順障害に分けている。責任病巣として、街並失認例では海馬傍回後部、舌状回前部とこれに隣接する紡錘状回損傷が、道順障害は脳梁膨大後域から頭頂葉内側部にかけての損傷が重視されている。 | ||
風景によって賦活される脳部位として、海馬傍回後部から舌状回前部の紡錘状回場所領域と、脳梁膨大後皮質と後帯状皮質が報告されている。地誌的見当識障害の損傷部位と重なり、これらの部位が地誌的見当識と関連することを支持する報告である<ref name=ref24><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref25><pubmed></pubmed></ref>。 | 風景によって賦活される脳部位として、海馬傍回後部から舌状回前部の紡錘状回場所領域と、脳梁膨大後皮質と後帯状皮質が報告されている。地誌的見当識障害の損傷部位と重なり、これらの部位が地誌的見当識と関連することを支持する報告である<ref name=ref24><pubmed>9560155</pubmed></ref> <ref name=ref25><pubmed>9106758</pubmed></ref>。 | ||
==聴覚関連の失認 == | ==聴覚関連の失認 == | ||
<ref name=ref26><pubmed></pubmed></ref> | <ref name=ref26><pubmed>25726291 </pubmed></ref> | ||
聴力は保たれており聞こえているはずなのに、音を聞いても何かわからないが、見たり触ったりすると何かがわかるのが聴覚失認である。環境音、言語、音楽などの聴覚刺激での「失認」症候が報告されてきたが、これらの症例研究より聴覚刺激の脳機能処理過程を検討することがなされてきた。 | 聴力は保たれており聞こえているはずなのに、音を聞いても何かわからないが、見たり触ったりすると何かがわかるのが聴覚失認である。環境音、言語、音楽などの聴覚刺激での「失認」症候が報告されてきたが、これらの症例研究より聴覚刺激の脳機能処理過程を検討することがなされてきた。 | ||
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=== ゲルストマン症候群に含まれる手指失認と左右失認 === | === ゲルストマン症候群に含まれる手指失認と左右失認 === | ||
<ref name=ref27>< | <ref name=ref27>'''高山吉弘'''<br>Gerstmann症候群と身体部位失認<br>失語症臨床ハンドブック.濱中淑彦監修/波多野和夫・藤田郁代 編.<br>''金剛出版'' 1999; 305-310.</ref> | ||
ゲルストマン症候群とは、手指失認・左右失認・計算障害・失書を示すものであり、二つの「失認」が構成要素となっている。これらの4つの症候が共通する基盤をもつため症候群として出現するとしたのがゲルストマン<ref name=ref28>< | ゲルストマン症候群とは、手指失認・左右失認・計算障害・失書を示すものであり、二つの「失認」が構成要素となっている。これらの4つの症候が共通する基盤をもつため症候群として出現するとしたのがゲルストマン<ref name=ref28>'''Gerstmann J.'''<br>Syndrome of finger agnosia, disorientation for right and left, agraphia and acalculia.<br>''Arch Neurol Psychiatry''.:1940,44;398–407.</ref>である。ゲルストマンは指の個別性の識別能力が左右弁別、計算能力、書字能力成立の共通の基盤であると考え、その障害が基本障害であるとした。しかしゲルストマン症候群の臨床的独立性の意義を問うPoeckら<ref name=ref29>'''Poeck K, Orgass B.'''<br>Gerstmann's syndrome and aphasia.<br>''Cortex''.:1966,2;421-427.</ref>は、何らかの特異な基本障害があるのではなく、失語症がゲルストマン症候群をおこすのであろうとしている。しかし、それぞれの症候の純粋例の報告またみられている。 | ||
手指失認とは、個々の指を手で掴んだり、呈示したり、前に出したり、名称を言うように指示されてもできない手指の指示障害、手指の呼称障害などがあるときに下される症候名である。この症候を説明する概念が、身体図式・身体イメージである。身体図式は、再帰的な意識、自覚を必要とせずに、身体運動を意識下で調整している主体であるとされる。一方、身体イメージとは、顕在的な自己身体に関する知識を指す。身体イメージが障害され、身体図式が保たれるというパターンを示した手指失認の純粋例をAnemaらが報告している<ref name=ref30><pubmed></pubmed></ref>。 | 手指失認とは、個々の指を手で掴んだり、呈示したり、前に出したり、名称を言うように指示されてもできない手指の指示障害、手指の呼称障害などがあるときに下される症候名である。この症候を説明する概念が、身体図式・身体イメージである。身体図式は、再帰的な意識、自覚を必要とせずに、身体運動を意識下で調整している主体であるとされる。一方、身体イメージとは、顕在的な自己身体に関する知識を指す。身体イメージが障害され、身体図式が保たれるというパターンを示した手指失認の純粋例をAnemaらが報告している<ref name=ref30><pubmed> 18766025 </pubmed></ref>。 | ||
左右障害では、患者および検者の右側および左側に対する左右位置づけ障害を、交叉二重命令・交叉性単純命令障害・同側性二重命令・同側性単純命令などで検査されてきた。 | 左右障害では、患者および検者の右側および左側に対する左右位置づけ障害を、交叉二重命令・交叉性単純命令障害・同側性二重命令・同側性単純命令などで検査されてきた。 | ||
113行目: | 113行目: | ||
#一般的な空間的能力は比較的保たれている、 | #一般的な空間的能力は比較的保たれている、 | ||
という特徴を持っている<ref name=ref31><pubmed></pubmed></ref>。 De Renzらは<ref name=ref32><pubmed></pubmed></ref>、身体部位失認の患者が、身体部位ばかりではなく、自転車の部品の指示に関しても同様の障害を有することを示し、全体から部分を抽出する能力の障害を考えている。しかし、Siriguらの症例<ref name=ref33><pubmed></pubmed></ref>では身体部位の同定のみが著明に障害されており、身体部位失認が独立して存在することを支持する報告である。一般的には、身体部位失認は、失語や知能障害などに二次的症候とする説が受け入れられているが、感覚運動・視空間・語義などの多数のレベルの表象が関係する身体意識の統合が障害されるとの考察もある。病巣は、左半球後半、頭頂・後頭・側頭葉領域が重視されている。 | という特徴を持っている<ref name=ref31><pubmed>7714475</pubmed></ref>。 De Renzらは<ref name=ref32><pubmed>5456719 | ||
</pubmed></ref>、身体部位失認の患者が、身体部位ばかりではなく、自転車の部品の指示に関しても同様の障害を有することを示し、全体から部分を抽出する能力の障害を考えている。しかし、Siriguらの症例<ref name=ref33><pubmed>2004260</pubmed></ref>では身体部位の同定のみが著明に障害されており、身体部位失認が独立して存在することを支持する報告である。一般的には、身体部位失認は、失語や知能障害などに二次的症候とする説が受け入れられているが、感覚運動・視空間・語義などの多数のレベルの表象が関係する身体意識の統合が障害されるとの考察もある。病巣は、左半球後半、頭頂・後頭・側頭葉領域が重視されている。 | |||
== 触覚失認== | == 触覚失認== | ||
<ref name=ref34><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref35><pubmed></pubmed></ref> | <ref name=ref34><pubmed>8673499</pubmed></ref> <ref name=ref35><pubmed>8931580</pubmed></ref> | ||
基本的感覚(触覚、痛覚、温度覚、深部知覚など)に障害がなく、素材もわかるが、触ることでは物品を認知できない病態である。病巣と反対側の手にみられることが多いが、両側性の報告もある。また、立体覚障害(astereognosis)は基本的感覚(触覚、痛覚、温度覚、深部知覚など)に障害がないにもかかわらず、手のなかに与えられた素材がわからない病態であり、これは痛覚失認の統覚型ともみることができる。左下頭頂小頭の限局性損傷例や、左角回と右頭頂、側頭、後頭葉の損傷例がある。感覚連合野の損傷で触覚失認(tactile agnosia)が生じるとも報告されている。感覚連合野が下側頭葉と断離されたために生じたと考察されている。 | 基本的感覚(触覚、痛覚、温度覚、深部知覚など)に障害がなく、素材もわかるが、触ることでは物品を認知できない病態である。病巣と反対側の手にみられることが多いが、両側性の報告もある。また、立体覚障害(astereognosis)は基本的感覚(触覚、痛覚、温度覚、深部知覚など)に障害がないにもかかわらず、手のなかに与えられた素材がわからない病態であり、これは痛覚失認の統覚型ともみることができる。左下頭頂小頭の限局性損傷例や、左角回と右頭頂、側頭、後頭葉の損傷例がある。感覚連合野の損傷で触覚失認(tactile agnosia)が生じるとも報告されている。感覚連合野が下側頭葉と断離されたために生じたと考察されている。 | ||
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===片麻痺の無認知 === | ===片麻痺の無認知 === | ||
患者は麻痺について何も知らない様に、また麻痺が存在しないかのように振舞う。「手足は動きますか?」等と問いかけると、「両方ともちゃんと動きます」、「今は 動かしたくないので・・・」、等と答える。「動かしてみせて下さい」との求めに、いいほうの手足を動かして「はい、動きました」とか、動いていないのにちゃんと動かした様な表情をしたりもする。片麻痺の無認知は右半球損傷・左片麻痺で起こりやすい。運動麻痺の程度と麻痺の無認知の程度は必ずしも並行しない。麻痺の無認知の例では深部知覚障害がみられることがほとんどである。片麻痺の無認知は非優位側縁上回もしくは視床ー頭頂葉連絡線維の損傷で生じる可能性が指摘されている。急性期に見られることが多く、心的防御によるとの説明もある<ref name=ref36><pubmed></pubmed></ref>。また、運動意図が発動されたにも関わらず、麻痺によって運動が引き起こされなかった状況があれば、運動意図だけで運動をおこなったと認知をするが、しかし実際には動いていないという片麻痺の病態失認が発生するとの仮説もある<ref name=ref37><pubmed></pubmed></ref>。病態失認の重症度と関連の強い症候を検討したVocatらの研究<ref name=ref38><pubmed></pubmed></ref>では、固有知覚の低下、失見当識、半側空間無視を抽出しており、これらが複合的に関連することで症候が出現すると考察されている。 | 患者は麻痺について何も知らない様に、また麻痺が存在しないかのように振舞う。「手足は動きますか?」等と問いかけると、「両方ともちゃんと動きます」、「今は 動かしたくないので・・・」、等と答える。「動かしてみせて下さい」との求めに、いいほうの手足を動かして「はい、動きました」とか、動いていないのにちゃんと動かした様な表情をしたりもする。片麻痺の無認知は右半球損傷・左片麻痺で起こりやすい。運動麻痺の程度と麻痺の無認知の程度は必ずしも並行しない。麻痺の無認知の例では深部知覚障害がみられることがほとんどである。片麻痺の無認知は非優位側縁上回もしくは視床ー頭頂葉連絡線維の損傷で生じる可能性が指摘されている。急性期に見られることが多く、心的防御によるとの説明もある<ref name=ref36><pubmed>25481464</pubmed></ref>。また、運動意図が発動されたにも関わらず、麻痺によって運動が引き起こされなかった状況があれば、運動意図だけで運動をおこなったと認知をするが、しかし実際には動いていないという片麻痺の病態失認が発生するとの仮説もある<ref name=ref37><pubmed>25023619 </pubmed></ref>。病態失認の重症度と関連の強い症候を検討したVocatらの研究<ref name=ref38><pubmed>21126995 </pubmed></ref>では、固有知覚の低下、失見当識、半側空間無視を抽出しており、これらが複合的に関連することで症候が出現すると考察されている。 | ||
== 参考文献 == | == 参考文献 == | ||
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