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 「失認」とよばれる症候はいくつもあるが、その主なものは、「ある感覚を介して対象物を認知することの障害」と定義される失認であろう<ref name=ref1>'''高山吉弘'''<br>失認症<br>''Journal of Clinical Rehabilitation''. 別冊高次脳機能障害のリハビリテーション; 1995;44-49. 医歯薬出版,東京.</ref>。ある感覚、例えば視覚で述べれば、視覚的に対象を認知できないが、視覚そのもの要素的な異常や、知能低下、[[意識障害]]などに対象認知障害の原因を求めることができない症候である。視覚・聴覚・[[触覚]]などの感覚様式で視覚失認・聴覚失認・触覚失認という臨床型が報告されてきた。一方、神経心理学・高次脳機能障害学のテキストを開くと、失認という用語が付いている症候はたくさんある。認識・認知を失ったのが「失認」とされるので、指や身体の認識・認知を失ったものは手指失認・身体失認である。病態を認識できないものは病態失認である。つまり、現象的に何かを「認識・認知」することを失う時にも、「失認」と命名されている。
 「失認」とよばれる症候はいくつもあるが、その主なものは、「ある感覚を介して対象物を認知することの障害」と定義される失認であろう<ref name=ref1>'''高山吉弘'''<br>失認症<br>''Journal of Clinical Rehabilitation''. 別冊高次脳機能障害のリハビリテーション; 1995;44-49. 医歯薬出版,東京.</ref>。ある感覚、例えば視覚で述べれば、視覚的に対象を認知できないが、視覚そのもの要素的な異常や、知能低下、[[意識障害]]などに対象認知障害の原因を求めることができない症候である。視覚・聴覚・[[触覚]]などの感覚様式で視覚失認・聴覚失認・触覚失認という臨床型が報告されてきた。一方、神経心理学・高次脳機能障害学のテキストを開くと、失認という用語が付いている症候はたくさんある。認識・認知を失ったのが「失認」とされるので、指や身体の認識・認知を失ったものは手指失認・身体失認である。病態を認識できないものは病態失認である。つまり、現象的に何かを「認識・認知」することを失う時にも、「失認」と命名されている。


== 失認をめぐる研究手法の枠組みについて ==
== 視覚失認==  
=== 機能障害から検討する手法 ===
 物をつまんだり、障害物を避けることができるため、「見えている」と考えられるにも関わらず、物を見てもそれが何かがわからない、でも、触れたり、それが発する音を聞くと何かがわかるという、奇妙な視覚関連の症候を示す患者がいる<ref name=ref5><pubmed>21601069 </pubmed></ref> <ref name=ref6>'''石合純夫著'''<br>高次脳機能障害学 第2版<br>''医歯薬出版'' 2012、失認と関連症状 109-149</ref>。視覚からは何かわからなかったのに、視覚以外の感覚情報(例えば聴覚情報)からは何であるかがわかり、わかってしまえばそれを使うことができる方である。こういった症候が視覚失認と言われる。視覚に関連した失認として他には、[[相貌失認]]や[[地誌的見当識]]障害なども述べられてきた。視覚関連の失認は後大脳動脈の支配領域と関連の深いことが明らかとなっている<ref name=ref7><pubmed>22276198</pubmed></ref>。  
 脳損傷例から脳障害の症候を検討する方法が高次脳機能障害を考える基本的な手法である。症例研究である。症候を分析し、その症状の発現メカニズムを検討する。また、最近の手法の進展で、健常者に対し、例えば経頭蓋的に磁気刺激を与えることで瞬時の脳機能低下を誘発させることも行われている。患者の脳動脈に麻酔薬を注入し一時的に脳の機能を低下させることで脳機能を検討するアミタール[[テスト]]や、[[てんかん]]患者への電極植え込み後の覚醒下電気刺激法、覚醒開頭下の機能的脳外科における局所的脳機能確認といった手法<ref name=ref2><pubmed>19071024</pubmed></ref>も機能低下・機能障害から症候を解析する研究手法といえる。
 
=== 正常脳機能解明から ===
 機能画像研究として[[PET]]、fMRIが研究に利用できるようになった<ref name=ref3>'''浅田朋彦、高山吉弘、福山秀直'''<br>画像診断:PET,SPECT.<br>''Journal of Clinical Rehabilitation'' 別冊高次脳機能障害のリハビリテーションVer.2 .;2004;136-142.</ref>。健常者にさまざまな高次脳機能課題を課し、課題による効果を統計的に解析し、有意差から抽出される脳部位を検証することで脳の機能解剖を確立しようとする方法である。「脳の不思議」を、知的好奇心から探求する方法論としても利用される。賦活研究においては、どのような課題を課するかが要点となる。高次脳機能障害として確立されてきた課題が用いられることもあるが、心理学的・認知神経学的の立場から提出されてきた処理モデルに則り、仮説検証的課題を負荷することでも検討されている。機能障害からの知見と健常者研究方の結果の対照を考えるとき、両者がきれいに重ならないことも多い<ref name=ref4>'''高山吉弘'''<br>Modalityの違いによる脳機能解析 言語機能を中心に:神経心理・局所脳血流の立場から<br>''臨床神経生理学32'', 198-204. 2004.</ref>。この乖離を統合する研究成果も期待されている。
 
=== 動物実験 ===
 動物では[[ヒト]]のようには高次脳機能が発達を遂げておらず、高次脳機能においては、ヒトとはギャップがある。しかし、ヒトと共通する基盤を想定できる高次脳機能に関し、動物から推測するという立場は妥当であろうし、その可能性と限界を明確に了解する限りは興味深い知見が見いだせる実験系であろう。
 
== 視覚関連の失認==  
<ref name=ref5><pubmed>21601069 </pubmed></ref> <ref name=ref6>'''石合純夫著'''<br>高次脳機能障害学 第2版<br>''医歯薬出版'' 2012、失認と関連症状 109-149</ref>
 
 物をつまんだり、障害物を避けることができるため、「見えている」と考えられるにも関わらず、物を見てもそれが何かがわからない、でも、触れたり、それが発する音を聞くと何かがわかるという、奇妙な視覚関連の症候を示す患者がいる。視覚からは何かわからなかったのに、視覚以外の感覚情報(例えば聴覚情報)からは何であるかがわかり、わかってしまえばそれを使うことができる方である。こういった症候が視覚失認と言われる。視覚に関連した失認として他には、[[相貌失認]]や[[地誌的見当識]]障害なども述べられてきた。視覚関連の失認は後大脳動脈の支配領域と関連の深いことが明らかとなっている<ref name=ref7><pubmed>22276198</pubmed></ref>。  


===視覚失認 ===  
===視覚失認 ===  
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====統覚型視覚失認 ====
====統覚型視覚失認 ====
<ref name=ref10><pubmed>4303441</pubmed></ref>
 視覚認知には、要素的視覚情報(光の強弱、対象の大小、運動の方向など)を形態に統覚する必要があると考えられてきた<ref name=ref10><pubmed>4303441</pubmed></ref>。そして、その統覚レベルでの障害されるため視覚失認を呈するのが統覚型視覚失認である。両側有線野を含む後頭葉損傷例や、両側有線野は保たれるがその周辺が大きく損傷された症例が報告されている。しかし、実際の症例報告では、この要素的[[知覚]]の正常さを完全に証明できているとは言いがたい<ref name=ref11><pubmed>7546671</pubmed></ref>。
 
 視覚認知には、要素的視覚情報(光の強弱、対象の大小、運動の方向など)を形態に統覚する必要があると考えられてきた。そして、その統覚レベルでの障害されるため視覚失認を呈するのが統覚型視覚失認である。両側有線野を含む後頭葉損傷例や、両側有線野は保たれるがその周辺が大きく損傷された症例が報告されている。しかし、実際の症例報告では、この要素的[[知覚]]の正常さを完全に証明できているとは言いがたい<ref name=ref11><pubmed>7546671</pubmed></ref>。


==== 連合型視覚失認 ====  
==== 連合型視覚失認 ====  
<ref name=ref12><pubmed>5548450</pubmed></ref>
 要素的知覚もその統覚(知覚表象)も正常であるが、視覚的に対象が何かわからない病態を示す症例が報告されている<ref name=ref12><pubmed>5548450</pubmed></ref>。つまり、意味を奪われた正常な知覚表象と説明される。他の感覚モダリティを介するときには正常に物を認識できることより「意味のシステム」自体は正常に維持されていると判断される。この「意味のシステム」とは、過去の経験を貯蔵する系と理解することが可能である。正常な視覚系と対象についての過去の経験を貯蔵する系との連合障害として、正常な知覚表象が確保されているにも関わらず視覚的認知ができなくなると考察された。
 
 要素的知覚もその統覚(知覚表象)も正常であるが、視覚的に対象が何かわからない病態を示す症例が報告されている。つまり、意味を奪われた正常な知覚表象と説明される。他の感覚モダリティを介するときには正常に物を認識できることより「意味のシステム」自体は正常に維持されていると判断される。この「意味のシステム」とは、過去の経験を貯蔵する系と理解することが可能である。正常な視覚系と対象についての過去の経験を貯蔵する系との連合障害として、正常な知覚表象が確保されているにも関わらず視覚的認知ができなくなると考察された。


 左半球の一次視覚野、脳梁膨大、右半球の下縦束の損傷例の報告があり、視覚連合野から下縦束を介して[[海馬]]に至る経路が両側性に断たれたため(左半球では一次視覚野の損傷のため、右半球では下縦束の損傷のため)に生じたとしている。両側下縦束の損傷例の報告もある。
 左半球の一次視覚野、脳梁膨大、右半球の下縦束の損傷例の報告があり、視覚連合野から下縦束を介して[[海馬]]に至る経路が両側性に断たれたため(左半球では一次視覚野の損傷のため、右半球では下縦束の損傷のため)に生じたとしている。両側下縦束の損傷例の報告もある。


==== 統合型視覚失認 ====
==== 統合型視覚失認 ====
<ref name=ref13><pubmed>3427396</pubmed></ref> <ref name=ref14>'''平山和美'''<br>視覚性失認<br>''神経内科''.:2008,68;358-367</ref>
 連合型視覚失認の診断のため、知覚表象が正常であることを、課題を達成する時間要因などを加味して詳細に検討すると、実は「知覚表象は完全には正常ではない」ことが明らかになることがある<ref name=ref13><pubmed>3427396</pubmed></ref> <ref name=ref14>'''平山和美'''<br>視覚性失認<br>''神経内科''.:2008,68;358-367</ref>。つまり、統覚型視覚失認と連合型視覚失認の典型例の間に「移行型」がありえることが明らかになり、統合型視覚失認と診断される。では、どのように操作的に診断するかであるが、格子で干渉をされた図形(網掛け線画)の模写を用いる課題が考案され、統合型視覚失認では、この課題が困難である。統覚型知覚失認・統合型知覚失認・連合型視覚失認は視覚失認の最近の分類方法である。これらは、一連の視覚関連の物品認知障害がスペクトラム的にとらえることが妥当であることを示している。


 連合型視覚失認の診断のため、知覚表象が正常であることを、課題を達成する時間要因などを加味して詳細に検討すると、実は「知覚表象は完全には正常ではない」ことが明らかになることがある。つまり、統覚型視覚失認と連合型視覚失認の典型例の間に「移行型」がありえることが明らかになり、統合型視覚失認と診断される。では、どのように操作的に診断するかであるが、格子で干渉をされた図形(網掛け線画)の模写を用いる課題が考案され、統合型視覚失認では、この課題が困難である。統覚型知覚失認・統合型知覚失認・連合型視覚失認は視覚失認の最近の分類方法である。これらは、一連の視覚関連の物品認知障害がスペクトラム的にとらえることが妥当であることを示している。
==== その他の物品認知障害 ====
 上記以外にもいろいろな状況で視覚的な物品認知は低下するが、それらも視覚失認の範疇で論じられている。幾つかを挙げる。


==== その他の視覚的な物品認知障害 ====
=====視点による物品認知の障害:変換型失認=====
 上記以外にもいろいろな状況で視覚的な物品認知は低下するが、それらも視覚失認の範疇で論じられている。幾つかを挙げる。
Transformation agnosia


=====視点による物品認知の障害:変換型失認・Transformation agnosia=====
 ヒトは、ある物品を見る時、普通にそれを見る向き・角度がある。たまたま、ひっくり返されていても、推測し、過去の経験に照らし合わせることで何かを理解する。しかし、それが困難になる症例をWarringtonらは報告している<ref name=ref15><pubmed>3797207</pubmed></ref>。
 ヒトは、ある物品を見る時、普通にそれを見る向き・角度がある。たまたま、ひっくり返されていても、推測し、過去の経験に照らし合わせることで何かを理解する。しかし、それが困難になる症例をWarringtonらは報告している<ref name=ref15><pubmed>3797207</pubmed></ref>。


===== 視覚認知におけるカテゴリー化機能の障害 =====
=====カテゴリー化機能の障害 =====
 言語優位側の一側性の損傷で連合型視覚失認が生ずるとの報告が蓄積してきた。これらでは視覚的カテゴリー化の障害がみられると考察されている。
 言語優位側の一側性の損傷で連合型視覚失認が生ずるとの報告が蓄積してきた。これらでは視覚的カテゴリー化の障害がみられると考察されている。


===== 意味型失認:semantic agnosia =====
===== 意味型失認=====
Semantic agnosia
 
 連合型視覚失認では認知された形に意味をもたすことができない。「意味」は脳内で保たれているが、それは他のモダリティからは「意味」にアクセスができることで証明される。しかし、意味自体を失えば、形に意味を持たせることが元来できない。意味型失認と分類される。物品や語彙自身の意味を喪失したために物品認知のできないもので、両側の側頭葉₋辺縁系の損傷で生ずるとされる。視覚以外の感覚様式でも物品認知は困難になり、視覚失認の概念からは逸脱していく<ref name=ref16>'''Humphreys GW, Riddoch MJ.'''<br>To See But Not To See: A Case Study of Visual Agnosia. <br>''Lawrence Erlbaum, London.'' 1987
 連合型視覚失認では認知された形に意味をもたすことができない。「意味」は脳内で保たれているが、それは他のモダリティからは「意味」にアクセスができることで証明される。しかし、意味自体を失えば、形に意味を持たせることが元来できない。意味型失認と分類される。物品や語彙自身の意味を喪失したために物品認知のできないもので、両側の側頭葉₋辺縁系の損傷で生ずるとされる。視覚以外の感覚様式でも物品認知は困難になり、視覚失認の概念からは逸脱していく<ref name=ref16>'''Humphreys GW, Riddoch MJ.'''<br>To See But Not To See: A Case Study of Visual Agnosia. <br>''Lawrence Erlbaum, London.'' 1987
</ref>。
</ref>。


===== 同時失認による視覚認知障害 =====
===== 同時失認による視覚認知障害 =====
<ref name=ref17>'''Wolpert T.'''<br>Die simultanagnosie.<br>''Zeitschrift für die Gesamte Neurologie und Psychiatrie'' :1924,93;397–415.</ref>
 複数の形態を同時に認知できなければ、全体を把握することができない。複雑な情景画などでその個々の部分は理解できるが、全体が何を表しているか理解できない症候である<ref name=ref17>'''Wolpert T.'''<br>Die simultanagnosie.<br>''Zeitschrift für die Gesamte Neurologie und Psychiatrie'' :1924,93;397–415.</ref>。部分ごとの視知覚は正常だが、その部分と部分の互いの関係を把握できず、結果として全体の意味が分からないものである。同時失認の報告例は、「全体把握の能力の障害」としてとらえられてきた。しかし、一連の視覚刺激に視空間性の注意を維持しつづけることの障害であるととらえ、注意障害であるとの仮説も述べられてきた。損傷部位として、左後頭葉前方部あるいは後頭側頭葉損傷、もしくは両側後頭葉外側部損傷が報告されている。
 
 複数の形態を同時に認知できなければ、全体を把握することができない。複雑な情景画などでその個々の部分は理解できるが、全体が何を表しているか理解できない症候である。部分ごとの視知覚は正常だが、その部分と部分の互いの関係を把握できず、結果として全体の意味が分からないものである。同時失認の報告例は、「全体把握の能力の障害」としてとらえられてきた。しかし、一連の視覚刺激に視空間性の注意を維持しつづけることの障害であるととらえ、注意障害であるとの仮説も述べられてきた。損傷部位として、左後頭葉前方部あるいは後頭側頭葉損傷、もしくは両側後頭葉外側部損傷が報告されている。


==== メカニズム ====
==== メカニズム ====
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=== 相貌失認 ===  
=== 相貌失認 ===  
<ref name=ref19><pubmed>21601069 </pubmed></ref>
 人の顔を認知することの障害であるが、狭義と広義の相貌失認が記述されてきた<ref name=ref19><pubmed>21601069 </pubmed></ref>。狭義の相貌失認は、熟知した人物を相貌によって認知する能力の障害である。しかし、声を聞くとわかる。一方、熟知相貌の認知障害がなくとも、未知相貌の学習・弁別、表情認知、性別・年齢・人種などの判定、美醜の区別などにいくつかに障害がある病態が広義の相貌失認と診断される。「一般的な物体失認の変則型」、「健忘症候群の顔貌限定型」、「クラス内での個々の判別障害で顔に特異的なものではない」などといった仮説があるも、「顔貌の認知は特異な系がつかさどっておりその処理システムの障害」が相貌失認であるとの説が受け入れられている。剖検例は両側側がほとんどであるが、右半球後頭葉内側面(紡錘状回、舌状回)が重視されている<ref name=ref20><pubmed>21687793 </pubmed></ref>。一側性では広義の相貌失認は起こるが、軽度で一過性のことが多い。両側性では症状が多彩で重度かつ持続性である。
 
 人の顔を認知することの障害であるが、狭義と広義の相貌失認が記述されてきた。狭義の相貌失認は、熟知した人物を相貌によって認知する能力の障害である。しかし、声を聞くとわかる。一方、熟知相貌の認知障害がなくとも、未知相貌の学習・弁別、表情認知、性別・年齢・人種などの判定、美醜の区別などにいくつかに障害がある病態が広義の相貌失認と診断される。「一般的な物体失認の変則型」、「健忘症候群の顔貌限定型」、「クラス内での個々の判別障害で顔に特異的なものではない」などといった仮説があるも、「顔貌の認知は特異な系がつかさどっておりその処理システムの障害」が相貌失認であるとの説が受け入れられている。剖検例は両側側がほとんどであるが、右半球後頭葉内側面(紡錘状回、舌状回)が重視されている<ref name=ref20><pubmed>21687793 </pubmed></ref>。一側性では広義の相貌失認は起こるが、軽度で一過性のことが多い。両側性では症状が多彩で重度かつ持続性である。


 賦活研究の顔に関するものはかなり蓄積されてきた。基本的には顔を提示して特異的に反応する部位を抽出するわけであるが、顔の異同弁別課題、顔の向きへの反応課題、倒立顔画像の提示課題など、さまざまな課題が考案されている。顔の認知が、顔の部分の処理過程と顔の全体の処理過程によりなされているであろうことより、課題が考案されている。紡錘状回顔領域(fusiform face area)<ref name=ref21><pubmed>9151747</pubmed></ref>、後頭顔領域(occipital face area)<ref name=ref22><pubmed>21206532 </pubmed></ref>が注目されている。左右差があり、右半球に賦活が強いと報告されている。これらの領域が顔認知のネットワークを形成し、処理していると考察されている。
 賦活研究の顔に関するものはかなり蓄積されてきた。基本的には顔を提示して特異的に反応する部位を抽出するわけであるが、顔の異同弁別課題、顔の向きへの反応課題、倒立顔画像の提示課題など、さまざまな課題が考案されている。顔の認知が、顔の部分の処理過程と顔の全体の処理過程によりなされているであろうことより、課題が考案されている。紡錘状回顔領域(fusiform face area)<ref name=ref21><pubmed>9151747</pubmed></ref>、後頭顔領域(occipital face area)<ref name=ref22><pubmed>21206532 </pubmed></ref>が注目されている。左右差があり、右半球に賦活が強いと報告されている。これらの領域が顔認知のネットワークを形成し、処理していると考察されている。
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==聴覚関連の失認 ==  
==聴覚関連の失認 ==  
<ref name=ref26><pubmed>25726291 </pubmed></ref>
 聴力は保たれており聞こえているはずなのに、音を聞いても何かわからないが、見たり触ったりすると何かがわかるのが聴覚失認である<ref name=ref26><pubmed>25726291 </pubmed></ref>。環境音、言語、音楽などの聴覚刺激での「失認」症候が報告されてきたが、これらの症例研究より聴覚刺激の脳機能処理過程を検討することがなされてきた。
 
 聴力は保たれており聞こえているはずなのに、音を聞いても何かわからないが、見たり触ったりすると何かがわかるのが聴覚失認である。環境音、言語、音楽などの聴覚刺激での「失認」症候が報告されてきたが、これらの症例研究より聴覚刺激の脳機能処理過程を検討することがなされてきた。


=== 聴覚失認 ===
=== 聴覚失認 ===
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=== ゲルストマン症候群に含まれる手指失認と左右失認 ===  
=== ゲルストマン症候群に含まれる手指失認と左右失認 ===  
<ref name=ref27>'''高山吉弘'''<br>Gerstmann症候群と身体部位失認<br>失語症臨床ハンドブック.濱中淑彦監修/波多野和夫・藤田郁代 編.<br>''金剛出版'' 1999; 305-310.</ref>
 ゲルストマン症候群とは、手指失認・左右失認・計算障害・失書を示すものであり、二つの「失認」が構成要素となっている<ref name=ref27>'''高山吉弘'''<br>Gerstmann症候群と身体部位失認<br>失語症臨床ハンドブック.濱中淑彦監修/波多野和夫・藤田郁代 編.<br>''金剛出版'' 1999; 305-310.</ref>。これらの4つの症候が共通する基盤をもつため症候群として出現するとしたのがゲルストマン<ref name=ref28>'''Gerstmann J.'''<br>Syndrome of finger agnosia, disorientation for right and left, agraphia and acalculia.<br>''Arch Neurol Psychiatry''.:1940,44;398–407.</ref>である。ゲルストマンは指の個別性の識別能力が左右弁別、計算能力、書字能力成立の共通の基盤であると考え、その障害が基本障害であるとした。しかしゲルストマン症候群の臨床的独立性の意義を問うPoeckら<ref name=ref29>'''Poeck K, Orgass B.'''<br>Gerstmann's syndrome and aphasia.<br>''Cortex''.:1966,2;421-427.</ref>は、何らかの特異な基本障害があるのではなく、失語症がゲルストマン症候群をおこすのであろうとしている。しかし、それぞれの症候の純粋例の報告またみられている。
 
 ゲルストマン症候群とは、手指失認・左右失認・計算障害・失書を示すものであり、二つの「失認」が構成要素となっている。これらの4つの症候が共通する基盤をもつため症候群として出現するとしたのがゲルストマン<ref name=ref28>'''Gerstmann J.'''<br>Syndrome of finger agnosia, disorientation for right and left, agraphia and acalculia.<br>''Arch Neurol Psychiatry''.:1940,44;398–407.</ref>である。ゲルストマンは指の個別性の識別能力が左右弁別、計算能力、書字能力成立の共通の基盤であると考え、その障害が基本障害であるとした。しかしゲルストマン症候群の臨床的独立性の意義を問うPoeckら<ref name=ref29>'''Poeck K, Orgass B.'''<br>Gerstmann's syndrome and aphasia.<br>''Cortex''.:1966,2;421-427.</ref>は、何らかの特異な基本障害があるのではなく、失語症がゲルストマン症候群をおこすのであろうとしている。しかし、それぞれの症候の純粋例の報告またみられている。


 手指失認とは、個々の指を手で掴んだり、呈示したり、前に出したり、名称を言うように指示されてもできない手指の指示障害、手指の呼称障害などがあるときに下される症候名である。この症候を説明する概念が、身体図式・身体イメージである。身体図式は、再帰的な意識、自覚を必要とせずに、身体運動を意識下で調整している主体であるとされる。一方、身体イメージとは、顕在的な自己身体に関する知識を指す。身体イメージが障害され、身体図式が保たれるというパターンを示した手指失認の純粋例をAnemaらが報告している<ref name=ref30><pubmed> 18766025 </pubmed></ref>。  
 手指失認とは、個々の指を手で掴んだり、呈示したり、前に出したり、名称を言うように指示されてもできない手指の指示障害、手指の呼称障害などがあるときに下される症候名である。この症候を説明する概念が、身体図式・身体イメージである。身体図式は、再帰的な意識、自覚を必要とせずに、身体運動を意識下で調整している主体であるとされる。一方、身体イメージとは、顕在的な自己身体に関する知識を指す。身体イメージが障害され、身体図式が保たれるというパターンを示した手指失認の純粋例をAnemaらが報告している<ref name=ref30><pubmed> 18766025 </pubmed></ref>。  
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== 触覚失認==  
== 触覚失認==  
<ref name=ref34><pubmed>8673499</pubmed></ref> <ref name=ref35><pubmed>8931580</pubmed></ref>
 基本的感覚(触覚、痛覚、温度覚、深部知覚など)に障害がなく、素材もわかるが、触ることでは物品を認知できない病態である<ref name=ref34><pubmed>8673499</pubmed></ref> <ref name=ref35><pubmed>8931580</pubmed></ref>。病巣と反対側の手にみられることが多いが、両側性の報告もある。また、立体覚障害(astereognosis)は基本的感覚(触覚、痛覚、温度覚、深部知覚など)に障害がないにもかかわらず、手のなかに与えられた素材がわからない病態であり、これは痛覚失認の統覚型ともみることができる。左下頭頂小頭の限局性損傷例や、左角回と右頭頂、側頭、後頭葉の損傷例がある。感覚連合野の損傷で触覚失認(tactile agnosia)が生じるとも報告されている。感覚連合野が下側頭葉と断離されたために生じたと考察されている。
 
 基本的感覚(触覚、痛覚、温度覚、深部知覚など)に障害がなく、素材もわかるが、触ることでは物品を認知できない病態である。病巣と反対側の手にみられることが多いが、両側性の報告もある。また、立体覚障害(astereognosis)は基本的感覚(触覚、痛覚、温度覚、深部知覚など)に障害がないにもかかわらず、手のなかに与えられた素材がわからない病態であり、これは痛覚失認の統覚型ともみることができる。左下頭頂小頭の限局性損傷例や、左角回と右頭頂、側頭、後頭葉の損傷例がある。感覚連合野の損傷で触覚失認(tactile agnosia)が生じるとも報告されている。感覚連合野が下側頭葉と断離されたために生じたと考察されている。


== 病態失認 ==
== 病態失認 ==
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===片麻痺の無認知 ===
===片麻痺の無認知 ===
 患者は麻痺について何も知らない様に、また麻痺が存在しないかのように振舞う。「手足は動きますか?」等と問いかけると、「両方ともちゃんと動きます」、「今は 動かしたくないので・・・」、等と答える。「動かしてみせて下さい」との求めに、いいほうの手足を動かして「はい、動きました」とか、動いていないのにちゃんと動かした様な表情をしたりもする。片麻痺の無認知は右半球損傷・左片麻痺で起こりやすい。運動麻痺の程度と麻痺の無認知の程度は必ずしも並行しない。麻痺の無認知の例では深部知覚障害がみられることがほとんどである。片麻痺の無認知は非優位側縁上回もしくは視床ー頭頂葉連絡線維の損傷で生じる可能性が指摘されている。急性期に見られることが多く、心的防御によるとの説明もある<ref name=ref36><pubmed>25481464</pubmed></ref>。また、運動意図が発動されたにも関わらず、麻痺によって運動が引き起こされなかった状況があれば、運動意図だけで運動をおこなったと認知をするが、しかし実際には動いていないという片麻痺の病態失認が発生するとの仮説もある<ref name=ref37><pubmed>25023619 </pubmed></ref>。病態失認の重症度と関連の強い症候を検討したVocatらの研究<ref name=ref38><pubmed>21126995 </pubmed></ref>では、固有知覚の低下、失見当識、半側空間無視を抽出しており、これらが複合的に関連することで症候が出現すると考察されている。
 患者は麻痺について何も知らない様に、また麻痺が存在しないかのように振舞う。「手足は動きますか?」等と問いかけると、「両方ともちゃんと動きます」、「今は 動かしたくないので・・・」、等と答える。「動かしてみせて下さい」との求めに、いいほうの手足を動かして「はい、動きました」とか、動いていないのにちゃんと動かした様な表情をしたりもする。片麻痺の無認知は右半球損傷・左片麻痺で起こりやすい。運動麻痺の程度と麻痺の無認知の程度は必ずしも並行しない。麻痺の無認知の例では深部知覚障害がみられることがほとんどである。片麻痺の無認知は非優位側縁上回もしくは視床ー頭頂葉連絡線維の損傷で生じる可能性が指摘されている。急性期に見られることが多く、心的防御によるとの説明もある<ref name=ref36><pubmed>25481464</pubmed></ref>。また、運動意図が発動されたにも関わらず、麻痺によって運動が引き起こされなかった状況があれば、運動意図だけで運動をおこなったと認知をするが、しかし実際には動いていないという片麻痺の病態失認が発生するとの仮説もある<ref name=ref37><pubmed>25023619 </pubmed></ref>。病態失認の重症度と関連の強い症候を検討したVocatらの研究<ref name=ref38><pubmed>21126995 </pubmed></ref>では、固有知覚の低下、失見当識、半側空間無視を抽出しており、これらが複合的に関連することで症候が出現すると考察されている。
== 研究手法==
=== 機能障害から検討する手法 ===
 脳損傷例から脳障害の症候を検討する方法が高次脳機能障害を考える基本的な手法である。症例研究である。症候を分析し、その症状の発現メカニズムを検討する。また、最近の手法の進展で、健常者に対し、例えば経頭蓋的に磁気刺激を与えることで瞬時の脳機能低下を誘発させることも行われている。患者の脳動脈に麻酔薬を注入し一時的に脳の機能を低下させることで脳機能を検討するアミタール[[テスト]]や、[[てんかん]]患者への電極植え込み後の覚醒下電気刺激法、覚醒開頭下の機能的脳外科における局所的脳機能確認といった手法<ref name=ref2><pubmed>19071024</pubmed></ref>も機能低下・機能障害から症候を解析する研究手法といえる。
=== 正常脳機能解明から ===
 機能画像研究として[[PET]]、fMRIが研究に利用できるようになった<ref name=ref3>'''浅田朋彦、高山吉弘、福山秀直'''<br>画像診断:PET,SPECT.<br>''Journal of Clinical Rehabilitation'' 別冊高次脳機能障害のリハビリテーションVer.2 .;2004;136-142.</ref>。健常者にさまざまな高次脳機能課題を課し、課題による効果を統計的に解析し、有意差から抽出される脳部位を検証することで脳の機能解剖を確立しようとする方法である。「脳の不思議」を、知的好奇心から探求する方法論としても利用される。賦活研究においては、どのような課題を課するかが要点となる。高次脳機能障害として確立されてきた課題が用いられることもあるが、心理学的・認知神経学的の立場から提出されてきた処理モデルに則り、仮説検証的課題を負荷することでも検討されている。機能障害からの知見と健常者研究方の結果の対照を考えるとき、両者がきれいに重ならないことも多い<ref name=ref4>'''高山吉弘'''<br>Modalityの違いによる脳機能解析 言語機能を中心に:神経心理・局所脳血流の立場から<br>''臨床神経生理学32'', 198-204. 2004.</ref>。この乖離を統合する研究成果も期待されている。
=== 動物実験 ===
 動物では[[ヒト]]のようには高次脳機能が発達を遂げておらず、高次脳機能においては、ヒトとはギャップがある。しかし、ヒトと共通する基盤を想定できる高次脳機能に関し、動物から推測するという立場は妥当であろうし、その可能性と限界を明確に了解する限りは興味深い知見が見いだせる実験系であろう。


== 参考文献 ==
== 参考文献 ==
<references />
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