「Αシヌクレイン」の版間の差分

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 1998年にはα/βシヌクレインの塩基配列情報を元にしたデータベース解析から、先に乳癌特異的遺伝子産物として報告されていた127アミノ酸のBreast cancer-specific gene 1 (BCSG1)が3番目のシヌクレイン分子種(γシヌクレイン)であることが判明した<ref name=Ji1997><pubmed>9044857</pubmed></ref><ref name=Lavedan1998><pubmed>9737786</pubmed></ref> 。時を同じくして、αシヌクレイン遺伝子(SNCA)のミスセンス変異(A53T、A30P)が家族性パーキンソン病(パーキンソン病)の原因遺伝子PARK1として初めて報告され<ref name=Polymeropoulos1997><pubmed>9197268</pubmed></ref><ref name=Kruger1998><pubmed>9462735</pubmed></ref> 、さらに孤発性パーキンソン病やレビー小体型認知症(Dementia with Lewy bodies, DLB)の神経病理学的指標である神経細胞内封入体(Lewy小体)の主要構成成分がαシヌクレインであることが相次いで判明し<ref name=Spillantini1997><pubmed>9278044</pubmed></ref><ref name=Baba1998><pubmed>9546347</pubmed></ref> 、同分子はパーキンソン病関連疾患の病態に中心的な役割を担うことが確立され今日に至っている<ref name=Goedert2017><pubmed>28282814</pubmed></ref> 。
 1998年にはα/βシヌクレインの塩基配列情報を元にしたデータベース解析から、先に乳癌特異的遺伝子産物として報告されていた127アミノ酸のBreast cancer-specific gene 1 (BCSG1)が3番目のシヌクレイン分子種(γシヌクレイン)であることが判明した<ref name=Ji1997><pubmed>9044857</pubmed></ref><ref name=Lavedan1998><pubmed>9737786</pubmed></ref> 。時を同じくして、αシヌクレイン遺伝子(SNCA)のミスセンス変異(A53T、A30P)が家族性パーキンソン病(パーキンソン病)の原因遺伝子PARK1として初めて報告され<ref name=Polymeropoulos1997><pubmed>9197268</pubmed></ref><ref name=Kruger1998><pubmed>9462735</pubmed></ref> 、さらに孤発性パーキンソン病やレビー小体型認知症(Dementia with Lewy bodies, DLB)の神経病理学的指標である神経細胞内封入体(Lewy小体)の主要構成成分がαシヌクレインであることが相次いで判明し<ref name=Spillantini1997><pubmed>9278044</pubmed></ref><ref name=Baba1998><pubmed>9546347</pubmed></ref> 、同分子はパーキンソン病関連疾患の病態に中心的な役割を担うことが確立され今日に至っている<ref name=Goedert2017><pubmed>28282814</pubmed></ref> 。
 
[[ファイル:Hasegawa alpha synuclein Fig1.png|サムネイル|
'''図1. ヒトαシヌクレインの構造'''<br>
A. 両親和性を有し生体膜リン脂質との結合性を示すアミノ末端、中央部の疎水性に富み線維化に関与する領域、および陰性荷電を示すカルボキシル末端から構成される。<br>'''B.''' Nativeな状態のαシヌクレインは、特定の2次構造をとらない可溶性モノマーとして存在するか、αヘリックス構造をとり生体膜に結合して存在する。一方、ストレス状況下では凝集性を増し、オリゴマーとよばれる中間体を経て線維化を生じる。]]
== 構造 ==
== 構造 ==
=== ドメイン構造 ===
=== ドメイン構造 ===
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 Lewy小体中には完全長のαシヌクレインに加え複数のtruncated formが確認される。C末端でのαシヌクレイン切断に関与する酵素として20Sプロテアソーム、カルパインI、アスパラギンエンドペプチダーゼ (AEP)、カスパーゼI、ニューロシン、プラスミン、カテプシンB/D/L、およびマトリックスメタロプロテアーゼ1/3 (MMP1/3) などが報告されている<ref name=Sung2005><pubmed>15863497</pubmed></ref><ref name=Sevlever2008><pubmed>18702517</pubmed></ref><ref name=Zhang2017><pubmed>28671665</pubmed></ref><ref name=Dufty2007><pubmed>17456777</pubmed></ref><ref name=Wang2016><pubmed>27482083</pubmed></ref><ref name=Kasai2008><pubmed>18358605</pubmed></ref><ref name=Sorrentino2020><pubmed>32424039</pubmed></ref> 。
 Lewy小体中には完全長のαシヌクレインに加え複数のtruncated formが確認される。C末端でのαシヌクレイン切断に関与する酵素として20Sプロテアソーム、カルパインI、アスパラギンエンドペプチダーゼ (AEP)、カスパーゼI、ニューロシン、プラスミン、カテプシンB/D/L、およびマトリックスメタロプロテアーゼ1/3 (MMP1/3) などが報告されている<ref name=Sung2005><pubmed>15863497</pubmed></ref><ref name=Sevlever2008><pubmed>18702517</pubmed></ref><ref name=Zhang2017><pubmed>28671665</pubmed></ref><ref name=Dufty2007><pubmed>17456777</pubmed></ref><ref name=Wang2016><pubmed>27482083</pubmed></ref><ref name=Kasai2008><pubmed>18358605</pubmed></ref><ref name=Sorrentino2020><pubmed>32424039</pubmed></ref> 。
[[ファイル:Hasegawa alpha synuclein Fig2.png|サムネイル|'''図2. シヌクレインファミリーの分子系統樹'''<br>
各枝の数字はブートストラップ値を示す。スケールバーはサイト毎のアミノ酸置換を示す。(文献41から一部改変し引用)]]
[[ファイル:Hasegawa alpha synuclein Fig3.png|サムネイル|'''図3. ヒトシヌクレインファミリーの一次構造比'''較<br>
αシヌクレインを基準に、N末端、NAC領域およびC末端領域のアミノ酸相同性を示した。]]
[[ファイル:Hasegawa alpha synuclein Fig4.png|サムネイル|'''図4. ヒトαシヌクレイン遺伝子'''<br>
SNCA遺伝子座は4q21.3-q22に存在し6つのエクソンで構成される。選択的スプライシングによりexon 3、exon 5およびその両者が欠けた3種のアイソフォームを生じる。]]


=== コンフォメーション変化 ===
=== コンフォメーション変化 ===
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==サブファミリー ==
==サブファミリー ==
 系統発生上、3つのシヌクレインパラログ(α、β、γ)のうちγシヌクレインが最も古い分子種であると考えられている<ref name=Siddiqui2016><pubmed>27080380</pubmed></ref> ('''図2''')。うち最大の分子量をもつのがαシヌクレインで、脊椎動物以上に存在しその一次構造は種を超えて保存されている。アミノ酸レベルでのヒトαシヌクレインに対する相同性はβシヌクレインが78%、γシヌクレインが60%で、アミノ末端が良く保存されているのに対しカルボキシル末端は相同性が低くなっている<ref name=Frey2020><pubmed>32772367</pubmed></ref> (図3)。また、NAC領域を欠くβシヌクレインは凝集性が低いことが知られている<ref name=Uversky2002><pubmed>11812782</pubmed></ref> 。ヒト染色体におけるこれら3つのシヌクレイン遺伝子(SNCA、SNCB、SNCG)の遺伝子座はそれぞれ4q21.3-q22、5q35、10q23に位置している<ref name=Lavedan1998><pubmed>9737786</pubmed></ref><ref name=Spillantini1995><pubmed>7558013</pubmed></ref><ref name=Chen1995><pubmed>7601479</pubmed></ref> 。SNCA遺伝子は6つのexonを有し、140アミノ酸からなるmain transcriptのほか、選択的スプライシングによりexon 3、exon 5およびその両者が欠けた少なくとも3種のアイソフォームを生じる<ref name=Gámez-Valero2018><pubmed>29370097</pubmed></ref> (図4)。
 系統発生上、3つのシヌクレインパラログ(α、β、γ)のうちγシヌクレインが最も古い分子種であると考えられている<ref name=Siddiqui2016><pubmed>27080380</pubmed></ref> ('''図2''')。うち最大の分子量をもつのがαシヌクレインで、脊椎動物以上に存在しその一次構造は種を超えて保存されている。アミノ酸レベルでのヒトαシヌクレインに対する相同性はβシヌクレインが78%、γシヌクレインが60%で、アミノ末端が良く保存されているのに対しカルボキシル末端は相同性が低くなっている<ref name=Frey2020><pubmed>32772367</pubmed></ref> ('''図3''')。また、NAC領域を欠くβシヌクレインは凝集性が低いことが知られている<ref name=Uversky2002><pubmed>11812782</pubmed></ref> 。ヒト染色体におけるこれら3つのシヌクレイン遺伝子(SNCA、SNCB、SNCG)の遺伝子座はそれぞれ4q21.3-q22、5q35、10q23に位置している<ref name=Lavedan1998><pubmed>9737786</pubmed></ref><ref name=Spillantini1995><pubmed>7558013</pubmed></ref><ref name=Chen1995><pubmed>7601479</pubmed></ref> 。SNCA遺伝子は6つのexonを有し、140アミノ酸からなるmain transcriptのほか、選択的スプライシングによりexon 3、exon 5およびその両者が欠けた少なくとも3種のアイソフォームを生じる<ref name=Gámez-Valero2018><pubmed>29370097</pubmed></ref> ('''図4''')。


== 発現分布 ==
== 発現分布 ==
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 なお、αシヌクレインは赤血球にも多く含まれるが、赤芽球の成熟時にその発現が増加し脱核直前に減少することから、赤芽球系細胞の分化成熟に関与すると推定されている<ref name=Araki2016><pubmed>27469540</pubmed></ref> 。
 なお、αシヌクレインは赤血球にも多く含まれるが、赤芽球の成熟時にその発現が増加し脱核直前に減少することから、赤芽球系細胞の分化成熟に関与すると推定されている<ref name=Araki2016><pubmed>27469540</pubmed></ref> 。
[[ファイル:Hasegawa alpha synuclein Fig5.png|サムネイル|'''図5.レビー小体とグリア細胞内封入体'''<br>
A. パーキンソン病中脳黒質神経細胞にみられるLewy小体。左にヘマトキシリン・エオジン染色像、右にαシヌクレイン抗体染色像を示す。(Scale bar=10 μm)B. 多系統萎縮症患者前頭葉白質にみられるグリア細胞内封入体。文献72, 74から一部改変し引用。]]
[[ファイル:Hasegawa alpha synuclein Fig6.png|サムネイル|'''図6. シヌクレイノパチーの関係図'''<br>Lewy小体を特徴とする疾患としてパーキンソン病、認知症を併発するパーキンソン病、レビー小体型認知症のほか、レム睡眠行動障害、純粋自律神経不全症などの病型が存在する。また、グリア細胞内封入体を病理学的指標とする疾患としてMSAがある。これらの疾患は完全に独立しておらず、重複してみられる場合もある。レム睡眠行動障害で発症し後にパーキンソン病と診断されるなど、経過中に病型が変化する例も少なくない。]]


== 疾患との関わり ==
== 疾患との関わり ==
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== 参考文献 ==
== 参考文献 ==
[[ファイル:Hasegawa alpha synuclein Fig1.png|サムネイル|
'''図1. ヒトαシヌクレインの構造'''<br>
A. 両親和性を有し生体膜リン脂質との結合性を示すアミノ末端、中央部の疎水性に富み線維化に関与する領域、および陰性荷電を示すカルボキシル末端から構成される。<br>'''B.''' Nativeな状態のαシヌクレインは、特定の2次構造をとらない可溶性モノマーとして存在するか、αヘリックス構造をとり生体膜に結合して存在する。一方、ストレス状況下では凝集性を増し、オリゴマーとよばれる中間体を経て線維化を生じる。]]
[[ファイル:Hasegawa alpha synuclein Fig2.png|サムネイル|'''図2. シヌクレインファミリーの分子系統樹'''<br>
各枝の数字はブートストラップ値を示す。スケールバーはサイト毎のアミノ酸置換を示す。(文献41から一部改変し引用)]]
[[ファイル:Hasegawa alpha synuclein Fig3.png|サムネイル|'''図3. ヒトシヌクレインファミリーの一次構造比'''較<br>
αシヌクレインを基準に、N末端、NAC領域およびC末端領域のアミノ酸相同性を示した。]]
[[ファイル:Hasegawa alpha synuclein Fig4.png|サムネイル|'''図4. ヒトαシヌクレイン遺伝子'''<br>
SNCA遺伝子座は4q21.3-q22に存在し6つのエクソンで構成される。選択的スプライシングによりexon 3、exon 5およびその両者が欠けた3種のアイソフォームを生じる。]]
[[ファイル:Hasegawa alpha synuclein Fig5.png|サムネイル|'''図5.レビー小体とグリア細胞内封入体'''<br>
A. パーキンソン病中脳黒質神経細胞にみられるLewy小体。左にヘマトキシリン・エオジン染色像、右にαシヌクレイン抗体染色像を示す。(Scale bar=10 μm)B. 多系統萎縮症患者前頭葉白質にみられるグリア細胞内封入体。文献72, 74から一部改変し引用。]]
[[ファイル:Hasegawa alpha synuclein Fig6.png|サムネイル|'''図6. シヌクレイノパチーの関係図'''<br>Lewy小体を特徴とする疾患としてパーキンソン病、認知症を併発するパーキンソン病、レビー小体型認知症のほか、レム睡眠行動障害、純粋自律神経不全症などの病型が存在する。また、グリア細胞内封入体を病理学的指標とする疾患としてMSAがある。これらの疾患は完全に独立しておらず、重複してみられる場合もある。レム睡眠行動障害で発症し後にパーキンソン病と診断されるなど、経過中に病型が変化する例も少なくない。]]

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